Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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03 トライアル (3)Vesta & Baltroy

15 Vesta (ホーム・シック)

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 翌日出勤すると、バルはまだ来ていなかった。バルは意外と朝ぎりぎりに来ることも多いし、案件が落ち着いていれば定時でさっと帰る。

 ブリングに入っている写真を眺める。バルと俺。バルはきっ・・とカメラを見返している。見るからに気の強そうな顔。横の満面の笑みの自分。身長差が30センチ近くある。まるで大人と子供。

 保護者? 家族?

 バルの自分への接し方はそれに近い気がする。たぶんだけど。家族っていうのは概念しか知らないから。髪を掻き回していく大きな手と長い指。

 あの夜、最後にバルがしてくれたキスは、どんなキスだったのかな。

 あのキスだけは、何か違ったような気がした。バルの……

「おはよう」

 慌てていつの間にか唇をなぞっていた指をキーボードに置く。バルがいつも通りつかつかと入ってきて、どさっと自分の席についた。髪の色が変わっている。

「おはよう! 染めたんだね」
「そう。性転換も髪を染めんのもまさか自分がやるとはなあ」

 バルの髪はマグと同じ深い青になっていた。レッダがわかってくれたのかな。心憎いとこもあるよね。

「似合う! バルは瞳が黒だから何でもかっこいいね」
「お前すぐそんなこと言うよな」

 だって本当なんだもん。きれい。休日の出勤は月に一回回ってくる。ここのところ、他のコンビが土日出勤しないといけない案件なことが多かったから、アラスターと暮らし始めてからは初めて。誰もいないフロア。昨日のデートの続きみたい。

「せっかくだから、コールするか。普段繋がらなくてメールになっちゃうオーナーに」
「今日、外出しないといけなくなったらどうするの?」
「緊急用ブリングを持って出るんだ。誰か来たら警備からコールが来る。局内にかかってきたコールはこれに転送される」

 いつもの通りレプリカントの現状確認のコールを始める。何もかもいつもの通り。でも他に人がいないから、斜め後ろのデスクに座るバルの気配がいつもよりはっきり感じられる。

 バルがそこにいて、呼吸して、体温で空気を温めているのが。

「こっちのリスト終わった。まあ、普段繋がらない人だけだからな。そっちは?」
「こっちも。大体大丈夫そうだね」

 最近はレプリカント殺人の事件のこともあって、レプリカントたちが家にいることが多い。お陰で確認も取りやすい。あまりいいことではないけど。オーナーに大切にされているレプリカントが多いと嬉しい。

「じゃあ連続殺人の方やろう」
「うん」

 バルのブースで今までに集めたデータを端末に出してみる。容疑者は十一人になっていた。

「それでも十一人だ」
「普通ならどうやって絞るの?」
「たいてい、被害者との関係性……。でも、こっちの仮説は『被害者が典型的なレプリカント顔だから』だろ。だからもう絞れない」
「バルがうまく釣り上げるだけ?」
「はは。そううまくいくかな……。もし、俺たちの仮説が正しかったとしたら、被害者に近しいやつは逆に容疑者から外れると思うんだ。親しかったらなんとかして確認するだろ。レプリカントかどうか」

 バルが今度はザムザからのデータを開いた。あっちは被害者と関係のあった人たちのデータを調べていた。連続殺人は特に一人目の被害者に犯人と接触する機会が頻繁にあることが多い。

「だめだな。こっちが絞った容疑者は引っかかってない。減らない」
「五人目は、どうやってレプリカントだとわかったんだろう? 目は光らないよね。典型的なレプリカントのタイプでもない」
「ふむ」

 つまり、五人目は、別口であらかじめレプリカントだと確認していた可能性がある。だから顔のタイプも少し違うのかも知れない。

「一度、行ってみるか?」
「どこに?」
「五人目の被害者が勤めていたバイト先。今開いてるだろ」

 緊急用のブリングを持って出る。バイト先はステーションのすぐ前のスイーツ専門店だった。

「あの子はね、レプリカントだとはわかって雇ってたんですよ。レプリカントの方が真面目で決められたことに従うのでね。衛生第一ですから、消毒とか洗浄とか、マニュアル通りにしてほしくて。そもそもそのせいでうちは従業員はほとんどレプリカント。でもわざわざそれを売りにしてるわけじゃないから……」
「他人がそれを知る術はない?」
「そうですね。ただ、ヒューマンの子もいるから………」

 店長はそこまで話してふっと口をつぐんだ。

「ヒューマンの子なら、誰がレプリカントなのか口を滑らせるかも知れない?」
「……いや。そこまでは言いませんが、全くないとは言えないと思いますね。従業員同士なら誰がレプリカントなのかは薄々わかってるでしょうし、美人が多くなるので、レプリカントだらけなのは自然とお客さんたちも気付いてると思います」
「私みたいなタイプの顔のバイトはいますか?」

 バルは自分の顔を指して言った。

「います。その子はヒューマンですね。今日は来てませんが」
「コールしたいのでIDを教えてください」




 コールしてみたら、本当に被害者たちと似たような──女性化したバルに通じるタイプの女の子だった。きりりと跳ね上がった眉尻。くっきりした目。

『なんですか?』
「最近、ご自身がレプリカントかどうか尋ねられたことはありますか?」
『ありますよ。あたし見た目がこうだから、よく間違えられるんです。今月も……先々週くらいかな? 高校生くらいの男の子から聞かれました』
「なんと答えましたか?」
『ヒューマンですよって言いましたよ。そしたらすごいがっかりして、ほんとにレプリカントじゃないのかってしつこいから、その日同じシフトだったレプリカントの子を紹介したんです。そんなにレプリカントがいいならこの子がそうですって。その子、殺されちゃったけど』
「なるほど。今画像を送りますが、この中にその聞いてきた高校生はいますか?」
『うーん? あんまり覚えてないんです』
「せめて髪の色とか。何か特徴だけでも」
『えー……ブラウン……かな? 全然印象がない』
「亡くなったレプリカントの方とその高校生くらいの男性が接触しているのをその後見たりしましたか?」
『さあ? ほんとに覚えてないんです。もういいですか?』

 通信終了。

「やれやれ。自分が一人殺させたかも知れないのに随分他人事だな。髪がブラウンてのも当てにならない。店内の防犯カメラの映像を貰おう」
「また見るの?」
「これで最後だといいな」

 先々週の録画から、さっきの店員と殺されたレプリカントが入っているシフトだけを抜き出す。四日分あった。さっきの店員が他の客と話している映像。

「あった」
「髪、金髪じゃん」

 店員はふらっと入ってきたその人物に声をかけられ、嬉しそうににこにこと答えている。なんだか不思議だった。どうしてレプリカントに間違えられるのが嬉しいんだろう?
 やり取りのうちに彼女はだんだん顔を曇らせ、通りかかった五人目の被害者の服を掴んで引き込むと、その少年に何か話した。少年は何も買わずにそのまま出て行く。

「この少年の顔を拡大。ヴェスタ、容疑者と比較して」
「この子だ。ダリル・K・ロマ。逮捕する? まだ無理か」
「まだ無理。証拠が全くない。あくまでこっちの仮説が正しかったらこいつが犯人ていう段階」

 でも見つけた。

「じゃあ、月曜日からバルがうまくこの子から証拠を引っ張り出せれば……」
「クローズだな。ヴェスタ、よくやった」

 バルはいつもそう言うけど、俺は何もしてない。思ったことを適当に口に出すと、バルが何かを思いついてさっと広げて犯人を見つけてくれるだけ。本当にすごくて、本当に解決してるのはバルだ。俺がやってることなんて、誰にでもできる。

「ちょうどもう少しで定時だ。当直の奴らが来たら上がろう。あとは明日だ」
「もう少しやっていきたいな。この男の子のこと、調べられるんじゃない?」
「いいだろ。十分だ。早く帰らないとアラスターが心配するぞ」

 俺は帰りたくない。昨日も検査かってくらい体中見られて辛かった。今日もたぶん。

「……残業したいんだよね。ちょっとさ」
「どうして?」

 毎日毎日抱かれるのがつらいって、バルには言えない。でも、他に誰に言えるんだろう。

「前にも言ったけど、ワンルームだから……ずっとアラスターの存在感があってさ。疲れちゃうんだ。少し……贅沢なのは分かってるんだけど、少しだけ………ひ……」

 言葉に詰まった。なんてくだらないことをバルに話してるんだ。

「ひとりになりたくなる?」

 そう。バスルームにいると落ち着く。キッチンのカウンターの中で、調理機器の後ろに隠れていると落ち着く。アラスターの視線を何かが遮ってくれると。

 バルはくしゃくしゃと髪を撫でてくれた。

「何色?」
「髪?」
「そう」
「わからない……」

 バルはふっとため息をついた。

「……それは、ちゃんとアラスターと話しな。お前がそうやって一人で、自分の髪の色も分からなくなっているのは良くない」
「でも……」
「怖い? 話すのが」

 怖い。アラスターがまた変に落ち込んで、優しいのに落ち着かない笑顔で俺を見るのが怖い。

「ヴェスタ、怖くない」

 思いもよらなかった。バルがふっと俺の髪に指を入れて、そのまま抱き寄せた。女性化して細く柔らかくなった体。温かい。

「アラスターはお前を大事にしてる。だろ? だからちゃんと言ってみな。素直に」
「うん……」

 今の髪の色は、きっと、緑。

 がたんがたんと当直の誰かの重い足音が近づいてきて、バルは抱き寄せてくれた時と同じくらい素早く体を離した。

「お! 今日はバルトロネちゃんとヴェスタか」
「うるっせーな。じゃあな。よろしく」

 バルはざっと上着を羽織ると足早に帰ってしまった。俺が予約したオートキャリアは局の前に来ていて、横にアラスターが立っていた。

「ヴェスタ。迎えに来たんだ。夕食は外でどうかなと思って」
「うん、いいね」

 言わなくちゃ。素直に。





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