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02 潜入捜査
12 Vesta (up & down)
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「あれ? 髪染めた?」
同室のハイドラの髪が暗い赤褐色になっていた。
「違うの。あたし、気分で髪の色が変わるのよ」
俺の髪と同じなんだなと思った。もし色の変わり方も同じだとすれば、気分が落ち込んでるんじゃないだろうか。
「何か、つらい?」
「……うーん、何がってわけじゃないんだけどね……。何でかしら。うまく言えないわ」
何か話したくなったら言ってねと言うと、ハイドラは頷いた。でも髪の色は変わらなかった。
午前中はまた鶏小屋の掃除。思えばこれは別に自分たちでやらないといけないことでもない。こんなの、アンドロイドのクリーナーなんていくらでもあるのに、なぜやらせるのかな。不思議だった。俺たちこそ飼われているみたい。定時で味気ないご飯を食べて、決められたことをして。ハイドラじゃなくても落ち込みそう。
とりあえず掃き掃除をしていると、耳の中に何かが入った。
「わっ!」
虫だと思った。慌ててはたき落とそうとしたら、耳の中に声が聞こえた。
『待て待て。俺だよ。喋るなよ』
この声。ザムザだ。
「どうかした? ヴェスタ」
「なんでもない。ちょっと虫にびっくりしただけ」
『よしよし。ちょっと話したい。夜とか出られないかな? 実は近くまで来てるんだ』
近くまで来てる? どうやったんだろう。
『時間はわかるか? 23時にヤギ小屋の裏で会おう。人気があったら変更するけど、耳の中にいるから取るなよな』
午後からのセミナーはまた今日も気が滅入るやつだった。各地のレプリカントに関連する事件について。
暴行されて殺されたレプリカントの多さ。ヒューマンたちがレプリカントをどう思っているかの意識調査の結果。七割以上がヒューマンとは違うと認識している。レプリカントに人権が与えられた当時の反応……。
ぐったりした。もうほんと、このセミナーがすごく嫌だ。言われなくてもわかってるから、傷口に塩を塗り込むみたいにこんなことばかりやるのはやめてほしい。でも逃げられない。
「はあ……」
ベッドの上で考える。バルはどう思ってるのかな。レプリカントをバディにしろって言われて。言われたからな……「仕方なくお前を買っただけなのに」って。あれはかなり辛かったな……。あの時は誤解があったとは言え、消えたくなった。
──前にもひどいこと言ってごめんな。
「……ふふ」
面白いよね、バルは。
あんな見た目からして気が強そうで、実際何でもガンガンやるのに、悪いことしたと思うとすぐにちゃんと謝ってくれるんだ。
かわいいひと。
少し元気が出た。通信を入れる。バルの声が聞きたい。
「バル?」
『ヴェスタ』
ほっとする。
「あのさ、ザムザから連絡あったよ。今日会うって」
『会う? どうやって?』
「わかんない。でも23時にヤギ小屋でって」
『なんだそれ。さすがだな……。どうやってあいつ連絡してきた?』
「耳になんか飛び込んできた。それが通信機だったみたい。びっくりした……虫だと思ってさ」
『お前、あれこれ虫にたかられてんなあ』
「ふふ」
『まあ、会ってこいよ。何かわかってるかも知れない。気をつけろよ』
「うん」
23時ちょっと前、ベッドを抜け出す。同室の人たちのブースからは音もしない。眠ったのかな? 音が漏れないだけかな?
電気を付けずに暗視で外に向かって歩いた。夜に外出しようと思ってなかったから、出られるのかわからない。とりあえず正面玄関から出ようとしてみる。意外にも開いていた。閉じ込められているわけではないんだ。でも変な閉塞感がある。ここにいないといけないような。
真っ暗な中、ヤギ小屋まで歩くと、ヤギ小屋と外の世界を区切るフェンスの向こうにザムザがいるのがわかった。ザムザは俺の気配を感じたのか、一瞬身構えた。
「ザムザ。俺だよ」
「……ヴェスタかあ。お前暗視付きなのか。目が光っててこえーよ……こっちには誰なのかわかんねーし」
「どうやってここの場所わかったの?」
「アナログさ。お前が乗った車を追いかけたんだよ」
納得した。じゃあかなりのことがわかってるんじゃないかな?
「ここってどこなの? バルに言った?」
「ああ、お前何かでバルトロイと話してるだろ」
「うん、通信機付けてるから……バル、知らないみたいだったよ。教えてやって」
「……だめだよ、いくら普段はバディだからって」
だめ? なんで?
「バルトロイは今回は外れてるんだ。誓約書も彼に関してはイジェクトされてる。だから何も教えられない」
「なんで!」
「知らないのか? バルトロイから言われてないのか? お前の今回のバディは俺。コラボ案件だから。やつには今は別なバディが付いてる」
「聞いてない……」
「ま、そういうことだから。とりあえず進捗を教えてくれ。俺がお前の耳に入れた通信機、ビートルって言うんだけど、動きが遅くてカメラも視認性が悪いんだ。お前を見つけるのに二日もかかってさ……おい?」
ショックで涙が出てきた。ザムザの前で泣く気は全くなくて、恥ずかしくて困ったけど、バルのバディから外れてるっていうのが、いきなり梯子を外されたみたいにドンと来た。バルは一言も言わなかったのに……。
「いつから?」
「いつからって?」
「バルが俺のバディじゃなくなったの……」
「いや、今だけだよ! えーと、割とすぐだ。お前がここに来た日かな。泣くなって~」
「ごめ……気にしないで。進捗……何も、進んでなくて……」
「そうか。わかったわかった。焦らなくていいから。あまり目立っても悪いからしばらく潜伏しててくれ。俺は俺でここのことを調べるから。それから、その耳の中のビートルな。それで俺は連絡するから。難しいと思うけど、何かあったらそれに話しかけて。気づいたら出れるから」
ザムザはそれだけ言ってエア・バイクに乗って帰って行った。
部屋に帰ると日付が変わるちょっと前だった。バルに聞きたかった。バディ変わったの? でももう夜遅いからな……
…………
………………ほんとにバディ変わったの? なんで言わなかったの?
がまんできなくて、親指の付け根をぎゅっと押した。もしバルが出なかったら諦める。
無音。
「バル……」
『どうした?』
心臓が飛び出そうになった。出た。
「……ごめんね、夜中に。さっきザムザと会った」
『ああ。どうだった?』
「あの、さ。今、バル、別な人と組んでるって……ほんと? 俺、バルのバディじゃないの?」
『ザムザが言った?』
「うん。今回は俺のバディはザムザだけだって」
チッと舌打ちの音がした。
『お前がそっちに行った後に局長から言われた。でも関係ないだろ。気にすんなよ』
「気にすんなって言っても……ザムザはだからバルには何も教えられないって」
『別にザムザから何か教えてもらおうとは思ってねーよ。そうだな……俺は自分で調べてるだけだ。レプリカント解放戦線ていうやつをよ。それでどうだ?』
「なにそれ」
笑ってしまった。むちゃくちゃ。
『自主的にさ。たまたま潜り込んだお前にたまたまバグを付けてたんで調べてるだけ。な?』
「ふふふ」
そんなたまたまある?
「たまたま通信機までつけてたんだ」
『そーそー……。これも別に情報漏洩じゃねえよ。ただの雑談。場所が特定できりゃな。俺も追っかけりゃよかったかな?』
「局長に……また、怒られるよ……」
『外回りだって言っときゃわかんねえだろ。農場から何か見えないか?』
「山に囲まれてるみたいで、何も見えないな……」
『どのくらいオートキャリアに乗った?』
「うーん、公園から着替えした一軒家まで45分かかった。そこからしばらくまた車で移動したけど、この時はブリングがなかったから詳細がわからないな。体感では1時間はかかってないと思うけど」
『だとすれば、オートキャリアがハイウェイを行ったとしても300キロ圏内じゃないかな。その範囲で、農場みたいになってる山に囲まれたところか。それだけじゃちょっとなあ』
「何があればわかる?」
『外観の画像がほしいな。土地家屋の持ち主から探ろうと思ってる。ザムザの方はもうやってるよな。腹立つ』
「ふふ。バグがなんとか写せないかやってみる。俺が建物に背中を向けて立ってたらいいんだよね。時間見てやってみるよ」
『無理はしなくていいからな』
少し元気が出てきた。バルは自主的に俺の仕事をサポートしようとしてくれてるんだ。
「バル」
『ん?』
「ありがとう……」
同室のハイドラの髪が暗い赤褐色になっていた。
「違うの。あたし、気分で髪の色が変わるのよ」
俺の髪と同じなんだなと思った。もし色の変わり方も同じだとすれば、気分が落ち込んでるんじゃないだろうか。
「何か、つらい?」
「……うーん、何がってわけじゃないんだけどね……。何でかしら。うまく言えないわ」
何か話したくなったら言ってねと言うと、ハイドラは頷いた。でも髪の色は変わらなかった。
午前中はまた鶏小屋の掃除。思えばこれは別に自分たちでやらないといけないことでもない。こんなの、アンドロイドのクリーナーなんていくらでもあるのに、なぜやらせるのかな。不思議だった。俺たちこそ飼われているみたい。定時で味気ないご飯を食べて、決められたことをして。ハイドラじゃなくても落ち込みそう。
とりあえず掃き掃除をしていると、耳の中に何かが入った。
「わっ!」
虫だと思った。慌ててはたき落とそうとしたら、耳の中に声が聞こえた。
『待て待て。俺だよ。喋るなよ』
この声。ザムザだ。
「どうかした? ヴェスタ」
「なんでもない。ちょっと虫にびっくりしただけ」
『よしよし。ちょっと話したい。夜とか出られないかな? 実は近くまで来てるんだ』
近くまで来てる? どうやったんだろう。
『時間はわかるか? 23時にヤギ小屋の裏で会おう。人気があったら変更するけど、耳の中にいるから取るなよな』
午後からのセミナーはまた今日も気が滅入るやつだった。各地のレプリカントに関連する事件について。
暴行されて殺されたレプリカントの多さ。ヒューマンたちがレプリカントをどう思っているかの意識調査の結果。七割以上がヒューマンとは違うと認識している。レプリカントに人権が与えられた当時の反応……。
ぐったりした。もうほんと、このセミナーがすごく嫌だ。言われなくてもわかってるから、傷口に塩を塗り込むみたいにこんなことばかりやるのはやめてほしい。でも逃げられない。
「はあ……」
ベッドの上で考える。バルはどう思ってるのかな。レプリカントをバディにしろって言われて。言われたからな……「仕方なくお前を買っただけなのに」って。あれはかなり辛かったな……。あの時は誤解があったとは言え、消えたくなった。
──前にもひどいこと言ってごめんな。
「……ふふ」
面白いよね、バルは。
あんな見た目からして気が強そうで、実際何でもガンガンやるのに、悪いことしたと思うとすぐにちゃんと謝ってくれるんだ。
かわいいひと。
少し元気が出た。通信を入れる。バルの声が聞きたい。
「バル?」
『ヴェスタ』
ほっとする。
「あのさ、ザムザから連絡あったよ。今日会うって」
『会う? どうやって?』
「わかんない。でも23時にヤギ小屋でって」
『なんだそれ。さすがだな……。どうやってあいつ連絡してきた?』
「耳になんか飛び込んできた。それが通信機だったみたい。びっくりした……虫だと思ってさ」
『お前、あれこれ虫にたかられてんなあ』
「ふふ」
『まあ、会ってこいよ。何かわかってるかも知れない。気をつけろよ』
「うん」
23時ちょっと前、ベッドを抜け出す。同室の人たちのブースからは音もしない。眠ったのかな? 音が漏れないだけかな?
電気を付けずに暗視で外に向かって歩いた。夜に外出しようと思ってなかったから、出られるのかわからない。とりあえず正面玄関から出ようとしてみる。意外にも開いていた。閉じ込められているわけではないんだ。でも変な閉塞感がある。ここにいないといけないような。
真っ暗な中、ヤギ小屋まで歩くと、ヤギ小屋と外の世界を区切るフェンスの向こうにザムザがいるのがわかった。ザムザは俺の気配を感じたのか、一瞬身構えた。
「ザムザ。俺だよ」
「……ヴェスタかあ。お前暗視付きなのか。目が光っててこえーよ……こっちには誰なのかわかんねーし」
「どうやってここの場所わかったの?」
「アナログさ。お前が乗った車を追いかけたんだよ」
納得した。じゃあかなりのことがわかってるんじゃないかな?
「ここってどこなの? バルに言った?」
「ああ、お前何かでバルトロイと話してるだろ」
「うん、通信機付けてるから……バル、知らないみたいだったよ。教えてやって」
「……だめだよ、いくら普段はバディだからって」
だめ? なんで?
「バルトロイは今回は外れてるんだ。誓約書も彼に関してはイジェクトされてる。だから何も教えられない」
「なんで!」
「知らないのか? バルトロイから言われてないのか? お前の今回のバディは俺。コラボ案件だから。やつには今は別なバディが付いてる」
「聞いてない……」
「ま、そういうことだから。とりあえず進捗を教えてくれ。俺がお前の耳に入れた通信機、ビートルって言うんだけど、動きが遅くてカメラも視認性が悪いんだ。お前を見つけるのに二日もかかってさ……おい?」
ショックで涙が出てきた。ザムザの前で泣く気は全くなくて、恥ずかしくて困ったけど、バルのバディから外れてるっていうのが、いきなり梯子を外されたみたいにドンと来た。バルは一言も言わなかったのに……。
「いつから?」
「いつからって?」
「バルが俺のバディじゃなくなったの……」
「いや、今だけだよ! えーと、割とすぐだ。お前がここに来た日かな。泣くなって~」
「ごめ……気にしないで。進捗……何も、進んでなくて……」
「そうか。わかったわかった。焦らなくていいから。あまり目立っても悪いからしばらく潜伏しててくれ。俺は俺でここのことを調べるから。それから、その耳の中のビートルな。それで俺は連絡するから。難しいと思うけど、何かあったらそれに話しかけて。気づいたら出れるから」
ザムザはそれだけ言ってエア・バイクに乗って帰って行った。
部屋に帰ると日付が変わるちょっと前だった。バルに聞きたかった。バディ変わったの? でももう夜遅いからな……
…………
………………ほんとにバディ変わったの? なんで言わなかったの?
がまんできなくて、親指の付け根をぎゅっと押した。もしバルが出なかったら諦める。
無音。
「バル……」
『どうした?』
心臓が飛び出そうになった。出た。
「……ごめんね、夜中に。さっきザムザと会った」
『ああ。どうだった?』
「あの、さ。今、バル、別な人と組んでるって……ほんと? 俺、バルのバディじゃないの?」
『ザムザが言った?』
「うん。今回は俺のバディはザムザだけだって」
チッと舌打ちの音がした。
『お前がそっちに行った後に局長から言われた。でも関係ないだろ。気にすんなよ』
「気にすんなって言っても……ザムザはだからバルには何も教えられないって」
『別にザムザから何か教えてもらおうとは思ってねーよ。そうだな……俺は自分で調べてるだけだ。レプリカント解放戦線ていうやつをよ。それでどうだ?』
「なにそれ」
笑ってしまった。むちゃくちゃ。
『自主的にさ。たまたま潜り込んだお前にたまたまバグを付けてたんで調べてるだけ。な?』
「ふふふ」
そんなたまたまある?
「たまたま通信機までつけてたんだ」
『そーそー……。これも別に情報漏洩じゃねえよ。ただの雑談。場所が特定できりゃな。俺も追っかけりゃよかったかな?』
「局長に……また、怒られるよ……」
『外回りだって言っときゃわかんねえだろ。農場から何か見えないか?』
「山に囲まれてるみたいで、何も見えないな……」
『どのくらいオートキャリアに乗った?』
「うーん、公園から着替えした一軒家まで45分かかった。そこからしばらくまた車で移動したけど、この時はブリングがなかったから詳細がわからないな。体感では1時間はかかってないと思うけど」
『だとすれば、オートキャリアがハイウェイを行ったとしても300キロ圏内じゃないかな。その範囲で、農場みたいになってる山に囲まれたところか。それだけじゃちょっとなあ』
「何があればわかる?」
『外観の画像がほしいな。土地家屋の持ち主から探ろうと思ってる。ザムザの方はもうやってるよな。腹立つ』
「ふふ。バグがなんとか写せないかやってみる。俺が建物に背中を向けて立ってたらいいんだよね。時間見てやってみるよ」
『無理はしなくていいからな』
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「バル」
『ん?』
「ありがとう……」
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