16 / 18
ブリム
しおりを挟む
そこはギムの街のやや西側にある、一般の人たちの居住区だった。家々の壁がそれぞれパステル調の漆喰で塗られ、夢の国にでも迷い込んだような気になる。その家はクリーム色の壁で、屋根の上が他の家と同じように平らになって、たくさんの洗濯物がはためいていた。
「驚きました」
ブリムは突然目の前に現れたシロとシュトロウとネリ、そしてタキにイスを勧めて、自らも腰を下ろした。
「すみません、突然」
「ふふふ、本当ですね。こんなに突然なことはなかなかありません」
「おじいちゃーん!」
5歳くらいの男の子が部屋に飛び込んできてブリムの服を握る。
「お散歩行くって言ってたでしょ!」
「マーヤ、おじいちゃんはお客様だからママと行きましょう」
茶色の髪の優しそうな女性が、飲み物をガラスのグラスに入れて出してくれて、男の子の手を引いた。
「じゃ、お父さん、私出てきますね」
「ありがとう」
部屋はこざっぱりとしていて、木のテーブルは古いがよく手入れされている。白いテーブルクロスには手縫いの刺繍が入っていて、ガラスの花瓶に白い花が生けられていた。窓には明るいブルーのカーテンがかけられ、風で柔らかく揺れる。木製の子供のおもちゃが床で持ち主の帰りを待ち、壁には落書きのような絵が貼られている。
「今のは息子の嫁で。さっきの子どもは孫です。で、どうされました」
「ほんとうに、不躾ですみません。50年前の、サヨさんのことで」
ブリムはサヨと聞いて少し視線を落とした。白髪の中にわずかに残った濃い茶色の髪。優しげな目元に、セピア色の世界で見た若き日の面影がある。
「……タキさん、久しぶりですね」
「ああ……」
「あなただなと思って、サヨのことじゃないかと思いました。お互い歳をとりましたね」
タキは何も言わなかった。シロもこの、彼の今の生活を見ると、察するものがあった。もう彼は昔に縛られていない。サヨではないだれかと結婚し、家庭を築き、充実した日々を送っている。今さら何を言えるのか。
「サヨにはすまないことをしました」
思いがけず、タキが絞り出すように言った。
「私が……」
「もうやめましょう。遠い昔の話です」
ブリムはタキが彼女を殺したとは思っていないようだった。というかもう、彼にとって誰が彼女を殺したのかは大きな問題ではないのが見てとれた。
「私は、サヨが死んでしまって、どうしてもサヨを殺したやつを殺してやりたいと思いました。なんとしても、アーガの木に見放されても構わないから殺してやろうと」
大切な宝物のような人。はにかみやで、日陰に咲く鈴蘭に似ていた。表に出られない生活になっても、幸せそうに笑ってくれた。元の世界が近づいて来て、残った日々を大切に過ごしていた矢先のこと。
遺体を見て気が狂いそうだった。もう少しで、彼女は笑って元の世界に戻ることができたのに。誰が。一体誰が……。
ブリムはサヨを村人たちと埋葬した後、なんとかして犯人を探そうとした。でも誰もいない森の中だ。増してサヨは賞金のかけられたお尋ね者だった。彼女を殺して彼女のアーガの葉を城に持っていけばと思うやつは多かっただろう。つきとめることは不可能に近かった。
「誰も信じられなくなって、一人で辺境を彷徨いました。何度もサヨの夢を見ては泣きました。なぜ側にいてやらなかったのか。ただでさえ残り少ない時間を、あの日なぜ自分は狩などに費やしてしまったのか。でもある日、夢に出てくるサヨが笑っていることに気づいたのです」
殺されたことを恨みに思っているなら、きっと泣いているだろう。でも彼女はいつもきらきらとした笑顔で笑っている。あの森で過ごした最後の日々のように。それでブリムは思い出した。元の世界が彼女に混ざり込んできて、しばらく彼女は泣き続けた。帰りたくない、どうして私なのかと。でもそれが終わると、彼女はまた笑顔を見せるようになり、やがていつも幸せそうに微笑んでいるようになった。そしてブリムに、噛んで含めるように何度も言った。私が居なくなったら、あなたは私のことを忘れてしまうけど、それでもいいわ。あなたが幸せで居てくれれば、私も幸せでいられるわ。どこにいても。ね。幸せになってね、大好きなあなた。
「私は犯人探しをやめました。時を同じくして、王が代わり、恩赦で私は追われる身ではなくなった。サヨのことは忘れられない、覚えているからこそ、幸せになって彼女とアーガの木の元でまた会ったときに、胸を張れる自分でありたい。出会いを大切にし、精を出して働くうちに、私に真心をもって接してくれる女性と出会いました。結婚し、子供が産まれ……幸せになれたと思います」
ブリムはにっこりと笑った。
「だから、もういいのです。私は胸を張って彼女に会える、それだけでもう、この物語は終わったのです」
タキは俯いていた。シロはそっとサヨの葉を取り出し、ブリムの前に置いた。
「これは……」
「サヨさんの、アーガの葉です」
「ずいぶんはっきり残っているね」
シロは迷った。だからブリムに直接尋ねることにした。
「俺は、この葉をリジンできます。あなたの前でやれば、おそらくサヨさんの想いが何かの形で出てくると思います。それを望みますか?」
ブリムはしばらく目を閉じて考えていた。やがて目を開けて、シロの目をしっかりと見返した。
「お願いします」
灰色の葉をリジンする。青白く手のひらは光り、黒い円が残る。ブリムの手に手のひらを重ねた。
ブリムの想いが流れ込んでくる。手が焼けつくほどの後悔の念。この人は、幸せになろうと努力しながらこんな思いを50年も抱えていたのか。そしてそれを追うように、泣きたくなるような懐古。そして……。
あなたが幸せで良かった
シロの手のひらから、それだけが溢れ出て、ブリムに流れ込んでいった。カッと手のひらが淡い緑色に光り、リジンが終わる。ころりと2枚の葉がテーブルに落ちた。
「……わかりましたか?」
「わかった。伝わったよ。どうもありがとう」
ブリムは涙を滲ませて笑った。隅から隅まで黒かったサヨのアーガの葉は、染み一つない、茶色い葉に変わっていた。
「驚きました」
ブリムは突然目の前に現れたシロとシュトロウとネリ、そしてタキにイスを勧めて、自らも腰を下ろした。
「すみません、突然」
「ふふふ、本当ですね。こんなに突然なことはなかなかありません」
「おじいちゃーん!」
5歳くらいの男の子が部屋に飛び込んできてブリムの服を握る。
「お散歩行くって言ってたでしょ!」
「マーヤ、おじいちゃんはお客様だからママと行きましょう」
茶色の髪の優しそうな女性が、飲み物をガラスのグラスに入れて出してくれて、男の子の手を引いた。
「じゃ、お父さん、私出てきますね」
「ありがとう」
部屋はこざっぱりとしていて、木のテーブルは古いがよく手入れされている。白いテーブルクロスには手縫いの刺繍が入っていて、ガラスの花瓶に白い花が生けられていた。窓には明るいブルーのカーテンがかけられ、風で柔らかく揺れる。木製の子供のおもちゃが床で持ち主の帰りを待ち、壁には落書きのような絵が貼られている。
「今のは息子の嫁で。さっきの子どもは孫です。で、どうされました」
「ほんとうに、不躾ですみません。50年前の、サヨさんのことで」
ブリムはサヨと聞いて少し視線を落とした。白髪の中にわずかに残った濃い茶色の髪。優しげな目元に、セピア色の世界で見た若き日の面影がある。
「……タキさん、久しぶりですね」
「ああ……」
「あなただなと思って、サヨのことじゃないかと思いました。お互い歳をとりましたね」
タキは何も言わなかった。シロもこの、彼の今の生活を見ると、察するものがあった。もう彼は昔に縛られていない。サヨではないだれかと結婚し、家庭を築き、充実した日々を送っている。今さら何を言えるのか。
「サヨにはすまないことをしました」
思いがけず、タキが絞り出すように言った。
「私が……」
「もうやめましょう。遠い昔の話です」
ブリムはタキが彼女を殺したとは思っていないようだった。というかもう、彼にとって誰が彼女を殺したのかは大きな問題ではないのが見てとれた。
「私は、サヨが死んでしまって、どうしてもサヨを殺したやつを殺してやりたいと思いました。なんとしても、アーガの木に見放されても構わないから殺してやろうと」
大切な宝物のような人。はにかみやで、日陰に咲く鈴蘭に似ていた。表に出られない生活になっても、幸せそうに笑ってくれた。元の世界が近づいて来て、残った日々を大切に過ごしていた矢先のこと。
遺体を見て気が狂いそうだった。もう少しで、彼女は笑って元の世界に戻ることができたのに。誰が。一体誰が……。
ブリムはサヨを村人たちと埋葬した後、なんとかして犯人を探そうとした。でも誰もいない森の中だ。増してサヨは賞金のかけられたお尋ね者だった。彼女を殺して彼女のアーガの葉を城に持っていけばと思うやつは多かっただろう。つきとめることは不可能に近かった。
「誰も信じられなくなって、一人で辺境を彷徨いました。何度もサヨの夢を見ては泣きました。なぜ側にいてやらなかったのか。ただでさえ残り少ない時間を、あの日なぜ自分は狩などに費やしてしまったのか。でもある日、夢に出てくるサヨが笑っていることに気づいたのです」
殺されたことを恨みに思っているなら、きっと泣いているだろう。でも彼女はいつもきらきらとした笑顔で笑っている。あの森で過ごした最後の日々のように。それでブリムは思い出した。元の世界が彼女に混ざり込んできて、しばらく彼女は泣き続けた。帰りたくない、どうして私なのかと。でもそれが終わると、彼女はまた笑顔を見せるようになり、やがていつも幸せそうに微笑んでいるようになった。そしてブリムに、噛んで含めるように何度も言った。私が居なくなったら、あなたは私のことを忘れてしまうけど、それでもいいわ。あなたが幸せで居てくれれば、私も幸せでいられるわ。どこにいても。ね。幸せになってね、大好きなあなた。
「私は犯人探しをやめました。時を同じくして、王が代わり、恩赦で私は追われる身ではなくなった。サヨのことは忘れられない、覚えているからこそ、幸せになって彼女とアーガの木の元でまた会ったときに、胸を張れる自分でありたい。出会いを大切にし、精を出して働くうちに、私に真心をもって接してくれる女性と出会いました。結婚し、子供が産まれ……幸せになれたと思います」
ブリムはにっこりと笑った。
「だから、もういいのです。私は胸を張って彼女に会える、それだけでもう、この物語は終わったのです」
タキは俯いていた。シロはそっとサヨの葉を取り出し、ブリムの前に置いた。
「これは……」
「サヨさんの、アーガの葉です」
「ずいぶんはっきり残っているね」
シロは迷った。だからブリムに直接尋ねることにした。
「俺は、この葉をリジンできます。あなたの前でやれば、おそらくサヨさんの想いが何かの形で出てくると思います。それを望みますか?」
ブリムはしばらく目を閉じて考えていた。やがて目を開けて、シロの目をしっかりと見返した。
「お願いします」
灰色の葉をリジンする。青白く手のひらは光り、黒い円が残る。ブリムの手に手のひらを重ねた。
ブリムの想いが流れ込んでくる。手が焼けつくほどの後悔の念。この人は、幸せになろうと努力しながらこんな思いを50年も抱えていたのか。そしてそれを追うように、泣きたくなるような懐古。そして……。
あなたが幸せで良かった
シロの手のひらから、それだけが溢れ出て、ブリムに流れ込んでいった。カッと手のひらが淡い緑色に光り、リジンが終わる。ころりと2枚の葉がテーブルに落ちた。
「……わかりましたか?」
「わかった。伝わったよ。どうもありがとう」
ブリムは涙を滲ませて笑った。隅から隅まで黒かったサヨのアーガの葉は、染み一つない、茶色い葉に変わっていた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
転生したら猫獣人になってました
おーか
BL
自分が死んだ記憶はない。
でも…今は猫の赤ちゃんになってる。
この事実を鑑みるに、転生というやつなんだろう…。
それだけでも衝撃的なのに、加えて俺は猫ではなく猫獣人で成長すれば人型をとれるようになるらしい。
それに、バース性なるものが存在するという。
第10回BL小説大賞 奨励賞を頂きました。読んで、応援して下さった皆様ありがとうございました。
BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います
雪
BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生!
しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!?
モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....?
ゆっくり更新です。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。
篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。
2026/01/09 加筆修正終了
転生先は猫でした。
秋山龍央
BL
吾輩は猫である。
名前はまだないので、かっこよくてキュートで、痺れるような名前を絶賛募集中である。
……いや、本当になんでこんなことになったんだか!
転生した異世界で猫になった男が、冒険者に拾われて飼い猫になるほのぼのファンタジーコメディ。
人間化あり、主人公攻め。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる