20 / 229
01 チュートリアル
20 Baltroy (信じる相手)
しおりを挟む
「ようカラス。イグニスとはうまくいってるんだろ?」
「……バル、頼むよ……」
「別にもう何とも思ってねーよ。あのさ、来週、ナーガ・イルソンってやつの家に捜査に入るんだ。サポートを頼めないかな」
「ああ。それならいいよ。ナーガ・イルソンね。ヴェスタは?」
「ヴェスタはまだ意識が戻ってなくてね。しばらくは無理だな。じゃあファイル送っとくから」
他にも数人に声をかけておく。後で局長にメンバーを知らせて確定。
メイハンの家は街の端にでんと構えている。三階建てで庭もある。個人の家としては大きい。外側から見ると、窓が全く無い、四角で三階の一部が欠けたような白い建物だが、恐らく内側から見ると透過壁になっているのだろう。中に入ったことのあるヴェスタに記憶がないのが残念ではある。
外側から分かることだけでも頭に入れていかなければならない。すっかり回復したヴェスタとミーティングルームを借りっぱなしにして資料を広げた。
「全然わかんないけど」
「わかんねえな。ぶっつけで行ってみるしかねえな」
メイハンが家にいる時を見計らうために、向かいのビルにカメラを置かせてもらった。録画を眺めてみる。動きがある部分だけピックアップ。
オートキャリアがよく停まっている。その中からイグニスが出てくることもある。メイハン自身はほとんど外出しない。一度、うつろな目をした美形…たぶんレプリカント……の肩を抱いて車に乗り込んだことがあった。売却したと思われる。そのレプリカントが家に入る映像はないので、家の中にいたんだろう。他に何人そういう「在庫の」レプリカントがいるのか。
「結構人手が必要かも」
「今うちの部署人手不足なんだけどな。ジョッジは捕まってるし」
最近の案件としては結構でかいケースになる。メイハンの他にどんな奴らが絡んでいるかわからない。一人でやっているとは限らないからだ。突っ込んでみたらワラワラと手下が現れて撃ち合いになるかも知れない。裏口の方のカメラもチェックする。こちらには全く動きがない。
「今回はまだ逮捕状じゃない。捜査令状。何か逮捕に結びつくような決定的なモノがないと捕まえられない。中に入れたら探すんだ」
「OK」
「ガスマスクはつけたくないなあ。まあ、行くか」
「はい」
インターフォンを押す。家にいるのはわかっている。裏口にも別のチームが張り込んでいる。
「はい」
「メイハン・アニンロキアさんですね。レプリカント人権保護局のA492090rpです。あなたには人権侵害の容疑で捜査令状が出ています。開けてください」
「どうぞ」
カチンと軽い音がしてドアが開く。驚くほど大人しい。柔和な笑顔のメイハンが出迎えた。
「何かの誤解だと思いますけど」
これは確実におかしい。家の中に入った時、ものすごい違和感を感じた。
においがない。
普通、どの建物に入っても、においはする。建物自体のにおい、住む人のにおい。食べ物やそれらの腐臭、砂埃、洗濯物。必ず。
でもエントランスに入っても建物の匂いというものがない。異常だ。早く逮捕してこの家から出たい。まず逮捕に結びつく何かを早く見つけないと。
エントランスは広々として、三階まで吹き抜けになっている。思った通り壁と天井が透過壁だった。天井は全面。壁は縦長に縞のように透過していて外の様子が見える。外の庭は木が生い茂って森のようだ。白い壁。捕まっているレプリカントを見つけたいのに、においがしない。家の中にいないのか? 逆に考えてみる。どうしてこの男は、ここまでにおいを消さないといけないのか?
「手前からご覧になりますか」
手前の部屋。ゲストルーム。ピカピカに磨き上げられている。何もない。次の部屋。バスルーム。次の部屋。リビング。奥にダイニング。キッチン。
「無駄に広くて」
「お仕事はなにを?」
「貿易ですかね」
二階。部屋がいくつかある。ベッドルームが三室と書斎。三階はフロアの半分が広々としたパーティルームになっていて、同じくらい広いテラスに繋がっている。
「何かわかりましたか?」
わからない。においが無さすぎる。男の薄ら笑い。
「もう一度、一階を調べさせていただいていいですか」
においを消してるんだよな。かなり執拗に。なぜ? この男は俺とは違う。においを感じすぎて困るなんてことはないだろう。逆に、ここまでしないと隠せない何かがあるから?
二階はまだ、リネンのにおいがした。三階もほこりのにおいが。一階だけ匂いという匂いが消されている。一番においがないところ。エントランス。熱帯魚が泳ぐ模様の絨毯が敷かれている。歩くと波紋が広がり、魚たちが逃げて行く。めくりあげてみる。スイッチがある。押す。下への階段が現れ、同時に酷いにおいが立ち昇ってくる。
「こちらは?」
「地下室です」
「ご案内いただけますか」
次の瞬間、男は玄関に向かって走り出した。パルスガンで足を撃つ。もんどり打って倒れた。これでしばらくは動けないはずだ。ヴェスタと階段を降りてみる。静かだ。ここも白い壁が続いている。明るい。
「誰かいますか? 人権保護局の捜査官です」
返事はない。ドアが二つ。右のドアを開ける。診察台のようなシンプルなベッドが真ん中に置かれた部屋。よく見ると拘束具がついていて、ベッドに手足を縛り付けられるようになっている。横にサウンドブレイカー。出力は最小。
「なにこれ?」
「ここでレプリカントの脳みそを壊してたんだろ。サウンドブレイカーか。確かに頭蓋骨を傷つけずに中身だけ壊せるわけだ。こういう使い方をするとはね」
でもレプリカントたちはいない。
左の部屋。ドアを開ける。薬品の匂い。具合が悪くなりそうなほどの。部屋は広い。
「臭い。お前にもわかるか?」
「これはわかる」
踏み込む。注意しないと変な薬品を嗅いでしまうかも知れない。あの男は逃げようとした。何か見つかったらまずいものが必ずここにあるはずだ。
「バル! 誰かいる! あの壁の後ろ」
ヴェスタに言われてパルスガンを構える。
「出てきてください。両手をあげて」
「……バル?」
うんざりした。イグニスの声だった。
「何もしてないよ?」
「じゃあ、両手を上げて。壁につけろよ。何もしてないか決めるのはこっちだ」
ドンドンと体に衝撃が来た。じんじんする痛み。痛いんだよこれ。二発も撃ちやがった。
「ヴェスタ。あいつサウンドブレイカーを持ってる。壁に隠れてろ」
「バル! 僕のこと好きでしょ?」
「いや、どうでもいいね」
もう一度構え直す。次は撃つ。薬品臭の中、かすかにあの匂いがし始めた。発情する香水。うまくやられたよなあ。これは想定内。
「ぼくはまだ君が好きだよ」
「好きなやつを躊躇なく撃たねーだろ」
一歩近づく。
「びっくりしちゃって。ごめんね。………その子、まだ意識がないんじゃなかったの?」
「そう言っておいた方が油断するかと思ってね」
もう一歩。何か薬品をぶっ掛けられるのが怖い。
「……ねえ、やっぱりバルが一番好きだったな。覚えてるよね? すごく激しくて……」
ドンとまた左の肩に衝撃がくる。でも今回はこっちも撃ってる。
「ぐっ……」
「うっかり出力最大にしちまった。ごめんごめん」
イグニスが顔を歪ませて床に転がっていた。パルスガンの最大はかなりきつい。全身こむら返りになったくらいの痛み。小さなからの瓶も落ちている。色っぽい話を持ち出してきたところをみると、たぶん周りには例の香水の匂いが充満してるんだろう。今の俺にはわからないけど。ヴェスタが笑って言った。
「結局ガスマスクつけたね」
「予想通りだな」
もっと奥に行くと、二人のレプリカントが鎖に繋がれていた。その場で身元確認し、二人とも人権持ちだとわかった。
「こちらバルトロイ。二名の保護対象発見。被疑者も二名。うち一名は地下室。応援願います」
鎖を外してやる。尋ねたことには答えるけど、呆然としている。彼らももう脳が壊されているんだろう。
「バル、もう一人いたよ」
「連れて来な」
三人は何の抵抗もなく付いてくる。ヴェスタと誘導してエントランスに出る。意外と平和に片付いて良かった。もうメイハンの方はサポートのディーが手錠をかけていた。
「お疲れ。バル」
「ありがとう」
メイハンとディーが外に出ようとした時だった。
「レッダ、オールクリア」
「はい。メイハン様。オールクリア」
メイハンがさっと外に飛び出した。ディーもつられてドアの外に転げる。同時にドアが閉まり開かなくなる。まずい。床下から煙が上がってきた。
「なにこれ?」
「証拠隠滅だろ。レプリカントの売り先を守りたいんだ。ドアが開かない。しかし、イグニスがいるのに火付けやがったな」
「ドア、蹴破って」
「これドアの向きが逆だから無理だな。上に逃げて飛行型運搬機に拾ってもらおう」
レプリカントたちを上の階に促しながら、パイロットのアラスターにエア・ランナーを頼む。火の周りが早い。
「ここんちもレッダ」
「うちのレッダは様づけで呼ばないよな」
三階のテラスに出ると、もうエア・ランナーが空から寄ってくるところだった。まずレプリカントたちを乗せる。
「あれ何人乗り?」
「あれは中型だから五人かな」
「早くしてくれ! この家、防炎膜を剥がしてあるみたいだ。すぐ火が回るぞ」
アラスターがインカムから叫ぶ。確かにもうパーティルームに煙が充満している。
「次ヴェスタ、乗れ」
「バルから乗って」
「なんで?」
「怖いから。先に乗ってひっぱって」
「?」
そんなビビりじゃねーだろと思ったが、乗って手を差し出した。ヴェスタは取らない。
「おい! 早くしろよ」
「バル、ダメなんだ。これパイロットも入れて五人乗りなんだ」
アラスターが言った。
「これで満員なんだ。もう一人乗せたら飛べない」
「そ……」
ヴェスタを見た。手をひらひらと振っている。インカムからヴェスタの声が聞こえた。
「保証期間内だからさ。これでさよならってわけじゃないよ。新しい俺にもまた教えてやって……」
げほげほとヴェスタがマイクの向こうで咳き込む。黒煙がここまで来る。
派手な音がして、パーティルームとテラスを隔てていたガラスが吹き飛んだ。
「出るぞバル! もっと中に入って! ドアを閉めるから。煙が…」
新しい俺にもまた教えてやって?
ヴェスタの表情はゴーグルで見えない。ただ青い髪が煙の隙間から見える。保証期間内。手続きさえすれば、新しいヴェスタが届く。顔も性能も全く同じレプリカントが。俺のことを知らない、俺から疑われたことも犯されたこともないヴェスタが。俺と喧嘩したこともない、俺から傷つけられたことのないまっさらな──
ヴェスタ。
「……アラスター。俺が行ったらドアを閉めて上がれ」
「は? バ………」
ホバリングしていたエアランナーから飛び降りる。息が詰まるくらいの体に悪そうな煙の匂いと熱気。インカムからアラスターの声がした。
「バル‼︎」
「行けよ。せっかく助けたんだぞ」
「……すぐ! 戻ってくるから! この三人置いたら」
さて。
「バカ!」
ほんとに言うようになったよなあこいつ。
「お前、オーナーにバカって」
火の粉が届いてきた。時間がない。エアランナーを待っていたら焼け死んでしまう。ベランダから下を覗く。まあ10メートルはないんじゃないか。おあつらえ向きに枝振りのいい木も生えている。
「行くぞヴェスタ」
「は?」
固まっているヴェスタを有無を言わさず抱え込み、考える前に後ろ向きに飛ぶ。一瞬の無重力。レッダは俺の家で使い始めて5年だけど、ユーザーは32万人いる。信じたい人を信じてはいかがですか。
そうだよなレッダ。失敗したって諦めがつく。俺が今信じるのは俺だ。
木の枝に突っ込んだ。耳元でバキバキと轟音がする。ゴーグルが弾け飛ぶ。背中から地面に。
着地。
「……はっ………」
土の匂いがする………。折れた枝と血の匂いも。ビーコンの音がする。どっちのビーコンだ? 鼻先にヴェスタの青い髪の毛が揺れている。
「生きてるか?」
「……バカ」
良かった。ほらな。思った通りだ。俺の体はこれくらいじゃさ……それにしても、
「いってえなあ………」
「……バル、頼むよ……」
「別にもう何とも思ってねーよ。あのさ、来週、ナーガ・イルソンってやつの家に捜査に入るんだ。サポートを頼めないかな」
「ああ。それならいいよ。ナーガ・イルソンね。ヴェスタは?」
「ヴェスタはまだ意識が戻ってなくてね。しばらくは無理だな。じゃあファイル送っとくから」
他にも数人に声をかけておく。後で局長にメンバーを知らせて確定。
メイハンの家は街の端にでんと構えている。三階建てで庭もある。個人の家としては大きい。外側から見ると、窓が全く無い、四角で三階の一部が欠けたような白い建物だが、恐らく内側から見ると透過壁になっているのだろう。中に入ったことのあるヴェスタに記憶がないのが残念ではある。
外側から分かることだけでも頭に入れていかなければならない。すっかり回復したヴェスタとミーティングルームを借りっぱなしにして資料を広げた。
「全然わかんないけど」
「わかんねえな。ぶっつけで行ってみるしかねえな」
メイハンが家にいる時を見計らうために、向かいのビルにカメラを置かせてもらった。録画を眺めてみる。動きがある部分だけピックアップ。
オートキャリアがよく停まっている。その中からイグニスが出てくることもある。メイハン自身はほとんど外出しない。一度、うつろな目をした美形…たぶんレプリカント……の肩を抱いて車に乗り込んだことがあった。売却したと思われる。そのレプリカントが家に入る映像はないので、家の中にいたんだろう。他に何人そういう「在庫の」レプリカントがいるのか。
「結構人手が必要かも」
「今うちの部署人手不足なんだけどな。ジョッジは捕まってるし」
最近の案件としては結構でかいケースになる。メイハンの他にどんな奴らが絡んでいるかわからない。一人でやっているとは限らないからだ。突っ込んでみたらワラワラと手下が現れて撃ち合いになるかも知れない。裏口の方のカメラもチェックする。こちらには全く動きがない。
「今回はまだ逮捕状じゃない。捜査令状。何か逮捕に結びつくような決定的なモノがないと捕まえられない。中に入れたら探すんだ」
「OK」
「ガスマスクはつけたくないなあ。まあ、行くか」
「はい」
インターフォンを押す。家にいるのはわかっている。裏口にも別のチームが張り込んでいる。
「はい」
「メイハン・アニンロキアさんですね。レプリカント人権保護局のA492090rpです。あなたには人権侵害の容疑で捜査令状が出ています。開けてください」
「どうぞ」
カチンと軽い音がしてドアが開く。驚くほど大人しい。柔和な笑顔のメイハンが出迎えた。
「何かの誤解だと思いますけど」
これは確実におかしい。家の中に入った時、ものすごい違和感を感じた。
においがない。
普通、どの建物に入っても、においはする。建物自体のにおい、住む人のにおい。食べ物やそれらの腐臭、砂埃、洗濯物。必ず。
でもエントランスに入っても建物の匂いというものがない。異常だ。早く逮捕してこの家から出たい。まず逮捕に結びつく何かを早く見つけないと。
エントランスは広々として、三階まで吹き抜けになっている。思った通り壁と天井が透過壁だった。天井は全面。壁は縦長に縞のように透過していて外の様子が見える。外の庭は木が生い茂って森のようだ。白い壁。捕まっているレプリカントを見つけたいのに、においがしない。家の中にいないのか? 逆に考えてみる。どうしてこの男は、ここまでにおいを消さないといけないのか?
「手前からご覧になりますか」
手前の部屋。ゲストルーム。ピカピカに磨き上げられている。何もない。次の部屋。バスルーム。次の部屋。リビング。奥にダイニング。キッチン。
「無駄に広くて」
「お仕事はなにを?」
「貿易ですかね」
二階。部屋がいくつかある。ベッドルームが三室と書斎。三階はフロアの半分が広々としたパーティルームになっていて、同じくらい広いテラスに繋がっている。
「何かわかりましたか?」
わからない。においが無さすぎる。男の薄ら笑い。
「もう一度、一階を調べさせていただいていいですか」
においを消してるんだよな。かなり執拗に。なぜ? この男は俺とは違う。においを感じすぎて困るなんてことはないだろう。逆に、ここまでしないと隠せない何かがあるから?
二階はまだ、リネンのにおいがした。三階もほこりのにおいが。一階だけ匂いという匂いが消されている。一番においがないところ。エントランス。熱帯魚が泳ぐ模様の絨毯が敷かれている。歩くと波紋が広がり、魚たちが逃げて行く。めくりあげてみる。スイッチがある。押す。下への階段が現れ、同時に酷いにおいが立ち昇ってくる。
「こちらは?」
「地下室です」
「ご案内いただけますか」
次の瞬間、男は玄関に向かって走り出した。パルスガンで足を撃つ。もんどり打って倒れた。これでしばらくは動けないはずだ。ヴェスタと階段を降りてみる。静かだ。ここも白い壁が続いている。明るい。
「誰かいますか? 人権保護局の捜査官です」
返事はない。ドアが二つ。右のドアを開ける。診察台のようなシンプルなベッドが真ん中に置かれた部屋。よく見ると拘束具がついていて、ベッドに手足を縛り付けられるようになっている。横にサウンドブレイカー。出力は最小。
「なにこれ?」
「ここでレプリカントの脳みそを壊してたんだろ。サウンドブレイカーか。確かに頭蓋骨を傷つけずに中身だけ壊せるわけだ。こういう使い方をするとはね」
でもレプリカントたちはいない。
左の部屋。ドアを開ける。薬品の匂い。具合が悪くなりそうなほどの。部屋は広い。
「臭い。お前にもわかるか?」
「これはわかる」
踏み込む。注意しないと変な薬品を嗅いでしまうかも知れない。あの男は逃げようとした。何か見つかったらまずいものが必ずここにあるはずだ。
「バル! 誰かいる! あの壁の後ろ」
ヴェスタに言われてパルスガンを構える。
「出てきてください。両手をあげて」
「……バル?」
うんざりした。イグニスの声だった。
「何もしてないよ?」
「じゃあ、両手を上げて。壁につけろよ。何もしてないか決めるのはこっちだ」
ドンドンと体に衝撃が来た。じんじんする痛み。痛いんだよこれ。二発も撃ちやがった。
「ヴェスタ。あいつサウンドブレイカーを持ってる。壁に隠れてろ」
「バル! 僕のこと好きでしょ?」
「いや、どうでもいいね」
もう一度構え直す。次は撃つ。薬品臭の中、かすかにあの匂いがし始めた。発情する香水。うまくやられたよなあ。これは想定内。
「ぼくはまだ君が好きだよ」
「好きなやつを躊躇なく撃たねーだろ」
一歩近づく。
「びっくりしちゃって。ごめんね。………その子、まだ意識がないんじゃなかったの?」
「そう言っておいた方が油断するかと思ってね」
もう一歩。何か薬品をぶっ掛けられるのが怖い。
「……ねえ、やっぱりバルが一番好きだったな。覚えてるよね? すごく激しくて……」
ドンとまた左の肩に衝撃がくる。でも今回はこっちも撃ってる。
「ぐっ……」
「うっかり出力最大にしちまった。ごめんごめん」
イグニスが顔を歪ませて床に転がっていた。パルスガンの最大はかなりきつい。全身こむら返りになったくらいの痛み。小さなからの瓶も落ちている。色っぽい話を持ち出してきたところをみると、たぶん周りには例の香水の匂いが充満してるんだろう。今の俺にはわからないけど。ヴェスタが笑って言った。
「結局ガスマスクつけたね」
「予想通りだな」
もっと奥に行くと、二人のレプリカントが鎖に繋がれていた。その場で身元確認し、二人とも人権持ちだとわかった。
「こちらバルトロイ。二名の保護対象発見。被疑者も二名。うち一名は地下室。応援願います」
鎖を外してやる。尋ねたことには答えるけど、呆然としている。彼らももう脳が壊されているんだろう。
「バル、もう一人いたよ」
「連れて来な」
三人は何の抵抗もなく付いてくる。ヴェスタと誘導してエントランスに出る。意外と平和に片付いて良かった。もうメイハンの方はサポートのディーが手錠をかけていた。
「お疲れ。バル」
「ありがとう」
メイハンとディーが外に出ようとした時だった。
「レッダ、オールクリア」
「はい。メイハン様。オールクリア」
メイハンがさっと外に飛び出した。ディーもつられてドアの外に転げる。同時にドアが閉まり開かなくなる。まずい。床下から煙が上がってきた。
「なにこれ?」
「証拠隠滅だろ。レプリカントの売り先を守りたいんだ。ドアが開かない。しかし、イグニスがいるのに火付けやがったな」
「ドア、蹴破って」
「これドアの向きが逆だから無理だな。上に逃げて飛行型運搬機に拾ってもらおう」
レプリカントたちを上の階に促しながら、パイロットのアラスターにエア・ランナーを頼む。火の周りが早い。
「ここんちもレッダ」
「うちのレッダは様づけで呼ばないよな」
三階のテラスに出ると、もうエア・ランナーが空から寄ってくるところだった。まずレプリカントたちを乗せる。
「あれ何人乗り?」
「あれは中型だから五人かな」
「早くしてくれ! この家、防炎膜を剥がしてあるみたいだ。すぐ火が回るぞ」
アラスターがインカムから叫ぶ。確かにもうパーティルームに煙が充満している。
「次ヴェスタ、乗れ」
「バルから乗って」
「なんで?」
「怖いから。先に乗ってひっぱって」
「?」
そんなビビりじゃねーだろと思ったが、乗って手を差し出した。ヴェスタは取らない。
「おい! 早くしろよ」
「バル、ダメなんだ。これパイロットも入れて五人乗りなんだ」
アラスターが言った。
「これで満員なんだ。もう一人乗せたら飛べない」
「そ……」
ヴェスタを見た。手をひらひらと振っている。インカムからヴェスタの声が聞こえた。
「保証期間内だからさ。これでさよならってわけじゃないよ。新しい俺にもまた教えてやって……」
げほげほとヴェスタがマイクの向こうで咳き込む。黒煙がここまで来る。
派手な音がして、パーティルームとテラスを隔てていたガラスが吹き飛んだ。
「出るぞバル! もっと中に入って! ドアを閉めるから。煙が…」
新しい俺にもまた教えてやって?
ヴェスタの表情はゴーグルで見えない。ただ青い髪が煙の隙間から見える。保証期間内。手続きさえすれば、新しいヴェスタが届く。顔も性能も全く同じレプリカントが。俺のことを知らない、俺から疑われたことも犯されたこともないヴェスタが。俺と喧嘩したこともない、俺から傷つけられたことのないまっさらな──
ヴェスタ。
「……アラスター。俺が行ったらドアを閉めて上がれ」
「は? バ………」
ホバリングしていたエアランナーから飛び降りる。息が詰まるくらいの体に悪そうな煙の匂いと熱気。インカムからアラスターの声がした。
「バル‼︎」
「行けよ。せっかく助けたんだぞ」
「……すぐ! 戻ってくるから! この三人置いたら」
さて。
「バカ!」
ほんとに言うようになったよなあこいつ。
「お前、オーナーにバカって」
火の粉が届いてきた。時間がない。エアランナーを待っていたら焼け死んでしまう。ベランダから下を覗く。まあ10メートルはないんじゃないか。おあつらえ向きに枝振りのいい木も生えている。
「行くぞヴェスタ」
「は?」
固まっているヴェスタを有無を言わさず抱え込み、考える前に後ろ向きに飛ぶ。一瞬の無重力。レッダは俺の家で使い始めて5年だけど、ユーザーは32万人いる。信じたい人を信じてはいかがですか。
そうだよなレッダ。失敗したって諦めがつく。俺が今信じるのは俺だ。
木の枝に突っ込んだ。耳元でバキバキと轟音がする。ゴーグルが弾け飛ぶ。背中から地面に。
着地。
「……はっ………」
土の匂いがする………。折れた枝と血の匂いも。ビーコンの音がする。どっちのビーコンだ? 鼻先にヴェスタの青い髪の毛が揺れている。
「生きてるか?」
「……バカ」
良かった。ほらな。思った通りだ。俺の体はこれくらいじゃさ……それにしても、
「いってえなあ………」
10
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)
おにぎり1000米
BL
エンジニアの三波朋晴はモデルに間違われることもある美形のオメガだが、学生の頃から誰とも固定した関係を持つことができないでいる。しかしとあるきっかけで年上のベータ、佐枝峡と出会い、好意をもつが…
*オメガバース(独自設定あり)ベータ×オメガ 年齢差カプ
*『まばゆいほどに深い闇』の脇キャラによるスピンオフなので、キャラクターがかぶります。本編+後日談。他サイト掲載作品の改稿修正版につきアルファポリス版としましたが、内容はあまり変わりません。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
恋人はメリーゴーランド少年だった。
夏目奈緖
BL
溺愛ドS社長×ツンデレ高校生。年の差恋愛。社長からの告白と束縛に戸惑う高校生。すれ違いばかりの片想いから恋人同士へ。ひねくれもの天使的な高校生と心を閉ざした会社社長との年の差BL。中山夏樹(18)は従姉妹の結婚式の2次会で、倒れてきた酔っ払いの下敷きになり左手に怪我を負った。助けてくれたのが、会場レストラン経営の黒崎ホールディングス代表取締役社長・黒崎圭一(33)。左手の抜糸がすむまで黒崎の車で送迎されることになった。黒崎は誰にも心を開かない。夏樹も同じである。しかしながら、夏樹は黒崎の前だけは自分の意思とは反対に、本音を吐き出す。2人は孤独を抱えており、夏樹は黒崎に惹かれていく。黒崎は夏樹に一目惚れし、執着する。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【BL】『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとでした
圭琴子
BL
この世界は、αとβとΩで出来てる。
生まれながらにエリートのαや、人口の大多数を占める『普通』のβにはさして意識するほどの事でもないだろうけど、俺たちΩにとっては、この世界はけして優しくはなかった。
今日も寝坊した。二学期の初め、転校初日だったけど、ワクワクもドキドキも、期待に胸を膨らませる事もない。何故なら、高校三年生にして、もう七度目の転校だったから。
βの両親から生まれてしまったΩの一人息子の行く末を心配して、若かった父さんと母さんは、一つの罪を犯した。
小学校に入る時に義務付けられている血液検査日に、俺の血液と父さんの血液をすり替えるという罪を。
従って俺は戸籍上、β籍になっている。
あとは、一度吐(つ)いてしまった嘘がバレないよう、嘘を上塗りするばかりだった。
俺がΩとバレそうになる度に転校を繰り返し、流れ流れていつの間にか、東京の一大エスカレーター式私立校、小鳥遊(たかなし)学園に通う事になっていた。
今まで、俺に『好き』と言った連中は、みんなΩの発情期に当てられた奴らばかりだった。
だから『好き』と言われて、ピンときたことはない。
だけど。優しいキスに、心が動いて、いつの間にかそのひとを『好き』になっていた。
学園の事実上のトップで、生まれた時から許嫁が居て、俺のことを遊びだと言い切るあいつを。
どんなに酷いことをされても、一度愛したあのひとを、忘れることは出来なかった。
『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとだったから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる