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07 ドミニオン
06 Baltroy (セルフ・ディフェンス)
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ヴェスタと 7時にドミニオンの部屋に行くと、ドミニオンは制服なのが気に入らないと言ってヴェスタだけを部屋の中に引っ張り込んだ。
しばらくして、パーカーと合皮のパンツ姿のドミニオンが悠々と部屋から出てきた。続いてヴェスタも。
「ヴェ……C571098……」
「……」
ヴェスタはスカイブルーの髪で顔をかっと赤くした。肩の出る黒いシャツに、素足が7割透けて見えるダメージジーンズ。しかも紫色のアイラインを目元に入れられている。
「……くくっ」
思わず笑ってしまうと、ヴェスタは手の甲で俺の腕を殴った。だって面白すぎるだろ。テンマや他のSPたちもリビングに集まっていた。
「さあ。ドミ、レストランに行きましょう」
「あたし、一人で食べたいからこの捜査官と食べる。いいでしょ? 護衛がいるんだからさ。もうテンマやSPとものものしく食事したくないの。どう? かわいいでしょ? 友達と二人で食べてるみたいじゃない? 目立たないよ。あんたたちと食べるより人目を引かないで食べられる」
ヴェスタはまだ頬を赤くして俯いている。こいつは性転換薬なんていらないな。女の子に見える。
「別にレストランに来るなとは言ってないよ。ただ離れて。あたし普通に食事したいだけ!」
「……わかったわよ」
テンマは諦めたように頷いた。
「じゃあ、一足先に行ってるから。しばらくしたら来てね」
ドミニオンはヴェスタを従えてすたすたとエレベーターに乗ってしまった。ちゃんと持ってるかな? スプレーと「悪人キャッチャー」は。まあ他人も沢山いる中で、こんな高級ホテルで大暴れする奴はいないだろうけど。まず不審な奴は入れないからな。
そう。不審な奴は入れないんだ。
「テンマさん、前回カードが部屋の前に付けられた時はどんなホテルだったんですか?」
「……前回はあまりいいホテルじゃなかったのよ。あの子のオーナーが……そういうことにいい顔をしないから。今回はこんなことになったからこのホテルになったけど。前のホテルもスイートではあったけど、フロアまるごとじゃなかったし、セキュリティも甘かった。後で今回のツアー中に使ったホテルの一覧をあげるわ」
「お願いします」
このテンマという女も不思議な女だと思う。ドミニオンからは随分嫌われているようだ。強く言うようで、ドミニオンには折れる。おかしな力関係。タレントとマネージャーなんてそんなものなのか?
俺もホテルのブッフェを使っていいと言われたので、ヴェスタの観察がてらレストランに行く。随分広いレストランだ。襟付きの服を着た人々。ラフすぎるのはドミニオンとヴェスタくらい。
二人は衝立の後ろ、観葉植物の影のちょっとわかりにくい席に着いた。リザーブドのカードが置いてあったので、ドミニオンのための席だったのだろう。
自分に食べられそうな匂いのものを選んで、ドミニオンとヴェスタの様子が見える、他人の匂いが気にならない席に着くと、すぐ近くの席にテンマが座っていた。ちらりと俺と俺の皿を見る。
「……もしかして、あなたも嗅覚過敏なわけ?」
「そうですね」
「ふうん」
二人を遠目から眺める。ヴェスタは明らかに緊張している。でも髪がだんだんブルーグリーンになってきた。時々ドミニオンににこっと笑う。大丈夫そうだ。何を話してるんだろうな。
「……あのレプリカントの捜査官は、どうしてAIが入っていないの?」
テンマが急に話しかけてきた。
「そんな風に発注したからです」
「あなたがオーナーなの?」
「そうです」
「本当にヒューマンに抵抗できるの?」
「実際撃ったこともありますよ。俺も撃たれた」
テンマは中途半端に笑った。
食事が終わるとヴェスタも一度解放された。でもあのパンクな服は着たままで、化粧も落とすなと言われたらしい。「ランチも一緒だからね」。
「仲良さそうだな」
「やだよ……すごく恥ずかしい」
「写真撮っとけ」
「やめて」
変なとこ大胆なくせに、こんなのはダメなんだな。
「さて。仕事だ」
ブリングを端末に繋げる。情報担当からメールが来ている。テンマからもメールの転送がある。今日の日付でも例のメールが届き続けている。情報担当のソーヤにコール。
『やあバル。ホテルレメーネに泊まってるってほんと? 羨ましいね!』
「缶詰だよ。楽しくない……で、何がわかった?」
『この手のメールさ、いろんな有名人に届いてるね。たぶんボットだよ。メールアドレスを自動生成して、登録した宛先にメッセージを一時間に1通送るようなプログラムなんだと思う』
「ボット?」
『そう。だからこのメールだけで言うんなら、別にドミニオンだけがターゲットなわけじゃないってこと』
「そうか……。ありがとう」
『お土産よろしく!』
ヴェスタは珍しくブリングから離れてそのやりとりを聞いていた。
「どうした? 今の話聞こえたか?」
「だって……局の人に見られたくない……」
「堂々としろって。仕事なんだ。俺なんか丸一ヶ月女の姿だったんだから、それよりゃましだろ」
「バルは女の人になっても局では普通の服着てた!」
「大丈夫だろ、今日ちょっとラフだなくらいで。制服のジャケットでもはおってろ。まあ現況コールには向かないかな」
メールはボット。どこかの誰かが作ったスクリプトで、機械的に送られている。飲み物への異物混入があったタイミングと重なったのは偶然か?
そうじゃないんだな。部屋に置かれたカードに同じ言葉が書かれている。このボットを発動させた奴がカードを置き、飲み物に細工したのか? もう一度ソーヤにコールする。
『お土産は食い物がいいな』
「売店でガムでも買ってってやるよ。あのさ、ボットは誰が動かしてるかわかるかな?」
『うーん、自信はないな。こういう迷惑ボットはたいてい海外サーバに置かれて作成者不明だからね。もしかすると作成者とドミニオンのメールを登録した奴はなんの関係もないかもしれないし』
「どういうこと?」
『たとえば、フォームか何かが用意してあって、そこに誰かのメールアドレスと送りたいメッセージを入力するとボットがそのメールに対して勝手に発動するようになってたら』
「そうか。なるほどね」
『まあ、探してみる。わかったら連絡するよ』
あとは? カードだ。テンマから渡されたカードを見てみる。なんの変哲もない、少し厚めの紙のカードに印字でメールと同じメッセージが入っている。I LOVE you so much so much so much……。
試しに指紋を出してみるが、結構べたべた出てきてきれいに取れない。テンマやSPたちが触ったのか……。データを鑑識に送る。たぶんあっちなら一つ一つ抽出してくれるはずだ。ヴェスタをちらっと見ると、ブリングで何かを難しい顔で見ている。普段はシンプルで禁欲的な服装のヴェスタがこんな格好だと、別人が座っているみたいだ。
「……この人たちに話を聞いてもいいかな?」
「どの人?」
ブリングを覗き込むと、ヴェスタは異物混入があった時の映像を開いていた。いかにも場違いな観光客みたいな若者たちの集団。
「ドミニオンに写真とかサインとかねだった人たち」
「そうだな。この中の誰かが入れたのかもしれないし。やってみな」
「コールは頼んでいい?」
「うわ。めんどくせえな! 仕方ないな。相手のIDだけ見つけといてくれ」
仕方がない。この服装で捜査官だと言ったところで真面目に答えてくれる人はいないだろう。ヴェスタは今回は特命担当みたいなもんだ。姫君にえらく気に入られてしまった。
「手が空いたら教えてやるから声かけろよ」
「何を?」
「護身術だよ。本当はインターンでやるんだ。少しでもやっときゃ違うだろ」
ドミニオンの行動記録を開く。先週からのやつ。
先週いっぱいは隣の州にいた。ホテル着、夕食、眠って翌朝から移動、リハーサル、インタビュー。夜の行動がすぽっと抜けている。
なんだこれ? 「一人歩き」? それにしては長い。
次の記録が翌朝から始まる。移動、会場入り、リハーサル、軽食、ライブ、軽食、ライブ。大変だな。疲れた、一人になりたいと言うわけだ。それを2日繰り返して1日オフ。この日の行動も記載がない。
この日からあのメールが始まって、この日の夜に異物混入があった。ヴェスタに詳細をドミニオンから聞かせるか? せめて夜の行動だけでも。翌日またライブ。翌々日、昼間のライブを終えて移動。この朝にメッセージカード。
「できたよ、氏名とID送ったから」
「はい。掛けておく。まずやるか」
「や……」
「護身術だよ」
部屋が広くて助かる。多少暴れても大丈夫だろ。ヴェスタが固まっている。
「俺たちが習うのは陸軍式格闘術だ。立ちな」
まず簡単なやつ。
「もしドミニオンに誰かが近づいてきたら、足を取れ」
「足を取る?」
突っ立っているヴェスタの脚を掴んでころんと転ばせる。受け身を教えた方がいいかな? そんな場合じゃないか。
「ほら。簡単にこけるだろ。やってみろ。かかってきな」
ちょいと手招きをするけど、なかなか体が動かないみたいだ。そうかもしれない。スポーツもやらせてなかったからな。教育を間違えた。
「よし。わかった。殺しにかかるからちゃんと抵抗してみろ」
とは言うものの、服がな。制服なら遠慮なくやるんだが、借り物の掴み所がない服だから手加減しないといけない。穴も元々開いてる。引っ掛けて破きそうだ。ぱっとヴェスタの肩を掴んで羽交い締めにする。危機感を感じさせないといけないかな。腕を首に回す。
「ほら。もうこれで首が締まってしまう。後ろは絶対取られないこと。何をやってもいいんだ。遠慮すんな。腕を噛みちぎってみろ。大丈夫だ。お前のバディはすぐ治るんだから」
「できないよ……」
「できなくない。やれ」
わざとぽいと床にヴェスタの体を放り投げて上から首元を押さえる。かなり苦しいはず。
「ほら。俺を跳ね除けてみな。まず落ち着いて。できないと思うな。体格が違う。俺の方が体重もある。でもやりようはあるんだ。落ち着け。まず俺の腰に下から手を当てろ」
ヴェスタが恐る恐る腰骨のあたりに手をつけた。びびんな。
「下から。持ち上げるみたいに押してみな。そうすると上にいるやつの体がどうしても浮くから、足ごと転がる。こう」
ころんと転がる。ヴェスタが上に来る。
「わかるか? 今のは俺が転がったけど、実際はお前がうまく重心を移動させるんだ。ほら。続き」
ヴェスタをくるっと転がす。床に広がる青白い髪。
「で、上を取ったら両足で相手の胴を挟む。動けないだろ」
「動けない……」
少し息が上がっている。色っぽいな。そんな場合じゃないけど。
「やってみな」
ヴェスタがうまく上を取る。少し勢いをつけないと難しいみたいだ。軽いからなこいつ。
「まあ今日はこんなもんか。でもな、相手から距離を取るのが一番。戦おうと思わないこと。ドミニオンを連れて逃げる、安全なところまで。わかったか?」
「わかった」
久々だな。こういうの。ヴェスタに上から何か教えるのは。ヴェスタはかなりいっぱしになったからな。今なら誰と組んでも大丈夫だろうな……。
ヴェスタのブリングからコール音が鳴った。時計を見るともう11時を回っている。
「ドミニオン?」
「そう……はい。どうしましたか?」
『ランチに行こーよ』
「どちらへ行かれます?」
『ここじゃないところ! あんたたちこの街に住んでるんでしょ? 安全でおいしいとこ連れて行ってよ』
「……だめですよ! 犯人が捕まるまではホテル内でお願いします」
『じゃあ早く捕まえてよ! それじゃあ……レストラン街のチャイニーズにしよう。今来てよ』
コールがぷつんと切られた。ヴェスタは大きくため息をついた。
「チャイニーズは俺は無理。一人で行け。近くにはいるようにするから。このホテル内ならまあ大丈夫だ。何か入れられないようにだけ気をつけろ」
「……うん」
ヴェスタは青い髪のまま部屋を出た。
しばらくして、パーカーと合皮のパンツ姿のドミニオンが悠々と部屋から出てきた。続いてヴェスタも。
「ヴェ……C571098……」
「……」
ヴェスタはスカイブルーの髪で顔をかっと赤くした。肩の出る黒いシャツに、素足が7割透けて見えるダメージジーンズ。しかも紫色のアイラインを目元に入れられている。
「……くくっ」
思わず笑ってしまうと、ヴェスタは手の甲で俺の腕を殴った。だって面白すぎるだろ。テンマや他のSPたちもリビングに集まっていた。
「さあ。ドミ、レストランに行きましょう」
「あたし、一人で食べたいからこの捜査官と食べる。いいでしょ? 護衛がいるんだからさ。もうテンマやSPとものものしく食事したくないの。どう? かわいいでしょ? 友達と二人で食べてるみたいじゃない? 目立たないよ。あんたたちと食べるより人目を引かないで食べられる」
ヴェスタはまだ頬を赤くして俯いている。こいつは性転換薬なんていらないな。女の子に見える。
「別にレストランに来るなとは言ってないよ。ただ離れて。あたし普通に食事したいだけ!」
「……わかったわよ」
テンマは諦めたように頷いた。
「じゃあ、一足先に行ってるから。しばらくしたら来てね」
ドミニオンはヴェスタを従えてすたすたとエレベーターに乗ってしまった。ちゃんと持ってるかな? スプレーと「悪人キャッチャー」は。まあ他人も沢山いる中で、こんな高級ホテルで大暴れする奴はいないだろうけど。まず不審な奴は入れないからな。
そう。不審な奴は入れないんだ。
「テンマさん、前回カードが部屋の前に付けられた時はどんなホテルだったんですか?」
「……前回はあまりいいホテルじゃなかったのよ。あの子のオーナーが……そういうことにいい顔をしないから。今回はこんなことになったからこのホテルになったけど。前のホテルもスイートではあったけど、フロアまるごとじゃなかったし、セキュリティも甘かった。後で今回のツアー中に使ったホテルの一覧をあげるわ」
「お願いします」
このテンマという女も不思議な女だと思う。ドミニオンからは随分嫌われているようだ。強く言うようで、ドミニオンには折れる。おかしな力関係。タレントとマネージャーなんてそんなものなのか?
俺もホテルのブッフェを使っていいと言われたので、ヴェスタの観察がてらレストランに行く。随分広いレストランだ。襟付きの服を着た人々。ラフすぎるのはドミニオンとヴェスタくらい。
二人は衝立の後ろ、観葉植物の影のちょっとわかりにくい席に着いた。リザーブドのカードが置いてあったので、ドミニオンのための席だったのだろう。
自分に食べられそうな匂いのものを選んで、ドミニオンとヴェスタの様子が見える、他人の匂いが気にならない席に着くと、すぐ近くの席にテンマが座っていた。ちらりと俺と俺の皿を見る。
「……もしかして、あなたも嗅覚過敏なわけ?」
「そうですね」
「ふうん」
二人を遠目から眺める。ヴェスタは明らかに緊張している。でも髪がだんだんブルーグリーンになってきた。時々ドミニオンににこっと笑う。大丈夫そうだ。何を話してるんだろうな。
「……あのレプリカントの捜査官は、どうしてAIが入っていないの?」
テンマが急に話しかけてきた。
「そんな風に発注したからです」
「あなたがオーナーなの?」
「そうです」
「本当にヒューマンに抵抗できるの?」
「実際撃ったこともありますよ。俺も撃たれた」
テンマは中途半端に笑った。
食事が終わるとヴェスタも一度解放された。でもあのパンクな服は着たままで、化粧も落とすなと言われたらしい。「ランチも一緒だからね」。
「仲良さそうだな」
「やだよ……すごく恥ずかしい」
「写真撮っとけ」
「やめて」
変なとこ大胆なくせに、こんなのはダメなんだな。
「さて。仕事だ」
ブリングを端末に繋げる。情報担当からメールが来ている。テンマからもメールの転送がある。今日の日付でも例のメールが届き続けている。情報担当のソーヤにコール。
『やあバル。ホテルレメーネに泊まってるってほんと? 羨ましいね!』
「缶詰だよ。楽しくない……で、何がわかった?」
『この手のメールさ、いろんな有名人に届いてるね。たぶんボットだよ。メールアドレスを自動生成して、登録した宛先にメッセージを一時間に1通送るようなプログラムなんだと思う』
「ボット?」
『そう。だからこのメールだけで言うんなら、別にドミニオンだけがターゲットなわけじゃないってこと』
「そうか……。ありがとう」
『お土産よろしく!』
ヴェスタは珍しくブリングから離れてそのやりとりを聞いていた。
「どうした? 今の話聞こえたか?」
「だって……局の人に見られたくない……」
「堂々としろって。仕事なんだ。俺なんか丸一ヶ月女の姿だったんだから、それよりゃましだろ」
「バルは女の人になっても局では普通の服着てた!」
「大丈夫だろ、今日ちょっとラフだなくらいで。制服のジャケットでもはおってろ。まあ現況コールには向かないかな」
メールはボット。どこかの誰かが作ったスクリプトで、機械的に送られている。飲み物への異物混入があったタイミングと重なったのは偶然か?
そうじゃないんだな。部屋に置かれたカードに同じ言葉が書かれている。このボットを発動させた奴がカードを置き、飲み物に細工したのか? もう一度ソーヤにコールする。
『お土産は食い物がいいな』
「売店でガムでも買ってってやるよ。あのさ、ボットは誰が動かしてるかわかるかな?」
『うーん、自信はないな。こういう迷惑ボットはたいてい海外サーバに置かれて作成者不明だからね。もしかすると作成者とドミニオンのメールを登録した奴はなんの関係もないかもしれないし』
「どういうこと?」
『たとえば、フォームか何かが用意してあって、そこに誰かのメールアドレスと送りたいメッセージを入力するとボットがそのメールに対して勝手に発動するようになってたら』
「そうか。なるほどね」
『まあ、探してみる。わかったら連絡するよ』
あとは? カードだ。テンマから渡されたカードを見てみる。なんの変哲もない、少し厚めの紙のカードに印字でメールと同じメッセージが入っている。I LOVE you so much so much so much……。
試しに指紋を出してみるが、結構べたべた出てきてきれいに取れない。テンマやSPたちが触ったのか……。データを鑑識に送る。たぶんあっちなら一つ一つ抽出してくれるはずだ。ヴェスタをちらっと見ると、ブリングで何かを難しい顔で見ている。普段はシンプルで禁欲的な服装のヴェスタがこんな格好だと、別人が座っているみたいだ。
「……この人たちに話を聞いてもいいかな?」
「どの人?」
ブリングを覗き込むと、ヴェスタは異物混入があった時の映像を開いていた。いかにも場違いな観光客みたいな若者たちの集団。
「ドミニオンに写真とかサインとかねだった人たち」
「そうだな。この中の誰かが入れたのかもしれないし。やってみな」
「コールは頼んでいい?」
「うわ。めんどくせえな! 仕方ないな。相手のIDだけ見つけといてくれ」
仕方がない。この服装で捜査官だと言ったところで真面目に答えてくれる人はいないだろう。ヴェスタは今回は特命担当みたいなもんだ。姫君にえらく気に入られてしまった。
「手が空いたら教えてやるから声かけろよ」
「何を?」
「護身術だよ。本当はインターンでやるんだ。少しでもやっときゃ違うだろ」
ドミニオンの行動記録を開く。先週からのやつ。
先週いっぱいは隣の州にいた。ホテル着、夕食、眠って翌朝から移動、リハーサル、インタビュー。夜の行動がすぽっと抜けている。
なんだこれ? 「一人歩き」? それにしては長い。
次の記録が翌朝から始まる。移動、会場入り、リハーサル、軽食、ライブ、軽食、ライブ。大変だな。疲れた、一人になりたいと言うわけだ。それを2日繰り返して1日オフ。この日の行動も記載がない。
この日からあのメールが始まって、この日の夜に異物混入があった。ヴェスタに詳細をドミニオンから聞かせるか? せめて夜の行動だけでも。翌日またライブ。翌々日、昼間のライブを終えて移動。この朝にメッセージカード。
「できたよ、氏名とID送ったから」
「はい。掛けておく。まずやるか」
「や……」
「護身術だよ」
部屋が広くて助かる。多少暴れても大丈夫だろ。ヴェスタが固まっている。
「俺たちが習うのは陸軍式格闘術だ。立ちな」
まず簡単なやつ。
「もしドミニオンに誰かが近づいてきたら、足を取れ」
「足を取る?」
突っ立っているヴェスタの脚を掴んでころんと転ばせる。受け身を教えた方がいいかな? そんな場合じゃないか。
「ほら。簡単にこけるだろ。やってみろ。かかってきな」
ちょいと手招きをするけど、なかなか体が動かないみたいだ。そうかもしれない。スポーツもやらせてなかったからな。教育を間違えた。
「よし。わかった。殺しにかかるからちゃんと抵抗してみろ」
とは言うものの、服がな。制服なら遠慮なくやるんだが、借り物の掴み所がない服だから手加減しないといけない。穴も元々開いてる。引っ掛けて破きそうだ。ぱっとヴェスタの肩を掴んで羽交い締めにする。危機感を感じさせないといけないかな。腕を首に回す。
「ほら。もうこれで首が締まってしまう。後ろは絶対取られないこと。何をやってもいいんだ。遠慮すんな。腕を噛みちぎってみろ。大丈夫だ。お前のバディはすぐ治るんだから」
「できないよ……」
「できなくない。やれ」
わざとぽいと床にヴェスタの体を放り投げて上から首元を押さえる。かなり苦しいはず。
「ほら。俺を跳ね除けてみな。まず落ち着いて。できないと思うな。体格が違う。俺の方が体重もある。でもやりようはあるんだ。落ち着け。まず俺の腰に下から手を当てろ」
ヴェスタが恐る恐る腰骨のあたりに手をつけた。びびんな。
「下から。持ち上げるみたいに押してみな。そうすると上にいるやつの体がどうしても浮くから、足ごと転がる。こう」
ころんと転がる。ヴェスタが上に来る。
「わかるか? 今のは俺が転がったけど、実際はお前がうまく重心を移動させるんだ。ほら。続き」
ヴェスタをくるっと転がす。床に広がる青白い髪。
「で、上を取ったら両足で相手の胴を挟む。動けないだろ」
「動けない……」
少し息が上がっている。色っぽいな。そんな場合じゃないけど。
「やってみな」
ヴェスタがうまく上を取る。少し勢いをつけないと難しいみたいだ。軽いからなこいつ。
「まあ今日はこんなもんか。でもな、相手から距離を取るのが一番。戦おうと思わないこと。ドミニオンを連れて逃げる、安全なところまで。わかったか?」
「わかった」
久々だな。こういうの。ヴェスタに上から何か教えるのは。ヴェスタはかなりいっぱしになったからな。今なら誰と組んでも大丈夫だろうな……。
ヴェスタのブリングからコール音が鳴った。時計を見るともう11時を回っている。
「ドミニオン?」
「そう……はい。どうしましたか?」
『ランチに行こーよ』
「どちらへ行かれます?」
『ここじゃないところ! あんたたちこの街に住んでるんでしょ? 安全でおいしいとこ連れて行ってよ』
「……だめですよ! 犯人が捕まるまではホテル内でお願いします」
『じゃあ早く捕まえてよ! それじゃあ……レストラン街のチャイニーズにしよう。今来てよ』
コールがぷつんと切られた。ヴェスタは大きくため息をついた。
「チャイニーズは俺は無理。一人で行け。近くにはいるようにするから。このホテル内ならまあ大丈夫だ。何か入れられないようにだけ気をつけろ」
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