Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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01 チュートリアル

13 Baltroy (青から緑、黒から白)

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 次の週だった。ヴェスタがどこかに行って席を外している時、検査室のユミンがチョコレートを持ってきた。チョコレートで有名なベルヒトラに休日に旅行に行ったらしい。

「あの子とはうまくいってるの?」
「どの子?」
「恋人なんでしょ?」

 ユミンがイグニスのことを知っているとは思えなかった。

「誰のこと?」
「え? あなたのバディのあの子よ。髪の色が変わる」
「は?」

 ものすごく驚いた。なんでそう思うんだろう。あまりに驚いたせいか、ユミンもびっくりした顔をした。

「違うの?」
「なんで恋人だと思った?」
「だってあの子、あなたのそばに行くと髪が緑になるでしょう」
「え? ああ……それなんか関係あんの?」

 ヴェスタの髪の色なんて見るたびに変わる。確かに最近緑が多いなとは思ってたけど。

「気づいてないの?」

 ユミンは脇に抱えていた自分のブリングを取り出して、画面に指で十字を大きく描いた。横棒の左側にblue、右側にgreenと書く。縦棒の上にはwhite、下にblack。そして続けて、blueの下にunhappy、greenの下にhappy。whiteの横にup、blackの下にdown。

「なにこれ」
「本当に気付かなかったの? ほんとうに?」

 ユミンが目を見開いてこっちをしげしげと眺めた。そしてその図を俺のブリングに飛ばした。

「これがあの子の髪の色の対応図よ。嬉しい楽しいなら緑寄り、悲しい、嫌だなら青寄り。良くも悪くも気分が盛り上がったら白っぽくなって、落ち込んだら黒っぽくなる。あなたのそばにいるとあの子、おおむねグリーンなのよ。だからあなたの事が好きなんだなって思ってた。その図を見ながら勉強しなさいね」
「嘘だろ?」
「証明してみましょうか……あの子、ヴェスタだったっけ。ヴェスタ!」

 遠目に真っ青な髪のヴェスタが歩いてきた。ユミンに呼ばれて早足で寄ってくる。

「ねえ、私旅行に行ったのよ。これお土産。おいしいチョコレートだから食べてみて」

 ユミンがチョコレートをヴェスタの手に乗せると、ふわっと髪がグリーンに変わっていく。

「ありがとう」

 ユミンがちらりとこっちを横目で見て、ニヤッと笑いながら帰って行った。




 はあ。知らなかったなあ。

 ユミンがブリングに移して行った図をもう一度眺める。髪の色。よく変わるなあくらいにしか思っていなかった。なんらかの条件があるんだろうとは思ってたけど……。あの時は何色だった?

 あの・・時。


 ………。やめよう。

 まあいいや。これがわかっても何もできない。俺にはイグニスがいるんだ。どんな種類の気持ちで俺のそばだと緑になるのかもわからないし。仕事が楽しいのかもしれないだろ。俺が好きなんじゃなくて。俺だっていいバディにはなれる。たぶん。よし。それでいこう。

「バル。連絡が来た」

 ヴェスタに呼ばれて端末を見る。明るいグリーンの髪を見てどきっとする。ユミンめ。聞かなきゃよかった。

「この人は逃げないって。見つけてほしいって言ってる」
「ああ。たまにいるんだよな……手放してから後悔するやつ。行ってみるか」

 髪の色は気にしない。関係ない。

 念のためツールボックスも持って行く。話の通りなら使わないだろうが。

 場所はわりと郊外だった。30分ほどかかって、野原の一軒家に着いた。ブザーを鳴らすと高齢の男性が現れた。

「こんにちは。先ほどご連絡差し上げたC571098rpとA492090rpです」
「どうぞ……」

 男性は家の中に俺たちを招いた。ヴェスタが不安そうな顔をしているのがわかった。中に入る。かなり古い家だ。踏み込む。

 白髪、薄毛の男性。ブルーのシャツを着ている。今時珍しい、年齢をいじってない人だ。大きな肖像画が廊下にかけられている。埃っぽいゲストルームに入ると、男性はソファに座るよう促した。

「……すみません」

 男性はポツリポツリと話した。

 先週、レプリカントを買い手に引き渡した事。買い手の連絡IDは知り合いから聞いていた。というか、この男性の場合、そのIDを聞いたから、もし気に入らないレプリカントが届いてしまっても、そこに売り払ってまた買い直せると思って購入を決めたのだと言う。

「どうしても、理想の人がおりまして。その人にそっくりなレプリカントが欲しかったんです」

 そんなに金が余っているわけではない。画像を付けて、くれぐれも似せてほしいと発注したが、届いたものはやはり違った。それでも半年ほど一緒に暮らした。

 印象は似ている。でも表情の作り方、話す言葉、全てが記憶とずれている。やっぱりだめだと思って連絡をした。翌日の昼、ステーションに連れてくるよう言われて連れて行った。直前まで渡すかどうするか決められなかった。

 そんな気持ちのままで行ったはずなのに、引き渡しの時の記憶は不思議なほどない。気がつくと確かにレプリカントはいなくなり、金が振り込まれていた。

「でもね。寂しいなと。彼女は一生懸命でしたよ。私が彼女に失望するたびに、彼女もまた悲しんでくれました。レシピを調べて、手作りでパイを焼いてくれたりね……。そんな人はもういないですよ。手放してから、彼女がどんなに寄り添ってくれたのかわかりました。
 別なレプリカントをいくら発注したところで、彼女以上に……彼女と同程度にさえ私を思ってくれるでしょうか。無性に彼女に申し訳なくなりました。可能であれば、また彼女と暮らしたいです」

 安っぽい話だと思った。それでも目の前のくたびれた男を見ると、同情せざるを得なかった。男は深々と頭を下げて、どんな協力もします、どうか彼女を見つけてくださいと言った。


 帰りの公用車の中で、ヴェスタが尋ねてきた。
「どう思う?」
「うーん、どうかな。画像検索で引っかかって来なければ見つからないかもしれない」

 男性は引き渡した後、何度か買い手にコールしている。もちろん返却を求めてだ。でもコールはつながらなかった。恐らく、一度取引を終えた一般IDからのコールは受けてないのだろう。だから起訴されるのを覚悟の上で、彼は保護局にコールを入れた。

「いや。そうじゃなくてさ」

 ヴェスタは車の中でゴーグルを外した。髪は海のような深い青色だった。

「なんでいなくなってから言うの?」
「んー……」

 戻ってから早速画像検索をかけてみる。ニゲイラ・アスラが捜査対象のレプリカントだ。そもそも街中じゃないから、カメラがそんなに無くてあまり引っかかってこない。数枚。期待薄。一番最近のを開ける。

「あーあ……」

 遺体だ。警察が撮影したデスマスク。身元確認中になっている。レプリカントとオーナーが紐付けされたリストはこっちにしかないからわからないんだろう。後でオーナーのデータを送ってやらなければ。日付は? 先週。

 二枚目。ステーションでの写真。持ち主の男性が背中を向けて、車に彼女を乗せようとしている。取引の時の映像か? 車の中は暗くて見えない。

 次。手を繋いで歩道を歩いている写真。二人とも笑顔だ。夫婦みたいに見える。なんでいなくなってから言うの、か。なんでかなあ。気づかねえんだな。こんな顔で自分が笑えてることに。

 もう一度写真を見直す。デスマスク。まだ腐敗してない。何も見ていないブルーの瞳。軽く開いた口。向かって左のひたいが、5センチほどの円形に変色している。死因は? データを請求する。こっちも発注者データを送ってやる。警察からこの残念な連絡が行くことになる。

 すぐに検案書のデータが来る。死因。脳に損傷。脳に損傷? 
 解剖写真がある。脳が取り出されている。右脳の一部が素人目にも潰れている。もう一度デスマスクを見る。このあざのせい? こんなあざで頭蓋骨を貫通して脳が潰れるなんて。

 ふと他のレプリカントたちのことが思い浮かんだ。ひたいの真ん中にあざができた彼ら。前頭葉はひたいのど真ん中にある。前頭葉が何かで・・・破壊されたニフェルトたち。これは位置がずれて死んでしまったのか。失敗したんだ。いつものように脳を破壊しようとして。

 もう一枚戻る。ステーションでの写真。タイムスタンプは先週の昼だ。スモークガラスで車の中は見る事ができない。周囲の人は気づかず普通に歩いている。そりゃそうだ。ステーションで車に乗るのは当たり前だもんな。

「ん?」

 街灯の横に見覚えのあるジャケットが映り込んでいる。背中。黒い短髪。これ俺だ。あっと思い出す。自分のブリングを見る。先週のステーション。変な匂いがした時だ。自分があの時とっさに撮った画像を並べて見る。幸い彼らが映り込んでいた。車の中の人物も少し。顔の一部。顎のあたりだけ。なんだろう。マスクのようなものをつけている? これでは画像検索にも回せない。ニアミス。畜生。あの時に気付いて止めることができていれば……

「ヴェスタ」

 とりあえずわかったことを共有する。俺がたまたま撮影していた画像も。

「変な匂いがしたんだ。前にも一度あそこでしたにおい。他の人にはわからないらしいんだけど、それで撮っておいたんだ」
「におい。前は? いつ?」
「半年は前だったと思う。カラスと歩いてたから。研修の帰りかなんかで……制服で二人で歩いてたんだ。待って。日付けがわかる。復命書」

 前は六月の日付けだった。ヴェスタはそれをメモすると、また自分のデスクに戻って行った。何か思いついたらしい。





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