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09 「ふたり」の形
03 Baltroy (コンロンとキンバリー)
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警察署は旧市街地のど真ん中にある。この国の保安機構の中で一番古い機関だから。高層ビルに埋もれた11階建の建物も相応に古く、幾重にもペンキが塗られたビルの壁にはクラックが入って灰色の染みができている。重々しい、息苦しいくらいの雰囲気。
「コールで挨拶するのが普通だと思ってた」
「警察は古風なんだ」
身分証を受付で提示して二階に通された。外見通りの古くて雑然とした内部。重い鉄製の扉を開けると、一昔前のオフィスのような、一人一人のブースじゃない、デスクだけが並べられたフロアだった。
「おー! バルトロイさん。ヴェスタさん」
一番遠くのデスクにいたキンバリーが手を振った。向かいのコンロンも顔を上げる。
「こっちこっち。申し訳ないね、来てもらって」
手招きされて奥の方に入ると、これもまた古風な、カーテンで仕切っただけの来客用のブースがあった。
「古いでしょう。驚いた? 築80年だよ。あちこち切ったり貼ったりしながら」
コンロンがソファを勧めながら言った。
「早速だけど、まず守秘義務の宣誓書に登録してくれ」
四人の生体認証をかける。キンバリーからすぐにファイルが飛んできた。
「こんなに早く仕事で組めると思ってなかったけどね。指名したんだ」
「いや……ご期待に添えるかどうか」
飛んできたファイルにざっと目を通す。自殺幇助。死んだのはヒューマン。
「………自殺幇助。レプリカントが絡んでるんですよね? どの辺に?」
キンバリーがにやっと笑った。
被害者の遺体は自宅で発見された。被害者の家族に、被害者のブリングから連絡があって自宅に行くと、無人の家に被害者の遺体だけがあった。外傷はなく、眠るように亡くなっていた。
遺体のそばには遺書があり、決して衝動的な自殺ではないこと、自ら望んだ安楽死であることが切々と書かれていた。
「被害者がどんなに自殺したかったにしろ、それに協力したやつは犯罪者だ。捕まえなくちゃいけない。遺体を解剖したんだ。爪から皮膚片が出た。たぶんいざって時に怖くなったんだろうね。犯人かその共犯者に縋りついたんじゃないかな。ほんの少しだったけど、なんとかDNAは読めた。これがレプリカント用の人工皮膚だったと言うわけ。でも……」
「レプリカントには人を殺せない」
「当たり。だから、被害者が死ぬのを側で見ていたレプリカントがいるんだと思った。オーナーのヒューマンが毒を与え、レプリカントの方は手伝いをしたんじゃないかと。このレプリカントが捕まえられれば、犯人のことも捕まえられる。きっとね」
なるほど。それで……
「君のとこの局長に君たちを貸してくれと相談したら、OKが出た」
「いや……これは難しい」
手がかりが無さすぎる。捕まえるだけくらいの軽さで来たが少し頭を抱えた。
「そうなんだ。難しい。鑑識が何度も部屋に入って洗いざらい調べてくれてるけど、被害者も暴れてないから何もない。皮膚片だけ。力を貸して欲しい」
「……わかりました」
「よろしく」
コンロンがさっと出した手を握ると、キンバリーはヴェスタの方に手を差し出した。ヴェスタは真っ青な髪でその手を握り返した。コンロンはあまり読めない表情で、口元だけで笑った。
「今度四人で飲もうね」
レプリカント人権保護局に戻って改めてキンバリーから送られてきたデータを見る。遺体はメアリ・トールロー、48歳の女性。遺書のデータもある。ざっと目を通すが、「信頼できる人に安楽死させてもらう」としか書かれていない。でも……
「安楽死させてもらう、なわけだ」
「どういうこと?」
いつものように右側から画面を覗き込んでいるヴェスタの髪はまだ青みが強い。
「自殺を助けてもらうってだけなら普通、『安楽死』って表現はしない。『死なせてもらう』『殺してもらう』がいいとこ。それにこんなにきれいに死ねない。彼女の場合、楽に死ねる薬をちゃんと致死量だ。プロが絡んでるんじゃないか」
「プロ?」
「安楽死できるやつ。医師とか、非合法でこういうことをやってる人間か」
「レプリカントは医師になれる?」
「なれない、お前だけだな」
ヴェスタはこちらを不思議そうに見上げた。
「医師は内科だろうが耳鼻科だろうがヒューマン相手に注射したり、侵襲性のある検査をしたりしなきゃならない。AIが入ったレプリカントにはそれはできない。『ヒューマンに危害を加えること』に当たるから」
「そっか……」
資料をもう少し読み進める。やはりコンロンとキンバリーも医師会に照会をかけている。安楽死を手がける医師。この州では安楽死は合法だが、専門の医師は少ない。数えるほど。一人一人へのインタビューもしている。アリバイがない医師がいない。
「笑っちまうな」
「どうしよう? 手がかりがない……」
コンロンとキンバリーほどのベテランのコンビが助けを求めてくるはずだ。雲を掴むみたいな話。
「仕方がない。レプリカントだ。被害者に引っ掻かれたレプリカントを探す……。俺たちにできることはそれしかない」
とはいうものの、引っ掻き傷のあるレプリカントを全員しょっぴくわけにもいかないし、もう治っているかも知れない。何が。何があれば特定できる?
「コールで挨拶するのが普通だと思ってた」
「警察は古風なんだ」
身分証を受付で提示して二階に通された。外見通りの古くて雑然とした内部。重い鉄製の扉を開けると、一昔前のオフィスのような、一人一人のブースじゃない、デスクだけが並べられたフロアだった。
「おー! バルトロイさん。ヴェスタさん」
一番遠くのデスクにいたキンバリーが手を振った。向かいのコンロンも顔を上げる。
「こっちこっち。申し訳ないね、来てもらって」
手招きされて奥の方に入ると、これもまた古風な、カーテンで仕切っただけの来客用のブースがあった。
「古いでしょう。驚いた? 築80年だよ。あちこち切ったり貼ったりしながら」
コンロンがソファを勧めながら言った。
「早速だけど、まず守秘義務の宣誓書に登録してくれ」
四人の生体認証をかける。キンバリーからすぐにファイルが飛んできた。
「こんなに早く仕事で組めると思ってなかったけどね。指名したんだ」
「いや……ご期待に添えるかどうか」
飛んできたファイルにざっと目を通す。自殺幇助。死んだのはヒューマン。
「………自殺幇助。レプリカントが絡んでるんですよね? どの辺に?」
キンバリーがにやっと笑った。
被害者の遺体は自宅で発見された。被害者の家族に、被害者のブリングから連絡があって自宅に行くと、無人の家に被害者の遺体だけがあった。外傷はなく、眠るように亡くなっていた。
遺体のそばには遺書があり、決して衝動的な自殺ではないこと、自ら望んだ安楽死であることが切々と書かれていた。
「被害者がどんなに自殺したかったにしろ、それに協力したやつは犯罪者だ。捕まえなくちゃいけない。遺体を解剖したんだ。爪から皮膚片が出た。たぶんいざって時に怖くなったんだろうね。犯人かその共犯者に縋りついたんじゃないかな。ほんの少しだったけど、なんとかDNAは読めた。これがレプリカント用の人工皮膚だったと言うわけ。でも……」
「レプリカントには人を殺せない」
「当たり。だから、被害者が死ぬのを側で見ていたレプリカントがいるんだと思った。オーナーのヒューマンが毒を与え、レプリカントの方は手伝いをしたんじゃないかと。このレプリカントが捕まえられれば、犯人のことも捕まえられる。きっとね」
なるほど。それで……
「君のとこの局長に君たちを貸してくれと相談したら、OKが出た」
「いや……これは難しい」
手がかりが無さすぎる。捕まえるだけくらいの軽さで来たが少し頭を抱えた。
「そうなんだ。難しい。鑑識が何度も部屋に入って洗いざらい調べてくれてるけど、被害者も暴れてないから何もない。皮膚片だけ。力を貸して欲しい」
「……わかりました」
「よろしく」
コンロンがさっと出した手を握ると、キンバリーはヴェスタの方に手を差し出した。ヴェスタは真っ青な髪でその手を握り返した。コンロンはあまり読めない表情で、口元だけで笑った。
「今度四人で飲もうね」
レプリカント人権保護局に戻って改めてキンバリーから送られてきたデータを見る。遺体はメアリ・トールロー、48歳の女性。遺書のデータもある。ざっと目を通すが、「信頼できる人に安楽死させてもらう」としか書かれていない。でも……
「安楽死させてもらう、なわけだ」
「どういうこと?」
いつものように右側から画面を覗き込んでいるヴェスタの髪はまだ青みが強い。
「自殺を助けてもらうってだけなら普通、『安楽死』って表現はしない。『死なせてもらう』『殺してもらう』がいいとこ。それにこんなにきれいに死ねない。彼女の場合、楽に死ねる薬をちゃんと致死量だ。プロが絡んでるんじゃないか」
「プロ?」
「安楽死できるやつ。医師とか、非合法でこういうことをやってる人間か」
「レプリカントは医師になれる?」
「なれない、お前だけだな」
ヴェスタはこちらを不思議そうに見上げた。
「医師は内科だろうが耳鼻科だろうがヒューマン相手に注射したり、侵襲性のある検査をしたりしなきゃならない。AIが入ったレプリカントにはそれはできない。『ヒューマンに危害を加えること』に当たるから」
「そっか……」
資料をもう少し読み進める。やはりコンロンとキンバリーも医師会に照会をかけている。安楽死を手がける医師。この州では安楽死は合法だが、専門の医師は少ない。数えるほど。一人一人へのインタビューもしている。アリバイがない医師がいない。
「笑っちまうな」
「どうしよう? 手がかりがない……」
コンロンとキンバリーほどのベテランのコンビが助けを求めてくるはずだ。雲を掴むみたいな話。
「仕方がない。レプリカントだ。被害者に引っ掻かれたレプリカントを探す……。俺たちにできることはそれしかない」
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