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タキ
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憎しみ。
伝わって来たのは純然たる憎しみだった。あんなになぜ光のエイダンは……タキはサヨを憎んだのか。
移動は思ったよりも簡単だった。ギムまで戻ると、交易の街なだけあって、パタンまでの行路が出来上がっていて、ほとんど立ち止まることなく着くことができた。埠頭の小屋は先日来た時のままだった。ぼろぼろで、サヨたちの丸太小屋よりもひどい。ノックする。
「はい……」
タキが出てきた。一層老け込んだ感じがある。
「お送りいただいた、黒い葉の件で」
シロが切り出すと、タキはため息をついて部屋に入れてくれた。どこから切り出すか。
「これは、あなたと一緒に召喚されたサヨさんのアーガの葉ですよね。模様を塗りつぶしたんじゃない。こういう葉なんです。俺のもそうです。俺のはこんなに育っていませんけどね」
「そうです。私はそれを長い間預かっておりました」
タキは相変わらず埃っぽく、汚い部屋の中にいた。
「城の召喚士からなんて、ついぞ連絡をもらわなかった。いい機会でした」
「どうしてもっと早くに手放そうと思わなかったのですか」
「それは……こちらの世界に知り合いがあまりいないのでね、死んだ人の葉をどうすればいいのか知りませんで」
言い淀んだタキはぱたぱたと自分の服のあちこちに手を入れた。ポケット。帯の中。服の内側。
「50年も。怖かったんじゃないですか?少しも薄くならない。死んだ人のアーガの葉の模様が薄くならないのは、思いを遺しているから。ご存知ですよね」
「いや。それは知らなかった。そういうものだと思ってましたよ」
目をキョロキョロしてあちこちを探している。
「城にあった文献には、あなたがアーガの木に選ばれたと書いてありましたが、本当ですか?元の世界に戻るように」
「ああ。そうです」
「サヨさんが亡くなったためにあなたが残らされてしまった」
「そうです。私が選ばれたのに」
「帰りたかったんですか?」
「帰りたかった……」
そっとリジンする。右手の力だ。そして真っ黒な葉を重ねる。この葉はきっとこれを待っていたんだ。
帰れるかどうかじゃない。アーガの木に選ばれる英雄は私だ
キンと頭が痛くなるような強烈な感情。
私が私が私が国を救った救った英雄英雄英雄
「……アーガの木がどんな人を元の世界に返すか知っていた?」
「ああ……英雄をアーガの木は連れて行く……」
何で何で反逆者の反逆者の女が女が女が
「シロ、大丈夫か?」
シュトロウが俺を見る。頭痛がひどくて焦点を合わせることができない。
「俺を……タキに……触れさせて」
耳が。耳の中に思いがこだまする。目眩がする。伸ばした手をシュトロウが取り、タキのがさがさの手に重ねた。
「あら、タキさん。また来てくれたんですか」
どこだ。ここは。目の前に誰かがいる。誰だろう。ブリムではない、髪の黒い男。これは若い頃のタキか。家の中だ。狭い家の中。あの丸太小屋の中。まだカーテンも新しい……。
「まだ売れるほど薬ができてないのよ。でもありがとう。あなたは誰にも見られずに来てくれるから安心だわ」
タキは無表情だ。
「ブリムは」
「今日は狩に行ったんです。きっと帰ってきたら肉を持ってきてくれるわ。少し持って帰ったら?」
「見えるか?前の世界が」
「…… なんでそんなことをいつも聞いてくるの?見えるわよ。最近ではどこからが夢でどこまでがこの世界のことなのかわからなくなるくらい……」
若いタキが一歩近づいてきた。表情は変わらない。
「……ねえ、どうしたの?なんだか怖いわよ。外に出ましょう」
女の手がタキの視線を避けて、そっと黒い葉を手に重ねる。途端に流れ込んでくる思念。
どうしてお前なんだ
「タキさん……?」
どうして。王について戦ったのは私なのに。町ではバードたちが私の歌を歌っているのに。こんな状態でお前に元の世界に戻られたら、私の嘘がばれてしまう。私が英雄ではないとみんなにわかられてしまう。アーガの木は英雄をこそ元の世界に戻すというのに
無骨な手が首にかかる。俺が英雄だ。俺がアーガの木に選ばれた。それが本当になる。お前が死ねば。死ね!死ね!
「やめ……」
物凄い憎悪がサヨの頭に流れ込んでくる。力を振り絞ってドアを開け、手を伸ばす。外に。森のざわめき。ブリム……助けて!助けて!苦しい。どうして?どうして?そんなことのために?嘘つき!
「うわああああああああ」
はっと我に返る。タキが頭を抱えてうずくまっている。さっきのはタキの叫び声か。
「……あなたが、殺したんだ。サヨを。殺せばサヨに代わって元の世界に帰れると思って」
「どこに行った…左手の、アーガの葉は」
「……どうして、俺と話をするのにアーガの葉が必要なんですか」
「うるさい!お前には関係ない!」
シロはすっとタキの目の前に、小さな布製の小物入れを差し出した。
「これをお探しなんですよね?」
タキの震える手がそれに伸びてくる。さっと隠す。久しぶりに掏り取った小物入れ。その中には恐らくタキの2枚のアーガの葉がある。ネネリオと話した時に、何をして来るかわからない相手がリジンできる状態ではダメだと学んだからだ。
「ちゃんと話してください。あなたが俺たちに話したことは嘘ばっかりだ!」
「嘘…」
嘘。嘘つき。小さいころから、嘘をつかずにはいられなかった。相手が期待しているような答えを返したい。相手が驚いて興味を持つようなことを無意識に口から出してしまっている。だから、私の周りにはすぐに人が集まってくる。でも自然、長く傍にいてくれる人はいない。みんな嘘に気づいて去って行くか、嘘がばれるのが怖くて自分から逃げ出してしまう。嘘がないと嫌だ。こんな矮小でつまらない自分を見せたくない。
だからこの世界に来た時、心からほっとした。英雄だ。自分はこの世界に来た時点で特別な人間なんだ。王様について右手の力でいろんなところに行った。右手の力は行きたいところに瞬時に飛んでいける能力だった。一度行った場所、知っている人がいるところを思い浮かべれば、次の瞬間そこにいる。配達の仕事をずっとやっていたからか。
そしてまた、素晴らしかったのは左手の能力だった。リジンして何かをしゃべれば、多少つじつまが合わなくてもみんなそれを真実だと思い込む。なんでもだった。サヨが井戸に毒を入れて村が壊滅したと言えば、遺体なんか一つもないのにそれが本当のことになった。瞬く間にサヨは悪い方の、英雄じゃない方のエイダンになった。
でもそうやって半月が過ぎ、一カ月すぎるとだんだんみんな気が付き始める。本当は違うんじゃないか。本当はそんなこと起こってないんじゃないか。その時の召喚士は言った。すべて明るみに出ることです。アーガの木はエイダンの一人を元の世界にお返しになる。それは国を救ったエイダンなのです……。
まずいと思った。せっかく英雄になったのに、本物の英雄になったのに、元の世界に帰れなかったらみんなに本当のことが知れてしまう。俺がどうしても元の世界に帰らなければならない。召喚士に帰りたいのだとすがってみたが、絶対に呪歌を歌ってくれなかった。そういう歌は確かに伝わっている。でも私は歌うことはできない。アーガの木がお選びになることだと思う。
なんとかしたかった。サヨが帰るのをやめると言えばもしかしたら私が帰れるかも知れない。まずサヨとブリムを瞬間移動の力を使って牢から逃がした。二人が恋人同士なのは知っていた。二人が平和に暮らせるように、秘密裏に手引きをしてやった。この世界の居心地が良ければ、サヨは帰ろうと思わないだろう……。サヨに変わったことはないか尋ねてみたが、そのころは何もなかった。もしかしたらアーガの木は私を選ぶのかもしれない。まだ希望があった。サヨの様子を調べるために、代わりに町で買い物をしてやる、薬を売ってやると言ってはサヨたちの隠れ家に顔を出した。二人はいつもただ睦まじく暮らしていた。ひっそりと、それでも幸せそうに。サヨは「私は帰りたくないわ。もし私が帰ることになったと言われても断るわ」と言った。安心した。でも、元の世界に戻ることは、元の世界からこの世界に呼ばれた時と同じように突然で理不尽だった。サヨは悪夢にうなされるように元の世界に引き戻されつつあった。サヨは涙を流して嫌がっていた。だが、だんだん平気な顔をするようになった。まるで元の世界に帰ることを誇らしく思っているような顔。
私は救国のエイダンでなければならなかったから、城では引き戻されそうになっているふりをした。サヨから聞いている、悪夢や日常の中に元の世界が混ざりこむ話を自分のこととして話した。召喚士はならばあなたをアーガの木は選んだのですね、と言った。ほっとした。あとは自分が元の世界に帰りさえすれば、それだけで……
でも召喚されてから1年目のその日はどんどん近づいてくる。どうにかしなければ、嘘がばれてしまう……
いっそ死んでしまえば、と思った。自分が死んでしまったら、帰れなくても誰も怪しまない。城の塔の窓から下を見下ろした。怖い。ナイフで指先を切ってみる。これでのどを?いや、事故に見えない。自殺だと思われては意味がない。英雄は自殺などしない。
ふと、サヨの幸せそうな顔がよぎった。あの女が死ねば。あの女さえ元の世界に戻ることができなくなれば、アーガの木は俺を元の世界に戻すより仕方がないはずだ。あの女が死ねば。どうせあのまま牢に入っていれば死ぬ運命だったんだ。私が死なせてなんの不都合があるだろうか。
黒い葉が手のひらから出てきた。あんなに、墨汁に漬け込んだように真っ黒だった葉は、くすんだ灰色になっている。
「サヨさんを殺しても、あなたは選ばれなかった」
「……そう。今になって思えば、無実の人を殺した私をアーガの木が選ぶはずがない」
「なぜこの葉をあなたは持っていたんですか」
「なんでかな。地面に転がった彼女の死体の手のひらから出てきたんだ。印が、大きいなと思ってね。彼女なら一級国民だっただろうに、なぜ反抗する方を選んだんだろうと思って、そのまま拾ってしまった……君の右手の能力は、人の葉をリジンできるのか……そんなことができるやつがいるとは……」
でも、まだ終わりじゃない。まだこの葉はただの葉に還らない。もう一人、会わなければならない人がいる。
「タキさん、俺たちはあなたの罪を暴きに来たのではない。この葉に残った思いを解きに来たんです。お願いがあります。ブリムのところに俺たちを飛ばしてください」
伝わって来たのは純然たる憎しみだった。あんなになぜ光のエイダンは……タキはサヨを憎んだのか。
移動は思ったよりも簡単だった。ギムまで戻ると、交易の街なだけあって、パタンまでの行路が出来上がっていて、ほとんど立ち止まることなく着くことができた。埠頭の小屋は先日来た時のままだった。ぼろぼろで、サヨたちの丸太小屋よりもひどい。ノックする。
「はい……」
タキが出てきた。一層老け込んだ感じがある。
「お送りいただいた、黒い葉の件で」
シロが切り出すと、タキはため息をついて部屋に入れてくれた。どこから切り出すか。
「これは、あなたと一緒に召喚されたサヨさんのアーガの葉ですよね。模様を塗りつぶしたんじゃない。こういう葉なんです。俺のもそうです。俺のはこんなに育っていませんけどね」
「そうです。私はそれを長い間預かっておりました」
タキは相変わらず埃っぽく、汚い部屋の中にいた。
「城の召喚士からなんて、ついぞ連絡をもらわなかった。いい機会でした」
「どうしてもっと早くに手放そうと思わなかったのですか」
「それは……こちらの世界に知り合いがあまりいないのでね、死んだ人の葉をどうすればいいのか知りませんで」
言い淀んだタキはぱたぱたと自分の服のあちこちに手を入れた。ポケット。帯の中。服の内側。
「50年も。怖かったんじゃないですか?少しも薄くならない。死んだ人のアーガの葉の模様が薄くならないのは、思いを遺しているから。ご存知ですよね」
「いや。それは知らなかった。そういうものだと思ってましたよ」
目をキョロキョロしてあちこちを探している。
「城にあった文献には、あなたがアーガの木に選ばれたと書いてありましたが、本当ですか?元の世界に戻るように」
「ああ。そうです」
「サヨさんが亡くなったためにあなたが残らされてしまった」
「そうです。私が選ばれたのに」
「帰りたかったんですか?」
「帰りたかった……」
そっとリジンする。右手の力だ。そして真っ黒な葉を重ねる。この葉はきっとこれを待っていたんだ。
帰れるかどうかじゃない。アーガの木に選ばれる英雄は私だ
キンと頭が痛くなるような強烈な感情。
私が私が私が国を救った救った英雄英雄英雄
「……アーガの木がどんな人を元の世界に返すか知っていた?」
「ああ……英雄をアーガの木は連れて行く……」
何で何で反逆者の反逆者の女が女が女が
「シロ、大丈夫か?」
シュトロウが俺を見る。頭痛がひどくて焦点を合わせることができない。
「俺を……タキに……触れさせて」
耳が。耳の中に思いがこだまする。目眩がする。伸ばした手をシュトロウが取り、タキのがさがさの手に重ねた。
「あら、タキさん。また来てくれたんですか」
どこだ。ここは。目の前に誰かがいる。誰だろう。ブリムではない、髪の黒い男。これは若い頃のタキか。家の中だ。狭い家の中。あの丸太小屋の中。まだカーテンも新しい……。
「まだ売れるほど薬ができてないのよ。でもありがとう。あなたは誰にも見られずに来てくれるから安心だわ」
タキは無表情だ。
「ブリムは」
「今日は狩に行ったんです。きっと帰ってきたら肉を持ってきてくれるわ。少し持って帰ったら?」
「見えるか?前の世界が」
「…… なんでそんなことをいつも聞いてくるの?見えるわよ。最近ではどこからが夢でどこまでがこの世界のことなのかわからなくなるくらい……」
若いタキが一歩近づいてきた。表情は変わらない。
「……ねえ、どうしたの?なんだか怖いわよ。外に出ましょう」
女の手がタキの視線を避けて、そっと黒い葉を手に重ねる。途端に流れ込んでくる思念。
どうしてお前なんだ
「タキさん……?」
どうして。王について戦ったのは私なのに。町ではバードたちが私の歌を歌っているのに。こんな状態でお前に元の世界に戻られたら、私の嘘がばれてしまう。私が英雄ではないとみんなにわかられてしまう。アーガの木は英雄をこそ元の世界に戻すというのに
無骨な手が首にかかる。俺が英雄だ。俺がアーガの木に選ばれた。それが本当になる。お前が死ねば。死ね!死ね!
「やめ……」
物凄い憎悪がサヨの頭に流れ込んでくる。力を振り絞ってドアを開け、手を伸ばす。外に。森のざわめき。ブリム……助けて!助けて!苦しい。どうして?どうして?そんなことのために?嘘つき!
「うわああああああああ」
はっと我に返る。タキが頭を抱えてうずくまっている。さっきのはタキの叫び声か。
「……あなたが、殺したんだ。サヨを。殺せばサヨに代わって元の世界に帰れると思って」
「どこに行った…左手の、アーガの葉は」
「……どうして、俺と話をするのにアーガの葉が必要なんですか」
「うるさい!お前には関係ない!」
シロはすっとタキの目の前に、小さな布製の小物入れを差し出した。
「これをお探しなんですよね?」
タキの震える手がそれに伸びてくる。さっと隠す。久しぶりに掏り取った小物入れ。その中には恐らくタキの2枚のアーガの葉がある。ネネリオと話した時に、何をして来るかわからない相手がリジンできる状態ではダメだと学んだからだ。
「ちゃんと話してください。あなたが俺たちに話したことは嘘ばっかりだ!」
「嘘…」
嘘。嘘つき。小さいころから、嘘をつかずにはいられなかった。相手が期待しているような答えを返したい。相手が驚いて興味を持つようなことを無意識に口から出してしまっている。だから、私の周りにはすぐに人が集まってくる。でも自然、長く傍にいてくれる人はいない。みんな嘘に気づいて去って行くか、嘘がばれるのが怖くて自分から逃げ出してしまう。嘘がないと嫌だ。こんな矮小でつまらない自分を見せたくない。
だからこの世界に来た時、心からほっとした。英雄だ。自分はこの世界に来た時点で特別な人間なんだ。王様について右手の力でいろんなところに行った。右手の力は行きたいところに瞬時に飛んでいける能力だった。一度行った場所、知っている人がいるところを思い浮かべれば、次の瞬間そこにいる。配達の仕事をずっとやっていたからか。
そしてまた、素晴らしかったのは左手の能力だった。リジンして何かをしゃべれば、多少つじつまが合わなくてもみんなそれを真実だと思い込む。なんでもだった。サヨが井戸に毒を入れて村が壊滅したと言えば、遺体なんか一つもないのにそれが本当のことになった。瞬く間にサヨは悪い方の、英雄じゃない方のエイダンになった。
でもそうやって半月が過ぎ、一カ月すぎるとだんだんみんな気が付き始める。本当は違うんじゃないか。本当はそんなこと起こってないんじゃないか。その時の召喚士は言った。すべて明るみに出ることです。アーガの木はエイダンの一人を元の世界にお返しになる。それは国を救ったエイダンなのです……。
まずいと思った。せっかく英雄になったのに、本物の英雄になったのに、元の世界に帰れなかったらみんなに本当のことが知れてしまう。俺がどうしても元の世界に帰らなければならない。召喚士に帰りたいのだとすがってみたが、絶対に呪歌を歌ってくれなかった。そういう歌は確かに伝わっている。でも私は歌うことはできない。アーガの木がお選びになることだと思う。
なんとかしたかった。サヨが帰るのをやめると言えばもしかしたら私が帰れるかも知れない。まずサヨとブリムを瞬間移動の力を使って牢から逃がした。二人が恋人同士なのは知っていた。二人が平和に暮らせるように、秘密裏に手引きをしてやった。この世界の居心地が良ければ、サヨは帰ろうと思わないだろう……。サヨに変わったことはないか尋ねてみたが、そのころは何もなかった。もしかしたらアーガの木は私を選ぶのかもしれない。まだ希望があった。サヨの様子を調べるために、代わりに町で買い物をしてやる、薬を売ってやると言ってはサヨたちの隠れ家に顔を出した。二人はいつもただ睦まじく暮らしていた。ひっそりと、それでも幸せそうに。サヨは「私は帰りたくないわ。もし私が帰ることになったと言われても断るわ」と言った。安心した。でも、元の世界に戻ることは、元の世界からこの世界に呼ばれた時と同じように突然で理不尽だった。サヨは悪夢にうなされるように元の世界に引き戻されつつあった。サヨは涙を流して嫌がっていた。だが、だんだん平気な顔をするようになった。まるで元の世界に帰ることを誇らしく思っているような顔。
私は救国のエイダンでなければならなかったから、城では引き戻されそうになっているふりをした。サヨから聞いている、悪夢や日常の中に元の世界が混ざりこむ話を自分のこととして話した。召喚士はならばあなたをアーガの木は選んだのですね、と言った。ほっとした。あとは自分が元の世界に帰りさえすれば、それだけで……
でも召喚されてから1年目のその日はどんどん近づいてくる。どうにかしなければ、嘘がばれてしまう……
いっそ死んでしまえば、と思った。自分が死んでしまったら、帰れなくても誰も怪しまない。城の塔の窓から下を見下ろした。怖い。ナイフで指先を切ってみる。これでのどを?いや、事故に見えない。自殺だと思われては意味がない。英雄は自殺などしない。
ふと、サヨの幸せそうな顔がよぎった。あの女が死ねば。あの女さえ元の世界に戻ることができなくなれば、アーガの木は俺を元の世界に戻すより仕方がないはずだ。あの女が死ねば。どうせあのまま牢に入っていれば死ぬ運命だったんだ。私が死なせてなんの不都合があるだろうか。
黒い葉が手のひらから出てきた。あんなに、墨汁に漬け込んだように真っ黒だった葉は、くすんだ灰色になっている。
「サヨさんを殺しても、あなたは選ばれなかった」
「……そう。今になって思えば、無実の人を殺した私をアーガの木が選ぶはずがない」
「なぜこの葉をあなたは持っていたんですか」
「なんでかな。地面に転がった彼女の死体の手のひらから出てきたんだ。印が、大きいなと思ってね。彼女なら一級国民だっただろうに、なぜ反抗する方を選んだんだろうと思って、そのまま拾ってしまった……君の右手の能力は、人の葉をリジンできるのか……そんなことができるやつがいるとは……」
でも、まだ終わりじゃない。まだこの葉はただの葉に還らない。もう一人、会わなければならない人がいる。
「タキさん、俺たちはあなたの罪を暴きに来たのではない。この葉に残った思いを解きに来たんです。お願いがあります。ブリムのところに俺たちを飛ばしてください」
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