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03 トライアル (3)Vesta & Baltroy
01 Baltroy (その夜)
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日付が変わる少し前だった。ノックの音がした。なんだろうな。
「開けろ」
カチャと軽い音がして、ドアが開く。
「よう。どうした?」
ヴェスタがおずおずと部屋に一歩だけ入ってきた。こいつがこの部屋に入るのはこれが二回目じゃないか。生成りの部屋着を着ている。部屋の明かりの光度をもう少し上げようとしたけどやめた。こいつには関係ないんだ。
物言いたげな目だった。髪は群青。悲しいのか?
「早く寝ろよ。明日はアラスターが迎えに来るんだろ。荷物はまとまったのか?」
ヴェスタはこくんと頷いた。
「アラスターによろしく」
あいつはいいやつだから。俺と一緒にいるよりずっとお前のことを大事にしてくれるはずだ。何より別に今生の別れってわけじゃない。週明けにまた局で会える。バディなんだから。
な。
恋人の家に行くんだろ。そんな髪やめろよ。
ヴェスタがゆっくりと歩いてベッドに腰掛けていた俺に近づく。ドアが感知して音もなく閉まる。
すっとヴェスタの白い手が伸びて、俺の両方の頬を包み、引き寄せた。キス。別れの? そう深刻に考えるなって。恋人がするやつ。ああ。そうだったな。教えるのを忘れてた。これじゃないんだよ、ヴェスタ。これは俺とお前がやるやつじゃないんだ。
唇が離れる。ちゃんと教えておかないとな。こういうことで俺が教えるのはもう最後かもしれない。
「ヴェスタ。これは恋人とするキスなんだ。もうアラスターとしかしちゃだめだ。こういう時は普通は……」
「……知ってる……」
「ん?」
ヴェスタは抱きついてもう一度食い付くようにキスして来た。おいおい。どうした。知ってるって。何を。
「……バル……そんなの知ってるよ! 最初から知ってた」
俺の背中に回った手が、喉に触れる首元が熱い。でももう人のものだから、細い体を抱きしめてやることもできない。行き場のない手を薄い肩に置く。
「もう寝ろ。寂しくなったんだろ? 大丈夫だ。また職場で嫌になるほど顔を合わせるんだ。わざわざ夜中まで見に来ることはねえよ」
ヴェスタの指に力が入った。もうやめろよ。俺だって我慢したんだ。
「……やだ」
またキスが始まる。こいつキスが上手くなった。アラスターに仕込まれたのかな……我ながら下世話だ。これだから職場恋愛ってのは嫌なんだよな。
ヴェスタが少し体を引いて、肩にあった俺の手を服の中に引き込む。直に指が肌に触れる。相変わらず、きめ細かい滑らかな肌だ。熱い……。熱が移りそうになる。
「だめだよ。ヴェスタ」
「………」
ヴェスタの髪はかなり白っぽいブルーになっている。ほらな。お前だって幸せではない。
ヴェスタが抱きついたまま、ひたいを俺の鎖骨のあたりに付けた。水滴が胸に落ちる。頭を撫でてやる。
「どうして?」
どうして、か。どうしてだろうな。
「うーん……。例えばさ。お前の大好きな……なんだろうな。一番気に入ってる服を勝手に誰かが取り出して着てたら嫌だろ。お前とキスしたら、アラスターがそういう嫌な気持ちになるんじゃないか。俺はアラスターも好きだから、あいつに嫌な思いさせたくねえんだな。お前だってアラスターにそんな思いさせたくないだろ? だから髪が青いんだろ?」
「………うっ……く」
ぱたぱたっと雫が溢れた。ほっとした。俺の理性の勝ち。急にどうしたんだろうな。でも勇気がある。俺にはできなかったことだ。アラスターと付き合う前にこれやられてたら一発で落ちてたな。
「……俺じゃなんでだめ?」
「お前はきれいだよ。性格もいいし頭もいい。ダメなわけねえ。誰かのものじゃなかったらやってるよ。でももうだめだ。わかってるんだろ?」
「どうしても?」
「どうしても」
離れるのが怖くなったのか? 長く一緒に居すぎたのかも知れない。
ヴェスタがごそごそとポケットから何かを取り出した。薄暗い部屋の光にきらりと反射する。ガラスの瓶だ。小さな。香水ビン……
「おい! まさか」
「……まだあるんだ」
確かに半分ほどあるのが見えた。蓋を開けられただけでもまずいだろう。
「捨てろよ! そんなもん」
「だって……」
イグニスの香水。俺の意思に関係なく欲情してしまうやつだ。半信半疑だったヴェスタが部屋に来た理由が確信に変わる。
「そんなもんで無理矢理やってどうすんだよ」
「だってバルは全然俺に興味ないじゃないか! ほかにどうすれば……」
興味ない? そんな風に見えたのか。でもそれも仕方がない。こうなるまでやり過ごしてしまったんだもんな。
「興味なくない。お前が大切だよ。だから、オーナーだからとか。一緒に住んでるからとか。そういうなし崩しで俺のものにしたくなかった。お前が自分で本当に気持ちを動かして誰かを好きになったらいいと思った。アラスターが好きだろ?」
ヴェスタはこくりと頷いた。そうだろ。俺にはずっとお前に負い目があって、もうそういう風にはお前に触れられないと思った。
だってあんまりだろ。お前はものじゃない。セクサロイドじゃない。ちゃんと、意思もあるし感情もある。あの時あんな風にお前を汚してしまったのも、すぐに信じてやれなかったのも謝っても謝りきれない。そんな俺のそばにこいつがずっと黙って寄り添ってくれるのは、俺がオーナーだからだ。
だからお前がアラスターとって言ってきた時、少しほっとしたんだ。ヴェスタが自分の意思で選んだやつのところに送り出せる。ヴェスタを俺の呪縛から解放できるんだって。
「朝まで一緒にいてやる。でもそこまでだ。お前はさ、刷り込まれてるだけなんだよ。俺がオーナーで最初にやっちゃったやつだし、ずっと一緒にいたから、俺と離れるのが怖くなってるだけ。これからはアラスターが俺の何倍もお前を大切にしてくれるよ」
「………ヒック」
ゆっくりとヴェスタの白い手からガラスの小瓶を抜く。後で捨てなきゃな。ヴェスタを抱き寄せる。ハグだよ。ただの。アラスターに言い訳しなきゃいけない。細い熱い体。明日からアラスターのもの。
いいなあ。
「横になるか?」
ヴェスタがしがみついたままこくんと縦に首を振る。白い体を横たえる。青い髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。青いな……。
「……一緒に、寝て。そこまでは、いいでしょ……」
簡単に言うもんだ。まあ、いてやるって言ってしまったからな。明かりを最小まで落として隣に潜り込む。ヴェスタは横向きに俺の手に自分の指を絡めて、ひたいを肩に付けた。ここまで。
「俺のこと……きらいだった?」
好きだよ。俺にとっては一番大事だよ。だから。
「そういう話じゃねえんだよ。お前にはちゃんと幸せになって欲しいんだ」
「俺、こんな気持ちで幸せになれるの?」
「それはさ……」
ヴェスタの体も吐息も熱い。どうして抱かれに来たりしたんだろう。どうして今夜だったんだろうな。もっと……
「新しい環境が怖いんだろ? まずやってみな。楽しいかもしれない」
「……ん…。バル、こっち向いてくれない?」
言われてヴェスタを見る。右が緑で左が青。目がうっすらと光ってこちらを見ている。これはこれできれいだ。
「キスまではいいだろ?」
「あのな、話聞いてたか? お前、アラスターが他の人とキスしたら嫌だろ」
「俺はそれでもいいもん」
「こら……」
ヴェスタの柔らかい唇が俺の唇を塞いでしまう。やれやれ。朝までこれやんの? 一回やっちまうか? その方が簡単な気がしてくる。それで気が済むんなら。
まあね。簡単だよな。
「しないよ。ヴェスタ。俺はしない」
「それでもいい。キスして抱きしめてくれたら」
アラスターが発狂しそう。クソガキだな。まだわかってねえんだな。そういう、人の人に対する執着ってもんが。
愛とか恋とかは俺にも正直よくわからない。好きだと思ってたらこのガラス瓶の中身のせいだったりしてな。本能と感情と打算のあんまりにも境目にありすぎて、ちょっと見分けがつかなくなってしまった。
でも誰かを独り占めしたいってのはわかる。例えば、ヴェスタに誰のバディにもなって欲しくないみたいに。例えばそういう独占欲みたいなものが愛の一部なのかも知れないとは思う。
誰かを特別だと思うってのもわかる。まるでそいつだけスポットライトでも当たってるみたいに、目が追ってしまう。例えばそういう庇護欲みたいなものも、愛の一部なのかも知れないと思う。例えば……
その髪の色が、気になって仕方ないみたいに。
あーあ。そうか。今気づきたくなかったな……。
ヴェスタの柔らかい頬を撫でる。闇の中で光る眼を見る。ぎゅっと抱きしめる。ヴェスタも返してくれる。この夜が、もっと前だったら良かったのにな。半年か、三ヶ月でもいい……。
「ハ……。手遅れ」
だめだな。俺は今夜でなきゃ、こんなことがなきゃきっと気がつかなかった。
俺はこいつを、愛してるんだ。
俺からキスする。舌が絡む。長いキス……。頼りないくらい柔らかい。ここまで。ここまでだから許して欲しい。
「………ん…」
ヴェスタの体がぴくんと反応する。細い指が背中に爪を立てる。脚が絡み付いてくる。
「……バル……お願い…」
硬くなっている。二人とも。わかってる。ぴったり抱き合ってるんだ。言い訳はない。もう一度強く抱きしめる。淡く微かなヴェスタのにおい。
「眠ろう、ヴェスタ。もうおしまいだ」
おしまい。イグニスの香水と同じくらい辛い。今なら蓋が開いても大して変わらないかも知れない。でも。
「おしまいだよ」
ただお前が幸せになってくれたらいいと思う。俺が見ていないところでも、緑の髪でいて欲しい。
さよなら。
「開けろ」
カチャと軽い音がして、ドアが開く。
「よう。どうした?」
ヴェスタがおずおずと部屋に一歩だけ入ってきた。こいつがこの部屋に入るのはこれが二回目じゃないか。生成りの部屋着を着ている。部屋の明かりの光度をもう少し上げようとしたけどやめた。こいつには関係ないんだ。
物言いたげな目だった。髪は群青。悲しいのか?
「早く寝ろよ。明日はアラスターが迎えに来るんだろ。荷物はまとまったのか?」
ヴェスタはこくんと頷いた。
「アラスターによろしく」
あいつはいいやつだから。俺と一緒にいるよりずっとお前のことを大事にしてくれるはずだ。何より別に今生の別れってわけじゃない。週明けにまた局で会える。バディなんだから。
な。
恋人の家に行くんだろ。そんな髪やめろよ。
ヴェスタがゆっくりと歩いてベッドに腰掛けていた俺に近づく。ドアが感知して音もなく閉まる。
すっとヴェスタの白い手が伸びて、俺の両方の頬を包み、引き寄せた。キス。別れの? そう深刻に考えるなって。恋人がするやつ。ああ。そうだったな。教えるのを忘れてた。これじゃないんだよ、ヴェスタ。これは俺とお前がやるやつじゃないんだ。
唇が離れる。ちゃんと教えておかないとな。こういうことで俺が教えるのはもう最後かもしれない。
「ヴェスタ。これは恋人とするキスなんだ。もうアラスターとしかしちゃだめだ。こういう時は普通は……」
「……知ってる……」
「ん?」
ヴェスタは抱きついてもう一度食い付くようにキスして来た。おいおい。どうした。知ってるって。何を。
「……バル……そんなの知ってるよ! 最初から知ってた」
俺の背中に回った手が、喉に触れる首元が熱い。でももう人のものだから、細い体を抱きしめてやることもできない。行き場のない手を薄い肩に置く。
「もう寝ろ。寂しくなったんだろ? 大丈夫だ。また職場で嫌になるほど顔を合わせるんだ。わざわざ夜中まで見に来ることはねえよ」
ヴェスタの指に力が入った。もうやめろよ。俺だって我慢したんだ。
「……やだ」
またキスが始まる。こいつキスが上手くなった。アラスターに仕込まれたのかな……我ながら下世話だ。これだから職場恋愛ってのは嫌なんだよな。
ヴェスタが少し体を引いて、肩にあった俺の手を服の中に引き込む。直に指が肌に触れる。相変わらず、きめ細かい滑らかな肌だ。熱い……。熱が移りそうになる。
「だめだよ。ヴェスタ」
「………」
ヴェスタの髪はかなり白っぽいブルーになっている。ほらな。お前だって幸せではない。
ヴェスタが抱きついたまま、ひたいを俺の鎖骨のあたりに付けた。水滴が胸に落ちる。頭を撫でてやる。
「どうして?」
どうして、か。どうしてだろうな。
「うーん……。例えばさ。お前の大好きな……なんだろうな。一番気に入ってる服を勝手に誰かが取り出して着てたら嫌だろ。お前とキスしたら、アラスターがそういう嫌な気持ちになるんじゃないか。俺はアラスターも好きだから、あいつに嫌な思いさせたくねえんだな。お前だってアラスターにそんな思いさせたくないだろ? だから髪が青いんだろ?」
「………うっ……く」
ぱたぱたっと雫が溢れた。ほっとした。俺の理性の勝ち。急にどうしたんだろうな。でも勇気がある。俺にはできなかったことだ。アラスターと付き合う前にこれやられてたら一発で落ちてたな。
「……俺じゃなんでだめ?」
「お前はきれいだよ。性格もいいし頭もいい。ダメなわけねえ。誰かのものじゃなかったらやってるよ。でももうだめだ。わかってるんだろ?」
「どうしても?」
「どうしても」
離れるのが怖くなったのか? 長く一緒に居すぎたのかも知れない。
ヴェスタがごそごそとポケットから何かを取り出した。薄暗い部屋の光にきらりと反射する。ガラスの瓶だ。小さな。香水ビン……
「おい! まさか」
「……まだあるんだ」
確かに半分ほどあるのが見えた。蓋を開けられただけでもまずいだろう。
「捨てろよ! そんなもん」
「だって……」
イグニスの香水。俺の意思に関係なく欲情してしまうやつだ。半信半疑だったヴェスタが部屋に来た理由が確信に変わる。
「そんなもんで無理矢理やってどうすんだよ」
「だってバルは全然俺に興味ないじゃないか! ほかにどうすれば……」
興味ない? そんな風に見えたのか。でもそれも仕方がない。こうなるまでやり過ごしてしまったんだもんな。
「興味なくない。お前が大切だよ。だから、オーナーだからとか。一緒に住んでるからとか。そういうなし崩しで俺のものにしたくなかった。お前が自分で本当に気持ちを動かして誰かを好きになったらいいと思った。アラスターが好きだろ?」
ヴェスタはこくりと頷いた。そうだろ。俺にはずっとお前に負い目があって、もうそういう風にはお前に触れられないと思った。
だってあんまりだろ。お前はものじゃない。セクサロイドじゃない。ちゃんと、意思もあるし感情もある。あの時あんな風にお前を汚してしまったのも、すぐに信じてやれなかったのも謝っても謝りきれない。そんな俺のそばにこいつがずっと黙って寄り添ってくれるのは、俺がオーナーだからだ。
だからお前がアラスターとって言ってきた時、少しほっとしたんだ。ヴェスタが自分の意思で選んだやつのところに送り出せる。ヴェスタを俺の呪縛から解放できるんだって。
「朝まで一緒にいてやる。でもそこまでだ。お前はさ、刷り込まれてるだけなんだよ。俺がオーナーで最初にやっちゃったやつだし、ずっと一緒にいたから、俺と離れるのが怖くなってるだけ。これからはアラスターが俺の何倍もお前を大切にしてくれるよ」
「………ヒック」
ゆっくりとヴェスタの白い手からガラスの小瓶を抜く。後で捨てなきゃな。ヴェスタを抱き寄せる。ハグだよ。ただの。アラスターに言い訳しなきゃいけない。細い熱い体。明日からアラスターのもの。
いいなあ。
「横になるか?」
ヴェスタがしがみついたままこくんと縦に首を振る。白い体を横たえる。青い髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。青いな……。
「……一緒に、寝て。そこまでは、いいでしょ……」
簡単に言うもんだ。まあ、いてやるって言ってしまったからな。明かりを最小まで落として隣に潜り込む。ヴェスタは横向きに俺の手に自分の指を絡めて、ひたいを肩に付けた。ここまで。
「俺のこと……きらいだった?」
好きだよ。俺にとっては一番大事だよ。だから。
「そういう話じゃねえんだよ。お前にはちゃんと幸せになって欲しいんだ」
「俺、こんな気持ちで幸せになれるの?」
「それはさ……」
ヴェスタの体も吐息も熱い。どうして抱かれに来たりしたんだろう。どうして今夜だったんだろうな。もっと……
「新しい環境が怖いんだろ? まずやってみな。楽しいかもしれない」
「……ん…。バル、こっち向いてくれない?」
言われてヴェスタを見る。右が緑で左が青。目がうっすらと光ってこちらを見ている。これはこれできれいだ。
「キスまではいいだろ?」
「あのな、話聞いてたか? お前、アラスターが他の人とキスしたら嫌だろ」
「俺はそれでもいいもん」
「こら……」
ヴェスタの柔らかい唇が俺の唇を塞いでしまう。やれやれ。朝までこれやんの? 一回やっちまうか? その方が簡単な気がしてくる。それで気が済むんなら。
まあね。簡単だよな。
「しないよ。ヴェスタ。俺はしない」
「それでもいい。キスして抱きしめてくれたら」
アラスターが発狂しそう。クソガキだな。まだわかってねえんだな。そういう、人の人に対する執着ってもんが。
愛とか恋とかは俺にも正直よくわからない。好きだと思ってたらこのガラス瓶の中身のせいだったりしてな。本能と感情と打算のあんまりにも境目にありすぎて、ちょっと見分けがつかなくなってしまった。
でも誰かを独り占めしたいってのはわかる。例えば、ヴェスタに誰のバディにもなって欲しくないみたいに。例えばそういう独占欲みたいなものが愛の一部なのかも知れないとは思う。
誰かを特別だと思うってのもわかる。まるでそいつだけスポットライトでも当たってるみたいに、目が追ってしまう。例えばそういう庇護欲みたいなものも、愛の一部なのかも知れないと思う。例えば……
その髪の色が、気になって仕方ないみたいに。
あーあ。そうか。今気づきたくなかったな……。
ヴェスタの柔らかい頬を撫でる。闇の中で光る眼を見る。ぎゅっと抱きしめる。ヴェスタも返してくれる。この夜が、もっと前だったら良かったのにな。半年か、三ヶ月でもいい……。
「ハ……。手遅れ」
だめだな。俺は今夜でなきゃ、こんなことがなきゃきっと気がつかなかった。
俺はこいつを、愛してるんだ。
俺からキスする。舌が絡む。長いキス……。頼りないくらい柔らかい。ここまで。ここまでだから許して欲しい。
「………ん…」
ヴェスタの体がぴくんと反応する。細い指が背中に爪を立てる。脚が絡み付いてくる。
「……バル……お願い…」
硬くなっている。二人とも。わかってる。ぴったり抱き合ってるんだ。言い訳はない。もう一度強く抱きしめる。淡く微かなヴェスタのにおい。
「眠ろう、ヴェスタ。もうおしまいだ」
おしまい。イグニスの香水と同じくらい辛い。今なら蓋が開いても大して変わらないかも知れない。でも。
「おしまいだよ」
ただお前が幸せになってくれたらいいと思う。俺が見ていないところでも、緑の髪でいて欲しい。
さよなら。
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