異世界転移したスリ師は楽勝生活したい!〜他人のスキル盗みます〜2

黒遠

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ブリム

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 そこはギムの街のやや西側にある、一般の人たちの居住区だった。家々の壁がそれぞれパステル調の漆喰で塗られ、夢の国にでも迷い込んだような気になる。その家はクリーム色の壁で、屋根の上が他の家と同じように平らになって、たくさんの洗濯物がはためいていた。
「驚きました」
 ブリムは突然目の前に現れたシロとシュトロウとネリ、そしてタキにイスを勧めて、自らも腰を下ろした。
「すみません、突然」
「ふふふ、本当ですね。こんなに突然なことはなかなかありません」
「おじいちゃーん!」
 5歳くらいの男の子が部屋に飛び込んできてブリムの服を握る。
「お散歩行くって言ってたでしょ!」
「マーヤ、おじいちゃんはお客様だからママと行きましょう」
 茶色の髪の優しそうな女性が、飲み物をガラスのグラスに入れて出してくれて、男の子の手を引いた。
「じゃ、お父さん、私出てきますね」
「ありがとう」
 部屋はこざっぱりとしていて、木のテーブルは古いがよく手入れされている。白いテーブルクロスには手縫いの刺繍が入っていて、ガラスの花瓶に白い花が生けられていた。窓には明るいブルーのカーテンがかけられ、風で柔らかく揺れる。木製の子供のおもちゃが床で持ち主の帰りを待ち、壁には落書きのような絵が貼られている。
「今のは息子の嫁で。さっきの子どもは孫です。で、どうされました」
「ほんとうに、不躾ですみません。50年前の、サヨさんのことで」
 ブリムはサヨと聞いて少し視線を落とした。白髪の中にわずかに残った濃い茶色の髪。優しげな目元に、セピア色の世界で見た若き日の面影がある。
「……タキさん、久しぶりですね」
「ああ……」
「あなただなと思って、サヨのことじゃないかと思いました。お互い歳をとりましたね」
 タキは何も言わなかった。シロもこの、彼の今の生活を見ると、察するものがあった。もう彼は昔に縛られていない。サヨではないだれかと結婚し、家庭を築き、充実した日々を送っている。今さら何を言えるのか。
「サヨにはすまないことをしました」
 思いがけず、タキが絞り出すように言った。
「私が……」
「もうやめましょう。遠い昔の話です」
 ブリムはタキが彼女を殺したとは思っていないようだった。というかもう、彼にとって誰が彼女を殺したのかは大きな問題ではないのが見てとれた。
「私は、サヨが死んでしまって、どうしてもサヨを殺したやつを殺してやりたいと思いました。なんとしても、アーガの木に見放されても構わないから殺してやろうと」
 大切な宝物のような人。はにかみやで、日陰に咲く鈴蘭に似ていた。表に出られない生活になっても、幸せそうに笑ってくれた。元の世界が近づいて来て、残った日々を大切に過ごしていた矢先のこと。
 遺体を見て気が狂いそうだった。もう少しで、彼女は笑って元の世界に戻ることができたのに。誰が。一体誰が……。
 ブリムはサヨを村人たちと埋葬した後、なんとかして犯人を探そうとした。でも誰もいない森の中だ。増してサヨは賞金のかけられたお尋ね者だった。彼女を殺して彼女のアーガの葉を城に持っていけばと思うやつは多かっただろう。つきとめることは不可能に近かった。
「誰も信じられなくなって、一人で辺境を彷徨いました。何度もサヨの夢を見ては泣きました。なぜ側にいてやらなかったのか。ただでさえ残り少ない時間を、あの日なぜ自分は狩などに費やしてしまったのか。でもある日、夢に出てくるサヨが笑っていることに気づいたのです」
 殺されたことを恨みに思っているなら、きっと泣いているだろう。でも彼女はいつもきらきらとした笑顔で笑っている。あの森で過ごした最後の日々のように。それでブリムは思い出した。元の世界が彼女に混ざり込んできて、しばらく彼女は泣き続けた。帰りたくない、どうして私なのかと。でもそれが終わると、彼女はまた笑顔を見せるようになり、やがていつも幸せそうに微笑んでいるようになった。そしてブリムに、噛んで含めるように何度も言った。私が居なくなったら、あなたは私のことを忘れてしまうけど、それでもいいわ。あなたが幸せで居てくれれば、私も幸せでいられるわ。どこにいても。ね。幸せになってね、大好きなあなた。
「私は犯人探しをやめました。時を同じくして、王が代わり、恩赦で私は追われる身ではなくなった。サヨのことは忘れられない、覚えているからこそ、幸せになって彼女とアーガの木の元でまた会ったときに、胸を張れる自分でありたい。出会いを大切にし、精を出して働くうちに、私に真心をもって接してくれる女性と出会いました。結婚し、子供が産まれ……幸せになれたと思います」
 ブリムはにっこりと笑った。
「だから、もういいのです。私は胸を張って彼女に会える、それだけでもう、この物語は終わったのです」
 タキは俯いていた。シロはそっとサヨの葉を取り出し、ブリムの前に置いた。
「これは……」
「サヨさんの、アーガの葉です」
「ずいぶんはっきり残っているね」
 シロは迷った。だからブリムに直接尋ねることにした。
「俺は、この葉をリジンできます。あなたの前でやれば、おそらくサヨさんの想いが何かの形で出てくると思います。それを望みますか?」
 ブリムはしばらく目を閉じて考えていた。やがて目を開けて、シロの目をしっかりと見返した。
「お願いします」
 
 灰色の葉をリジンする。青白く手のひらは光り、黒い円が残る。ブリムの手に手のひらを重ねた。
 ブリムの想いが流れ込んでくる。手が焼けつくほどの後悔の念。この人は、幸せになろうと努力しながらこんな思いを50年も抱えていたのか。そしてそれを追うように、泣きたくなるような懐古。そして……。

 あなたが幸せで良かった

 シロの手のひらから、それだけが溢れ出て、ブリムに流れ込んでいった。カッと手のひらが淡い緑色に光り、リジンが終わる。ころりと2枚の葉がテーブルに落ちた。
「……わかりましたか?」
「わかった。伝わったよ。どうもありがとう」
 ブリムは涙を滲ませて笑った。隅から隅まで黒かったサヨのアーガの葉は、染み一つない、茶色い葉に変わっていた。
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