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02 潜入捜査
02 Baltroy (キープ・アウト)
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ヴェスタは鍵をかけない。
この家に引っ越して、間違いが起きないようにまずやったのが声紋認証の鍵を各々の部屋に付けることだった。その時はどうして急に俺が発情してしまうのかわからなかったから。
原因がわかったからもう掛けなくてもいいんだろうけど、俺はずっと掛けている。それはどちらかと言うと、誰からも入られないようにと言うよりは、自分を部屋から出さないようにだ。
たまに人肌が恋しくなった時、ふとヴェスタの部屋の白いドアに目が止まってしまう。強烈にあの白い滑らかな肌や、敏感に反応する体に触れたくなる。しかもたぶんあのドアを開けたら、ヴェスタは何も言わずにただ抱かれてくれると思う。物分かりのいい、俺のレプリカントだから。
だから、鍵をかける。もう自分の都合でヴェスタを振り回したくない。ヴェスタは、一人の人間なんだから。オーナーは俺でも、俺の所有物ではない。俺は彼にあんな酷いことをしたんだ。自覚しないといけない。
朝出勤してみると、端末に局長からの呼び出しが来ていた。こういうのは大抵ろくでもない。ヴェスタを見るとこちらを伺っていたので、あっちにも同じのがいっているのがわかった。手招きして一緒に局長室に入る。
「何でしょうか」
文句をつけられるようなことは最近はやってない。俺が怪我をしたのは半年も前の話だし、それだって四日で復帰した。ここのところほとんど有給を取らない俺なんだから、そのくらい勘弁して欲しい。ヴェスタにだって怪我をさせていない。少なくとも病院送りになるような怪我は。
「君たちにしか……というか、ヴェスタにしか任せられない案件が来てな」
ほらな。ろくでもない。
「バディがいなければ危険な任務はさせられないって言ったのは局長じゃないですか」
「俺だって単独でなんてやらせたくはないさ。ただ、保証期間が終了したレプリカントにしかできない任務なんだ。そんな捜査官は警察機構にも連邦捜査局にもいない」
レプリカントで捜査官になるやつはいない。ヴェスタは特別。本当なら試験を受け、インターンとして一年を過ごし、適正を認められなければ捜査官にはなれない。その過程でレプリカントは弾かれる。なぜか?
レプリカントだから。
レプリカント人権保護局であってもレプリカントは差別されている。どんなに高度な教育を受けていても、どんなに身体能力が優れていても、レプリカントであるだけで捜査官にはなれない。
ヴェスタが俺のバディとしてポンと捜査官になったのは奇跡みたいなもんだ。俺がうまく遺伝子操作が発現したハイブリッドで、幸い仕事に関してはまあまあ成績がいいから。逆に言うと、人間の捜査官が俺に壊されると困るから。レプリカントなら替えが効くから。
そして何より、「レプリカント人権保護局」という看板に、レプリカントの捜査官がいると言うのはものすごく理想的な建前だからだ。
そんな人間扱いされないレプリカントを解放するために、という名目で、最近「レプリカント解放戦線」と名乗るグループがあちこちでレプリカントを攫っている。ニュースでもやっているし、俺も個人的に動向を追っていた。
レプリカントを保有してメインの労働者として使っているような工場や飲食店を結構派手に襲って、レプリカントだけを連れて行く。攫われたレプリカントたちは消息不明。先日、攫われたはずのレプリカントが今度は拐う側に回っているのがわかって、プログラムの書き換えが疑われている。
あまりに規模がでかいのと、明確な犯罪行為で被害者がヒューマンだから連邦捜査局の管轄になっているが、今回はこのレプリカント解放戦線への潜入捜査のためヴェスタに白羽の矢が立ったというわけだ。
「想像がついてると思うが、レプリカント解放戦線に潜り込んでほしいんだ。バル、ヴェスタと話がしたい。少し席を外してくれ」
「俺がバディなので。ヴェスタに俺のいない所で仕事の話をしないで下さい」
「バル。少しは遠慮しろ。お前さんにはそれなりに便宜を図っていると思うがね……」
便宜ってなんだ? バディのおかわりを三回したこと? ヴェスタを買う時助成があったこと? それとこれとは話が違う。遠慮しないでいると、局長は渋々そのまま話し出した。
「バルは有能な捜査官だ。多少規格外のことをしてくれるにしろ、態度に若干の問題があるにしろ、検挙率は群を抜いている。
ただ、ヴェスタ、君が来てからは自分が怪我をしたり、まだ不慣れな君に合わせた行動を取りがちになっている。これは人材の配置として正しくないんじゃないかと言う話が上層部から出てきた。たとえ怪我が多くなったとしても、それなりに経験を積んだバディをバルにつけて、君には別な仕事をしてもらったらどうかと」
そら来た。ヒューマンでも訓練や試験をあれこれやってやっとなれる捜査官に、レプリカントのヴェスタが裏口的になってしまったことへの反感はどこかから湧いてくるだろうと思っていた。たぶん局長としても予想通りのはずだ。局長として予想通りじゃなかったのは、むしろヴェスタが結構できるレプリカントだったこと。
「でもヴェスタがいなかったらメイハンの件は……」
「わかってる。私はわかってるよ。ただそう思わない人もいるということだ。だからヴェスタにここでがんばってもらって、バルのバディとして申し分ないとなればそんな話はなくなるだろう」
「やります」
びっくりした。ヴェスタは真っ青な髪でそう言って、きゅっと唇を噛んだ。がちがちに緊張しているのがわかった。おいおい。ちょっとは考えろよ。命懸けのやばいやつだ。後で説教しないといけない。
局長はこれ幸いとばかりに満面の笑みで話を終えて俺たちを部屋から放り出した。
「お前な」
「勝手に決めてごめん。でも俺にしかできないって言うんならやらせて欲しい」
受けちまったものは仕方がなかった。あとはどう成功率を上げるかだ。連邦捜査局が絡むのなら、普通なら万全のサポートを受けられただろうが、ヴェスタはレプリカントだ。あっちも使い捨てるつもりでいるかも知れない。思わず舌打ちした。こんな仕事の回され方をしたんじゃ、ヴェスタなら断れない。生きて帰って来られればいいが。
ブースに戻って改めてレプリカント解放戦線、通称ReLFについて調べてみる。「イレプリカ」を中心人物として去年から活動が活発化している。このイレプリカというのが曲者で、情報が全くない。名前も当然本名じゃないし、写真もない。ただ犯行声明に名前が載るだけ。本当にこんな人物が存在するのかどうかすら怪しい。
襲撃された時の規模から言って、数十人から数百人のレプリカントがメンバーになっているはずだが、彼らの行方も掴めていない。どこかかなり辺鄙なところにキャンプがあるんだろう。
確かにヴェスタ向きの案件ではある。これだけのレプリカントが動き回っていてしっぽを掴めないとは思えない。膨大なデータから何かを見つけるのはヴェスタの得意なところだ。
ヴェスタのブースをちらっと見ると、誰かと端末で話をしていた。連邦捜査局の捜査官だろう。後ろから覗き込んでみる。ゴーグルを付けたままの捜査官が画面に映っている。外せよ。顔がわかんないんじゃ顔合わせの意味ねえだろ。アホか? 火曜日に対面での顔合わせ。俺も入ると言うと、ヴェスタは髪の色が緑寄りになった。
「まず髪を染めろ。わかりやすすぎる。嘘がつけないだろ」
ヴェスタは家に帰ってすぐ髪をアイボリーに染めた。青緑色の瞳が映えて悪くなかったけど、やっぱりいつものがいいなと思った。
この家に引っ越して、間違いが起きないようにまずやったのが声紋認証の鍵を各々の部屋に付けることだった。その時はどうして急に俺が発情してしまうのかわからなかったから。
原因がわかったからもう掛けなくてもいいんだろうけど、俺はずっと掛けている。それはどちらかと言うと、誰からも入られないようにと言うよりは、自分を部屋から出さないようにだ。
たまに人肌が恋しくなった時、ふとヴェスタの部屋の白いドアに目が止まってしまう。強烈にあの白い滑らかな肌や、敏感に反応する体に触れたくなる。しかもたぶんあのドアを開けたら、ヴェスタは何も言わずにただ抱かれてくれると思う。物分かりのいい、俺のレプリカントだから。
だから、鍵をかける。もう自分の都合でヴェスタを振り回したくない。ヴェスタは、一人の人間なんだから。オーナーは俺でも、俺の所有物ではない。俺は彼にあんな酷いことをしたんだ。自覚しないといけない。
朝出勤してみると、端末に局長からの呼び出しが来ていた。こういうのは大抵ろくでもない。ヴェスタを見るとこちらを伺っていたので、あっちにも同じのがいっているのがわかった。手招きして一緒に局長室に入る。
「何でしょうか」
文句をつけられるようなことは最近はやってない。俺が怪我をしたのは半年も前の話だし、それだって四日で復帰した。ここのところほとんど有給を取らない俺なんだから、そのくらい勘弁して欲しい。ヴェスタにだって怪我をさせていない。少なくとも病院送りになるような怪我は。
「君たちにしか……というか、ヴェスタにしか任せられない案件が来てな」
ほらな。ろくでもない。
「バディがいなければ危険な任務はさせられないって言ったのは局長じゃないですか」
「俺だって単独でなんてやらせたくはないさ。ただ、保証期間が終了したレプリカントにしかできない任務なんだ。そんな捜査官は警察機構にも連邦捜査局にもいない」
レプリカントで捜査官になるやつはいない。ヴェスタは特別。本当なら試験を受け、インターンとして一年を過ごし、適正を認められなければ捜査官にはなれない。その過程でレプリカントは弾かれる。なぜか?
レプリカントだから。
レプリカント人権保護局であってもレプリカントは差別されている。どんなに高度な教育を受けていても、どんなに身体能力が優れていても、レプリカントであるだけで捜査官にはなれない。
ヴェスタが俺のバディとしてポンと捜査官になったのは奇跡みたいなもんだ。俺がうまく遺伝子操作が発現したハイブリッドで、幸い仕事に関してはまあまあ成績がいいから。逆に言うと、人間の捜査官が俺に壊されると困るから。レプリカントなら替えが効くから。
そして何より、「レプリカント人権保護局」という看板に、レプリカントの捜査官がいると言うのはものすごく理想的な建前だからだ。
そんな人間扱いされないレプリカントを解放するために、という名目で、最近「レプリカント解放戦線」と名乗るグループがあちこちでレプリカントを攫っている。ニュースでもやっているし、俺も個人的に動向を追っていた。
レプリカントを保有してメインの労働者として使っているような工場や飲食店を結構派手に襲って、レプリカントだけを連れて行く。攫われたレプリカントたちは消息不明。先日、攫われたはずのレプリカントが今度は拐う側に回っているのがわかって、プログラムの書き換えが疑われている。
あまりに規模がでかいのと、明確な犯罪行為で被害者がヒューマンだから連邦捜査局の管轄になっているが、今回はこのレプリカント解放戦線への潜入捜査のためヴェスタに白羽の矢が立ったというわけだ。
「想像がついてると思うが、レプリカント解放戦線に潜り込んでほしいんだ。バル、ヴェスタと話がしたい。少し席を外してくれ」
「俺がバディなので。ヴェスタに俺のいない所で仕事の話をしないで下さい」
「バル。少しは遠慮しろ。お前さんにはそれなりに便宜を図っていると思うがね……」
便宜ってなんだ? バディのおかわりを三回したこと? ヴェスタを買う時助成があったこと? それとこれとは話が違う。遠慮しないでいると、局長は渋々そのまま話し出した。
「バルは有能な捜査官だ。多少規格外のことをしてくれるにしろ、態度に若干の問題があるにしろ、検挙率は群を抜いている。
ただ、ヴェスタ、君が来てからは自分が怪我をしたり、まだ不慣れな君に合わせた行動を取りがちになっている。これは人材の配置として正しくないんじゃないかと言う話が上層部から出てきた。たとえ怪我が多くなったとしても、それなりに経験を積んだバディをバルにつけて、君には別な仕事をしてもらったらどうかと」
そら来た。ヒューマンでも訓練や試験をあれこれやってやっとなれる捜査官に、レプリカントのヴェスタが裏口的になってしまったことへの反感はどこかから湧いてくるだろうと思っていた。たぶん局長としても予想通りのはずだ。局長として予想通りじゃなかったのは、むしろヴェスタが結構できるレプリカントだったこと。
「でもヴェスタがいなかったらメイハンの件は……」
「わかってる。私はわかってるよ。ただそう思わない人もいるということだ。だからヴェスタにここでがんばってもらって、バルのバディとして申し分ないとなればそんな話はなくなるだろう」
「やります」
びっくりした。ヴェスタは真っ青な髪でそう言って、きゅっと唇を噛んだ。がちがちに緊張しているのがわかった。おいおい。ちょっとは考えろよ。命懸けのやばいやつだ。後で説教しないといけない。
局長はこれ幸いとばかりに満面の笑みで話を終えて俺たちを部屋から放り出した。
「お前な」
「勝手に決めてごめん。でも俺にしかできないって言うんならやらせて欲しい」
受けちまったものは仕方がなかった。あとはどう成功率を上げるかだ。連邦捜査局が絡むのなら、普通なら万全のサポートを受けられただろうが、ヴェスタはレプリカントだ。あっちも使い捨てるつもりでいるかも知れない。思わず舌打ちした。こんな仕事の回され方をしたんじゃ、ヴェスタなら断れない。生きて帰って来られればいいが。
ブースに戻って改めてレプリカント解放戦線、通称ReLFについて調べてみる。「イレプリカ」を中心人物として去年から活動が活発化している。このイレプリカというのが曲者で、情報が全くない。名前も当然本名じゃないし、写真もない。ただ犯行声明に名前が載るだけ。本当にこんな人物が存在するのかどうかすら怪しい。
襲撃された時の規模から言って、数十人から数百人のレプリカントがメンバーになっているはずだが、彼らの行方も掴めていない。どこかかなり辺鄙なところにキャンプがあるんだろう。
確かにヴェスタ向きの案件ではある。これだけのレプリカントが動き回っていてしっぽを掴めないとは思えない。膨大なデータから何かを見つけるのはヴェスタの得意なところだ。
ヴェスタのブースをちらっと見ると、誰かと端末で話をしていた。連邦捜査局の捜査官だろう。後ろから覗き込んでみる。ゴーグルを付けたままの捜査官が画面に映っている。外せよ。顔がわかんないんじゃ顔合わせの意味ねえだろ。アホか? 火曜日に対面での顔合わせ。俺も入ると言うと、ヴェスタは髪の色が緑寄りになった。
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