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01 チュートリアル
19 Baltroy (バディ)
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ブリングが表示したのは、郊外の森の中だった。
夏草が膝の丈まで伸びていて、草いきれの匂いが濃い。集中する。ヴェスタの微かなにおいを探る。強烈なまでの草の匂いに紛れて、そのにおいを見つけた。
「ヴェスタ!」
草の中に沈んでいたヴェスタを拾い起こす。首に触れて脈を探す。生きている。ビーコンも鳴っていない。
「はあ……」
気が抜けてため息が出た。でも意識が戻るまで安心はできない。車に乗せて道路を走った。蒼い髪。でも今回は間に合った。眠るヴェスタの頬についていた土を指で拭う。目が覚めたら教育的指導をしないと。その前に、謝らないとな。今度こそ。
検査室に運び込まれたヴェスタは点滴を受けながら眠っていた。
「大丈夫。低体温と脱水になってるけど、大きな怪我もないし。まああともう一日くらいほったらかしだったら命に関わってたかもね」
ユミンが「そろそろ目が覚めると思うわ」と言って検査室を出ていった。眠る彼はシリコンの人形のように見える。最初に来た時を思い出す。ベッドのふちに腰掛けて、真っ青な髪に触れる。感情で変わる色。面白い。なんでこんな髪なんだろう。隠し事もできないじゃないか……。
まつげが蝶の羽のように震えて、青緑色の瞳が現れた。少しくるくると周りを見渡した後、俺の目を捉えた。
「よ」
「……」
髪が少しずつ瞳と同じ青緑色に変わっていく。まだ怒ってる? まだ思い出してない? ヴェスタの言葉を待つ。
「ここ、どこ?」
「検査室。お前、森の中で倒れてたんだよ。覚えてるか?」
「全然覚えてない。メイハンの家に行って……何か話したんだけど」
「だろうな。あの匂いがする薬を使われたんだと思う。全部お前が言った通りだった。ごめんな」
青緑色の髪がまた変化を始めた。グリーンに。そしてエメラルドグリーンに。
「イグニスのことも。たぶんあの匂いで発情させられてたんだよな。俺が捜査官だから。ジョッジが捕まったよ。情報漏洩で。あいつも同じ手でやられたと思う。俺はにおいがわかったから何も漏らさずに済んだけど」
ヴェスタがにっこりと笑った。久しぶりにみる。笑った顔。
「ごめんな」
まだヴェスタからは草の香りがする。
「でも、一人でこんな真似したらだめだ。生きて帰ってきたのはラッキーだったんだぞ」
「バルが見つけてくれたの?」
「まあそうだ。でも危なかった。だめかと思った」
ヴェスタの髪。緑はhappy。白はup。あの子見るからにバルが好きだよね。わからないのはバルくらいだよ。
そうなのかな。わからないな。
「その髪は……」
「ん?」
「なんで今、その色なんだ」
「わかんない。嬉しいからかな……」
「そうか」
そっとその薄緑の髪を撫でる。ヴェスタは目を細めて、髪はますます明るく輝いた。
「何で嬉しい?」
「バルが、俺のこと信じてくれたから?」
「はは。……もっと早くに、お前の言うことちゃんと聞かなきゃならなかった。悪かった。バディ失格だな」
「ん……」
「またバディ変更かな」
「やだ! 俺バルがいい……」
変なやつ。まあ、仕方ないのか。
「俺がオーナーなんだもんな。お前に変更できないのは同情するよ」
「ちがう! だってさ、だって……俺、バルが好きだよ……。生まれる前から俺のこと待っててくれた人、好きじゃないわけないじゃん……」
ヴェスタは本気で言ってるみたいだった。少しかわいそうになった。そうだ。こいつらは、オーナーありきなんだから。どうしてもっと寄り添ってやろうと思わなかったんだろう。
仕方なく発注しただけだなんて、言うべきじゃなかった。本当に。
「……前にもひどいこと言ってごめんな」
ヴェスタの当日の行動を振り返ってみる。ヴェスタはあの夜、家を飛び出してからその足で職場に寄った。他に行くところもなかったから。
一晩自分のブースでデータを浚って、思い立ってメイハンのところを訪ねてみることにし、職員たちの出勤と入れ替わるようにして街に出た。
「本当は、メイハンの買取用のIDにコールして、買い取ってくれって言ってみたいと思ってた。でもSNSを探したけど見つからなくて」
見つからなくて良かった。
仕方なく時間を見てその家を訪ねた。とても大きな家。インターフォンを押すと本人が出てきたので、記者を名乗ってお話を聞きたいと言った。
「何の話?」
「もうこの辺から覚えてない。でも」
ヴェスタはシャツの襟の内側から、直径2センチほどのステッカー型のレコーダーを取り出した。
「えらい」
「さすがに本当の丸腰では行けないよ」
レコーダーの中身を端末に繋いで取り出す。最初は職場でのテスト録音が入っている。朝早くの音。掃除ロボットが通過する音。ざわざわと出勤してきた人が挨拶しながら通り過ぎる音。
『ようヴェスタ。随分早いじゃないか。昨日は可愛がってもらえなかったのか?』
ヴェスタが早送りしようとする。
「待て」
『セクサロイドと豚の子か。人外コンビ。豚のアレって凄いんだろ? 今夜はぶち込んで貰えるといいな! ハハ』
『やめなさいよ! いっつもネチネチと! あんたのそれ不愉快なの。言いたいことがあるんならバルに面と向かって言えば。この子じゃなくて!』
「……お前こんなことしょっちゅう言われてたのか?」
「バルが近くにいない時だけだよ」
そうか。それで俺がどっかに行って戻ってくるといつも髪が青かったんだ。びっくりしたのは、ヴェスタと俺をからかっているのがカラスで、庇ってくれたのがタルマイだったことだった。
「俺って人を見る目がないんだな」
「鈍感だとは思う」
こいつ。言うようになったな……。
続きを聴く。インターフォンの音から。ドアの開く音。
『こんにちは。取材にご協力お願いします。キュリオシスタの記者なんですが、レプリカントに対する印象をお尋ねしているんです』
「20点。レプリカントのことはなるべく聞くなよ。怪しいだろ」
「ごめん。思いつかなかった」
『レプリカントの? いいですよ。お入りください』
『早速なんですけど、最近は職場や街にもレプリカントが増えてきましたよね。どう思われますか』
『……いいことじゃないですか。支配率高いのなんかは、ヒューマンより安心できますよね』
『支配率の低いレプリカントについてはどう思われますか』
『ID頂けますか?』
『失礼しました』
『ライオネルブラザーズなんですね』
『ご存知なんですか』
かたかたとなにかを動かす音が入る。しばらく無音。
『これは偽装IDですよね。この企業は実在してない』
『そうですね』
『あなたも捜査官ですか?』
『はい』
『なにを調べに来たの?』
ヴェスタと顔を見合わせる。
「覚えてるか?」
「全然」
『レプリカントの買取人について』
『おっと』
ビービーと何かのブザーが鳴り始めた。ビーコンの音だ。
「こういう時のために付けとくやつなんだね」
「まず一人で容疑者のとこに行かないんだよ」
『だめだな。こいつは自白剤の感受性が高すぎる。このまま吸わせると死んでしまう。目が覚める前に捨てよう』
『殺さなくて平気?』
聞き覚えのある声。
『こいつ、あの捜査官のレプリカントだよ。豚の子の。脳味噌潰しておいたら? あいつが何か気づいて送り込んできたのかも。最初からカラスの方にしとけばよかったなあ。ババを引いたよね』
『ならなおさら殺すと面倒だ。ビーコンが付いてるから救急にも記録が残ってしまう。殺さなくてもどうせ覚えてないだろう』
『じゃあカメラがないところに置いてこないと』
『急ごう。このまま死ぬかも知れない。ここから救急にデータが行くと困る』
ガサガサと音。ドン、バタン……走行音。多分オートキャリアに乗せられてあの草原に連れて行かれているんだろう。
『まったく……。あの豚野郎、何も話さないし自白剤は吸わないし……。おかしいと思ってたんだ。まさかハイブリッドだったなんてさ、時間の無駄だったよ。ユーマの方がうまくいってたからましか』
『でも捕まってしまったな。ジョジマだったか』
『ちょっと派手にやりすぎたね。カラスがいるからいいけど。でも豚の方がカラダは良かったな』
あっそう。そりゃ光栄だね。
またしばらく走行音。ドアが開く音。この辺でいいだろう、そうだね……どさ、と重い音。たぶんヴェスタが地面に投げ出されたんだろう。もう人の声は入っていない。
「イグニスの声だったな」
「やばかった……」
「だから。こういうことがあるから2人1組なんだよ!」
まあ。いいか。帰ってきたんだ。本人も分かっただろ。それに収穫もある。イグニスはやっぱり俺が捜査官だから近づいてきたんだ。ハイブリッドなことも知ってる。たぶんこれはカラスからの情報なんだろう。ジョッジもこいつらに嵌められたんだ。
「ともかく、これでお前の顔が割れちまったから囮作戦は出来なくなったけど、買取人の居場所はわかったってこと。何人かに声かけてチーム編成だな」
「それより先にカラスさんのこと何とかしないといけないんじゃない? 何か漏らされるかも知れない。しかも本人は何を話したのか覚えてないんだろ」
「あいつはあれでいいんじゃないか。漏らしてもらおう」
夏草が膝の丈まで伸びていて、草いきれの匂いが濃い。集中する。ヴェスタの微かなにおいを探る。強烈なまでの草の匂いに紛れて、そのにおいを見つけた。
「ヴェスタ!」
草の中に沈んでいたヴェスタを拾い起こす。首に触れて脈を探す。生きている。ビーコンも鳴っていない。
「はあ……」
気が抜けてため息が出た。でも意識が戻るまで安心はできない。車に乗せて道路を走った。蒼い髪。でも今回は間に合った。眠るヴェスタの頬についていた土を指で拭う。目が覚めたら教育的指導をしないと。その前に、謝らないとな。今度こそ。
検査室に運び込まれたヴェスタは点滴を受けながら眠っていた。
「大丈夫。低体温と脱水になってるけど、大きな怪我もないし。まああともう一日くらいほったらかしだったら命に関わってたかもね」
ユミンが「そろそろ目が覚めると思うわ」と言って検査室を出ていった。眠る彼はシリコンの人形のように見える。最初に来た時を思い出す。ベッドのふちに腰掛けて、真っ青な髪に触れる。感情で変わる色。面白い。なんでこんな髪なんだろう。隠し事もできないじゃないか……。
まつげが蝶の羽のように震えて、青緑色の瞳が現れた。少しくるくると周りを見渡した後、俺の目を捉えた。
「よ」
「……」
髪が少しずつ瞳と同じ青緑色に変わっていく。まだ怒ってる? まだ思い出してない? ヴェスタの言葉を待つ。
「ここ、どこ?」
「検査室。お前、森の中で倒れてたんだよ。覚えてるか?」
「全然覚えてない。メイハンの家に行って……何か話したんだけど」
「だろうな。あの匂いがする薬を使われたんだと思う。全部お前が言った通りだった。ごめんな」
青緑色の髪がまた変化を始めた。グリーンに。そしてエメラルドグリーンに。
「イグニスのことも。たぶんあの匂いで発情させられてたんだよな。俺が捜査官だから。ジョッジが捕まったよ。情報漏洩で。あいつも同じ手でやられたと思う。俺はにおいがわかったから何も漏らさずに済んだけど」
ヴェスタがにっこりと笑った。久しぶりにみる。笑った顔。
「ごめんな」
まだヴェスタからは草の香りがする。
「でも、一人でこんな真似したらだめだ。生きて帰ってきたのはラッキーだったんだぞ」
「バルが見つけてくれたの?」
「まあそうだ。でも危なかった。だめかと思った」
ヴェスタの髪。緑はhappy。白はup。あの子見るからにバルが好きだよね。わからないのはバルくらいだよ。
そうなのかな。わからないな。
「その髪は……」
「ん?」
「なんで今、その色なんだ」
「わかんない。嬉しいからかな……」
「そうか」
そっとその薄緑の髪を撫でる。ヴェスタは目を細めて、髪はますます明るく輝いた。
「何で嬉しい?」
「バルが、俺のこと信じてくれたから?」
「はは。……もっと早くに、お前の言うことちゃんと聞かなきゃならなかった。悪かった。バディ失格だな」
「ん……」
「またバディ変更かな」
「やだ! 俺バルがいい……」
変なやつ。まあ、仕方ないのか。
「俺がオーナーなんだもんな。お前に変更できないのは同情するよ」
「ちがう! だってさ、だって……俺、バルが好きだよ……。生まれる前から俺のこと待っててくれた人、好きじゃないわけないじゃん……」
ヴェスタは本気で言ってるみたいだった。少しかわいそうになった。そうだ。こいつらは、オーナーありきなんだから。どうしてもっと寄り添ってやろうと思わなかったんだろう。
仕方なく発注しただけだなんて、言うべきじゃなかった。本当に。
「……前にもひどいこと言ってごめんな」
ヴェスタの当日の行動を振り返ってみる。ヴェスタはあの夜、家を飛び出してからその足で職場に寄った。他に行くところもなかったから。
一晩自分のブースでデータを浚って、思い立ってメイハンのところを訪ねてみることにし、職員たちの出勤と入れ替わるようにして街に出た。
「本当は、メイハンの買取用のIDにコールして、買い取ってくれって言ってみたいと思ってた。でもSNSを探したけど見つからなくて」
見つからなくて良かった。
仕方なく時間を見てその家を訪ねた。とても大きな家。インターフォンを押すと本人が出てきたので、記者を名乗ってお話を聞きたいと言った。
「何の話?」
「もうこの辺から覚えてない。でも」
ヴェスタはシャツの襟の内側から、直径2センチほどのステッカー型のレコーダーを取り出した。
「えらい」
「さすがに本当の丸腰では行けないよ」
レコーダーの中身を端末に繋いで取り出す。最初は職場でのテスト録音が入っている。朝早くの音。掃除ロボットが通過する音。ざわざわと出勤してきた人が挨拶しながら通り過ぎる音。
『ようヴェスタ。随分早いじゃないか。昨日は可愛がってもらえなかったのか?』
ヴェスタが早送りしようとする。
「待て」
『セクサロイドと豚の子か。人外コンビ。豚のアレって凄いんだろ? 今夜はぶち込んで貰えるといいな! ハハ』
『やめなさいよ! いっつもネチネチと! あんたのそれ不愉快なの。言いたいことがあるんならバルに面と向かって言えば。この子じゃなくて!』
「……お前こんなことしょっちゅう言われてたのか?」
「バルが近くにいない時だけだよ」
そうか。それで俺がどっかに行って戻ってくるといつも髪が青かったんだ。びっくりしたのは、ヴェスタと俺をからかっているのがカラスで、庇ってくれたのがタルマイだったことだった。
「俺って人を見る目がないんだな」
「鈍感だとは思う」
こいつ。言うようになったな……。
続きを聴く。インターフォンの音から。ドアの開く音。
『こんにちは。取材にご協力お願いします。キュリオシスタの記者なんですが、レプリカントに対する印象をお尋ねしているんです』
「20点。レプリカントのことはなるべく聞くなよ。怪しいだろ」
「ごめん。思いつかなかった」
『レプリカントの? いいですよ。お入りください』
『早速なんですけど、最近は職場や街にもレプリカントが増えてきましたよね。どう思われますか』
『……いいことじゃないですか。支配率高いのなんかは、ヒューマンより安心できますよね』
『支配率の低いレプリカントについてはどう思われますか』
『ID頂けますか?』
『失礼しました』
『ライオネルブラザーズなんですね』
『ご存知なんですか』
かたかたとなにかを動かす音が入る。しばらく無音。
『これは偽装IDですよね。この企業は実在してない』
『そうですね』
『あなたも捜査官ですか?』
『はい』
『なにを調べに来たの?』
ヴェスタと顔を見合わせる。
「覚えてるか?」
「全然」
『レプリカントの買取人について』
『おっと』
ビービーと何かのブザーが鳴り始めた。ビーコンの音だ。
「こういう時のために付けとくやつなんだね」
「まず一人で容疑者のとこに行かないんだよ」
『だめだな。こいつは自白剤の感受性が高すぎる。このまま吸わせると死んでしまう。目が覚める前に捨てよう』
『殺さなくて平気?』
聞き覚えのある声。
『こいつ、あの捜査官のレプリカントだよ。豚の子の。脳味噌潰しておいたら? あいつが何か気づいて送り込んできたのかも。最初からカラスの方にしとけばよかったなあ。ババを引いたよね』
『ならなおさら殺すと面倒だ。ビーコンが付いてるから救急にも記録が残ってしまう。殺さなくてもどうせ覚えてないだろう』
『じゃあカメラがないところに置いてこないと』
『急ごう。このまま死ぬかも知れない。ここから救急にデータが行くと困る』
ガサガサと音。ドン、バタン……走行音。多分オートキャリアに乗せられてあの草原に連れて行かれているんだろう。
『まったく……。あの豚野郎、何も話さないし自白剤は吸わないし……。おかしいと思ってたんだ。まさかハイブリッドだったなんてさ、時間の無駄だったよ。ユーマの方がうまくいってたからましか』
『でも捕まってしまったな。ジョジマだったか』
『ちょっと派手にやりすぎたね。カラスがいるからいいけど。でも豚の方がカラダは良かったな』
あっそう。そりゃ光栄だね。
またしばらく走行音。ドアが開く音。この辺でいいだろう、そうだね……どさ、と重い音。たぶんヴェスタが地面に投げ出されたんだろう。もう人の声は入っていない。
「イグニスの声だったな」
「やばかった……」
「だから。こういうことがあるから2人1組なんだよ!」
まあ。いいか。帰ってきたんだ。本人も分かっただろ。それに収穫もある。イグニスはやっぱり俺が捜査官だから近づいてきたんだ。ハイブリッドなことも知ってる。たぶんこれはカラスからの情報なんだろう。ジョッジもこいつらに嵌められたんだ。
「ともかく、これでお前の顔が割れちまったから囮作戦は出来なくなったけど、買取人の居場所はわかったってこと。何人かに声かけてチーム編成だな」
「それより先にカラスさんのこと何とかしないといけないんじゃない? 何か漏らされるかも知れない。しかも本人は何を話したのか覚えてないんだろ」
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