Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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04 (e)VAC(u)ATION

11 Vesta (もう一度、あの夜)

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 部屋で窓を眺める。今夜は3人での夕食の後から雨が降り始めて、外は真っ暗だ。洗濯されたシーツ。バルは離れたベッドにただ横になっている。何を考えているのかな。

「電気、消す?」
「うん」

 スイッチを切ると本当の暗闇になった。

「ふふ。光量がなさすぎて暗視できない……こんなに暗いの初めて」
「サーモを活用しろよ」

 サーモで見てみる。向こうのベッドのバルだけが明るく見える。自分がいたベッドも少し明るい。

「バルしか見えない」
「他のもんが見えても怖いな」

 ベッドに横になる。暗視もサーモも切ってしまうと、目を開けているのか閉じているのかわからなくなる。今日は疲れたな。自分の馬鹿さ加減に疲れた。雨の音が聞こえる。この家は防音壁が入ってないみたいだ。

 アラスターと、恋人になっちゃいけなかった。

 なんでちゃんと考えなかったんだろう。好きだって言われてすごく嬉しかった。本当に。でも……。

 唇にキスした時、あっと思ったんだ。これは違うなって。俺がキスしたいのはこの人じゃない……。アラスターとしたいのはこういうことじゃない。

 どうしてあそこで引けなかったんだろう。あの時ちゃんとわかっていれば。俺は、アラスターを引きずり回しただけだ。

 本当に馬鹿だった。今さら。

「ヴェスタ」

 出し抜けにバルの声が聞こえた。空耳かと思った。

「ん?」
「この休暇、楽しい?」
「楽しい」

 楽しい。今日も楽しかった……。一部を除けば。

「ごめんな。俺はこの街に来る時は、全部から離れることにしてるから」

 なんの話?

「誰にも教えたくないんだ。でもお前に押し付けることじゃなかった」

 思い至った。「帰れ」のことだ。

「だからただのお願いになるんだけど、ここにいる間だけは、誰にもどこにいるのか言わないでくれないか」
「……バルは何から逃げてるの?」

 お母さんだけじゃない。もっと根本的なものから逃げてる感じがする。

「全部」

 ぜんぶ。

「この街は色んな人がいるから、俺ひとり混ざってても誰も気にしない。俺が豚の子でも、ドナーでも」
「そっか……」

 急に、バルと二人なんだと実感した。部屋に二人きりなんだ。だから・・・の秘密の話。

「いいよ。誰にも言わない」

 ああ。このせりふをずっと前にも言った。

 ──誰にも言わない。わかってるから……

 二回目の二回目の後。あの時は辛かった。抱かれている最中の幸福感から急に引き戻された。自分がバルの、浮気相手ですらない、ただの……ただの人形だったのを思い出してしまったから。

 今も。

 今も遠い。浮気相手ですらない。バルの、セクサロイドですらない。わかってるから………。

 この暗闇の向こうにバルがいて、少し歩けば、ほんの何歩か、それだけでバルに触れられるのに。

 ばかみたい。自分のせい。バルに触れて欲しい。気が狂いそうなくらいに。
 バルはあの香水がないと俺に欲情しないのに、俺はバルがそこにいるだけで眠れなくなってしまう。苦しい。俺も謝らないといけない。バル、俺はあんたが好きなんだ。ごめんね。バルが友達として? バディとして? 秘密の場所に連れてきてくれたのに、俺は違うことばかり期待してしまう。
 この休暇は楽しい。でもそれは遠くに来たからでも美味しいものを食べたからでもない。バルのそばに、誰にも邪魔されずにいられるから。

 バルの恋人のふりができるから。

「………」

 涙が一筋の流れになって枕に染みていく。バカだ。自分にうんざりする。
 
「……ヴェスタ?」

 返事ができない。バルがベッドに身を起こす気配がした。

「お前……大丈夫か?」

 涙を止めなくちゃ。大丈夫だって、ちゃんと言わないといけない。声を震わせないように。

「電気つけていいか?」
「だめ!」
「お前、泣いてるだろ?」
「………」
「ヴェスタ」
「バルのせいじゃない……から」
「そんなことあるか?」

 ふっとバルのため息が聞こえた。

「お前の髪、何回か青くなってたもんな。どれだ? どの件?」
「どれでもない……。……俺が、バカなだけ……。前のこと思い出しただけだから」
「前のこと?」
「バルが、イグニスと付き合ってた頃のこと……」
「なんでそんなこと思い出した?」

 だって……

「イグニスが、羨ましかった……」

 バルの恋人で、バルに庇われてる彼が心底羨ましかった。

 においのせいなんじゃないかと思って彼の鞄から香水を盗んだ時、心のどこかでこれで俺もイグニスみたいに愛してもらえるかも知れないと思った。

 でも香水を付けて抱かれてみてわかった。こんな虚しいことはないって。
 あの時バルにも怒ってたけど、一番は自分に腹が立っていた。バルから好きになってもらえない自分に。こんなやり方でしか、バルに触れてもらえない自分に。

「イグニスなんか大嫌いだった……! なんであんなやつがバルの恋人なのって……」

 バルがイグニスに目を向けるたびに、肩に手を乗せてあのバルの、俺が怖くてノックできなかったドアの向こうに連れていくたびに、苦しくて息が出来なくなった。バルがどんな風に彼に触れて、どんなことを囁くのか。

「俺の方が絶対バルのこと好きなのに何でって……。死んじゃった時、かわいそうだと思った。オーナーの人に、道具みたいに捨てられて……でもどこかでほっとしたんだ。もうバルとイグニスが並んでるのを見なくて済む……」
「……あのな、イグニスは……」
「アラスターが優しくしてくれて……好きになれるかも知れないと思った。でもだめだった……。アラスターには、悪いことしたと思ってる……。俺、どうしても……」


 バルじゃないと嫌だってわかっただけだった。


「最低だよね……俺」

 バルは何も言わない。俺の独り言みたいだ。
 何か言って欲しい。

 耳を澄ます。雨の音と、目を開けても閉じても同じ暗闇……。





「俺は、お前を大事にできなかっただろ」

「…………?」

「強姦は申告罪じゃない。俺はバレてないだけで犯罪者だ。お前が被害者なんだよ。そんなやつ好きになったらだめだ」
「強姦?」
「強姦だろ。お前とやった・・・のは。時効は10年だ。罪名は『強制性交』。ちゃんと覚えろ」
「……だめなの?」
「ん?」
「俺、バルのこと好きになっちゃいけないの?」
「もっとまともなやつがいっぱいいる」

 これって俺、断られてる? やっぱりだめなのか……。

「………っ」

 突き上げるように涙が溢れ出した。どうしようもない。声を殺したくても殺しきれない。

「おい……泣くなよ。なんでそんなに泣いてるんだって」
「ほかのひと、なんて……だれもいらない……! 俺じゃだめなの……」
「そうじゃなくて……」
「だって嫌なんだろ!」

 バルが口をつぐんだ気配がした。もう嫌だ。苦しすぎる。

「俺が嫌ならそう言って。俺が諦められるように……」

 

 さらさらと、窓に雨がぶつかる音がする。水音。



 息を整えよう。深呼吸を繰り返す。だんだんと涙の波が引いていく。バカだ。少し冷静になってみれば、俺は何を言ってしまったんだろう。

 あんまり静かで、サーモを入れて見る。バルが向こうのベッドのふちに腰掛けて、夕食の時のお祈りみたいに顔の前で手を組んで俯いているのがわかる。

 ごめん。

 ごめん………。

 

 もういいよ、って言わなきゃいけない。バルを困らせたいんじゃない。「もうわかったよ、明日からもバディでいてくれる?」。

 バルは身じろぎひとつしない。

 ベッドのふちに俺も腰かける。バルと向き合っている。バルからはこの暗闇で見えないはずだ。俺からもバルの表情はわからない。どんな顔をしているの。

 そっと足を床につける。雨の音。絨毯の上に素足が触れる。音がしない。静かに歩けば、近くでバルの顔が見えるかもしれない。

 バカだな。顔を見てどうするんだ。もっと悲しくなるだけ。

 でも足は一歩踏み出している。

 だって、ベッドから「もういいよ」って言うよりいいだろ。少しバルの肩に触れて、なんでもないよって。もう寝ようって。じゃあおやすみって。

 言い訳ばっかりだ。でも足はもう一歩踏み出している。

 だって……。

 だってバルが何も言ってくれないんだ。バルがどんな顔をしているかくらい、見せてくれてもいいじゃないか。

 もう、一歩。あと一歩でバルのすぐ目の前だ。バルの顔は、顔の前で組まれた両手のせいでまだ見えない。眉間に皺が寄っている気がする……。


 あと一歩……。



 バルが少しだけ顔を上げた。

 自分の目が光ることを思い出して、はっと顔を伏せる。見つかった? いや、まだバルはこちらを見ていない。戻ろう。


 振り返ろうとした時、ばっと熱い手が俺の体を掴んで引き寄せた。

「!」

 勢いのままにバルの体に抱き止められる。心臓が口から飛び出そう。

「あ………」
俺でいいのかよ?・・・・・・・・

「バルじゃなきゃ……」

 何度も。何度も頭の中に繰り返し……。

 繰り返し、繰り返し思ってきた。バルじゃなきゃ俺は仕事なんかできない。バルじゃなきゃ一緒になんか暮らせない。バルじゃなきゃ、バルじゃなきゃこんな風に好きになれない。

「バルじゃなきゃ嫌だ!」

 夢中で叫んでキスした。信じられない。あの引っ越す前の日の夜と違って、バルは俺をそのまま抱きしめてキスを返してくれた。恋人がするやつ……。

「ほんとにバルなの?」
「一応本物だと思ってる」

 熱で白く輝くバルのかたち。バルは少し笑っている。どちらからともなくまた唇が重なる。信じられない……。転がるようにバルのベッドに入り込む。ベッドの中はすごくあったかかった。あの夜みたいに抱きつく。でも今夜はためらいなく抱きしめてもらえる。本当に信じられない。

 雨の音が。

 唇を重ねる音と、重なる。あの夜と同じ、心臓がぎゅうと絞られるような、甘い痛み。バルの指が俺の服に入り込みそうになって止まる。

「……しないの?」
「場所がな……。家に帰ったら」
「キスだけ?」
「キスまで」
「あの夜みたいだ」
「俺もそう思ってた」

 バルがまた少し笑った気配がした。

「あの夜のやり直しだな」

 やり直し。でも今夜はあの夜と違う……。

 ──大事にしなね。幸せはふっと逃げる……

 ヴェルデちゃん・・・・・・・

「……バル」
「ん?」
「ヴェルデって何?」

 バルの指が俺の髪を漉いた。

「緑」

 おばちゃんの国の言葉で、緑色のことだよ。




 こんな暗闇の中でも俺は髪の色がわかる。








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