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07 ドミニオン
07 Vesta (タイト・ロープ)
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チャイニーズレストランはまだ混んでいなかった。本当に思いつきで来たようで、ドミニオンのための席もない。
「あそこにしよう!」
ドミニオンは俺の手を取って、オリエンタルな丸窓のそばの席に着いた。背の高い衝立がある。
「防犯カメラから逃げるの癖になっちゃったんだよね。ここならたぶん映らないよ。テンマはチャイニーズだめだから普段は食べられないんだ。油が臭いとか言うんだよ」
「俺のバディもですよ。ほんとに辛いんだと思いますけど」
「でもさ、それに付き合わされたくないよ」
「……」
そうかな? バルが辛いなら付き合わせたくない。別にどうしてもチャイニーズを食べたいとも思わないし。
「あんたさあ、恋人いるんでしょ。どんな人?」
「え」
どんなって。ドミニオンは今朝もそうだったけど、あんまり他の人に話したことないようなことばかり聞いてくる。個人的なこと。好きなムービーとか、音楽とか。ドミニオンの曲をよく聴いてることはなんとなく言いそびれてしまった。
「……かっこいいです」
「男の人?」
「はい」
「いいね。あたし恋人っていたことないんだよね」
ちょっと意外でドミニオンを見上げる。チャイナ服の店員がテンシンという小さなカゴみたいな器に入った食べ物を置いていく。
「もちろん処女じゃないよ。知ってると思うけど。恋人はないな。ていうか、よくわかんないんだよ。あたしが好きになった人が、あたしを好きになってくれるの? そんなことあるの?」
ドミニオンの細い手がぱかぱかとテンシンの蓋を開ける。湯気が上がる。肉の塊。桃の形のお菓子。白くて丸い何か。細長い何か。
「食べよ!」
ドミニオンが有名になってスターダムをのしあがったのは一昨年くらいのこと。レプリカント歌手育成番組で優勝して、出した一曲目が音楽チャートで一位になった。それからも安定して売れて、今はロック界の歌姫になっている。
だから彼女は恐らく、産まれて2年、3年目くらいのレプリカントだ。
「俺も産まれて2年目まで恋人はいなかったな」
2年半で恋人ができたけど、それは後悔が多い。苦い思い出。俺もアラスターも幸せじゃなかった。
「初恋?」
「初恋は今の恋人。最初の恋人は違う人」
「はは! 面白い。なんでそうなるの?」
なんでそうなっちゃったんだろ。俺にもわからない。
「人を好きになったことないんですか?」
「わからない。好きになるってどんな感じなの?」
「どんなって……」
こんなところで口に出せない。その人がそこに居るだけで、世界に意味が生まれるようなことだ。心のどこかがいつもその人のことを考えている。その人が俺を強くして弱くする。うまく言えない。俺にとってはそういう事……。
「ドミニオンさんにはいないんですか? その人が目に入るだけで嬉しくなるような人」
「ドミって呼んでよ。タメ口にして。いないな。見るだけで吐き気がするやつならいる」
テンシンは熱くて美味しい。ドミニオンはぱくぱくと口に運ぶ。
「今夜会わないといけない」
「今夜? だって明日はライブですよね?」
「タメ口だってば! あたしたちは友達なんだよ! ライブだけど、それより大事だから会わないといけない。プロデューサーの命令なの。ライブするのだって、各地のそういう人たちに会う方がメインみたいなもんだよ」
「??」
歌姫が、ライブより大事な? 吐き気がする人と会うことが?
「はっきり言っちゃうとさ、あたし、おっさんにやられないといけないんだよね。最初からずっとそう。今夜はあいつと寝ろ! 明日はあいつとやれ! ってプロデューサーから言われるわけ。あたしが売れた番組に出てた他のレプリカントたちもみんな寝てた。誰とやったかで順位が決まったようなもんだよ。たまたまあたしが寝たやつが当たりだったってわけ」
「………!」
「ふふ。びっくり? 珍しくないよ。ヒューマンの子たちもやってる。芸能界なんてさ……若手はみんなセクサロイドだよ……余程運が良くないとね」
店員が小さなカップにお茶を注いでいく。
「だからさ、今日、9時ごろかな。部屋を出ないといけないんだ。普段はSPが送っていくんだけど、あたしほんとにSPが嫌なの。帰りの車の中とか、こいつもあたしがやられてきたと思ってんだろうなって思っちゃうの。俺がやっても同じだろって思ってんだろうなって」
ドミニオンの手がぶるっと震えて、小さなカップを倒す。白いクロスがさあっと薄茶色に染まる。
「……行かなきゃだめなんですか?」
「ふふ。このためにライブツアーやってるようなもんよ。社会的地位のあるペニスにご挨拶周りするってわけ。これやらないんならツアーなんかしない。それくらいのこと……。あたし30%だし、逆らえないんだよね」
「…………」
レストランを出ると、ドミニオンは少しショップを見たいと言った。昼間のホテルのショッピングモールには、上等な服を着た人々が闊歩している。
「下界とは違う! って感じよね。趣味の悪い宝石を高い金出して買うのがステータスなのかな」
かなり若めの格好をしたドミニオンと俺はすごく浮いている。店員たちも声をかけてこない。ドミニオンが歌う時の化粧と衣装を身につけていたらまた違うんだろう。ドミニオンはちょっとアイラインを引いてリップを塗っただけの今の顔では、あの売れっ子のロック歌手だとはわからないくらいだ。
ふと、ショッピングに疲れた人のためにぱらぱらと置かれているテーブルセットに目をやると、黒髪で長身の人がブリングで何かしていた。目が合う。
「バ……」
バルはすっと唇に人差し指を当てた。ほんとに付いててくれたんだ。
「なんか楽しいな。あたしさ、友達もいたことないんだよね。生まれた時から番組でしょ。レッスンレッスン、で夜はおっさんと寝なきゃいけなくて、自分のこと話したこともなかった」
友達ってこんな感じなのかな? ドミニオンは俺の目を覗き込んだ。友達……。どうなんだろう。
こんなことでもなければ、俺はドミニオンなんて別世界の人と並んで歩くことはなかった。今回の依頼が終わればもう交差することはないだろう。でもドミニオンがとても辛そうだと思った。
「あーもうやだ! リハの時間だ。帰らなきゃ」
駆け足でロビーに走る。ぴかぴかのオートキャリアがホテルの前に停められていて、テンマがドミニオンを待っていた。
「行くわよ。捜査官さん、ありがとう。また宜しくね。今日はもういいわ」
「テンマ、あたし9時の約束もこの子と行きたいんだけど」
テンマは露骨に顔を顰めた。
「この子まで巻き込んで3Pとかはしないよ! ただSPと帰ってくるのが嫌なの!」
今度は周りのSPたちが顔を顰めた。
「ねえ、今回だけ! ずっと我慢した! 今も我慢してる! あたし眠れてないんだよ! わかるでしょ?」
テンマが深いため息をついて眉間に手をやった。眠れてない……。そうだろうな。四時半の呼び出し。あれは徹夜のテンションだったのかもしれない。
「俺でよかったら。話はドミニオンさんから伺っていますので……送り迎えだけなら」
ドミニオンがぱっと目を輝かせた。テンマはぎゅっと目を瞑って眉間を何度か指で叩くと、諦めたように頷いた。
「あそこにしよう!」
ドミニオンは俺の手を取って、オリエンタルな丸窓のそばの席に着いた。背の高い衝立がある。
「防犯カメラから逃げるの癖になっちゃったんだよね。ここならたぶん映らないよ。テンマはチャイニーズだめだから普段は食べられないんだ。油が臭いとか言うんだよ」
「俺のバディもですよ。ほんとに辛いんだと思いますけど」
「でもさ、それに付き合わされたくないよ」
「……」
そうかな? バルが辛いなら付き合わせたくない。別にどうしてもチャイニーズを食べたいとも思わないし。
「あんたさあ、恋人いるんでしょ。どんな人?」
「え」
どんなって。ドミニオンは今朝もそうだったけど、あんまり他の人に話したことないようなことばかり聞いてくる。個人的なこと。好きなムービーとか、音楽とか。ドミニオンの曲をよく聴いてることはなんとなく言いそびれてしまった。
「……かっこいいです」
「男の人?」
「はい」
「いいね。あたし恋人っていたことないんだよね」
ちょっと意外でドミニオンを見上げる。チャイナ服の店員がテンシンという小さなカゴみたいな器に入った食べ物を置いていく。
「もちろん処女じゃないよ。知ってると思うけど。恋人はないな。ていうか、よくわかんないんだよ。あたしが好きになった人が、あたしを好きになってくれるの? そんなことあるの?」
ドミニオンの細い手がぱかぱかとテンシンの蓋を開ける。湯気が上がる。肉の塊。桃の形のお菓子。白くて丸い何か。細長い何か。
「食べよ!」
ドミニオンが有名になってスターダムをのしあがったのは一昨年くらいのこと。レプリカント歌手育成番組で優勝して、出した一曲目が音楽チャートで一位になった。それからも安定して売れて、今はロック界の歌姫になっている。
だから彼女は恐らく、産まれて2年、3年目くらいのレプリカントだ。
「俺も産まれて2年目まで恋人はいなかったな」
2年半で恋人ができたけど、それは後悔が多い。苦い思い出。俺もアラスターも幸せじゃなかった。
「初恋?」
「初恋は今の恋人。最初の恋人は違う人」
「はは! 面白い。なんでそうなるの?」
なんでそうなっちゃったんだろ。俺にもわからない。
「人を好きになったことないんですか?」
「わからない。好きになるってどんな感じなの?」
「どんなって……」
こんなところで口に出せない。その人がそこに居るだけで、世界に意味が生まれるようなことだ。心のどこかがいつもその人のことを考えている。その人が俺を強くして弱くする。うまく言えない。俺にとってはそういう事……。
「ドミニオンさんにはいないんですか? その人が目に入るだけで嬉しくなるような人」
「ドミって呼んでよ。タメ口にして。いないな。見るだけで吐き気がするやつならいる」
テンシンは熱くて美味しい。ドミニオンはぱくぱくと口に運ぶ。
「今夜会わないといけない」
「今夜? だって明日はライブですよね?」
「タメ口だってば! あたしたちは友達なんだよ! ライブだけど、それより大事だから会わないといけない。プロデューサーの命令なの。ライブするのだって、各地のそういう人たちに会う方がメインみたいなもんだよ」
「??」
歌姫が、ライブより大事な? 吐き気がする人と会うことが?
「はっきり言っちゃうとさ、あたし、おっさんにやられないといけないんだよね。最初からずっとそう。今夜はあいつと寝ろ! 明日はあいつとやれ! ってプロデューサーから言われるわけ。あたしが売れた番組に出てた他のレプリカントたちもみんな寝てた。誰とやったかで順位が決まったようなもんだよ。たまたまあたしが寝たやつが当たりだったってわけ」
「………!」
「ふふ。びっくり? 珍しくないよ。ヒューマンの子たちもやってる。芸能界なんてさ……若手はみんなセクサロイドだよ……余程運が良くないとね」
店員が小さなカップにお茶を注いでいく。
「だからさ、今日、9時ごろかな。部屋を出ないといけないんだ。普段はSPが送っていくんだけど、あたしほんとにSPが嫌なの。帰りの車の中とか、こいつもあたしがやられてきたと思ってんだろうなって思っちゃうの。俺がやっても同じだろって思ってんだろうなって」
ドミニオンの手がぶるっと震えて、小さなカップを倒す。白いクロスがさあっと薄茶色に染まる。
「……行かなきゃだめなんですか?」
「ふふ。このためにライブツアーやってるようなもんよ。社会的地位のあるペニスにご挨拶周りするってわけ。これやらないんならツアーなんかしない。それくらいのこと……。あたし30%だし、逆らえないんだよね」
「…………」
レストランを出ると、ドミニオンは少しショップを見たいと言った。昼間のホテルのショッピングモールには、上等な服を着た人々が闊歩している。
「下界とは違う! って感じよね。趣味の悪い宝石を高い金出して買うのがステータスなのかな」
かなり若めの格好をしたドミニオンと俺はすごく浮いている。店員たちも声をかけてこない。ドミニオンが歌う時の化粧と衣装を身につけていたらまた違うんだろう。ドミニオンはちょっとアイラインを引いてリップを塗っただけの今の顔では、あの売れっ子のロック歌手だとはわからないくらいだ。
ふと、ショッピングに疲れた人のためにぱらぱらと置かれているテーブルセットに目をやると、黒髪で長身の人がブリングで何かしていた。目が合う。
「バ……」
バルはすっと唇に人差し指を当てた。ほんとに付いててくれたんだ。
「なんか楽しいな。あたしさ、友達もいたことないんだよね。生まれた時から番組でしょ。レッスンレッスン、で夜はおっさんと寝なきゃいけなくて、自分のこと話したこともなかった」
友達ってこんな感じなのかな? ドミニオンは俺の目を覗き込んだ。友達……。どうなんだろう。
こんなことでもなければ、俺はドミニオンなんて別世界の人と並んで歩くことはなかった。今回の依頼が終わればもう交差することはないだろう。でもドミニオンがとても辛そうだと思った。
「あーもうやだ! リハの時間だ。帰らなきゃ」
駆け足でロビーに走る。ぴかぴかのオートキャリアがホテルの前に停められていて、テンマがドミニオンを待っていた。
「行くわよ。捜査官さん、ありがとう。また宜しくね。今日はもういいわ」
「テンマ、あたし9時の約束もこの子と行きたいんだけど」
テンマは露骨に顔を顰めた。
「この子まで巻き込んで3Pとかはしないよ! ただSPと帰ってくるのが嫌なの!」
今度は周りのSPたちが顔を顰めた。
「ねえ、今回だけ! ずっと我慢した! 今も我慢してる! あたし眠れてないんだよ! わかるでしょ?」
テンマが深いため息をついて眉間に手をやった。眠れてない……。そうだろうな。四時半の呼び出し。あれは徹夜のテンションだったのかもしれない。
「俺でよかったら。話はドミニオンさんから伺っていますので……送り迎えだけなら」
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