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08 デモンストレーション
25 Vesta (報告)
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目まぐるしい。色んなことがあっという間にやって来ては、色んなものをかき混ぜて通り過ぎていく。
「結婚しなきゃよかったと思うこと、ありますか?」
「どうしてそんなこと聞くの? ガートルード」
マリーンさんは前にも一度2人で来たティールームで、ちょっと困った顔をした。そうだよね。結婚して、幸せに暮らしている人にそんなこと。
「いや。ごめんなさい」
「待って。ちゃんと言って。一緒に考えたくて来てくれたんでしょう?」
「………」
この人にしか聞けない。たぶん他に分かち合える人はいない。俺のそばには。
「レプリカント、と、結婚するヒューマンの人って、あの……変な目で見られることがあって……」
マリーンは少し眉根を寄せて微笑んだ。
「……知ってる。人間との付き合いができなかったとか、お人形と結婚したとか言われるのよね」
「そうなんです。俺、バルが何か、俺のせいでそんな風に言われたら……」
ままごと人形。バルがイルゼのオーナーみたいな人と同類だと思う人はいるだろう。バルが俺のせいでそんな目で見られるのは嫌だ。
「………ザムザのお母さんは、私が初めてお会いした時、泣き出されたの。レプリカントなんか連れてくると思わなかったって。自慢の息子だったのにって」
「………」
そうだよね。やっぱりそういう反応はある。
「ザムザは、『そんな自慢の息子が連れてきた相手を信じられないのか』って言ったの。私、それを聞いて、そうかって。私この人と結婚しようって思った。私もあなたと同じこと考えてた。私がこの人の足を引っ張ることになったらどうしようって。
でもザムザは自分の選択に自信と責任を持てる人だった。その人が私を選んでくれたんだから、どんな中傷も聞き流そうって」
「………ザムザ、かっこいいね」
正直、ちょっとびっくり。
「あなたはバルトロイさんがどうして結婚しようって言ったと思うの」
「……さあ。急だったんだよね……。パーティに二人で行って、帰ろうかって感じになった時、結婚してくれって言われたんです。それまでは、子どもが欲しくないから、結婚できないって言ってたのに」
「バルトロイさんの方の気持ち次第だと思うのよ。結局、私たちってどうしても嫌がる人は嫌がる。どうにもできない。生きている限り中傷はされる。そんな私たちでも本気で平気なのかどうか。一緒に中傷されることを理解しているかどうか。それだけじゃないかな」
ゴーシェは起訴されて、懲役6ヶ月とボランティア活動が義務付けられた。たった半年。でも恐らく、それでは済まないんじゃないかと思っている。
彼は「お父さま」との約束で殺人はできないことになっていたとバルは言った。そんな彼が逮捕され、しかも懲役刑が付いたとなれば、もし「お父さま」が彼を守る気なら、すぐさまそれを揉み消しにかかるはずだ。
それをしないということは、ゴーシェを少なくとも庇う気はない、下手をすれば塀の中から一歩でも出れば消すつもりかもしれない。そしてゴーシェはそれを恐れるはずだ。
だからたぶん、ほとぼりが冷めるまで、彼は問題行動を刑務所の中で起こし続けざるを得ない。そして彼はバルに接見禁止が出たので、出所する時はこちらに連絡が来る。それまでは考えなくていい。全てがばたばたと収まるところに収まってしまって、なんだか空っぽな気分だ。
「ヴェスタ。ギルロイの秘書から連絡が来た。フォシル・タウンの別荘に土曜日の午後に来て欲しいって」
「別荘!」
「別荘って言うかな、俺が施設を出た後に6年住んでた家だよ。本宅はヨーロッパの方に移してるみたいだ」
バルが俺の髪の色を見て笑った。
「大丈夫だ。取って食いやしねえよ。あの女よりは普通……普通ではない、変人だけど、俺に関心ないから」
聞けずにいる。どうして俺と結婚する気になったの? 俺のせいでバルまで陰口を言われる、それはわかってるの?
わかってる、だってレプリカント人権保護局のベテラン捜査官だもん。わかってない、だってそんなことぐだぐだ考えるタイプじゃないもん。
どっち?
あっと言う間に土曜日が来て、俺たちはエアランナーでその別荘に行った。ポートがあるって言うし、遠かったから。山と湖に囲まれた、自然豊かな別荘地にその家はあった。半分森みたいな庭がある。家のその庭に面した全面が透過壁になっている。
ポートに降り立つと、細身の男性が一人で待っていた。
「バルトロイくん」
「ユグノーさん。ご無沙汰してます」
「こんにちは」
ユグノーさんとバルが呼んだその人は、不躾なくらい俺の顔を眺めた。怖い……。
「これが俺の婚約者のヴェスタ。ギルロイさんは?」
「そんな、他人行儀な。先生はリビングにおりますよ」
不思議な関係。家族っていないからわからない。俺にもわからない、とバルは言った。そんな俺とそんなバルが家族になる。本当に?
「バルトロイさん。おかえりなさい」
アンドロイドが声をかけてきた。この家はホームキープドロイドじゃないんだ。金属製の手とキャタピラの足。
「まだ現役だったのか、ネオ」
「はい。バージョンアップは適宜しております」
広くて明るいリビングに降りると、背の高い男性が手を後ろに組んで外を見ていた。背中がバルに似ている。
「ギルロイさん」
男性は振り向かなかった。バルも続けて声をかけるわけでもない。どうして? どうしたらいいの? 気づまりで部屋の中を見回した。正面の庭。まるで森。3人がけのソファが2台向かい合っている。木製のローテーブル。その上には今時珍しい、本当のカメラが置かれていた。
両側の壁に浅い棚が付けてあり、本や写真が並んでいる。後ろには暖炉とマントルピース、その上に、大きな一枚の白黒の写真が掛けてあった。森を背景に、誰かの背中が写っている写真。写真の隅にタイトルらしきものが鉛筆で書き込んである。「17歳」。
「やあ」
慌ててギルロイさんの方に向き直る。40歳くらいに見える、変な言い方だけどすごく色気のある男性がこちらを見て微笑んでいた。ゆるくウェーブのかかった長めの黒髪。太い眉がバルと同じだ。そして指でファインダーを作ってこちらに向けた。
「いいね」
「……ギルロイさん、これが俺の婚約者です。ヴェスタ」
「初めまして……」
バルみたいな、どこか閉じている感じがしない。それなのに掴みどころがない。不思議な人。でも……。
もう一度マントルピースの上の写真を見た。これは……。
「あの、この写真はギルロイさんが撮られたんですか」
「そう。俺は好きだからそこにかけた。本には入れさせてもらえない。不思議でしょう。俺の写真集なのに、俺の好きなのは載せてもらえないんだ」
ギルロイさんはもう一度指で四角を作った。
「結婚式はするのかな」
バルが答えた。
「今のところ、予定はないんです。やるとしてもちょっとしたパーティくらいかなって。ギルロイさんはお忙しいでしょう」
「招待だけでもしてくれないかな。お祝いくらいはね」
「どうも」
ぎこちない、事務的なくらいの親子の会話。ギルロイさんはローテーブルに置いてあった大きなカメラを手に取った。
「じゃ、これで」
バルが屋上に戻ろうとする。嘘! これだけ? とっさにバルの手を掴んだ。
「あの! 俺、俺……レプリカントなんです。それでもバルと、結婚していいですか」
シャシャシャッと軽い音がした。ギルロイさんがこちらにカメラを向けている。
「うん」
「………」
「いい表情してると思う」
バルは俺の手を掴み直して、一礼して屋上に戻った。ユグノーさんはもういない。
「だからさ。変わってる、関心ないんだって言っただろ」
「うん………でも」
「でも?」
「あの写真さ」
「どの写真」
バルは少し不機嫌に見えた。それはそうだ。久しぶりに会ったはずなのに、ギルロイさんには会話しようという気がほとんどなさそうだった。知識として頭にあった家族像とはかけ離れている。それは何度か聞いていたはずなのに、どうして俺は本気にしなかったんだろう。バルの家族が俺に対してどんな反応をするのかしか考えてなかった……。
自分のことしか考えてなかった。
「……無理言ってごめんね」
「思ってたより変人だっただろ?」
「ほんとだね」
ゆっくり飛ぶ。少し霧でけぶった森の上だ。きれいだ。
「あとはもうおしまい? 友達も親もいない?」
「うーん、アルフはいいか。忙しいからな。コールはしたしパーティに呼べば充分」
アルフさん。名前だけ知ってる。バルの大学の時の友達の一人だ。ルーさんやハロウさんのなかま。あの人たちと話してるときのバルはなんだか気が緩んでる感じがして楽しそうだった。パーティで会えたらいい。
「局の人には適当に言っといたし、いいかな。あ、一人、どこにいるかわからない人がいるな」
「どこにいるかわからないけど知らせたいの?」
「うん。恩師っていうか、俺が捜査官になるきっかけになった人がいてさ。プライマリースクールの時の先生なんだけど……」
あの人がいたから俺はゴーシェにならずに済んだ、とバルは言った。
「探そうか。名前は覚えてる?」
「アネルマ………なんだっけな。マイネ? マイネルン? そんな感じ」
「顔を見たらわかる?」
「ははっ。あんまり派手にやるなよ。職権濫用で捕まる。見つからないかもしれないな。いいんだ、できればって話」
でもバルを今のバルにしてくれた人なら、俺が会いたいと思った。会ってみたい。
「お前の方は? 知らせたい人には知らせた?」
「俺のブリングに登録されてる人の数知ってる? 5人だよ。とっくに知らせたよ」
「ん? 誰だ? ザムザとドミニオンと? 俺と、マリーンと……」
「……アラスター」
「ああ、そうか」
アラスターには、すごく不義理をした自覚がある。できればあんまりもう振り回したくなかった。
でも後から知ったら絶対嫌な気持ちになるだろうし、必ず彼の耳には入るだろうから、先に伝えないといけない。局で会うか、コールかメッセージかで迷って迷って、結局メッセージにした。本当にただのお知らせ……。「こんにちは、お久しぶりです。バルと結婚することになったのでお知らせします」。
我ながら他人行儀だと思った。でも他にどう言ったらいいかわからない……。送ってすぐにコールが来た。アラスターからだった。心臓が口から飛び出しそうになりながら出た。
『ヴェスタ! メッセージ読んだよ。おめでとう』
「ありがとう。ご、ごめんね、こういうの、どうやって伝えるものなのかわかんなくて」
画面の向こうでアラスターがにこっと笑った。
『知らせてくれてありがとう。お幸せにね』
「……なんか、アラスター、少し若返った?」
『画面越しでもわかる? そうなんだ。年齢調整を始めたら、なんだか若返って。そういう人がいるとは聞いてたけどね。少し得したかな』
「ふふ」
『次は俺がいい知らせができるといいな。またね!』
ほっとした。でも。
「バルはどうして急に、俺と結婚する気になったの」
「ん? ああ、ゴーシェが変なこと言ってきたから」
「は?」
「うまく説明できない。とにかくそういうこと」
「ちょ………ちょっと待って。どういうこと」
そんなもののはずみで? たしかにゴーシェの件がきっかけみたいだとは思ったけど。
「まず運転に集中してくれ。説明の仕方を考えとくから」
「………」
これは、バルの場合後者だったかも。ぐだぐだ考えるタイプじゃないから、適当に俺と結婚するって言っちゃったのかも。
それなら、もしそうなら……。
「結婚しなきゃよかったと思うこと、ありますか?」
「どうしてそんなこと聞くの? ガートルード」
マリーンさんは前にも一度2人で来たティールームで、ちょっと困った顔をした。そうだよね。結婚して、幸せに暮らしている人にそんなこと。
「いや。ごめんなさい」
「待って。ちゃんと言って。一緒に考えたくて来てくれたんでしょう?」
「………」
この人にしか聞けない。たぶん他に分かち合える人はいない。俺のそばには。
「レプリカント、と、結婚するヒューマンの人って、あの……変な目で見られることがあって……」
マリーンは少し眉根を寄せて微笑んだ。
「……知ってる。人間との付き合いができなかったとか、お人形と結婚したとか言われるのよね」
「そうなんです。俺、バルが何か、俺のせいでそんな風に言われたら……」
ままごと人形。バルがイルゼのオーナーみたいな人と同類だと思う人はいるだろう。バルが俺のせいでそんな目で見られるのは嫌だ。
「………ザムザのお母さんは、私が初めてお会いした時、泣き出されたの。レプリカントなんか連れてくると思わなかったって。自慢の息子だったのにって」
「………」
そうだよね。やっぱりそういう反応はある。
「ザムザは、『そんな自慢の息子が連れてきた相手を信じられないのか』って言ったの。私、それを聞いて、そうかって。私この人と結婚しようって思った。私もあなたと同じこと考えてた。私がこの人の足を引っ張ることになったらどうしようって。
でもザムザは自分の選択に自信と責任を持てる人だった。その人が私を選んでくれたんだから、どんな中傷も聞き流そうって」
「………ザムザ、かっこいいね」
正直、ちょっとびっくり。
「あなたはバルトロイさんがどうして結婚しようって言ったと思うの」
「……さあ。急だったんだよね……。パーティに二人で行って、帰ろうかって感じになった時、結婚してくれって言われたんです。それまでは、子どもが欲しくないから、結婚できないって言ってたのに」
「バルトロイさんの方の気持ち次第だと思うのよ。結局、私たちってどうしても嫌がる人は嫌がる。どうにもできない。生きている限り中傷はされる。そんな私たちでも本気で平気なのかどうか。一緒に中傷されることを理解しているかどうか。それだけじゃないかな」
ゴーシェは起訴されて、懲役6ヶ月とボランティア活動が義務付けられた。たった半年。でも恐らく、それでは済まないんじゃないかと思っている。
彼は「お父さま」との約束で殺人はできないことになっていたとバルは言った。そんな彼が逮捕され、しかも懲役刑が付いたとなれば、もし「お父さま」が彼を守る気なら、すぐさまそれを揉み消しにかかるはずだ。
それをしないということは、ゴーシェを少なくとも庇う気はない、下手をすれば塀の中から一歩でも出れば消すつもりかもしれない。そしてゴーシェはそれを恐れるはずだ。
だからたぶん、ほとぼりが冷めるまで、彼は問題行動を刑務所の中で起こし続けざるを得ない。そして彼はバルに接見禁止が出たので、出所する時はこちらに連絡が来る。それまでは考えなくていい。全てがばたばたと収まるところに収まってしまって、なんだか空っぽな気分だ。
「ヴェスタ。ギルロイの秘書から連絡が来た。フォシル・タウンの別荘に土曜日の午後に来て欲しいって」
「別荘!」
「別荘って言うかな、俺が施設を出た後に6年住んでた家だよ。本宅はヨーロッパの方に移してるみたいだ」
バルが俺の髪の色を見て笑った。
「大丈夫だ。取って食いやしねえよ。あの女よりは普通……普通ではない、変人だけど、俺に関心ないから」
聞けずにいる。どうして俺と結婚する気になったの? 俺のせいでバルまで陰口を言われる、それはわかってるの?
わかってる、だってレプリカント人権保護局のベテラン捜査官だもん。わかってない、だってそんなことぐだぐだ考えるタイプじゃないもん。
どっち?
あっと言う間に土曜日が来て、俺たちはエアランナーでその別荘に行った。ポートがあるって言うし、遠かったから。山と湖に囲まれた、自然豊かな別荘地にその家はあった。半分森みたいな庭がある。家のその庭に面した全面が透過壁になっている。
ポートに降り立つと、細身の男性が一人で待っていた。
「バルトロイくん」
「ユグノーさん。ご無沙汰してます」
「こんにちは」
ユグノーさんとバルが呼んだその人は、不躾なくらい俺の顔を眺めた。怖い……。
「これが俺の婚約者のヴェスタ。ギルロイさんは?」
「そんな、他人行儀な。先生はリビングにおりますよ」
不思議な関係。家族っていないからわからない。俺にもわからない、とバルは言った。そんな俺とそんなバルが家族になる。本当に?
「バルトロイさん。おかえりなさい」
アンドロイドが声をかけてきた。この家はホームキープドロイドじゃないんだ。金属製の手とキャタピラの足。
「まだ現役だったのか、ネオ」
「はい。バージョンアップは適宜しております」
広くて明るいリビングに降りると、背の高い男性が手を後ろに組んで外を見ていた。背中がバルに似ている。
「ギルロイさん」
男性は振り向かなかった。バルも続けて声をかけるわけでもない。どうして? どうしたらいいの? 気づまりで部屋の中を見回した。正面の庭。まるで森。3人がけのソファが2台向かい合っている。木製のローテーブル。その上には今時珍しい、本当のカメラが置かれていた。
両側の壁に浅い棚が付けてあり、本や写真が並んでいる。後ろには暖炉とマントルピース、その上に、大きな一枚の白黒の写真が掛けてあった。森を背景に、誰かの背中が写っている写真。写真の隅にタイトルらしきものが鉛筆で書き込んである。「17歳」。
「やあ」
慌ててギルロイさんの方に向き直る。40歳くらいに見える、変な言い方だけどすごく色気のある男性がこちらを見て微笑んでいた。ゆるくウェーブのかかった長めの黒髪。太い眉がバルと同じだ。そして指でファインダーを作ってこちらに向けた。
「いいね」
「……ギルロイさん、これが俺の婚約者です。ヴェスタ」
「初めまして……」
バルみたいな、どこか閉じている感じがしない。それなのに掴みどころがない。不思議な人。でも……。
もう一度マントルピースの上の写真を見た。これは……。
「あの、この写真はギルロイさんが撮られたんですか」
「そう。俺は好きだからそこにかけた。本には入れさせてもらえない。不思議でしょう。俺の写真集なのに、俺の好きなのは載せてもらえないんだ」
ギルロイさんはもう一度指で四角を作った。
「結婚式はするのかな」
バルが答えた。
「今のところ、予定はないんです。やるとしてもちょっとしたパーティくらいかなって。ギルロイさんはお忙しいでしょう」
「招待だけでもしてくれないかな。お祝いくらいはね」
「どうも」
ぎこちない、事務的なくらいの親子の会話。ギルロイさんはローテーブルに置いてあった大きなカメラを手に取った。
「じゃ、これで」
バルが屋上に戻ろうとする。嘘! これだけ? とっさにバルの手を掴んだ。
「あの! 俺、俺……レプリカントなんです。それでもバルと、結婚していいですか」
シャシャシャッと軽い音がした。ギルロイさんがこちらにカメラを向けている。
「うん」
「………」
「いい表情してると思う」
バルは俺の手を掴み直して、一礼して屋上に戻った。ユグノーさんはもういない。
「だからさ。変わってる、関心ないんだって言っただろ」
「うん………でも」
「でも?」
「あの写真さ」
「どの写真」
バルは少し不機嫌に見えた。それはそうだ。久しぶりに会ったはずなのに、ギルロイさんには会話しようという気がほとんどなさそうだった。知識として頭にあった家族像とはかけ離れている。それは何度か聞いていたはずなのに、どうして俺は本気にしなかったんだろう。バルの家族が俺に対してどんな反応をするのかしか考えてなかった……。
自分のことしか考えてなかった。
「……無理言ってごめんね」
「思ってたより変人だっただろ?」
「ほんとだね」
ゆっくり飛ぶ。少し霧でけぶった森の上だ。きれいだ。
「あとはもうおしまい? 友達も親もいない?」
「うーん、アルフはいいか。忙しいからな。コールはしたしパーティに呼べば充分」
アルフさん。名前だけ知ってる。バルの大学の時の友達の一人だ。ルーさんやハロウさんのなかま。あの人たちと話してるときのバルはなんだか気が緩んでる感じがして楽しそうだった。パーティで会えたらいい。
「局の人には適当に言っといたし、いいかな。あ、一人、どこにいるかわからない人がいるな」
「どこにいるかわからないけど知らせたいの?」
「うん。恩師っていうか、俺が捜査官になるきっかけになった人がいてさ。プライマリースクールの時の先生なんだけど……」
あの人がいたから俺はゴーシェにならずに済んだ、とバルは言った。
「探そうか。名前は覚えてる?」
「アネルマ………なんだっけな。マイネ? マイネルン? そんな感じ」
「顔を見たらわかる?」
「ははっ。あんまり派手にやるなよ。職権濫用で捕まる。見つからないかもしれないな。いいんだ、できればって話」
でもバルを今のバルにしてくれた人なら、俺が会いたいと思った。会ってみたい。
「お前の方は? 知らせたい人には知らせた?」
「俺のブリングに登録されてる人の数知ってる? 5人だよ。とっくに知らせたよ」
「ん? 誰だ? ザムザとドミニオンと? 俺と、マリーンと……」
「……アラスター」
「ああ、そうか」
アラスターには、すごく不義理をした自覚がある。できればあんまりもう振り回したくなかった。
でも後から知ったら絶対嫌な気持ちになるだろうし、必ず彼の耳には入るだろうから、先に伝えないといけない。局で会うか、コールかメッセージかで迷って迷って、結局メッセージにした。本当にただのお知らせ……。「こんにちは、お久しぶりです。バルと結婚することになったのでお知らせします」。
我ながら他人行儀だと思った。でも他にどう言ったらいいかわからない……。送ってすぐにコールが来た。アラスターからだった。心臓が口から飛び出しそうになりながら出た。
『ヴェスタ! メッセージ読んだよ。おめでとう』
「ありがとう。ご、ごめんね、こういうの、どうやって伝えるものなのかわかんなくて」
画面の向こうでアラスターがにこっと笑った。
『知らせてくれてありがとう。お幸せにね』
「……なんか、アラスター、少し若返った?」
『画面越しでもわかる? そうなんだ。年齢調整を始めたら、なんだか若返って。そういう人がいるとは聞いてたけどね。少し得したかな』
「ふふ」
『次は俺がいい知らせができるといいな。またね!』
ほっとした。でも。
「バルはどうして急に、俺と結婚する気になったの」
「ん? ああ、ゴーシェが変なこと言ってきたから」
「は?」
「うまく説明できない。とにかくそういうこと」
「ちょ………ちょっと待って。どういうこと」
そんなもののはずみで? たしかにゴーシェの件がきっかけみたいだとは思ったけど。
「まず運転に集中してくれ。説明の仕方を考えとくから」
「………」
これは、バルの場合後者だったかも。ぐだぐだ考えるタイプじゃないから、適当に俺と結婚するって言っちゃったのかも。
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