Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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08 デモンストレーション

26 Baltroy (ヴェスタ)

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 今日で最後だった。15回目。これで陸軍式格闘術の講座は終わり。最後の実戦のテストで、ティーチング・アシスタントを相手にしているヴェスタを見る。ちょっと反応は遅い。考え考え動いているのがわかる。それでもなんとか形になっている。ほっとした。何もしないよりはずっといい。

 ふと気がつくと、セミナールームの隅にコンロンとキンバリーがいた。いつの間に来たのか。今日は講師としてではないらしい。コンロンが手招きした。俺? また? やだな。

「先日はどうも」
「こちらこそ。あなた、この間、監禁されたでしょう。所轄で話題になってました」
「はは。その節は、ありがとうございましたと皆さんにお伝えください。本当に・・・助かりました」

「ただね、あなたは黙って監禁されるタイプじゃないでしょう」

 コンロンがすっと半身になった。勘弁してくれ。

「いや。油断したんで……」

 裏拳が飛んできた。反射的にかわす。胴に肘。空いた手で受け流す。蹴りが目の端に映る。これは予想していた。左腕でその足を受けて掴む。これで投げに来るんだよこの人は。右手でコンロンの掴みかかってきた手首を掴んだ。

「うわ……きつい」
「いや。大したもんです。パターンを知っていたとはいえ」

 お互いに手を離して一礼する。いつの間にか周りの受講生が見ていて、わーっと拍手が沸き起こった。なんなんだよ。本当は、コンロンは開いた方の手で俺に一撃を入れることができたはずだ。加減してもらったわけだ。

 コンロンがまた囁くように言った。

「あの時の犯人ね、何か変だね。起訴状を送ったらすぐにおかしな筋から照会があったよ。気をつけて。塀の中に入ってる間は大丈夫だと思うけどね」
「……はい」

 忠告しに来てくれたのか。俺に。

「今度飲みにでも行きましょう。IDを教えてください」

 キンバリーがコンロンにさっとブリングを渡した。え? 今?

「もう歳だから。すぐやらないと忘れちゃうからね」
「………」
 


「すごいよ! あのコンロンさんの動きを止めちゃうなんて!」

 帰りのオートキャリアの中、ヴェスタはエメラルドグリーンの髪で、飛び跳ねそうな勢いで言った。やれやれ。

「あれはさ、前にやった時と同じようにしてくれたからだよ。もう回答がわかってただけだ。しかも手加減してくれてた」
「それでも普通、『それじゃ』って反応できないよ。かっこよかった」
「お前は? 受かった? 今日の実技」
「なんとか。Cマイナス」

 ヴェスタにしてはだいぶ健闘した。正直、受からないんじゃないかと思った。始めたばかりの頃は。ちらっと自分のブリングを見る。本当に連絡してくるんだろうか、コンロンは。でも面白そうな人だとは思った。

「今度は司法試験の方を受講しようかな」
「大丈夫か? そんな次々やって」
「だってなんか……俺、だいぶ足りてなかったんだなって。バルに聞けばわかると思って、ちゃんとしてなかったと思う」
「実務経験から入っただけだろ」

 家でシャワーを終えてリビングに戻った時も、ヴェスタはブリングで司法試験の問題を見ているようだった。知恵熱が出るんじゃないか。真面目なのと猪突猛進なとこがあるから、思い立つと止まらないんだな。

「今日は寝よう」
「うん……」

 追い立てるようにしてヴェスタのベッドに潜り込む。最近はここで寝ることが増えた。悪夢は見なくなったのにな。一人で寝て起きると、目が覚めた時に何かを忘れたような気分になるから。

 やわらかな室内灯の中で、うっすらと光るブルーとグリーンの瞳が見える。キスする。ヴェスタの指が俺のほおを撫でる。やっと、やっと安心して、やっと何も考えずにただヴェスタを抱けるようになった。またそのうち対策を練らないといけないにしても。

「頼れるバディだ。まさかゴーシェを別件で檻にぶち込むなんて……」
「ふふ」

 緑の髪のヴェスタが笑う。賢くて見かけによらず大胆……。
 白い首筋。滑らかな肌。ヴェスタの服のボタンを外す。髪がさらさらと白く染め上がる。肌を撫でる手を、ヴェスタの体の微妙な動きが先導していく。

つける・・・か?」
「やだ。……バルの、ままがいい」

 さっと耳が赤く染まる。その耳たぶを噛むと肩がぴくんと揺れる。

「なんで? 良かったんだろ?」
「バルのものになった感じ、するから……中に欲しい……」

 ヴェスタの手が硬くなったそれにそっと伸びてくる。煽るのがうまいんだよ。

「俺のもんなんだろ?」
「バルも? 俺の?」
「そう……」
「絶対?」
「絶対。とっとと結婚しよう」

 もう何もない。友達も祝ってくれた。あの女母親には去年言った。ギルロイとも会った。悪い奴はもういない。

「おれ……」

 ヴェスタが動きを止めた。

「おれ、バルがこうしてくれるだけで……十分だ………」
「……え?」

 白くなった髪が、ゆっくりと色味を増していく。いつもの混じり気のないグリーンではない。青みがかっている。どうして?

「結婚……しなくてもいい。俺、しあわせだから……」
「結婚したくなくなった?」
「ん……」
「なんで?」

 青みの強いブルーグリーンが一気に紺色に傾いた。

「しあわせだから」

 紺色の髪がまた変化していく。スカイブルーに。そして青い炎のような、冷たいアイスブルーに。

「……ちがうだろ」

 髪が物語っている。ヴェスタが腕で顔を覆う。その腕に触れるとうつ伏せてしまった。

「どうしたんだ?」

 顔を背けたまま首を横に振る。

「や……やくそく……してくれただろ。俺のこと、大切にするって……。それだけで、いい」

 声が震えていた。泣いている。

「ヴェスタ」
「おれが、死ぬまで、時間くれるって……それだけで……」
「だから。それを形にしたらだめか? どうしたんだ?」

 青白い髪を撫でる。涙の匂い。

「……怖くなった?」

 ヴェスタが少し頷いたような気がした。なんだろうな。結婚しても変わらないと思うけど。もう結婚するって言って回ったとこだし。

「今度は訂正して回んのかよ? はは。ほんとにどうした?」
「……ごめん」

 涙の匂いが強くなった。目元に手をやるともうシーツがぐっしょりと濡れている。ごめん? 

「俺………レプリカントだからさ………」
「ん?」
「ばかなこと……言ったと思う……。結婚したいなんて」
「………したかったんじゃないのか?」
「………」

 肩が震えている。声を殺して泣いている。もしかして結構本気で言ってんのか? 背中から抱きしめると、白い体に熱が篭っているのがわかった。

「俺と……対遇だって……言いづらいだろ……。俺、わかりやすいからさ……。言わなくても……レプリカントだって、ばれちゃう、だろ。バディで、いいよ……」
「なんで? 言いづらくねえよ」
「……バルも、知ってるだろ……。なんで結局、結婚するために買ったレプリカントと……結婚しないのか………」
「それは知ってるけど」

 思ってたのと違った。飽きた。そして、恥ずかしくなった。自分好みのお人形と結婚するのが………。ままごと人形・・・・・・

「バルだって、最初俺と……結婚したく、なかったじゃん……」
「いや、結婚したくなかったんじゃねえよ。ただ俺と結婚したら、お前に色々我慢させるからさ。やめとけって話……わかるか?」
「………」

 だめだな。涙が止まらないみたいだ。なんて言ったらいいんだろうな。確かにそうだ。ヴェスタが結婚したいって言ったのに嫌だってまず言ったのは俺だ。

「……あのな、ドミニオンのパーティで……ゴーシェがあれこれ言ってきて、お前と別れなきゃだめかもしれないと思ったんだ」

 ヴェスタはまだ黙って涙を流している。

「守りきれない。俺と一緒にいたらお前が標的になる。俺のせいであいつに何かされるのは絶対に避けなきゃならない。俺が離れればお前は少なくとも無事なんじゃないかって。
 でもお前のことは諦められない。お前は俺と別れても他のやつと幸せになると思うけど、俺は……」

 俺はそれをずっと横目で眺めて、これで良かったんだって自分を宥め続けるのかって。

「俺は無理だ、ヴェスタ。結婚してくれ」
「………」

 ヴェスタは何も言わなかったし頷かなかった。
















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