228 / 229
09 「ふたり」の形
27 Baltroy (プライズ)
しおりを挟む
その写真の隅にはえんぴつで「17歳」と書かれていた。別荘の壁にあったのはもう二回りも大きかったから、プリントし直して改めて書いたんだろう。カードも何もついていない。首を傾げた。どうしてこれなんだ。まああの人の考えることが理解できるとは思わない。
「何それ?」
ザムザが赤い顔をして写真を覗き込んだ。
「父親から。結婚祝いのつもりらしい」
「いいじゃん! 飾ろう」
ザムザはそれをぱっと取って、二人へのプレゼントの山が積まれたテーブルに立て掛けた。
「俺からのプレゼントも開けろよ!」
完全に酔っている。ヴェスタが笑いながらザムザがぐいぐい押し付けてきた箱を開けた。
「あ!」
セットのマグカップが出てきた。きれいなグリーンのと、ディープブルーの。
「はは! マリーンと探したんだ! 機嫌のいい時のグリーンと、バルが女装した時のブルー。割ったって言ってたから」
「ありがとう!」
ヴェスタは本当に嬉しそうにそれを手に取って、マグと同じ髪の色で笑った。ザムザはマリーンと一緒に来ていて、マリーンの方はルーの妻のスゥと話し込んでいる。ユミンが大口を開けて笑っていて、ディーはさっきから皿に食べ物を盛っては食べ盛っては食べを繰り返している。
アラスターが来てくれたのにはちょっと驚いた。しかも彼女を連れて。ヴェスタに印象が似ていて、やっぱり好みだったんだなと今さら思った。
「じゃ、俺そろそろ帰るよ。明日早番でさ」
アルフがさっと近づいてきて言った。彼は忙しいからあまり会えていなかった。
「うん。会えてよかった。またな」
「おう。お幸せに!」
大きな黒い手のひらでバンと俺の背中を力一杯叩いて、彼はルーに手を振って帰って行った。そんなに大したパーティにする気じゃなかったのに、入れ替わり立ち替わりで結構な人が来た。職場関係が多かったけど。
ドミニオンは流石に直接は来られなかったが、ヴェスタのブリングにビデオメッセージを送ってくれた。巨大な花も。みんなでそのメッセージを見た。
『ハイ! ヴェスタ! やっと結婚したのね。行きたかったんだけど、今、ヨーロッパのペニスに挨拶回りしてて行けないんだ! そっちに帰ったら会おうね』
ドミニオンは話の内容はともかく、とても元気そうだった。
『あのさ、私の方にもニュースがあるのよ! 独立するんだ、フリーになる! テンマがマネージャーで、トリスタンと3人でやってくことにしたの。今裁判の手続き中なの。所有者権限の削除請求! テンマがね、色々準備しててくれてさ、あいつから離れても生きて行けそうだねってなって、やろうって。もう汚いちんぽ舐めて回らなくて済むんだー!』
ヴェスタは思うところがあったらしくて目を潤ませていたが、俺は苦笑してしまった。どんな話をしてるんだよお前たちは。
『ほんとにおめでとう! 好きな人と気持ちいいセックスいっぱいやりまくってね!』
やれやれ。でもテンマは思い切ったなと思った。人生が変わるのはドミニオンだけじゃない。勝算が見えたから踏み切ったのだろう。まあ、恐らく裁判では勝てる。うまくいけばこれまでドミニオンが稼いでプロデューサーに流れた金もある程度は取り戻せるはずだ。何よりドミニオンには世界中に何百万、何千万のファンが付いている。所有者権限を削除して、本当にフリーになった彼女に怖いものはない。
「コメントはとんでもないけど良かったな」
「うん。すごく嬉しい」
ヴェスタも楽しそうだった。あんなに結婚に迷っていたのが嘘みたいだった。
パーティがそろそろお開きになるというところで、料理を作り終わってから完全に客に混ざっていたルーが寄ってきて、改めて「おめでとう」と言った。
「やっとだ。また逃げられるかと思った」
「いや、ほんと……お前は心配させてくれるよ」
「ありがとう。料理も、俺が食えるの作ってくれて」
「もっと店に来いよ」
返答に困って首を傾げると、ルーはどんと腕をどついた。
「俺はさあ、ちょっと変でめんどくさいお前を愛してんのよ! 変な意味じゃないぜ?」
本当にありがたいと思う。
「わかってるよ」
ぱらぱらと人がはけていく中、ザムザはすっかり出来上がってふらふらになっていた。マリーンが肩を貸そうとしたが、ちょっと寝かせた方がよさそうだとベンチに転がした。
「普段はこんなに酔わないんだけど」
ヴェスタが言うと、マリーンは「最近飲んでなかったからね」と言った。すっかり他の人が居なくなってからやっとザムザは目を開けた。
「うわー、酔った。ごめんごめん」
まだ酔っている。顔が真っ赤だ。起き上がって水を飲んだ。
「でもよかったなー。これで来年には子ども申請できるじゃん。お前子ども好きだもんなー」
「ザムザ……」
ヴェスタの髪がさあっと青くなった。
「バルトロイ、知ってたかあ? うちさ、今年息子をさ、もらったじゃん。そしたらこいつ画像だの動画だの見たがってさ。週一で送ってたよ。自分の子もらえよって何回言ってもさあ……ま、早めに申請しろよ」
「………」
ヴェスタは俯いた。マリーンははっとしてヴェスタの肩を抱いた。
子ども………。
あなたは一番の秘密をパートナーに言えてないんじゃないですか?
「あっ!」
すっかり忘れてた。ヴェスタは子ども欲しいんだった。「蒸し返すことになるし」。
「今時さあ、結婚なんて子ども貰わないんならしなくてもいいもんなあ。でも子育てって大変だから、早くもらっとけ……。あんなに子ども好きなら、いいパパになるよお前」
マリーンが寝そうになったザムザを凄い勢いで往復でビンタして引き起こした。そういえば彼女は怪力だった。女性に戻ったからと言ってそんなにか弱くなるわけじゃない。
「ごめんなさいね、ヴェスタ、バルトロイさん。オートキャリアが来たみたいだから」
ザムザはマリーンに胸ぐらを掴まれる勢いで連れ出されて帰って行った。
「お前らも帰っていいよ。片付けはやるからさ」
ルーが言いながら紙皿をごみ袋にまとめ始めた。オートキャリアを予約する。
「車来るまで手伝うよ」
そうだった。ヴェスタが結婚したいって言い出したのはそもそも子どもが欲しかったからだ。すっぽり抜け落ちていた。無意識に考えないようにしていたんだろう。
ヴェスタは黙々とごみを袋にまとめている。子どもか。俺の遺伝子の入った子ども……。
「パパ、もう終わった?」
「おう、チップ。終わったよ。でもまだ片付けがあるから、寝なさい。ごめん、バル、ちょっと寝かせてくる」
ルーが、店の奥の階段からひょっこり顔を出した8歳になる息子を連れて引っ込んだ。でかくなったな。息子のチップは、スゥよりも色の濃いブロンドでルーのような青い目をしている。
俺の遺伝子が入った子ども。
「あの……気にしないで、ね。ザムザが言ったこと……。ザムザの子、ルシルって言うんだけど、可愛くて。それだけなんだ。別に……」
「もしかしてこの事か? 俺に言えなかった事って」
「……バルが……いらないのはわかってるから」
「お前は欲しいんだろ?」
「……」
そりゃそうだ。ザムザの言う通りだ。現代で結婚する理由なんて、9割が子どもが欲しいからだ。愛がなくても子どもをもらうためだけに結婚するやつらだっているくらいだ。俺みたいに「節税になるし」なんてことで結婚するやつはいない。でも俺には育て方がわからない……。
ふと、父親から急に届いた写真が目に入った。改めて手に取ってみた。父親。ギルロイから父親らしいことをしてもらった覚えはない。金は出してもらったから恩はある。父親……。
「……ギルロイさん、この写真が好きだって言ってたね。自分は好きなのに写真集に入れさせてもらえないって」
「なんでこれが好きなのかな? つまんない写真に見えるけどな」
キャンバスをくるりとひっくり返してみる。右下の枠のところに85年・8月17日とえんぴつの文字がある。撮影日?
「バル、気付いてた? これ、バルの背中なんだよ」
「ん?」
ヴェスタが写真の中のその人物を指さした。黒髪。左手を腰のあたりに引っ掛けて、森の方を見ているらしい、まだ少年の背中。
「……そうかも知れない」
「だろ? すぐわかったよ、俺」
言われてみればこの森はあの別荘の庭だ。確かにこれは俺の背中だ。
「日付も。この日付、バルの17歳の最後の日だろ」
「本当だな。気付かなかった」
この翌日に18歳になって、その数日後に大学に通うためにこの家を出て行った。確かに大学に入る寸前に、ギルロイがふらっと家に帰ってきて驚いたような気がする。何の話も特にしなかったと思うけど。
「あの人のことだからな。俺の写真だから好きなんじゃなくて、単純に一枚の作品として好きなのかもしれない」
「そうかな? バルが好きなんだと思うけど。門出だからだろ。今日送ってきてくれたのは」
「そうなのかな」
どうしてこの日、森を見ていたのか。全然覚えていない。ギルロイが撮っていたのも気が付かなかった。長い間飾ってあっただろうに、自分の写真だとすら思っていなかった。愛情というものを示された記憶はない。これが愛だと言われても「は?」としか言いようがない。なんの感情も湧かない。どちらかと言うと施設の職員さんたちの方が気にかけてくれたし、大切にしてくれた人が多かったと思う。
でも俺はこうして大人になって、ヴェスタと家族になった。友達もまずまずいることが今日分かった。仕事もやりたい仕事に就けた。欲しいものは手に入った。親じゃなくても、支えてくれる人はいた。つまり、親からの愛情は自分にとって必ずしも必要じゃなかった。
小さい頃はそりゃ、色々考えたかも知れないけど、それより辛いことはいくらでもあったし、今思えばそんなのはほんの数年のことだった。
この体質だって、遺伝するかはわからない。もし遺伝しても、ヴェスタといて、そんなに悪い体じゃないと思えるようになった。誰かを守ることができる。
「……ヴェスタはなんで子ども、欲しい?」
「バルの子、育ててみたいし……。俺のこと覚えててくれてる人、ほしいなって。俺、随分先に死んじゃうしさ」
「……俺が……」
「バルだけじゃなくてさ。俺のこと、バルと話してくれる人、いたらいいなって」
「………そうか」
まだちょっと判断できない。もう少しよく考えてみないといけない。
でも今この形になって思うことは、俺が例えば俺の親のように、うまく子どもを愛することができなかったとしても、子どもはそれとは関係なく自分の足で立つことができる別な人間だということだ。
少しくらい俺が欠けていても、子どもというのは育つし自立するんじゃないか。それにヴェスタもいる。
「ヴェスタ、子どものことはまた考えよう。ごめんな、言い出せなくして」
ヴェスタはちょっとだけごみをまとめる手を止めてこっちを見た。
「今すぐ来年申請しようとは言えないけど、ちゃんと考えてみるから。話そう。でも……」
「うん」
「俺の子だぞ? めんどくさいのは確実だな」
ヴェスタは髪を緑にして満面の笑みを浮かべた。
「何それ?」
ザムザが赤い顔をして写真を覗き込んだ。
「父親から。結婚祝いのつもりらしい」
「いいじゃん! 飾ろう」
ザムザはそれをぱっと取って、二人へのプレゼントの山が積まれたテーブルに立て掛けた。
「俺からのプレゼントも開けろよ!」
完全に酔っている。ヴェスタが笑いながらザムザがぐいぐい押し付けてきた箱を開けた。
「あ!」
セットのマグカップが出てきた。きれいなグリーンのと、ディープブルーの。
「はは! マリーンと探したんだ! 機嫌のいい時のグリーンと、バルが女装した時のブルー。割ったって言ってたから」
「ありがとう!」
ヴェスタは本当に嬉しそうにそれを手に取って、マグと同じ髪の色で笑った。ザムザはマリーンと一緒に来ていて、マリーンの方はルーの妻のスゥと話し込んでいる。ユミンが大口を開けて笑っていて、ディーはさっきから皿に食べ物を盛っては食べ盛っては食べを繰り返している。
アラスターが来てくれたのにはちょっと驚いた。しかも彼女を連れて。ヴェスタに印象が似ていて、やっぱり好みだったんだなと今さら思った。
「じゃ、俺そろそろ帰るよ。明日早番でさ」
アルフがさっと近づいてきて言った。彼は忙しいからあまり会えていなかった。
「うん。会えてよかった。またな」
「おう。お幸せに!」
大きな黒い手のひらでバンと俺の背中を力一杯叩いて、彼はルーに手を振って帰って行った。そんなに大したパーティにする気じゃなかったのに、入れ替わり立ち替わりで結構な人が来た。職場関係が多かったけど。
ドミニオンは流石に直接は来られなかったが、ヴェスタのブリングにビデオメッセージを送ってくれた。巨大な花も。みんなでそのメッセージを見た。
『ハイ! ヴェスタ! やっと結婚したのね。行きたかったんだけど、今、ヨーロッパのペニスに挨拶回りしてて行けないんだ! そっちに帰ったら会おうね』
ドミニオンは話の内容はともかく、とても元気そうだった。
『あのさ、私の方にもニュースがあるのよ! 独立するんだ、フリーになる! テンマがマネージャーで、トリスタンと3人でやってくことにしたの。今裁判の手続き中なの。所有者権限の削除請求! テンマがね、色々準備しててくれてさ、あいつから離れても生きて行けそうだねってなって、やろうって。もう汚いちんぽ舐めて回らなくて済むんだー!』
ヴェスタは思うところがあったらしくて目を潤ませていたが、俺は苦笑してしまった。どんな話をしてるんだよお前たちは。
『ほんとにおめでとう! 好きな人と気持ちいいセックスいっぱいやりまくってね!』
やれやれ。でもテンマは思い切ったなと思った。人生が変わるのはドミニオンだけじゃない。勝算が見えたから踏み切ったのだろう。まあ、恐らく裁判では勝てる。うまくいけばこれまでドミニオンが稼いでプロデューサーに流れた金もある程度は取り戻せるはずだ。何よりドミニオンには世界中に何百万、何千万のファンが付いている。所有者権限を削除して、本当にフリーになった彼女に怖いものはない。
「コメントはとんでもないけど良かったな」
「うん。すごく嬉しい」
ヴェスタも楽しそうだった。あんなに結婚に迷っていたのが嘘みたいだった。
パーティがそろそろお開きになるというところで、料理を作り終わってから完全に客に混ざっていたルーが寄ってきて、改めて「おめでとう」と言った。
「やっとだ。また逃げられるかと思った」
「いや、ほんと……お前は心配させてくれるよ」
「ありがとう。料理も、俺が食えるの作ってくれて」
「もっと店に来いよ」
返答に困って首を傾げると、ルーはどんと腕をどついた。
「俺はさあ、ちょっと変でめんどくさいお前を愛してんのよ! 変な意味じゃないぜ?」
本当にありがたいと思う。
「わかってるよ」
ぱらぱらと人がはけていく中、ザムザはすっかり出来上がってふらふらになっていた。マリーンが肩を貸そうとしたが、ちょっと寝かせた方がよさそうだとベンチに転がした。
「普段はこんなに酔わないんだけど」
ヴェスタが言うと、マリーンは「最近飲んでなかったからね」と言った。すっかり他の人が居なくなってからやっとザムザは目を開けた。
「うわー、酔った。ごめんごめん」
まだ酔っている。顔が真っ赤だ。起き上がって水を飲んだ。
「でもよかったなー。これで来年には子ども申請できるじゃん。お前子ども好きだもんなー」
「ザムザ……」
ヴェスタの髪がさあっと青くなった。
「バルトロイ、知ってたかあ? うちさ、今年息子をさ、もらったじゃん。そしたらこいつ画像だの動画だの見たがってさ。週一で送ってたよ。自分の子もらえよって何回言ってもさあ……ま、早めに申請しろよ」
「………」
ヴェスタは俯いた。マリーンははっとしてヴェスタの肩を抱いた。
子ども………。
あなたは一番の秘密をパートナーに言えてないんじゃないですか?
「あっ!」
すっかり忘れてた。ヴェスタは子ども欲しいんだった。「蒸し返すことになるし」。
「今時さあ、結婚なんて子ども貰わないんならしなくてもいいもんなあ。でも子育てって大変だから、早くもらっとけ……。あんなに子ども好きなら、いいパパになるよお前」
マリーンが寝そうになったザムザを凄い勢いで往復でビンタして引き起こした。そういえば彼女は怪力だった。女性に戻ったからと言ってそんなにか弱くなるわけじゃない。
「ごめんなさいね、ヴェスタ、バルトロイさん。オートキャリアが来たみたいだから」
ザムザはマリーンに胸ぐらを掴まれる勢いで連れ出されて帰って行った。
「お前らも帰っていいよ。片付けはやるからさ」
ルーが言いながら紙皿をごみ袋にまとめ始めた。オートキャリアを予約する。
「車来るまで手伝うよ」
そうだった。ヴェスタが結婚したいって言い出したのはそもそも子どもが欲しかったからだ。すっぽり抜け落ちていた。無意識に考えないようにしていたんだろう。
ヴェスタは黙々とごみを袋にまとめている。子どもか。俺の遺伝子の入った子ども……。
「パパ、もう終わった?」
「おう、チップ。終わったよ。でもまだ片付けがあるから、寝なさい。ごめん、バル、ちょっと寝かせてくる」
ルーが、店の奥の階段からひょっこり顔を出した8歳になる息子を連れて引っ込んだ。でかくなったな。息子のチップは、スゥよりも色の濃いブロンドでルーのような青い目をしている。
俺の遺伝子が入った子ども。
「あの……気にしないで、ね。ザムザが言ったこと……。ザムザの子、ルシルって言うんだけど、可愛くて。それだけなんだ。別に……」
「もしかしてこの事か? 俺に言えなかった事って」
「……バルが……いらないのはわかってるから」
「お前は欲しいんだろ?」
「……」
そりゃそうだ。ザムザの言う通りだ。現代で結婚する理由なんて、9割が子どもが欲しいからだ。愛がなくても子どもをもらうためだけに結婚するやつらだっているくらいだ。俺みたいに「節税になるし」なんてことで結婚するやつはいない。でも俺には育て方がわからない……。
ふと、父親から急に届いた写真が目に入った。改めて手に取ってみた。父親。ギルロイから父親らしいことをしてもらった覚えはない。金は出してもらったから恩はある。父親……。
「……ギルロイさん、この写真が好きだって言ってたね。自分は好きなのに写真集に入れさせてもらえないって」
「なんでこれが好きなのかな? つまんない写真に見えるけどな」
キャンバスをくるりとひっくり返してみる。右下の枠のところに85年・8月17日とえんぴつの文字がある。撮影日?
「バル、気付いてた? これ、バルの背中なんだよ」
「ん?」
ヴェスタが写真の中のその人物を指さした。黒髪。左手を腰のあたりに引っ掛けて、森の方を見ているらしい、まだ少年の背中。
「……そうかも知れない」
「だろ? すぐわかったよ、俺」
言われてみればこの森はあの別荘の庭だ。確かにこれは俺の背中だ。
「日付も。この日付、バルの17歳の最後の日だろ」
「本当だな。気付かなかった」
この翌日に18歳になって、その数日後に大学に通うためにこの家を出て行った。確かに大学に入る寸前に、ギルロイがふらっと家に帰ってきて驚いたような気がする。何の話も特にしなかったと思うけど。
「あの人のことだからな。俺の写真だから好きなんじゃなくて、単純に一枚の作品として好きなのかもしれない」
「そうかな? バルが好きなんだと思うけど。門出だからだろ。今日送ってきてくれたのは」
「そうなのかな」
どうしてこの日、森を見ていたのか。全然覚えていない。ギルロイが撮っていたのも気が付かなかった。長い間飾ってあっただろうに、自分の写真だとすら思っていなかった。愛情というものを示された記憶はない。これが愛だと言われても「は?」としか言いようがない。なんの感情も湧かない。どちらかと言うと施設の職員さんたちの方が気にかけてくれたし、大切にしてくれた人が多かったと思う。
でも俺はこうして大人になって、ヴェスタと家族になった。友達もまずまずいることが今日分かった。仕事もやりたい仕事に就けた。欲しいものは手に入った。親じゃなくても、支えてくれる人はいた。つまり、親からの愛情は自分にとって必ずしも必要じゃなかった。
小さい頃はそりゃ、色々考えたかも知れないけど、それより辛いことはいくらでもあったし、今思えばそんなのはほんの数年のことだった。
この体質だって、遺伝するかはわからない。もし遺伝しても、ヴェスタといて、そんなに悪い体じゃないと思えるようになった。誰かを守ることができる。
「……ヴェスタはなんで子ども、欲しい?」
「バルの子、育ててみたいし……。俺のこと覚えててくれてる人、ほしいなって。俺、随分先に死んじゃうしさ」
「……俺が……」
「バルだけじゃなくてさ。俺のこと、バルと話してくれる人、いたらいいなって」
「………そうか」
まだちょっと判断できない。もう少しよく考えてみないといけない。
でも今この形になって思うことは、俺が例えば俺の親のように、うまく子どもを愛することができなかったとしても、子どもはそれとは関係なく自分の足で立つことができる別な人間だということだ。
少しくらい俺が欠けていても、子どもというのは育つし自立するんじゃないか。それにヴェスタもいる。
「ヴェスタ、子どものことはまた考えよう。ごめんな、言い出せなくして」
ヴェスタはちょっとだけごみをまとめる手を止めてこっちを見た。
「今すぐ来年申請しようとは言えないけど、ちゃんと考えてみるから。話そう。でも……」
「うん」
「俺の子だぞ? めんどくさいのは確実だな」
ヴェスタは髪を緑にして満面の笑みを浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)
おにぎり1000米
BL
エンジニアの三波朋晴はモデルに間違われることもある美形のオメガだが、学生の頃から誰とも固定した関係を持つことができないでいる。しかしとあるきっかけで年上のベータ、佐枝峡と出会い、好意をもつが…
*オメガバース(独自設定あり)ベータ×オメガ 年齢差カプ
*『まばゆいほどに深い闇』の脇キャラによるスピンオフなので、キャラクターがかぶります。本編+後日談。他サイト掲載作品の改稿修正版につきアルファポリス版としましたが、内容はあまり変わりません。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
恋人はメリーゴーランド少年だった。
夏目奈緖
BL
溺愛ドS社長×ツンデレ高校生。年の差恋愛。社長からの告白と束縛に戸惑う高校生。すれ違いばかりの片想いから恋人同士へ。ひねくれもの天使的な高校生と心を閉ざした会社社長との年の差BL。中山夏樹(18)は従姉妹の結婚式の2次会で、倒れてきた酔っ払いの下敷きになり左手に怪我を負った。助けてくれたのが、会場レストラン経営の黒崎ホールディングス代表取締役社長・黒崎圭一(33)。左手の抜糸がすむまで黒崎の車で送迎されることになった。黒崎は誰にも心を開かない。夏樹も同じである。しかしながら、夏樹は黒崎の前だけは自分の意思とは反対に、本音を吐き出す。2人は孤独を抱えており、夏樹は黒崎に惹かれていく。黒崎は夏樹に一目惚れし、執着する。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【BL】『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとでした
圭琴子
BL
この世界は、αとβとΩで出来てる。
生まれながらにエリートのαや、人口の大多数を占める『普通』のβにはさして意識するほどの事でもないだろうけど、俺たちΩにとっては、この世界はけして優しくはなかった。
今日も寝坊した。二学期の初め、転校初日だったけど、ワクワクもドキドキも、期待に胸を膨らませる事もない。何故なら、高校三年生にして、もう七度目の転校だったから。
βの両親から生まれてしまったΩの一人息子の行く末を心配して、若かった父さんと母さんは、一つの罪を犯した。
小学校に入る時に義務付けられている血液検査日に、俺の血液と父さんの血液をすり替えるという罪を。
従って俺は戸籍上、β籍になっている。
あとは、一度吐(つ)いてしまった嘘がバレないよう、嘘を上塗りするばかりだった。
俺がΩとバレそうになる度に転校を繰り返し、流れ流れていつの間にか、東京の一大エスカレーター式私立校、小鳥遊(たかなし)学園に通う事になっていた。
今まで、俺に『好き』と言った連中は、みんなΩの発情期に当てられた奴らばかりだった。
だから『好き』と言われて、ピンときたことはない。
だけど。優しいキスに、心が動いて、いつの間にかそのひとを『好き』になっていた。
学園の事実上のトップで、生まれた時から許嫁が居て、俺のことを遊びだと言い切るあいつを。
どんなに酷いことをされても、一度愛したあのひとを、忘れることは出来なかった。
『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとだったから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる