相対間引力 subliminal gravity

黒遠

文字の大きさ
25 / 28

side B05

しおりを挟む

「母が死んだ。事故にあったみたい。今病院」

 前期試験の日だった。四コマ目の試験が終わった後、スマホを見たらエンマからメッセージが入っていた。メッセージの発信時間は十分ほど前だった。

「どこの病院?」

 すぐ返事がきた。

「県庁の近くの」
「駅で待ってる」

 三十分ほどかかるか。大丈夫だろうか。隣の駅まで迎えに行こうかと思ったが、バスの乗り継ぎによっては駅を使わないから、仕方なく大学の駅前で待っていた。

 大学前の駅は窓がマジックミラーになっていて、うちの大学のダンスサークルがいつもそのミラーに向かって練習している。見るともなく眺めていた。

 エンマは、父親がいなくて、じいさんばあさんも小中で亡くなって、ほんとに母一人子一人なんだと言っていた。この上母親にまで死なれたとしたら、「ついてない」どころの騒ぎじゃない。

 かける言葉もない。

 ダンスサークルが警備員に追い払われて行った。警備員はちらりと俺を見たが、無害と思ったのか何も言われなかった。夏の長い日もゆっくりとオレンジ色を帯びてくる。電車の音がするたび、改札にぞろぞろと人が行き交う。いつも通りの光景。

 追い払われたダンスサークルの代わりに、ギターを持った若い男が現れてギターケースを開いて置く。少し音を整えておもむろに歌い出す。かなりへたくそ。たぶん自作の曲。でも一生懸命。たまに足を止める人がいる。たいていは素通り。一曲終わると、見ていた一人がケースに小銭を入れた。男が頭を深々と下げる。

 俺はエンマに何ができるんだろうか。

 男は二曲目を始める。これは聞き覚えがある。何かメジャーな曲のコピー。さっきの曲とは違って、何人もが足を止める。人垣が厚くなっていく。一緒に歌い出す人もいる。
 でもこの人にとってはこれじゃないんだろうな。さっきの一曲目でこうなってほしいんだろ。警備員が近づいてくる。蜘蛛の子を散らすように見物人が去っていく。男もそそくさとギターを抱えて消える。一曲目を歌い切らせてやったのは警備員の優しさだったのかもしれない。

 時計を見る。エンマにかける言葉は全く思い浮かばない。そろそろ来てもおかしくない。ただ、今一人でいるのは辛いんじゃないかなと思う。それだけ。
 改札からまた人が溢れてくる。見覚えのある細い体が混ざっている。腕を捕まえる。言葉もなく、エンマが俺を見上げた。真っ青だった。

「おい、大丈夫か?」

 エンマは無言だった。大丈夫なわけないよな。

「とりあえず家に帰んべ。俺んちでもいいし」
「家に……」
「俺も行くから」

 どう見ても尋常じゃなかった。エンマの家に着くまでも、ふらふらと全く確認せずに道路を渡ろうとするから、何度も肩や腕を掴んで止めた。見えてないみたいだった。

 家についてからも変だった。ストンとダイニングテーブルについて、ずっとテレビで地元のニュースを見ていた。だんだん日が暮れて真っ暗になってもだ。自分の母親のニュースの時だけ「これかな」と言った。痛々しい。

 8時近くになっても何も食べようとしないから、何か買ってきて食わせるかと思ったら、作ると言っててきぱきとカレーを作った。これは手伝う隙もないくらい手際がよかった。でも無意識にやってるという感じ。ロボットが作ってるみたいだった。

 人の試験の心配するから、おまえはおまえの心配しろと言ったら固まってしまった。今無理だよな。いっぱいいっぱいの人間に言うことじゃなかった。

 カレーができて、エンマは普通に俺の分も盛り付けてくれたので向かいに座ると、エンマがはらはらと泣いた。やっと泣いた、と思った。そりゃ泣く。あたりまえだ。むしろよく泣かなかったな。涙を拭ってやったらすぐ泣き止んだ。カレーも食べた。強い。でもたぶん悲しみはこんなもんじゃ済まないだろ、という予感があった。

 エンマに風呂借りるとか、歯ブラシくれとか言えばエンマはちゃんと返事したり動いたりした。エンマも一応一通りのことは自分でやって、すーっと自分の部屋のベッドに入った。俺はエンマのベッドに腰掛けて、青ざめて無表情のエンマを見てた。

 本当に人形みたいになっちまった。髪やひたいを撫でていたら、意外なくらい穏やかにエンマが眠りだした。色々ありすぎたんだろうなと思った。俺はリビングのソファを借りた。

 遺体も返って来てない。これから、こいつが一人で葬式だのなんだのとしていかなきゃいけない。悲しいとか、つらいとかいうのはたぶんその後でぶちのめしに来るんだろ。
 








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

水泳部合宿

RIKUTO
BL
とある田舎の高校にかよう目立たない男子高校生は、快活な水泳部員に半ば強引に合宿に参加する。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

処理中です...