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09 「ふたり」の形
04 Vesta (信頼できる人)
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名刺のIDにコールする。すぐに繋がる。
『はい。ログバートクリニックです』
聞き覚えのある男性の声。相手の姿が映る。
「こんにちは……ヴェスタ・エヴァーノーツと……」
『あ! ヴェスタさん? ぼくです。エミールです』
緊張する。こんなの初めてだから。
「カウンセリングを受けたくて……あの……」
『もちろん。いつがいいですか? 水曜日なら午前中が空いてますし、木曜日でもいいですよ』
ちらっとスケジュールを確認する。日曜日、休日出勤だったから、代休を取れる。水曜日でいいかな……バルに言わなくちゃ。
「水曜日で……時間はいつでも」
『じゃ、10時からでいいですか? 少しゆっくり話しましょう』
コールが終わる。予約してしまった……。
でもカウンセリングなんてみんな受けてるはず。ノマがカウンセラーと合わなくてって話をしてたのを聞いたこともあるし、ハーレイがそれで自分のカウンセラーを紹介してたのも見た。バルは全然だけど、それは彼が強すぎるだけ。あのぐちゃぐちゃ悩まない考え方を本当に教えてほしい。
「バル、先週の日曜日の代休、水曜日に取るね」
バルは自分のモニタを見たまま「うん」と言った。
「バルのも水曜日で申請しておく?」
「うん」
お昼休みなのに。コンロンさんとキンバリーさんとの案件は、本当にわからない。どこから手をつけたらいいのか。被害者の死の床にいたレプリカントを見つける……。バルは何かわかってるのかな。
ピンとまたメッセージが届いた。自分のブリングの方。ザムザからだった。「先週は残念だったな! お祝い届いたよ。サンキュ! 今度家に来な」
動画が添付されている。先週のザムザの家でやったホームパーティの動画。俺も呼ばれていたけど、ちょうど休日出勤と重なっていて行けなかった。嬉しそうなザムザとマリーン、二人の間にはまだ髪の色も分からない小さな赤ちゃんが抱かれて眠っている。
「わあ……」
小さな手がザムザの指を握る。天使みたい。つやつやの唇がむにゃむにゃと動く。泣き出す。なだめるマリーンは困った顔をしているけど、どこか優しげだ。これが「おかあさん」の顔なのかなあ。いつまででも見ていられる。
いいなあ……。
ザムザに返事を書いていると昼休みが終わってしまった。切り替えなくちゃ。
被害者の遺書を読む。細かい字で、便箋に手書きで書いてある。遺書は2通。親御さん宛に一通、「みなさまへ」と書かれたのが一通。データは両方来ている。まずは両親に宛てたものを開いてみる。
お父さん、お母さんへ
ごめんなさい。私を育ててくれたことに感謝します。私が死ぬのはあなたたちの愛情が足りなかったわけではありません。あなた達から受けた愛情は私にとって一番の宝物でした。ただ、私にはその他の宝物を見つけることができなかったというだけです。先に天国であなたたちを待っています。どうか長生きして下さい。幸運を祈っています。
二通目。
私の数少ない友人であるマーシャ、イャンコ、モナ、そして職場の皆さんへ。
私はあなたたちと楽しい時を過ごしました。あなたたちのおかげで私の人生には明るく楽しい部分が確かにできました。本当にありがとう。突然ですが、私は死ぬことにしました。これはもう長いこと、私の心にずっとあった願いでした。
一つ言っておくと、私は誰かに不愉快な思いをさせられたとか、脅されたとかそういうことで死ぬのではありません。ただ、これからの人生というものが私にとって長すぎると感じただけです。また、このまま私が自然の流れで死ぬことになった時、どんな苦しみがあるのか怖くなってしまいました
だから私は信頼できる人に安楽死を自ら依頼し、眠るように人生を終わらせることにしました。
あなたたちに幸運が訪れますように。
これで終わり。明確な自殺の理由は書かれていない……。でも一つヒントはある。
「バル、この人の人間関係は? 調査済み?」
「うん。親、遺書に名前があった人、ブリングに履歴があった人は全部調書ができてる。リスト……『交友関係者』のフォルダの中にある」
ファイルを開いていく。友人、職場の同僚、親。取引先の社員、いきつけのバーの店員、常連客たち………。
「『この中に犯人がいる!』ってか?」
バルが横からちょっとモニタを見てふざけた。
「そうだったらいいのにね」
たまにはあらかじめ5、6人に絞られた容疑者の中から推理で犯人を見つけてみたい。でもそんなことなかなかないよね。
「信頼できる人って誰だと思う?」
「ああ。遺書にあったやつか」
これだけだ。自殺幇助をした人に関してのヒントは。ここから齧り付いていかないといけない。思いつくのを挙げてみる。
「親? 親友?」
バルが続ける。
「バディ? 恋人?」
「オーナー?」
「ヒューマンだからなあ」
「ふふ」
でもわからない。俺は「信頼できる人」が数えるほどしかいないから、普通の人が誰を信頼するものなのか知らない。
「ねえ、ほんとにさ、バル。誰ならそんなに信じられるの? ヒューマンの人は……」
自分の命まで任せるくらいに。
「うーん……つまり、実績があるやつに頼んだってことだろ」
「実績?」
「そう。自殺幇助の経験があるとか、金を払ったから確実とか。銀行口座見てみるか」
バルは席に戻って彼女のクレジット情報の照会を始めた。自殺幇助のプロだから信頼できるってことなのかな? 俺が思った「信頼できる人」のイメージと違う。過去の自殺幇助で検挙されたことのある人たちのデータを呼び出す。ほとんどが医師。医師……。
交友関係者の中に医師がいるかを確認する。ちらほらいる。この中に? 専門も調べてある。耳鼻科、歯科、皮膚科。うーん……。自殺幇助の前科があったりする人は当然いない。看護師は? こちらも何人かいる。
戸籍を引いてみる。レプリカントが一人混ざっている。そう言えば、レプリカントで看護師って注射や検査はどうやっているんだろう? それはヒューマンに任せるのかな? わからないことばかりだ。
ちっとも捜査を進められないまま、水曜日が来た。
ログバートクリニックの前でその建物を見上げた。一見、一般の一戸建ての家のみたいだ。町からは少し離れた、住宅街の一画。門扉についたインターフォンを鳴らす。
『はい。どうぞ、お待ちしていました』
閉ざされていたドアが音もなく開く。家の中も病院という感じではない。普通のおうちみたい。エントランスに入ると、真正面に壁があって右側と左側にそれぞれ通路が続いている。左側から男性がひょいと顔を出した。
「ヴェスタさん。こんにちは。こちらへどうぞ」
「こんにちは……」
エミールさんだった。柔らかいジャケットと清潔そうなシャツ。微笑んでこちらを見ている。少しほっとした。
奥の部屋に通されると、大きな、バルでも横になれるようなカウチとローテーブル、その向こうに木製のデスクといすがあった。小さな音で何か優しい音楽が流れている。大きな観葉植物の鉢植え。窓にはスモークが入っていて、少し薄暗いくらい。
「カウチにどうぞ。緊張されてますね」
サービスワゴンが廊下の奥からカラカラと自走してきて、載っていたコーヒーとミルクとちょっとしたお菓子をエミールさんが受け取り、俺の目の前にそっと置いた。
「カウンセリングは初めてですか?」
「……そうなんです。だから、何から切り出せばいいのか……」
「ふふふ。難しく考えなくていいんですよ。話したいことを思うままに話してみてください。今日はお一人ですか? 遠くありませんでした?」
「はい。1時間はかからなかったかな……」
エミールさんは木のデスクに付いた椅子の方に腰掛けてこちらに体を向けた。コーヒーのいい香り。
「街中じゃないですから。のんびりしているでしょう。ヴェスタさんは今日はお仕事は?」
「休みです。土日の出勤がたまにあるので、代休を取れるんです」
「貴重なお休みですね。お仕事大変じゃないですか?」
「大変ですけど……やりがいがあるし」
バルと一緒だし。
「辛くないですか?」
「大丈夫です。仕事の方は、ぜんぜん」
進まないことくらい。それより……。
「エミールさんは、ヒューマンの人とご結婚されてるんですよね」
「そう。もう10年以上になります」
「すごい……あの、レプリカントだから、色々言われたりしませんでしたか?」
「色々?」
「恥ずかしいとか……みっともないとか。ご家族から嫌がられたり……」
「恥ずかしいとか、か。ヴェスタさんはそのことが気になってるんですね」
「そうなんです。この間の、研修の時の、あれ、俺のほんとの悩みで……。俺の恋人、ヒューマンで、俺のオーナーで、家族や友達とかにも結婚するって紹介してもらったんだけど……ほんとにいいのかなって」
「うん。もう少し聞かせてくれますか」
『はい。ログバートクリニックです』
聞き覚えのある男性の声。相手の姿が映る。
「こんにちは……ヴェスタ・エヴァーノーツと……」
『あ! ヴェスタさん? ぼくです。エミールです』
緊張する。こんなの初めてだから。
「カウンセリングを受けたくて……あの……」
『もちろん。いつがいいですか? 水曜日なら午前中が空いてますし、木曜日でもいいですよ』
ちらっとスケジュールを確認する。日曜日、休日出勤だったから、代休を取れる。水曜日でいいかな……バルに言わなくちゃ。
「水曜日で……時間はいつでも」
『じゃ、10時からでいいですか? 少しゆっくり話しましょう』
コールが終わる。予約してしまった……。
でもカウンセリングなんてみんな受けてるはず。ノマがカウンセラーと合わなくてって話をしてたのを聞いたこともあるし、ハーレイがそれで自分のカウンセラーを紹介してたのも見た。バルは全然だけど、それは彼が強すぎるだけ。あのぐちゃぐちゃ悩まない考え方を本当に教えてほしい。
「バル、先週の日曜日の代休、水曜日に取るね」
バルは自分のモニタを見たまま「うん」と言った。
「バルのも水曜日で申請しておく?」
「うん」
お昼休みなのに。コンロンさんとキンバリーさんとの案件は、本当にわからない。どこから手をつけたらいいのか。被害者の死の床にいたレプリカントを見つける……。バルは何かわかってるのかな。
ピンとまたメッセージが届いた。自分のブリングの方。ザムザからだった。「先週は残念だったな! お祝い届いたよ。サンキュ! 今度家に来な」
動画が添付されている。先週のザムザの家でやったホームパーティの動画。俺も呼ばれていたけど、ちょうど休日出勤と重なっていて行けなかった。嬉しそうなザムザとマリーン、二人の間にはまだ髪の色も分からない小さな赤ちゃんが抱かれて眠っている。
「わあ……」
小さな手がザムザの指を握る。天使みたい。つやつやの唇がむにゃむにゃと動く。泣き出す。なだめるマリーンは困った顔をしているけど、どこか優しげだ。これが「おかあさん」の顔なのかなあ。いつまででも見ていられる。
いいなあ……。
ザムザに返事を書いていると昼休みが終わってしまった。切り替えなくちゃ。
被害者の遺書を読む。細かい字で、便箋に手書きで書いてある。遺書は2通。親御さん宛に一通、「みなさまへ」と書かれたのが一通。データは両方来ている。まずは両親に宛てたものを開いてみる。
お父さん、お母さんへ
ごめんなさい。私を育ててくれたことに感謝します。私が死ぬのはあなたたちの愛情が足りなかったわけではありません。あなた達から受けた愛情は私にとって一番の宝物でした。ただ、私にはその他の宝物を見つけることができなかったというだけです。先に天国であなたたちを待っています。どうか長生きして下さい。幸運を祈っています。
二通目。
私の数少ない友人であるマーシャ、イャンコ、モナ、そして職場の皆さんへ。
私はあなたたちと楽しい時を過ごしました。あなたたちのおかげで私の人生には明るく楽しい部分が確かにできました。本当にありがとう。突然ですが、私は死ぬことにしました。これはもう長いこと、私の心にずっとあった願いでした。
一つ言っておくと、私は誰かに不愉快な思いをさせられたとか、脅されたとかそういうことで死ぬのではありません。ただ、これからの人生というものが私にとって長すぎると感じただけです。また、このまま私が自然の流れで死ぬことになった時、どんな苦しみがあるのか怖くなってしまいました
だから私は信頼できる人に安楽死を自ら依頼し、眠るように人生を終わらせることにしました。
あなたたちに幸運が訪れますように。
これで終わり。明確な自殺の理由は書かれていない……。でも一つヒントはある。
「バル、この人の人間関係は? 調査済み?」
「うん。親、遺書に名前があった人、ブリングに履歴があった人は全部調書ができてる。リスト……『交友関係者』のフォルダの中にある」
ファイルを開いていく。友人、職場の同僚、親。取引先の社員、いきつけのバーの店員、常連客たち………。
「『この中に犯人がいる!』ってか?」
バルが横からちょっとモニタを見てふざけた。
「そうだったらいいのにね」
たまにはあらかじめ5、6人に絞られた容疑者の中から推理で犯人を見つけてみたい。でもそんなことなかなかないよね。
「信頼できる人って誰だと思う?」
「ああ。遺書にあったやつか」
これだけだ。自殺幇助をした人に関してのヒントは。ここから齧り付いていかないといけない。思いつくのを挙げてみる。
「親? 親友?」
バルが続ける。
「バディ? 恋人?」
「オーナー?」
「ヒューマンだからなあ」
「ふふ」
でもわからない。俺は「信頼できる人」が数えるほどしかいないから、普通の人が誰を信頼するものなのか知らない。
「ねえ、ほんとにさ、バル。誰ならそんなに信じられるの? ヒューマンの人は……」
自分の命まで任せるくらいに。
「うーん……つまり、実績があるやつに頼んだってことだろ」
「実績?」
「そう。自殺幇助の経験があるとか、金を払ったから確実とか。銀行口座見てみるか」
バルは席に戻って彼女のクレジット情報の照会を始めた。自殺幇助のプロだから信頼できるってことなのかな? 俺が思った「信頼できる人」のイメージと違う。過去の自殺幇助で検挙されたことのある人たちのデータを呼び出す。ほとんどが医師。医師……。
交友関係者の中に医師がいるかを確認する。ちらほらいる。この中に? 専門も調べてある。耳鼻科、歯科、皮膚科。うーん……。自殺幇助の前科があったりする人は当然いない。看護師は? こちらも何人かいる。
戸籍を引いてみる。レプリカントが一人混ざっている。そう言えば、レプリカントで看護師って注射や検査はどうやっているんだろう? それはヒューマンに任せるのかな? わからないことばかりだ。
ちっとも捜査を進められないまま、水曜日が来た。
ログバートクリニックの前でその建物を見上げた。一見、一般の一戸建ての家のみたいだ。町からは少し離れた、住宅街の一画。門扉についたインターフォンを鳴らす。
『はい。どうぞ、お待ちしていました』
閉ざされていたドアが音もなく開く。家の中も病院という感じではない。普通のおうちみたい。エントランスに入ると、真正面に壁があって右側と左側にそれぞれ通路が続いている。左側から男性がひょいと顔を出した。
「ヴェスタさん。こんにちは。こちらへどうぞ」
「こんにちは……」
エミールさんだった。柔らかいジャケットと清潔そうなシャツ。微笑んでこちらを見ている。少しほっとした。
奥の部屋に通されると、大きな、バルでも横になれるようなカウチとローテーブル、その向こうに木製のデスクといすがあった。小さな音で何か優しい音楽が流れている。大きな観葉植物の鉢植え。窓にはスモークが入っていて、少し薄暗いくらい。
「カウチにどうぞ。緊張されてますね」
サービスワゴンが廊下の奥からカラカラと自走してきて、載っていたコーヒーとミルクとちょっとしたお菓子をエミールさんが受け取り、俺の目の前にそっと置いた。
「カウンセリングは初めてですか?」
「……そうなんです。だから、何から切り出せばいいのか……」
「ふふふ。難しく考えなくていいんですよ。話したいことを思うままに話してみてください。今日はお一人ですか? 遠くありませんでした?」
「はい。1時間はかからなかったかな……」
エミールさんは木のデスクに付いた椅子の方に腰掛けてこちらに体を向けた。コーヒーのいい香り。
「街中じゃないですから。のんびりしているでしょう。ヴェスタさんは今日はお仕事は?」
「休みです。土日の出勤がたまにあるので、代休を取れるんです」
「貴重なお休みですね。お仕事大変じゃないですか?」
「大変ですけど……やりがいがあるし」
バルと一緒だし。
「辛くないですか?」
「大丈夫です。仕事の方は、ぜんぜん」
進まないことくらい。それより……。
「エミールさんは、ヒューマンの人とご結婚されてるんですよね」
「そう。もう10年以上になります」
「すごい……あの、レプリカントだから、色々言われたりしませんでしたか?」
「色々?」
「恥ずかしいとか……みっともないとか。ご家族から嫌がられたり……」
「恥ずかしいとか、か。ヴェスタさんはそのことが気になってるんですね」
「そうなんです。この間の、研修の時の、あれ、俺のほんとの悩みで……。俺の恋人、ヒューマンで、俺のオーナーで、家族や友達とかにも結婚するって紹介してもらったんだけど……ほんとにいいのかなって」
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