Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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07 ドミニオン

17 Baltroy (飴とナイフ)

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 その翌月、本当に打ち上げのパーティとやらにヴェスタと俺は招待された。打ち上げと言うから、スタッフだけのうちわのちょっとしたものをイメージしていたけど、ドレスコードがあったのが気にはなっていた。

「やっとバルとパーティに行ける! バルにエスコートして欲しかったんだよ」
「言われてみればそうだな。でも言っておくけどアラスターの方がちゃんとしてるからな」

 ヴェスタも俺もザムザの結婚パーティの時のスーツを着た。ネクタイを締めようとしたら、ヴェスタが俺のタイを持って行ってしまった。

「おい。パーティ用なんて何本も持ってないんだから」
「貸して! これかっこいいなと思ったんだ。俺のを貸すからさ」
「お前には地味すぎるだろ」

 ヴェスタはいたずらっぽく笑ってさっさとタイを締めてしまった。カフェオレ・ブラウンのスーツにシルバーグレイのタイ。いまいち。仕方なくヴェスタの青みがやや強い薄紫色のタイを締める。ヴェスタがちょっとタイを非対称に直してくれる。髪はエメラルドグリーンだ。ご機嫌だな。

 会場に着いてみると相当立派なイベントホールだった。人も想像以上にいるし、着飾っている。

「これ、かなりそれなりのパーティなんじゃないか」
「わー! 緊張してきた」

 打ち上げパーティ? インビテーションカードをもう一度見てみる。「ドミニオンサマーツアーエンドアップシークレットパーティ」。なんとも言い難い。

 人の波の間をうろうろしていると、テンマがいた。あちこちに挨拶をして回っているらしい。こちらに気がついて近づいて来た。

「どうも。C5さんとA4さん」
「テンマさん。これってどういうパーティなんですか? 打ち上げと聞いていたもんで」
「打ち上げよ。正確にはツアー最後の荒稼ぎ。このパーティはインビテーションを販売してるの。ここにいる半分は高額でゴールドチケットを買ったお得意様」
「はあ……」
「ドミニオンに挨拶して。C5さんに会いたがってる」

 言ったそばから、ドミニオンがすらりと背の高い男と腕を組んで現れた。男の髪はスカイブルーと明るいグレーの2色になっている。マネキンのように整った顔。

「ヴェスタ! 来てくれたんだね」
「ドミ」

 ヴェスタが挨拶すると、彼女はヴェスタをぐいぐい引っ張って連れて行ってしまった。何か話したいことがあるんだろう。

「ごめんなさいね。やっぱり男嫌いは治らない」
「いいんですよ。気にしてません。あのエスコートはレプリカント?」
「そう」
「ドミニオンがオーナー?」

 テンマは自虐的に笑った。

「オーナーは私。私が買ったの。ドミの護衛用に」
「ドミニオンだって人権があるからレプリカントのオーナーになれますよ」
「あの子にそんなお金ない。あの子には自分の口座もないの。全部ギャランティは会社の口座に入って、いろんな人がいろんな理由でお金を抜いて、残りはプロデューサーの懐に入るってわけ。あの子には会社名義のカードが一枚あるだけよ。それだって限度額ががっちり設定されてて小遣い程度にしか使えないわ」
「それで、あなたが自腹を切った?」
「そう……罪滅ぼしの一貫。もっと早くにこうしてあげれば良かったかな」
「支配率は? ゼロじゃないと人は殴れませんよ」
「34。裏切られたくないけど、自由にもしてやりたい。ヒューマンに攻撃できなくても、ドミの壁にはなれるでしょう………ドミも気に入ったみたい」
「なるほど」

 ふっと嗅いだことのあるにおいがした。嫌な匂いだ。ちらっと辺りを見回すが、人が多すぎる。

「ねえ、あなたハイブリッドでしょう」

 テンマが急に言った。

「……どうして」
「肩を怪我したでしょう。結構血が出てた。でも翌日にはもう普通に動かしてた。鼻も利くし」
「あなたも?」
「私が?」

 テンマはまた自嘲気味に笑った。

「私の親が遺伝子治療を受けたのはそう。でも何も変異しなかった。無駄だった。私は嗅覚過敏は発現したけど、再生能力はだめだった。加齢もするし傷も治らない」

 羨ましいわ、とテンマは呟いた。私なんて生きづらいだけ。

「幸せそうなあなたのレプリカントも、完全なハイブリッドのあなたも本当に羨ましい」
「…………」

 テンマはちょっと首を振ってどこかに行こうとした。

「テンマさん」
「……何?」
「ドミニオンに正当な報酬が支払われていないというのは経済的虐待に当たります。その気になったらご連絡下さい」

 彼女は俺を見てにこっと笑った。そしてきっ・・と顔を上げて、やたら仕立てのいい服を着た紳士に挨拶に行った。

 難しいだろう。プロデューサーから離れたら、ドミニオンだけじゃなくテンマも辛い立場になる。でももしも、彼女がドミニオンのことを本当に考えるなら、可能性はある。

 ヴェスタはどこだ。さっきの匂いは悪い予感がする。匂いが混ざって追えない。人混みを抜ける。少し匂いが濃くなる。かなり独特の匂いだ。厚いカーテンの向こう。テラスのように突き出したちょっとしたスペースがある。誰もいない。でも気配が残っている。まさか。どうやって? またふっとその匂いが近づいた。肩が触れるほど近くに誰かが立った。

「……やあ。バルトロイ」

 振り返るまでもなかった。すぐにわかった。

「寄るな」
「ひどいなあ。友達じゃないか。冤罪事件に巻き込まれて大変だったんだぜ? お前が巻き込んでくれたんだから、謝ってもらってもいいくらいだ」
「友達じゃない。冤罪でもない」
「じゃあ何かな? ちょっと考えてみよう」

 ゴーシェ。どんな手を使ったのか知らないが、もう司法としては手が出せなくなった殺人鬼。彼は涼しい顔で持っていたカクテルを一口飲むと、その灰色の目をこちらに向けた。

「ふふっ。……幼なじみかな? 俺にとっては運命の男オム・ファタルだな」
「お前は犯罪者で俺は捜査官だ」
「嬉しいね。俺を捕まえてくれるのかな」

 くそが。

「……バルトロイ、俺と来いよ。あんな人間もどきといないでさ。ヴェスタだったかな? たまたまライブの映像を見てたんだ。すぐ分かったよ。あいつらは臭くないからな。そばに置いとくにはちょうどいいよな。でもどうせあんなやつらはあっという間に死んじまうんだ」
「お前には関係ない」
「つれないなあ、バルトロイ。俺はもう20年もお前を追いかけてるんだぜ」

 ゴーシェは俺の肩に自分の手を置いて、耳元で囁いた。

「……例えばあのレプリカントを殺してやったら、お前は俺を憎むかな?」

 一気に頭に血が昇った。反射的に振り向きざま、ゴーシェの首元を掴む。

「ははっ……冗談さ。『お父さま』との約束でね、もう殺しはしないって誓ったんだ。たがえたら俺は存在ごと消されることになってる。特製のビーコンまで付けられてるんだ。位置情報を24時間送信してる。それに殺しは手間がかかるし匂いもきついだろ。もう懲り懲りだよ……でも」

 ゴーシェは俺の手に自分の手を重ねた。ぞっとして手を引く。すると代わりに俺の肩を掴んだ。

「……わかってんだろ? 俺がやらなくてもあのレプリカントはすぐ死ぬ。あのレプリカントだけじゃない。誰だってさ。なあ、お前には俺しかいないんだよ。お前の運命の男だって俺さ。百年、二百年経った時、お前は誰を思い出すかな? 他の人間が全部死んで行く中で……」
「少なくともお前じゃない」
「そうかな? きっとお前は探すだろうよ。お前と同じ生き物を……そして俺のことを思い出すよ。ククッ……俺はお前の匂いが好きだ」

 ゴーシェは耳元に鼻先を近づけた。鳥肌が立つ。

「俺はお前の匂いが嫌いだ。近寄るな。吐き気がする」

 手を振り払う。ゴーシェは笑っている。

「変わらないな。その黒い強気な目も、態度も。泣かせてやりたくなるよ」

 その場を離れようとした時、ゴーシェが今度は俺がしているタイを掴んだ。

「バルトロイ」
「……念のために言っておく」

 血の匂いがするようなゴーシェの手からタイを抜く。ヴェスタのタイに触れてほしくない。

「お前がヴェスタに手を出したら……」
「……ふふっ、『俺がお前を殺す』かな?」
「俺もヴェスタと死ぬ」
「………」
「他を探せよ。きっといるぜ、ハイブリッドなんて」


 明るい会場のホールに戻ると、グリーンの髪が人の波を縫って近づいてきた。わかりやすい。

「バル。帰っちゃったのかと思った」
「エスコートが? 大丈夫だ。ちゃんと家に送るとこまでやるよ」
「そこまでなの?」
「まあ、伝統的にはな。いい感じになってると家の前でキスして親に嫌な顔されるまでがお約束」
「じゃあちゃんとそこまでして」
「俺はもっと素行が悪い」
「ふふっ」
「………」

 ヴェスタを、殺しはしなくても。
 俺に二度と会えないようにヴェスタに何かすることはあるかもしれない……。

「バル?」

 本当は。

 ヴェスタが大事なら。ヴェスタを傷つけたくないなら。ヴェスタを守り切る自信がないのなら。相手は人を殺すことをなんとも思わない異常者だ。何をやらかすかは想像を超える。

 手を離さなきゃいけないんだろう。ヴェスタと別れて、ヴェスタを見守る影になる。テンマのように。彼女のように後悔しないために。

「どうかした?」

 壊してしまってから、壊すつもりはなかったと言っても仕方がない………。俺が我慢すれば済むこと。ヴェスタを壊すことの方が耐えられない。

「誰かに何か言われた? ふふ。いつもと逆だね」
「何でもない。ドミニオンは何だって?」
「今ね、新しい護衛の人紹介してもらったよ。トリスタンて言うんだって。俺と同じで気分で髪の色が変わるんだって」
「そうか」
「楽しそうだった。良かったな。生き生きしてた。今は生きたくて生きてる感じって言ってたよ」
「うん?」
「なんかね、ずっと誰かが言うから生きてる感じだったんだって。ドミは。誰かがこうしてほしがってるから、そうするかって。でも最近は、自分はこうしたいなって思うみたい。人のことはいいやって」

 生きたくて生きてる感じ。自分はこうしたい……。

 俺はどうしたい。ヴェスタがしたいようにさせてやりたい。ずっとそうだ。だから、結婚はしない。ヴェスタが俺から手を離したくなった時、すぐに離してやれるように。俺と一緒にいたら何もできないから。子どもも育てられない。行きたい場所にも行けない。食べたいものも食べられない。そんなのずっとは続けられないだろ。

「………お前は? それでいいと思う?」
「それはそうじゃない? 自分がしたいことするのが一番じゃない? 大変だとは思うけどさ。何のために生きてるのか分からないよりさ」
「好きなことしたら、他の誰かが好きなことできなくなるとしても? しなきゃいけない我慢もあるんじゃないか。それが大切なやつならなおさらさ」

 手を離すのは俺の・・したいことではない。

 本当はがんじがらめにして、あらゆるもので縛り付けてどこにも行かせたくない。本当は。結婚でも何でもしたい。ヴェスタに生まれつき刻まれたオーナーのしるしだけじゃない、俺をヴェスタが・・・・・選んだ・・・証明が欲しい。

 でもそんなのはただのわがままだ。大人のすることじゃない。アラスターにヴェスタを渡した時だって笑って送り出せたじゃないか。二度とできないわけがない。

「大切ってどれくらい?」
「俺にはお前くらい」

 ヴェスタの髪がさあっと白くなった。かわいい。

「……だったら余計にバルのやりたいようにして欲しい……。バルが我慢してる方が俺は嫌だ。俺のせいでバルが死んだみたいに生きるようなことになるのは本当に嫌だよ」

 ヴェスタが青緑色の瞳で見つめて来た。

「だってさ、バルの人生だろ? なんで俺がバルの不幸を望むと思うの? バルは俺がバルのせいで我慢してたら怒るだろ? ちゃんとしろって言うんじゃないの? 一人で考えるなってさ。そんなの間違ってるって」
「…………」

 お見込みの通り。そんなの間違ってる。

 自分の欲望を殺すのは。目の前のものを諦めるのは。それが正しいと思い込むのは。そんなの間違ってる。ヴェスタがやったら確かにやめろと言う。それが大人のやり方だろうなんてのは。

 それは楽な方に逃げてるだけだろ。戦わなくて済むから。自分の無力や物事の理不尽さに苦しまなくて済むから。弱さや間抜けさ。バカで臆病なところ。見せなくて済むから。自分も見なくて済むから。

 なんであの時何も言わなかったのか。お前がアラスターから好きだって言われたって言ってきた時。

 お前があんまり嬉しそうだったから、とっさに平気なふりをした。アラスターがいいやつなのも、お前とアラスターがずっと二人でいればどうなるのかも分かってた。ただそれでもお前が俺のそばにいるんじゃないかってどこかで期待してたんだな。うろたえた後にまた逃げた。予想の範囲だ。もともと俺のものじゃない。そう思うことに決めた。

 お前を好きだったのに自分から何もできなくて、ただ物欲しそうに待ってたのは俺なんだから。それを認めたくなかった。我慢するのに慣れたんじゃない。自分の願いを叶えようとしない言い訳がしたかった。お前の寝顔を見ていると今でも何かが削れていく。お前を不幸にさせるのが怖くて堪らないから。お前がまたいなくなるその日のことばかり思い浮かぶから。

 
「俺、何か我慢させてる?」
「いや。我慢しようかと思ってたところだった」
「どうしたの? 何を我慢しようとしたの?」

 青緑色の瞳。人々が笑いさざめく。スピーカーから流れる音楽の音。グラスの触れ合う音。白ぶどうと金属的なにおいの混じった、シャンパンの気泡。

 ひどいことかも知れない。ヴェスタを安心して幸せに暮らさせることはできない。俺はそんなにできるやつじゃない。何の力もない。でも俺だって欲しいものが欲しい。また黙ってヴェスタを見送るのか? 他の誰かにヴェスタが守られるのを、指を咥えて見てるのか? また? ヴェスタが傷ついても俺のせいじゃないと言うために?



 もういやだ。俺はもう手放したくない。



「結婚してくれ」
「ふふっ。それもエスコートのお約束?」
「はは。……違う。もう我慢しないことにした」
「……ほんとに?」
「本当。いやか?」
「……結婚する!」
「ただしお前も覚悟しろよ。酷い目に合うかも知れない……」

 言い終わらないうちに、ヴェスタが抱きついてきた。後で説教だな……話は最後まで聞け。

「離れるなよ。俺の半径2メートル以内にいろ。例え話や精神論じゃない、物理的にだ。ビーコンも二度と設定をいじるな、レベル1のままだ。一生だ」

 ヴェスタは胸に顔を埋めたまま、こくんと頷いた。










<To be continued in the next number →>







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