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07 ドミニオン
03 Baltroy (スター)
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午後6時になったが、約束したホテルのロビーにはそれらしき人物は現れなかった。
「ほんとにそんな依頼あった?」
「そっくりさんからだったかな?」
ヴェスタがふふっと笑った。あたりを改めて見回してみる。高級ビジネスホテル。コンシェルジュがカウンターに常駐し、たくさんの身なりのいいビジネスマンが行き交っている。人権保護局の制服を着た俺たちはちょっと場違いだ。
「匂いは大丈夫?」
「うん。ロビーは風が通るからな」
「失礼ですが、レプリカント人権保護局の方ですか?」
ホテルの従業員と思われる女性が声を掛けて来た。
「そうです」
「こちらに来ていただいてよろしいですか?」
スタッフオンリーのドアに案内される。中でもう一度身分証を確認され、スタッフ専用のエレベーターで直通で56階のスイートルームに着いた。エレベーターの扉が開くと、両側からいかにもSPといったいかつい男たちが俺とヴェスタを囲み、金属探知機を当てる。
「何も持ってないな。どうぞ」
「……どうも」
56階の全フロアが一つのスイートルームになっている。一番広い部屋に通される。大理石の床。何かの織物が使われた見るからに高級そうな四人がけのソファの真ん中に、小柄で華奢な女性が座っている。
その横のスーツを着た背の高い女性が、ハイヒールで立ったままこっちを見た。髪が濃いチョコレートブラウンで、きっちりと一つに結い上げている。部屋の後ろ側にもう一人、いかつい男が控えている。
「レプリカント人権保護局の捜査官の方ですよね」
「はい。A492090rpとC571098rpです」
「すみません、色々用心しているもので。私がドミニオンのマネージャーのテンマです。この子がドミニオン。ドミ、ご挨拶して」
ドミニオンと呼ばれた女性がソファの上から少し顔を上げた。綺麗な顔立ちだ。レプリカントだから当たり前と言えば言える。今日はメイクしていない。髪はショッキングピンクと赤みの強いブラウンの二色になっていて、高い位置で耳のように二つに丸く結っている。
「……よろしく」
「A492090rpです。ご依頼について確認させて頂いてよろしいですか」
「もちろんです」
説明はほとんどテンマというマネージャーの女性が行った。大体は局で聞いていた通り。SPはツアーの当初から同じメンバーが8人で3人ずつ三交代でやっている。ただ、ドミニオンが一人になりたくなる時は席を外すことになっていた。
「四六時中人目に晒されているから。私たちもたまには一人にしてあげたいと思って」
「メールの主に心当たりはありますか?」
「ない。というか、ありすぎる。毎日数千件のメッセージとメールが来るの。そのうち三分の一は性的な内容が含まれているし、四分の一は呪いよ」
「呪い?」
「レプリカントのくせに目立つなとか、セクサロイドの分際でとか。差別的なもの」
ドミニオンはどこか他人事のように視線を落としていた。こうしていると髪の色が奇抜なだけのただの女性に見える。
「街を歩いていれば腕を掴まれて写真を撮らされるのも日常茶飯事。でも流石に、飲み物に何か入れられたりホテルの部屋をつきとめられたりするのはね……ところで、あなたレプリカントでしょう?」
「……!」
ヴェスタがはっと顔を上げた。どうしてわかった? ドミニオンも初めて自分から顔を上げてヴェスタを見た。猫みたいな、緑がかった黄色の瞳だった。
「レプリカントで捜査官なんて、ヒューマンから何かされたらどうするの? 抵抗できないでしょう?」
「私はAIが入っていないので……ヒューマンにも抵抗できるんです」
「AIが入ってないの? そんなことあるの? じゃあ、ドミニオンを守れる? 護身術でもインストールされてるのかしら」
「……すみません、私は後付けでインストールできないので……」
「すぐにインストールして使えるのがレプリカントのいいところじゃないの? 使えないわね……」
むっとした。思わず顔に出すとヴェスタが手の甲で腕をぽんと叩いた。「気にしてないから」。
「どうして私がレプリカントだとわかったんですか?」
「あなた体臭が少ないもの。ほとんどそっちの大きい人の匂いよね。私、嗅覚過敏なの。ところで、早速ですけど、このストーカーを見つけて頂きたいんですよ。そしてドミには指一本触れさせないこと。お分かりとは思いますけど、ドミはうちのドル箱スターなんです。怪我なんかして歌えなくなったら大変」
「……ご存知とは思いますが、うちの本業は捜査と保護なんですよ。好き勝手に今まで通りの生活はしたい、でも完璧に護衛してほしいってのは無理ですね」
イラッとしたので言い方がきつくなった。ヴェスタがもう一度手の甲で腕を叩く。
「条件は」
「まず、黙って一人歩きするのはやめてほしいですね。こっちも超能力者じゃない。それなりにこちらの指示に従って貰わないとできることもできなくなる。それから隠し事はなしで。犯人が誰であれ、正確な情報をあるだけ貰えないと捕まえられない」
「いいよ」
黙っていたドミニオンが言った。
「全部話します。一人歩きもしない……でも、SPをぞろぞろ引き連れていくのは嫌だ。目立つし……嫌いなの。テンマと一緒も嫌。その、レプリカントの捜査官はどうしてもだめなの? 私を守ってくれない?」
「だめよ、ドミ。聞いたでしょう? この子は見た目通りよ。とても守れないわ」
「……でも、そっちの大きい人も絶対嫌……。だれか側にいるだけでも違うでしょ? 少なくとも私の飲み物に精液もどきを入れるやつはいなくなるんじゃない?」
「ドミ……ちょっと……」
「テンマ、いいから部屋から出て行ってよ。ほかの人も出て行って。そのレプリカントの人になら話すから。私が、ちゃんと」
ドミニオンはその猫のような目でぎりっとテンマを睨みつけた。まあ、これくらいの有名人になると何かあるんだろう。色々と人に言えないことが。
「では、C571098rpがドミニオンさんからお話を伺いますので、我々は別室で今後の具体的なスケジュールを決めませんか」
テンマは渋々といった様子で、エレベーターの近くのちょっとしたミーティングルームみたいな部屋に入った。ヴェスタのことが少し心配にはなったが、スターの御指名では仕方がない。
「明日はリハーサルです。ステージの確認と衣装合わせ、ダンサーも入る。明後日から三日間連続で午後と夜に一回ずつライブ、1日休んでまた二日。翌日の夕方に発ちます」
「ボディガードは8人が交代で常時3人体制? 付きっきり?」
「そう。24時間。彼女が眠っている間も、寝室の前と玄関ドアの前、エレベーターホールに一人ずつ。ステージにいる時もステージ裏に常に控えている」
「信用できる人たちなんですか?」
一緒に部屋に入っていた三人のSPがじろりと俺を睨んだ。仕方ないだろ。こっちも仕事なんだよ。
「有名人や著名人、セレブ御用達の値は張るけど信頼度の高い会社から派遣してもらっている」
「じゃあ、普段の護衛はSPさんたちでいいですかね。我々は犯人探しと、『一人になりたい』時の護衛でしょうか」
「それでいいわ。もともとあまりあなたたちには期待してないのよね。一応外部に知らせておいた実績を作っておきたかったのよ。何かあった時のためにね」
さっきからなかなかうまく神経を逆撫でしてくれる女だ。誰かを思い出させる。誰だったかな。
「ご期待どおりかわかりませんが、とりあえず犯人のメールと部屋に残して行ったカードをいただけますか」
「メールは何通かでいい? 50通くらい来ているのよ」
「全部で」
テンマははあとわざとらしくため息をつき、SPの一人にブリングを持って来させた。
「ついでに、何か見つかるかもしれないので丸一日分のメールをもらえますか。ファンからのだけで構いません。例えば昨日の24時から今日の24時までのメールとか」
「メールだけでも千通以上あるけど」
「お願いします。スケジュールは承知しました」
「交代でどちらかがいてくれたりするのかしら?」
「基本的に我々は二人行動なので、どちらか一人しかいないということはまずありません。特に捜査中は。お望みなら二人で常駐しますが」
「…………」
まさか断るだろうと思った。一応知らせただけの期待していない捜査官たちに一部屋提供して六日間過ごさせるなんてしないだろう。
「そうね。そうしてもらおうかしら」
「……!」
「ツインのゲストルームがあるからそこでいい?」
「ほんとにそんな依頼あった?」
「そっくりさんからだったかな?」
ヴェスタがふふっと笑った。あたりを改めて見回してみる。高級ビジネスホテル。コンシェルジュがカウンターに常駐し、たくさんの身なりのいいビジネスマンが行き交っている。人権保護局の制服を着た俺たちはちょっと場違いだ。
「匂いは大丈夫?」
「うん。ロビーは風が通るからな」
「失礼ですが、レプリカント人権保護局の方ですか?」
ホテルの従業員と思われる女性が声を掛けて来た。
「そうです」
「こちらに来ていただいてよろしいですか?」
スタッフオンリーのドアに案内される。中でもう一度身分証を確認され、スタッフ専用のエレベーターで直通で56階のスイートルームに着いた。エレベーターの扉が開くと、両側からいかにもSPといったいかつい男たちが俺とヴェスタを囲み、金属探知機を当てる。
「何も持ってないな。どうぞ」
「……どうも」
56階の全フロアが一つのスイートルームになっている。一番広い部屋に通される。大理石の床。何かの織物が使われた見るからに高級そうな四人がけのソファの真ん中に、小柄で華奢な女性が座っている。
その横のスーツを着た背の高い女性が、ハイヒールで立ったままこっちを見た。髪が濃いチョコレートブラウンで、きっちりと一つに結い上げている。部屋の後ろ側にもう一人、いかつい男が控えている。
「レプリカント人権保護局の捜査官の方ですよね」
「はい。A492090rpとC571098rpです」
「すみません、色々用心しているもので。私がドミニオンのマネージャーのテンマです。この子がドミニオン。ドミ、ご挨拶して」
ドミニオンと呼ばれた女性がソファの上から少し顔を上げた。綺麗な顔立ちだ。レプリカントだから当たり前と言えば言える。今日はメイクしていない。髪はショッキングピンクと赤みの強いブラウンの二色になっていて、高い位置で耳のように二つに丸く結っている。
「……よろしく」
「A492090rpです。ご依頼について確認させて頂いてよろしいですか」
「もちろんです」
説明はほとんどテンマというマネージャーの女性が行った。大体は局で聞いていた通り。SPはツアーの当初から同じメンバーが8人で3人ずつ三交代でやっている。ただ、ドミニオンが一人になりたくなる時は席を外すことになっていた。
「四六時中人目に晒されているから。私たちもたまには一人にしてあげたいと思って」
「メールの主に心当たりはありますか?」
「ない。というか、ありすぎる。毎日数千件のメッセージとメールが来るの。そのうち三分の一は性的な内容が含まれているし、四分の一は呪いよ」
「呪い?」
「レプリカントのくせに目立つなとか、セクサロイドの分際でとか。差別的なもの」
ドミニオンはどこか他人事のように視線を落としていた。こうしていると髪の色が奇抜なだけのただの女性に見える。
「街を歩いていれば腕を掴まれて写真を撮らされるのも日常茶飯事。でも流石に、飲み物に何か入れられたりホテルの部屋をつきとめられたりするのはね……ところで、あなたレプリカントでしょう?」
「……!」
ヴェスタがはっと顔を上げた。どうしてわかった? ドミニオンも初めて自分から顔を上げてヴェスタを見た。猫みたいな、緑がかった黄色の瞳だった。
「レプリカントで捜査官なんて、ヒューマンから何かされたらどうするの? 抵抗できないでしょう?」
「私はAIが入っていないので……ヒューマンにも抵抗できるんです」
「AIが入ってないの? そんなことあるの? じゃあ、ドミニオンを守れる? 護身術でもインストールされてるのかしら」
「……すみません、私は後付けでインストールできないので……」
「すぐにインストールして使えるのがレプリカントのいいところじゃないの? 使えないわね……」
むっとした。思わず顔に出すとヴェスタが手の甲で腕をぽんと叩いた。「気にしてないから」。
「どうして私がレプリカントだとわかったんですか?」
「あなた体臭が少ないもの。ほとんどそっちの大きい人の匂いよね。私、嗅覚過敏なの。ところで、早速ですけど、このストーカーを見つけて頂きたいんですよ。そしてドミには指一本触れさせないこと。お分かりとは思いますけど、ドミはうちのドル箱スターなんです。怪我なんかして歌えなくなったら大変」
「……ご存知とは思いますが、うちの本業は捜査と保護なんですよ。好き勝手に今まで通りの生活はしたい、でも完璧に護衛してほしいってのは無理ですね」
イラッとしたので言い方がきつくなった。ヴェスタがもう一度手の甲で腕を叩く。
「条件は」
「まず、黙って一人歩きするのはやめてほしいですね。こっちも超能力者じゃない。それなりにこちらの指示に従って貰わないとできることもできなくなる。それから隠し事はなしで。犯人が誰であれ、正確な情報をあるだけ貰えないと捕まえられない」
「いいよ」
黙っていたドミニオンが言った。
「全部話します。一人歩きもしない……でも、SPをぞろぞろ引き連れていくのは嫌だ。目立つし……嫌いなの。テンマと一緒も嫌。その、レプリカントの捜査官はどうしてもだめなの? 私を守ってくれない?」
「だめよ、ドミ。聞いたでしょう? この子は見た目通りよ。とても守れないわ」
「……でも、そっちの大きい人も絶対嫌……。だれか側にいるだけでも違うでしょ? 少なくとも私の飲み物に精液もどきを入れるやつはいなくなるんじゃない?」
「ドミ……ちょっと……」
「テンマ、いいから部屋から出て行ってよ。ほかの人も出て行って。そのレプリカントの人になら話すから。私が、ちゃんと」
ドミニオンはその猫のような目でぎりっとテンマを睨みつけた。まあ、これくらいの有名人になると何かあるんだろう。色々と人に言えないことが。
「では、C571098rpがドミニオンさんからお話を伺いますので、我々は別室で今後の具体的なスケジュールを決めませんか」
テンマは渋々といった様子で、エレベーターの近くのちょっとしたミーティングルームみたいな部屋に入った。ヴェスタのことが少し心配にはなったが、スターの御指名では仕方がない。
「明日はリハーサルです。ステージの確認と衣装合わせ、ダンサーも入る。明後日から三日間連続で午後と夜に一回ずつライブ、1日休んでまた二日。翌日の夕方に発ちます」
「ボディガードは8人が交代で常時3人体制? 付きっきり?」
「そう。24時間。彼女が眠っている間も、寝室の前と玄関ドアの前、エレベーターホールに一人ずつ。ステージにいる時もステージ裏に常に控えている」
「信用できる人たちなんですか?」
一緒に部屋に入っていた三人のSPがじろりと俺を睨んだ。仕方ないだろ。こっちも仕事なんだよ。
「有名人や著名人、セレブ御用達の値は張るけど信頼度の高い会社から派遣してもらっている」
「じゃあ、普段の護衛はSPさんたちでいいですかね。我々は犯人探しと、『一人になりたい』時の護衛でしょうか」
「それでいいわ。もともとあまりあなたたちには期待してないのよね。一応外部に知らせておいた実績を作っておきたかったのよ。何かあった時のためにね」
さっきからなかなかうまく神経を逆撫でしてくれる女だ。誰かを思い出させる。誰だったかな。
「ご期待どおりかわかりませんが、とりあえず犯人のメールと部屋に残して行ったカードをいただけますか」
「メールは何通かでいい? 50通くらい来ているのよ」
「全部で」
テンマははあとわざとらしくため息をつき、SPの一人にブリングを持って来させた。
「ついでに、何か見つかるかもしれないので丸一日分のメールをもらえますか。ファンからのだけで構いません。例えば昨日の24時から今日の24時までのメールとか」
「メールだけでも千通以上あるけど」
「お願いします。スケジュールは承知しました」
「交代でどちらかがいてくれたりするのかしら?」
「基本的に我々は二人行動なので、どちらか一人しかいないということはまずありません。特に捜査中は。お望みなら二人で常駐しますが」
「…………」
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