実践的擬態 Practical disguise

黒遠

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 エンマが紹介してくれた不動産屋さんは優秀だった。ちゃんと手持ちの部屋を出し惜しみせずに見せてくれたし、こちらの条件に合った部屋が開けば連絡してくれた。

 いくつかここかな、というのがあって、内見もした。でも近くの保育園がいっぱいだったり、あまり周辺の環境がよくなかったりしてぴたっと来なかった。そのうち忙しいシーズンになってしまって、部屋探しは中断してしまった。これはもう、次年度に持ち越しかなと思っていたら、電話が鳴った。

 エンマだった。

「リノベ終わったんだけど、もう家決まった?」
「決まってない」
「じゃ、うちに来ね?」
「見にってこと?」
「うーんと、……子どもがいる家の造りにしちゃったから、子どもに住んでみてほしいんだよね……ま、まず見てもらってっていうのはそうなんだけど」
「それは一緒に住もうってこと?」
「……まあ、そう」
「ほんとに?」
「いや、嫌ならいい」
「行くわ」

 土曜日の夕方にエンマの家に行くことになった。エンマの事務所自体は9時18時で開所、火曜日定休だが、エンマとカナエはその時間に関係なく客先を回ったり仕事をしたりしている。休みの日や夕方以降でないと会えない施主もいるからだ。
 その分、互い違いに休んだり、休憩を取ったりしているらしい。土曜日も客先が終わり次第だから、待たせるかもと言われた。エンマが着いたら連絡をもらうことにした。

「どこいくの?」
「夏に一回行ったエンマくんち。覚えてない?」
「エンマくん」

 わかってるのかわかってないのかわからないが、とりあえず大学の前の駅でソーマと降りた。

「おなかすいた」
「なんか買ってくか。何がいい」
「ハンバーグ! ラーメン!」
「たこ焼きでいいか」
「いい」

 メッセージが入った。駅についたというので西口を出ると、階段の手すりに寄りかかってエンマがスマホを見ていた。

「エンマくーん!」

 ソーマが叫んでエンマが顔を上げる。

「こんばんは、ソーマくん。なにそれ」
「これ? たこ焼き。食うだろ」

 夕方とはいえ、二月の日はまだ短い。暗くて顔がよく見えない。エンマはどんな顔をしてるんだろうか。ソーマは俺と手を繋ぐのは嫌がったのに、エンマが手を差し出すと照れながらその手を取った。

 エンマの家は外見もかなり変わっていた。前はいかにもありがちな建売の家という感じだったが、今回は店舗なのかなと思うようなちょっと普通じゃない印象になった。三角屋根に丸い天窓が開いている。

「えー。変わった。二階建てにした? ではないのか」
「縦には伸びたけど平屋だよ。もっと普通っぽくしたら良かったかな……でも冒険して文句言われないのなんて自分ちくらいだしな。あの天窓はロフトについてるんだ」

 ソーマが興味津々で飛び込んで行く。家に入るなりキャーとソーマの叫び声がした。

「パパ! ブランコ!」
「すげえ」
「もうこれは完全に遊び。本気で家具置き出したらこのままぶら下げとくのは難しいと思う」

 部屋の中はまだ家具がいくつかしか入っていなかった。その分かなり広く見える。

「キッチンの向き変えた?」
「うん、壁に向かってだとソーマくんのことみれないだろ。対面にした。その分ちょいダイニングが狭くなったけどね。キッチンはゲートもあるよ。こっから出してここに引っ掛ける。内側からしか開かない」
「確かにこの造りで子どもいないのはもったいないわ」
「だろ。で、住む?」
「住みたい。けどいいの?」
「うん」
「いつから?」
「いつでも。もう撮影も終わってるから」

 こういう夢かなと思った。あまりに出来すぎてる。

「パパー、たこやきは!」
「あっ、はい」
「そこのテーブル使っていいよ」

 一番の問題だったソーマの保育園も、申し込みには遅い時期だったのに大学の脇にある保育園の年中から入れてもらえることになった。
 離婚してからドミノ倒しでいい方向に進んだ感がある。引越しもすんなりできた。

 エンマの方も改築中から借りていたウィークリーマンションを出た。俺たちが引っ越してくるまで家電がないので出られなかったと言った。改築するにあたり家電はほとんど全部捨てたらしい。本当にスーツケース一個とボストンバッグ一個でやってきた。

 なんだか信じられなかった。エンマの引越しはある日ソーマが寝た9時過ぎに普通に入ってきて、びっくりして玄関を見にきた俺に「よろしく」と言っただけで終わった。

 ただ、その後はエンマはほとんど帰って来なかった。週に一度、夜中に帰ってきたらまだましで、俺がいない昼間に少しものが動いていたり、洗濯物が干してあることがある程度だった。

 大丈夫か? と思った。仕事が忙しいのか? 帰ってきたくないのか? どっちだ? 顔も合わせないので全くわからなかった。ソーマと二人暮らしみたいだった。
 ソーマの方はちょっと変わった新しい家が大好きになり、なんとか家具の置き場を考えて残したブランコに乗りながらテレビを見るのが一番のお気に入りになった。
 四歳で一人の部屋で寝せるのはどうかなと思ったけど、実際やってみるとお互いよく眠れた。見守り窓からちゃんと寝てるか確認できるのも良かった。俺も通勤時間が半分以下になって、少し余裕ができた。助かった。 

 そうしていたら、ある日ちょっとしたことがあった。日曜日の午後だった。

 俺はソーマと子供部屋で昼寝をしてしまった。俺だけ目が覚めてリビングに行くと、ソファでエンマが眠っていた。丸い天窓からの光が明るい色の髪や白い肌を照らして、絵のようにきれいだった。

 なんだか感動した。本当にエンマと暮らしてるんだなと改めて思った。出来心で、眠るエンマの唇に軽くキスした。

 すると、あり得ないことが起こった。

 エンマが俺の頬に手を添えて、自分から俺に深く口付けてきた。びっくりした。眠っている? 起きている? わからなかった。思わず俺もその細い肩を掴んで唇を貪った。信じられない。夢みたいだった。

「……ん…」

 エンマが俺の肩に腕を回した。白い指がシャツに食い込む。体が熱くなる。どんなにか。どんなにこの、今腕の中にいる人を抱きたかったか。手に力がこもった。エンマの目が開いた。色違いの瞳と目が合った。

「……あ」

 エンマがぱっと身を離した。慌てて唇を手の甲で拭い、ソファから転がるように降りると、横に落ちていたザックを拾い上げて出て行ってしまった。








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