Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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09 「ふたり」の形

27 Baltroy (プライズ)

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 その写真の隅にはえんぴつで「17歳」と書かれていた。別荘の壁にあったのはもう二回りも大きかったから、プリントし直して改めて書いたんだろう。カードも何もついていない。首を傾げた。どうしてこれなんだ。まああの人の考えることが理解できるとは思わない。

「何それ?」

 ザムザが赤い顔をして写真を覗き込んだ。

「父親から。結婚祝いのつもりらしい」
「いいじゃん! 飾ろう」

 ザムザはそれをぱっと取って、二人へのプレゼントの山が積まれたテーブルに立て掛けた。

「俺からのプレゼントも開けろよ!」

 完全に酔っている。ヴェスタが笑いながらザムザがぐいぐい押し付けてきた箱を開けた。

「あ!」

 セットのマグカップが出てきた。きれいなグリーンのと、ディープブルーの。

「はは! マリーンと探したんだ! 機嫌のいい時のグリーンと、バルが女装した時のブルー。割ったって言ってたから」
「ありがとう!」

 ヴェスタは本当に嬉しそうにそれを手に取って、マグと同じ髪の色で笑った。ザムザはマリーンと一緒に来ていて、マリーンの方はルーの妻のスゥと話し込んでいる。ユミンが大口を開けて笑っていて、ディーはさっきから皿に食べ物を盛っては食べ盛っては食べを繰り返している。
 アラスターが来てくれたのにはちょっと驚いた。しかも彼女を連れて。ヴェスタに印象が似ていて、やっぱり好みだったんだなと今さら思った。

「じゃ、俺そろそろ帰るよ。明日早番でさ」

 アルフがさっと近づいてきて言った。彼は忙しいからあまり会えていなかった。

「うん。会えてよかった。またな」
「おう。お幸せに!」

 大きな黒い手のひらでバンと俺の背中を力一杯叩いて、彼はルーに手を振って帰って行った。そんなに大したパーティにする気じゃなかったのに、入れ替わり立ち替わりで結構な人が来た。職場関係が多かったけど。

 ドミニオンは流石に直接は来られなかったが、ヴェスタのブリングにビデオメッセージを送ってくれた。巨大な花も。みんなでそのメッセージを見た。

『ハイ! ヴェスタ! やっと結婚したのね。行きたかったんだけど、今、ヨーロッパのペニス・・・に挨拶回りしてて行けないんだ! そっちに帰ったら会おうね』

 ドミニオンは話の内容はともかく、とても元気そうだった。

『あのさ、私の方にもニュースがあるのよ! 独立するんだ、フリーになる! テンマがマネージャーで、トリスタンと3人でやってくことにしたの。今裁判の手続き中なの。所有者権限の削除請求! テンマがね、色々準備しててくれてさ、あいつから離れても生きて行けそうだねってなって、やろうって。もう汚いちんぽ舐めて回らなくて済むんだー!』

 ヴェスタは思うところがあったらしくて目を潤ませていたが、俺は苦笑してしまった。どんな話をしてるんだよお前たちは。

『ほんとにおめでとう! 好きな人と気持ちいいセックスいっぱいやりまくってね!』

 やれやれ。でもテンマは思い切ったなと思った。人生が変わるのはドミニオンだけじゃない。勝算が見えたから踏み切ったのだろう。まあ、恐らく裁判では勝てる。うまくいけばこれまでドミニオンが稼いでプロデューサーに流れた金もある程度は取り戻せるはずだ。何よりドミニオンには世界中に何百万、何千万のファンが付いている。所有者権限を削除して、本当にフリーになった彼女に怖いものはない。

「コメントはとんでもないけど良かったな」
「うん。すごく嬉しい」

 ヴェスタも楽しそうだった。あんなに結婚に迷っていたのが嘘みたいだった。

 パーティがそろそろお開きになるというところで、料理を作り終わってから完全に客に混ざっていたルーが寄ってきて、改めて「おめでとう」と言った。

「やっとだ。また逃げられるかと思った」
「いや、ほんと……お前は心配させてくれるよ」
「ありがとう。料理も、俺が食えるの作ってくれて」
「もっと店に来いよ」

 返答に困って首を傾げると、ルーはどんと腕をどついた。

「俺はさあ、ちょっと変でめんどくさいお前を愛してんのよ! 変な意味じゃないぜ?」

 本当にありがたいと思う。

「わかってるよ」

 ぱらぱらと人がはけていく中、ザムザはすっかり出来上がってふらふらになっていた。マリーンが肩を貸そうとしたが、ちょっと寝かせた方がよさそうだとベンチに転がした。

「普段はこんなに酔わないんだけど」

 ヴェスタが言うと、マリーンは「最近飲んでなかったからね」と言った。すっかり他の人が居なくなってからやっとザムザは目を開けた。

「うわー、酔った。ごめんごめん」

 まだ酔っている。顔が真っ赤だ。起き上がって水を飲んだ。

「でもよかったなー。これで来年には子ども申請できるじゃん。お前子ども好きだもんなー」
「ザムザ……」

 ヴェスタの髪がさあっと青くなった。

「バルトロイ、知ってたかあ? うちさ、今年息子をさ、もらったじゃん。そしたらこいつ画像だの動画だの見たがってさ。週一で送ってたよ。自分の子もらえよって何回言ってもさあ……ま、早めに申請しろよ」
「………」

 ヴェスタは俯いた。マリーンははっとしてヴェスタの肩を抱いた。

 子ども………。

 あなたは・・・・一番の秘密を・・・・・・パートナーに・・・・・・言えてない・・・・・んじゃない・・・・・ですか?・・・・

「あっ!」

 すっかり忘れてた。ヴェスタは子ども欲しいんだった。「蒸し返すことになるし」。

「今時さあ、結婚なんて子ども貰わないんならしなくてもいいもんなあ。でも子育てって大変だから、早くもらっとけ……。あんなに子ども好きなら、いいパパになるよお前」

 マリーンが寝そうになったザムザを凄い勢いで往復でビンタして引き起こした。そういえば彼女は怪力だった。女性に戻ったからと言ってそんなにか弱くなるわけじゃない。

「ごめんなさいね、ヴェスタ、バルトロイさん。オートキャリアが来たみたいだから」

 ザムザはマリーンに胸ぐらを掴まれる勢いで連れ出されて帰って行った。

「お前らも帰っていいよ。片付けはやるからさ」

 ルーが言いながら紙皿をごみ袋にまとめ始めた。オートキャリアを予約する。

「車来るまで手伝うよ」

 そうだった。ヴェスタが結婚したいって言い出したのはそもそも子どもが欲しかったからだ。すっぽり抜け落ちていた。無意識に考えないようにしていたんだろう。
 ヴェスタは黙々とごみを袋にまとめている。子どもか。俺の遺伝子の入った子ども……。

「パパ、もう終わった?」
「おう、チップ。終わったよ。でもまだ片付けがあるから、寝なさい。ごめん、バル、ちょっと寝かせてくる」

 ルーが、店の奥の階段からひょっこり顔を出した8歳になる息子を連れて引っ込んだ。でかくなったな。息子のチップは、スゥよりも色の濃いブロンドでルーのような青い目をしている。

 俺の遺伝子が入った子ども。

「あの……気にしないで、ね。ザムザが言ったこと……。ザムザの子、ルシルって言うんだけど、可愛くて。それだけなんだ。別に……」
「もしかしてこの事か? 俺に言えなかった事って」
「……バルが……いらないのはわかってるから」
「お前は欲しいんだろ?」
「……」

 そりゃそうだ。ザムザの言う通りだ。現代で結婚する理由なんて、9割が子どもが欲しいからだ。愛がなくても子どもをもらうためだけに結婚するやつらだっているくらいだ。俺みたいに「節税になるし」なんてことで結婚するやつはいない。でも俺には育て方がわからない……。

 ふと、父親から急に届いた写真が目に入った。改めて手に取ってみた。父親。ギルロイから父親らしいことをしてもらった覚えはない。金は出してもらったから恩はある。父親……。

「……ギルロイさん、この写真が好きだって言ってたね。自分は好きなのに写真集に入れさせてもらえないって」
「なんでこれが好きなのかな? つまんない写真に見えるけどな」

 キャンバスをくるりとひっくり返してみる。右下の枠のところに85年・8月17日とえんぴつの文字がある。撮影日?

「バル、気付いてた? これ、バルの背中なんだよ」
「ん?」

 ヴェスタが写真の中のその人物を指さした。黒髪。左手を腰のあたりに引っ掛けて、森の方を見ているらしい、まだ少年の背中。

「……そうかも知れない」
「だろ? すぐわかったよ、俺」

 言われてみればこの森はあの別荘の庭だ。確かにこれは俺の背中だ。

「日付も。この日付、バルの17歳の最後の日だろ」
「本当だな。気付かなかった」

 この翌日に18歳になって、その数日後に大学に通うためにこの家を出て行った。確かに大学に入る寸前に、ギルロイがふらっと家に帰ってきて驚いたような気がする。何の話も特にしなかったと思うけど。

「あの人のことだからな。俺の写真だから好きなんじゃなくて、単純に一枚の作品として好きなのかもしれない」
「そうかな? バルが好きなんだと思うけど。門出だからだろ。今日送ってきてくれたのは」
「そうなのかな」

 どうしてこの日、森を見ていたのか。全然覚えていない。ギルロイが撮っていたのも気が付かなかった。長い間飾ってあっただろうに、自分の写真だとすら思っていなかった。愛情というものを示された記憶はない。これが愛だと言われても「は?」としか言いようがない。なんの感情も湧かない。どちらかと言うと施設の職員さんたちの方が気にかけてくれたし、大切にしてくれた人が多かったと思う。

 でも俺はこうして大人になって、ヴェスタと家族になった。友達もまずまずいることが今日分かった。仕事もやりたい仕事に就けた。欲しいものは手に入った。親じゃなくても、支えてくれる人はいた。つまり、親からの愛情は自分にとって必ずしも必要じゃなかった。

 小さい頃はそりゃ、色々考えたかも知れないけど、それより辛いことはいくらでもあったし、今思えばそんなのはほんの数年のことだった。

 この体質だって、遺伝するかはわからない。もし遺伝しても、ヴェスタといて、そんなに悪い体じゃないと思えるようになった。誰かを守ることができる。

「……ヴェスタはなんで子ども、欲しい?」
「バルの子、育ててみたいし……。俺のこと覚えててくれてる人、ほしいなって。俺、随分先に死んじゃうしさ」
「……俺が……」
「バルだけじゃなくてさ。俺のこと、バルと話してくれる人、いたらいいなって」
「………そうか」

 まだちょっと判断できない。もう少しよく考えてみないといけない。
 でも今この形になって思うことは、俺が例えば俺の親のように、うまく子どもを愛することができなかったとしても、子どもはそれとは関係なく自分の足で立つことができる別な人間だということだ。
 少しくらい俺が欠けていても、子どもというのは育つし自立するんじゃないか。それにヴェスタもいる。

「ヴェスタ、子どものことはまた考えよう。ごめんな、言い出せなくして」

 ヴェスタはちょっとだけごみをまとめる手を止めてこっちを見た。

「今すぐ来年申請しようとは言えないけど、ちゃんと考えてみるから。話そう。でも……」
「うん」
「俺の子だぞ? めんどくさいのは確実だな」

 ヴェスタは髪を緑にして満面の笑みを浮かべた。
 







 

 
 
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