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09 「ふたり」の形
28 Baltroy (出発)
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看護師の後ろをついて歩く。前回は内科だったが、今回は脳外科だった。内科と違って人の気配がしない。男性の看護師と俺の靴の音だけが廊下にこだましている。時々機械のアラーム。
「この部屋です」
看護師はプレートのない部屋を示した。1人部屋だがとても簡素だ。何も家具はない。ベッドと廊下を区切るカーテンとモニタ。一人でそのベッドを見下ろした。
男が横たわっていた。まぶたがテープで留められている。口にはチューブ。胸から数本のラインが出ている。どれかが薬剤でどれかが経管栄養なんだろう。頭には包帯が巻かれているので髪の色はわからない。モニタには心拍数と血圧、血中酸素と脳波が映っている。脳波はずっとフラットのままだ。
「ゴーシェ」
声をかけてもそれは動かなかった。それはそうだ。そんなことで目が覚めるなら、脳死の人はいなくなる。
ゴーシェの脳に転移した癌は爆発的に成長し、あっという間にゴーシェの脳を埋め尽くした。あまりに成長が早かったため、栄養が追いつかなくて癌自体が壊死するくらいだった。今、彼の脳は癌に喰われてスカスカになり、普通の人間ならば二度と目を覚ますことはない。
「お前がそうやって大人しく眠っている限り、俺はお前を忘れない。たまにこうやって顔を見に来てやる。お前の望み通りだろ」
人工呼吸器と計測器の規則的な音だけが続いていた。死臭に近い独特の匂いが充満した病室を出て、看護師に目礼した。
「もういいんですか?」
「はい。充分です」
少しだけそのベッドを振り返った。彼はぴくりとも動かずに、骨と皮のようになって横たわっている。
「また来ます」
俺とお前もある意味、特別なふたりだ。ただ俺はお前とは生きられない。俺とお前はこういう形なんだよ。コインの表と裏みたいに、一つなのに互いの顔が見えないんだ。
病院の外に出ると、さんさんと日が降り注いで、緑の髪のヴェスタがオートキャリアの横に立って待っていた。
「終わったの?」
「うん。さあ、行こう」
どんな形になるのかはまだわからない。
二人を乗せた車が走り出した。
THE END
<"Occupied" written in 2020 Nov.-2021 Oct.
published in 2022 June.-2023 Jan.>
「この部屋です」
看護師はプレートのない部屋を示した。1人部屋だがとても簡素だ。何も家具はない。ベッドと廊下を区切るカーテンとモニタ。一人でそのベッドを見下ろした。
男が横たわっていた。まぶたがテープで留められている。口にはチューブ。胸から数本のラインが出ている。どれかが薬剤でどれかが経管栄養なんだろう。頭には包帯が巻かれているので髪の色はわからない。モニタには心拍数と血圧、血中酸素と脳波が映っている。脳波はずっとフラットのままだ。
「ゴーシェ」
声をかけてもそれは動かなかった。それはそうだ。そんなことで目が覚めるなら、脳死の人はいなくなる。
ゴーシェの脳に転移した癌は爆発的に成長し、あっという間にゴーシェの脳を埋め尽くした。あまりに成長が早かったため、栄養が追いつかなくて癌自体が壊死するくらいだった。今、彼の脳は癌に喰われてスカスカになり、普通の人間ならば二度と目を覚ますことはない。
「お前がそうやって大人しく眠っている限り、俺はお前を忘れない。たまにこうやって顔を見に来てやる。お前の望み通りだろ」
人工呼吸器と計測器の規則的な音だけが続いていた。死臭に近い独特の匂いが充満した病室を出て、看護師に目礼した。
「もういいんですか?」
「はい。充分です」
少しだけそのベッドを振り返った。彼はぴくりとも動かずに、骨と皮のようになって横たわっている。
「また来ます」
俺とお前もある意味、特別なふたりだ。ただ俺はお前とは生きられない。俺とお前はこういう形なんだよ。コインの表と裏みたいに、一つなのに互いの顔が見えないんだ。
病院の外に出ると、さんさんと日が降り注いで、緑の髪のヴェスタがオートキャリアの横に立って待っていた。
「終わったの?」
「うん。さあ、行こう」
どんな形になるのかはまだわからない。
二人を乗せた車が走り出した。
THE END
<"Occupied" written in 2020 Nov.-2021 Oct.
published in 2022 June.-2023 Jan.>
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