Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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05 追跡

06 Vesta (愛と暴力)

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 週明けすぐに通報があったのでバルと急行すると、ウーナは文字通りぼろぼろで部屋の中に倒れていた。夫のハックルトンは逃げ出した後で、アンドロイドの犬がウーナの足元で悲しげに鳴いていた。

 慌ててしゃがみ込んで、横たわる彼女を見た。

「ウーナさん!」

 呼びかけに応じない。赤黒く腫れた顔。

「ナットシェルストリートの36番地のコンドミニアムの一階。女性型のレプリカント一名、意識不明。打撲と裂傷」

 バルが救急に搬送をリクエストする。

「………う」

 荒れた部屋。呻き声。

「なんでこんな?」
「なんでだろうな」
「言わないでください……保護局に連絡しないで……」

 うわごとのように呟く。通報してくれたのは隣の住人だった。あまりの暴行の音と男の怒鳴り声に、ウーナがレプリカントだと知っていた隣室の奥さんがコールした。

「ずっとこう言ってて。実は、3日くらい前もひどく殴られてたんです。でも、言わないでって。不仲だと思われるからって。これじゃ死んでしまう」

 救急隊がウーナを運び出す。頭を酷く殴られているみたいだ。

「ハックルトンを捕まえないと」
「行こう」

 ハックルトンは、さほど遠くない工場の監視員をしている。まずはそこに行ってみる。工場はとても古く、うらぶれていた。入り口から入るが誰もいない。裏から機械の動く音が聞こえる。バルが声を掛けてみる。

「こんにちは」
「いない?」
「だれかはいる」

 動きを止めない機械の横を通って、奥へ進む。何を作っているのかな……。片面がガラスになっている制御室を除くと、男が一人居眠りをしていた。バルがそのガラスを指の背でカンカンカンと強く叩いた。男がはっと飛び起きる。

「あ。どうも」
「レプリカント人権保護局です。ハックルトンさんはどこに?」
「ハックルトン? さあ? モノンクルスにでも行ったんじゃないか」
「ここから近いところは?」
「大通りのリンゴンスクエアだな」
「ありがとうございます」

 公用車にとって返す。バルが座標を入れる。無言だ。

「モノンクルスって何?」
「賭けをやるゲームだな。ろくなもんじゃない」

 あんなことをして、そんなところに行くの?

 リンゴンスクエアはとても広い通りに面していて、ライトが沈みかけた夕日よりなお明るく周囲を照らしていた。中に入ると逆に薄暗く、取り憑かれたような顔の人々が端末を食い入るように見つめている。

「いた」

 そんな亡者のような人々の中に、伸ばしっぱなしの髪の毛、くたびれた服を着たハックルトンが座っていた。

「ハックルトン・プリセツスカ。レプリカント暴行容疑で逮捕します」

 ハックルトンはちらっとバルを見るとまたゲームを続けようとしたので、バルはハックルトンの腕を捻り上げてその場に立たせた。

「もうやめろって言ってんだよ。来な」

 公用車に乗せても、ハックルトンは呆然としていて、まだあの店にいるみたいだった。痩せていて目がぎょろぎょろしている。状況がわかっているのかいないのか。バルは一言も話さない。

 局について取調室に入れる。ハックルトンは言われるまま、飾り気のない椅子に腰掛けた。

「今日、ウーナ・プリセツスカを殴りました?」
「はい」

 男は下を向き、うつろな目で条件反射のように言った。

「どうしてですか」
「さあ? いつも気に障るんです。今日はなんだったかな……子供の話をしていて」
「何が気に障ってどのくらい殴りました」
「なんだったかな。生意気だと思ったんですね。えーと、俺のせいで子どもがもらえないみたいなことを言ったんですよ。あいつが。それで」

 その通りじゃないかと思ったが、口に出すわけにいかない。

「それでどのくらい殴ったんですか」
「はずみがついちゃって。今日は少し殴りすぎました。あいつ、生きてますか?」

 バルが一つため息をついた。でもそれがものすごく控えめな怒りの表現なのを俺は知っていた。

「今はウーナさんは病院で手当てを受けています。状況が変わりましたらお知らせします。もしウーナさんが亡くなられれば、あなたは殺人罪に切り替わります」

 ぽかんとしている男を一人残して部屋を出る。

「………ウーナのところに行こう」

 バルはとても疲れているように見えた。

「今日はもう上がっても……定時だよ」
「ウーナの状態だけ確認したい。それだけ」

 公用車をまた回してウーナのいる病院に行く。幸い、意識も戻って脳と骨には異常がなく、腫れさえ引けばまず問題ないだろうと言うことだった。病室に入ると、ウーナは再生パッドに包まれて目と口元しか見えなくなった顔で俺たちを罵倒した。

「あんたたちのせいよ! あんたたちがあたしを保護したりするから!」

 空のコップが投げつけられ、バルの肩に当たる。落ちてカラカラと床を転がっていく。

「あたしのことなんてほっておいてくれれば良かったのに! そしたら子どもだって………」

 なんて声をかけたらいいのか。

 バルが何か言うだろうかと思ったけど、バルもただ一礼して部屋を出た。

「……ウーナは……どうしてハックルトンから離れないのかな。お前わかるか?」
「わからない………」

 あんなに、あんなに殴られても、怒りはハックルトンに向かない。ウーナの気持ちはバルでなくてもわからない。ハックルトンと話しても、反省しているようでもないのに。

「オーナーだからか?」
「そうなのかな?」

 俺は支配率ゼロなので、他のレプリカントの気持ちもわからない。AIが入っていて、自分の脳でないものがいくらか支配していたら、あんな風にオーナーから離れられなくなるのかな。それとも、2人は特別なの?

 もしバルが俺を殴る人だったら?

 バルの横顔を見上げた。バルが俺の、群青色の髪を撫でる。いつものくしゃくしゃじゃなくて、柔らかく抱きしめるように。長い指。
 この手が拳を作って殴ってくるのを想像してみる。腫れ上がる顔。飛び散る血。痛いんだろうな。殴られたことがないから、痛みが分からない。レプリカント解放戦線の男の人に首を絞められたことがあるだけだ。
 あのくらいの苦しさ? わからない。あざができるような痛み。俺を殴る、バルの顔。

 離れられないかも知れない。なんだか悲しくて。バルがかわいそうで。










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