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第一部 復讐編
#01-07.贖罪
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正直、ここまでの結果は期待していなかったのだが、と西河(にしかわ)智樹は思う。
スマホを手に、小さく笑う。――おれがしたのは、火をくべるところまで。燃やしたのは、彼らだ。名もなき群衆。
かのル・ボンは『人間は群衆になると馬鹿になる』との論を展開した。
思考を停止し、強い者の意見に巻かれ、個を、正義を見失い、他者の幸福をむしり取る暴徒と化す。加害者はどちらなのだろう――と、智樹は傍観する。
最初に罪を犯したほうが悪いのか。
それとも、よってたかって罪のある人間をリンチする群衆のほうが、悪いのか。
智樹には分からない。
ただ、このひとだけは、確実だ。――おれは、これからも。
「おまえたちの監視を続ける。――親父。それから、吉本直見。あんたのな」
母さんはお人好しなひとだから、今後も直接吉本直見に不満をぶつけることはないだろう。慰謝料を貰うのさえ、躊躇したのだ。これは、晴子を介して説得させた。
お母さん、この際、可哀想とかナシだから。お母さんはこれからもわたしたちを育てていくんだよね? 育てていくんなら、貰えるものは、全部貰うの。お母さんは、被害者なんだから。養育者なんだから。
スマホの画面を消し、素知らぬ顔で、台所へと向かう。
気づいた母が、振り返る。「あら。今日は、智樹の大好きな、肉じゃがよ……」
「おお」鍋を覗き込むと確かに、美味しそうだ。ほくほくと湯気が立って。「あーなんか腹減った。……おれ、箸用意してくるね」
背を向け、引き出しから箸を取り出そうとした智樹の背に、母の声が降りかかる。
「智樹、あなた……どこまで『関わって』いるの?」
箸を手に、ゆっくりと智樹は振り返る。「……なんのことだか」
「知らないとでも思っているの」今日は、姉の晴子は出かけており、まだ帰っていない。好機と見てか、母は、「お父さんと、お父さんの浮気相手のバッシング……。けしかけたのは、あなた。智樹なのね?」
「……母さんは、許せるの? あのひとたちのことを……母さんが一生懸命頑張っている裏で、あまーい蜜を吸い続けた。あんな汚い連中のことを!」
「智樹。お父さんとあのひとは、罰を受けたのよ。報いを受けた。だから、それで、充分なの。
あなたのその手は、誰かを不幸にするためにじゃない。
幸せにするためにあるのでは、ないのかしら……」
知らず、智樹の頬を涙が伝っていた。
他人を傷つけることで結局傷つくのは、自分だ。
醜い、知りたくもない感情と向き合い、罪悪感に苛まれ、孤独に浸る……。
「智樹」
気が付けば、智樹は、母の腕のなかにいた。
「あなたがこの先、どんななにをしても、母さんは、あなたの味方なのよ。そのことは、覚えておきなさい。
あなたが頑張ったのは、お母さんのためなのよね? 分かっている……あなたは親思いのやさしい子なのよ」
母にこうして指摘されるまで、智樹は、自分がこれほどまでに傷ついていることに気づかなかった。知らないままだったかもしれない。
その次の週末、智樹は、あるアパートを訪ねた。顔を出した人間は、智樹の姿を認めると心底驚いた顔をした。「智樹、おまえ……」
「入るよ」
ごみ屋敷という形容がふさわしい、室内だった。これでは、疑われても仕方がない。コロナウィルスに感染しているかどうかは別として、違う病原菌をまき散らしていそうだ。智樹は、眉を歪めた。
「ひっでえありさま。……あんた、母さんがいねえとまじでなーんも出来ねえ生き物なんだな……」
台所に直行し、45リットルのごみ袋を取り出すと、次々入れていく。
後ろで、井口勝彦が戸惑ったように、
「……今日は、面会日なんかじゃ、ないぞ……」
父親の発言を無視して、次々ごみを袋に放り込んでいく。そんな息子に、
「わたしは――コロナウィルスかもしれないんだ!」
絶叫した。それでも淡々と作業を続ける智樹は、
「だから、なんだってんだ。医者は、患者を治療するために存在する。
息子は、……父親が馬鹿なら。矯正するのも子どもの役目なのかもしれない……」
「……智樹」
「勘違いすんなよ」きつく、智樹は勝彦を睨み据える。「おれは、あんたを、許したわけでは、ない。ただ、あんたがきちんと元気で働いてくんねーと、養育費の支払いが滞ったら、おれが困るわけだからな」
涙を拭い、口許にタオルを巻くと、勝彦は、智樹に加勢した。
「じゃあ、おれは、帰る」
それから数時間。見違えるように美しくなった部屋を背に、智樹が靴を履く。そんな息子に、勝彦が、
「智樹、おまえ……。ずっと聞きたかったことがあるんだ。おまえが――『やった』のか?」
間もなく中学二年生のはずだ、息子は。久しぶりに会う息子は、若干の幼さを残した、精悍な青年になるための階段を駆け上がっている最中という印象の、美しい少年に成長を遂げていた。
靴に足を入れるとくるりと智樹はからだを反転させ、
「――そ」
別人のようだと思った。知らないあいだにおれは――あんなかよわい赤子だったはずの息子が敵に回っていたとは。呑気に家庭の外で女の肌を貪る自分は考えもしなかったのだ。
「おれが――やった」
母親に似た切れ長の目がナイフのようにひかる。自分の息子とは思えないほどにぎらりと。
「母さんが尽力したのは、離婚と慰謝料絡みのことだけだよ。
『拡散』したのは――おれだ」
父親についていけず、わんわん泣いた。
サッカーボールをうまく蹴れなくて、泣いた。
あの弱々しくて可愛い我が子はどこへ消えた?
「ネットの民って面白いよねー。……ま、日本人のいいところは、あんたたちみたいな不倫野郎の一族にまで追及の手を伸ばさないところ……かな。犯罪の加害者家族だと一緒くたで袋叩きにされんのにね。いまいち古いよねー日本って。アメリカだと加害者家族を支援するのが当たり前なのにさー。非・グローバルっていうか、いまだ子育ては母親任せだし前近代的だよねー」
勝彦の知らない単語を連発するこの子は誰だろう。
当惑を覚えつつも勝彦は言葉を探した。
「おまえが、おれを、罰するのか?」
「いや違う。罰するのは第三者。決めるのも第三者――さ。おれは、あくまで種を蒔いただけのことさ。
苦しむんだねせいぜい。
あんたのこれから一生かけて味わう苦しみは、母さんとおれたちを苦しめた罰さ。
せいぜい、味わうがいい――くそ親父」
言って息子は出て行った。
乾いた空気と、やたら綺麗になった部屋を、残して。
複雑な、気分だった。
あいつが、憎いのか。ヘイトしているのか。自分でもいまいち気持ちが掴めない。
そもそも不倫はそこまで憎まれるべき行為なのか?
昭和の時代だと、男の勲章されたとか聞いたことがある。
近頃の不倫バッシングは異常だと、言う者がいる。
母に訊ねてみても、複雑な笑みを浮かべ、困らせるだけだ。
川べりを歩きながら、智樹は思索を続ける。
「とーもちゃんっ」
「わっ……」
背後から抱きつかれた。姉の晴子だ。
「なかなか帰ってこないからさー。智ちゃんならここだろうなーって思って」
「……離せよ」自分がどんな暴力的な感触を与えているのか、姉は、無自覚だ。ところが姉は離す様子もなく、背後から豊かさを押しつけたまま、
「『あのひと』のところ、行ってきたんでしょう……?」
何故、それを。
智樹が顔を振り向かせれば、至近距離で晴子は笑った。「分かるよーそんくらい。智(とも)ちゃん、バレバレなんだもの。険しい顔して、うちの掃除道具一式持ってったでしょ? どう? 疲れた?」
すると智樹は目線を水面へと投げ、「……おれのしたことは無駄なのかもしれん。せっかく掃除したのに、一週間も経てばあすこはまたごみ屋敷だ……。
それに、晴ちゃん。おれに、近づくな。
あいつ、感染してるかもしれない」
「えーまさか」
「マスクも手袋もしてったけど。リスキーだったないま思えば。なにしに自分があの行為をしでかしたのか、自分でも分からない……」
すると智樹を介抱した晴子が、
「……贖罪のつもり、だったんじゃない?」
はっとして晴子を見た。背後から夕陽を浴びた姉は、いままでにないくらいに美しく見えた。智樹の胸に、味わったことのない、ときめきを覚えさせるに充分たる威力を放っていた。
姉が、手を差し伸べる。「……帰ろうよ智ちゃん。お母さん、きっと心配してる……」
「分かった」
しっとりとした姉の感触。こんなもの。こんな感触……いままでだって姉と手を繋ぐ機会なんか腐るほどあったというのに。
「晴ちゃん……知ってた? おれ、犯罪者なの」
横断歩道の前で足を止め、ぽつり、智樹が告白する。
「おれが、父さんと、父さんの浮気相手を追いつめた……犯罪者なの。
あのひとたちがひでー目に遭ってるのは、おれのせいなの。
だからおれは……」
一拍置くと、智樹は前を見据えたまま、
「これから、どんななにをしたとて、許されるはずが、ないんだ……」
ぎゅっと、握る手に、姉の力がこもる。行き交う車を見ながら姉は、
「ひとりで、背負わせちゃって、ごめんね。わたし、頭、悪い子だからさぁー。智ちゃん賢いもんね。……つい、思いついちゃっただけなんだよね。だから実行した。仕方がないと思うよ。正直、わたしたちだけじゃ、事態は打開できなかった。間島(まじま)さんとか……いろんなひとの手を、借りたじゃん。
終わったことを嘆いていても、仕方がないよ。
未来のことだけ、考えてこ。……ね?」
顔を右に傾け、笑顔を見せる。――そのとき、智樹は、悟った。
誰を幸せにするために自分が動いていたのかを。
けれど、この想いは、一生打ち明けることなど、許されない。
この、秘密を、隠し通すこと。それが――おれにとっての『贖罪』。
視線を外さぬまま、ゆっくりと智樹は微笑んだ。
「ありがとう晴ちゃん。……帰ろう」
「うんっ」
この先姉に彼氏が出来たとしても、笑顔で迎え入れよう。この想いだけは、絶対に悟られてはならない。けれど。けれど……。
触れる姉の感触を味わいこみ、智樹は決意を固める。
絶対に悟られてはならない、と。
*
スマホを手に、小さく笑う。――おれがしたのは、火をくべるところまで。燃やしたのは、彼らだ。名もなき群衆。
かのル・ボンは『人間は群衆になると馬鹿になる』との論を展開した。
思考を停止し、強い者の意見に巻かれ、個を、正義を見失い、他者の幸福をむしり取る暴徒と化す。加害者はどちらなのだろう――と、智樹は傍観する。
最初に罪を犯したほうが悪いのか。
それとも、よってたかって罪のある人間をリンチする群衆のほうが、悪いのか。
智樹には分からない。
ただ、このひとだけは、確実だ。――おれは、これからも。
「おまえたちの監視を続ける。――親父。それから、吉本直見。あんたのな」
母さんはお人好しなひとだから、今後も直接吉本直見に不満をぶつけることはないだろう。慰謝料を貰うのさえ、躊躇したのだ。これは、晴子を介して説得させた。
お母さん、この際、可哀想とかナシだから。お母さんはこれからもわたしたちを育てていくんだよね? 育てていくんなら、貰えるものは、全部貰うの。お母さんは、被害者なんだから。養育者なんだから。
スマホの画面を消し、素知らぬ顔で、台所へと向かう。
気づいた母が、振り返る。「あら。今日は、智樹の大好きな、肉じゃがよ……」
「おお」鍋を覗き込むと確かに、美味しそうだ。ほくほくと湯気が立って。「あーなんか腹減った。……おれ、箸用意してくるね」
背を向け、引き出しから箸を取り出そうとした智樹の背に、母の声が降りかかる。
「智樹、あなた……どこまで『関わって』いるの?」
箸を手に、ゆっくりと智樹は振り返る。「……なんのことだか」
「知らないとでも思っているの」今日は、姉の晴子は出かけており、まだ帰っていない。好機と見てか、母は、「お父さんと、お父さんの浮気相手のバッシング……。けしかけたのは、あなた。智樹なのね?」
「……母さんは、許せるの? あのひとたちのことを……母さんが一生懸命頑張っている裏で、あまーい蜜を吸い続けた。あんな汚い連中のことを!」
「智樹。お父さんとあのひとは、罰を受けたのよ。報いを受けた。だから、それで、充分なの。
あなたのその手は、誰かを不幸にするためにじゃない。
幸せにするためにあるのでは、ないのかしら……」
知らず、智樹の頬を涙が伝っていた。
他人を傷つけることで結局傷つくのは、自分だ。
醜い、知りたくもない感情と向き合い、罪悪感に苛まれ、孤独に浸る……。
「智樹」
気が付けば、智樹は、母の腕のなかにいた。
「あなたがこの先、どんななにをしても、母さんは、あなたの味方なのよ。そのことは、覚えておきなさい。
あなたが頑張ったのは、お母さんのためなのよね? 分かっている……あなたは親思いのやさしい子なのよ」
母にこうして指摘されるまで、智樹は、自分がこれほどまでに傷ついていることに気づかなかった。知らないままだったかもしれない。
その次の週末、智樹は、あるアパートを訪ねた。顔を出した人間は、智樹の姿を認めると心底驚いた顔をした。「智樹、おまえ……」
「入るよ」
ごみ屋敷という形容がふさわしい、室内だった。これでは、疑われても仕方がない。コロナウィルスに感染しているかどうかは別として、違う病原菌をまき散らしていそうだ。智樹は、眉を歪めた。
「ひっでえありさま。……あんた、母さんがいねえとまじでなーんも出来ねえ生き物なんだな……」
台所に直行し、45リットルのごみ袋を取り出すと、次々入れていく。
後ろで、井口勝彦が戸惑ったように、
「……今日は、面会日なんかじゃ、ないぞ……」
父親の発言を無視して、次々ごみを袋に放り込んでいく。そんな息子に、
「わたしは――コロナウィルスかもしれないんだ!」
絶叫した。それでも淡々と作業を続ける智樹は、
「だから、なんだってんだ。医者は、患者を治療するために存在する。
息子は、……父親が馬鹿なら。矯正するのも子どもの役目なのかもしれない……」
「……智樹」
「勘違いすんなよ」きつく、智樹は勝彦を睨み据える。「おれは、あんたを、許したわけでは、ない。ただ、あんたがきちんと元気で働いてくんねーと、養育費の支払いが滞ったら、おれが困るわけだからな」
涙を拭い、口許にタオルを巻くと、勝彦は、智樹に加勢した。
「じゃあ、おれは、帰る」
それから数時間。見違えるように美しくなった部屋を背に、智樹が靴を履く。そんな息子に、勝彦が、
「智樹、おまえ……。ずっと聞きたかったことがあるんだ。おまえが――『やった』のか?」
間もなく中学二年生のはずだ、息子は。久しぶりに会う息子は、若干の幼さを残した、精悍な青年になるための階段を駆け上がっている最中という印象の、美しい少年に成長を遂げていた。
靴に足を入れるとくるりと智樹はからだを反転させ、
「――そ」
別人のようだと思った。知らないあいだにおれは――あんなかよわい赤子だったはずの息子が敵に回っていたとは。呑気に家庭の外で女の肌を貪る自分は考えもしなかったのだ。
「おれが――やった」
母親に似た切れ長の目がナイフのようにひかる。自分の息子とは思えないほどにぎらりと。
「母さんが尽力したのは、離婚と慰謝料絡みのことだけだよ。
『拡散』したのは――おれだ」
父親についていけず、わんわん泣いた。
サッカーボールをうまく蹴れなくて、泣いた。
あの弱々しくて可愛い我が子はどこへ消えた?
「ネットの民って面白いよねー。……ま、日本人のいいところは、あんたたちみたいな不倫野郎の一族にまで追及の手を伸ばさないところ……かな。犯罪の加害者家族だと一緒くたで袋叩きにされんのにね。いまいち古いよねー日本って。アメリカだと加害者家族を支援するのが当たり前なのにさー。非・グローバルっていうか、いまだ子育ては母親任せだし前近代的だよねー」
勝彦の知らない単語を連発するこの子は誰だろう。
当惑を覚えつつも勝彦は言葉を探した。
「おまえが、おれを、罰するのか?」
「いや違う。罰するのは第三者。決めるのも第三者――さ。おれは、あくまで種を蒔いただけのことさ。
苦しむんだねせいぜい。
あんたのこれから一生かけて味わう苦しみは、母さんとおれたちを苦しめた罰さ。
せいぜい、味わうがいい――くそ親父」
言って息子は出て行った。
乾いた空気と、やたら綺麗になった部屋を、残して。
複雑な、気分だった。
あいつが、憎いのか。ヘイトしているのか。自分でもいまいち気持ちが掴めない。
そもそも不倫はそこまで憎まれるべき行為なのか?
昭和の時代だと、男の勲章されたとか聞いたことがある。
近頃の不倫バッシングは異常だと、言う者がいる。
母に訊ねてみても、複雑な笑みを浮かべ、困らせるだけだ。
川べりを歩きながら、智樹は思索を続ける。
「とーもちゃんっ」
「わっ……」
背後から抱きつかれた。姉の晴子だ。
「なかなか帰ってこないからさー。智ちゃんならここだろうなーって思って」
「……離せよ」自分がどんな暴力的な感触を与えているのか、姉は、無自覚だ。ところが姉は離す様子もなく、背後から豊かさを押しつけたまま、
「『あのひと』のところ、行ってきたんでしょう……?」
何故、それを。
智樹が顔を振り向かせれば、至近距離で晴子は笑った。「分かるよーそんくらい。智(とも)ちゃん、バレバレなんだもの。険しい顔して、うちの掃除道具一式持ってったでしょ? どう? 疲れた?」
すると智樹は目線を水面へと投げ、「……おれのしたことは無駄なのかもしれん。せっかく掃除したのに、一週間も経てばあすこはまたごみ屋敷だ……。
それに、晴ちゃん。おれに、近づくな。
あいつ、感染してるかもしれない」
「えーまさか」
「マスクも手袋もしてったけど。リスキーだったないま思えば。なにしに自分があの行為をしでかしたのか、自分でも分からない……」
すると智樹を介抱した晴子が、
「……贖罪のつもり、だったんじゃない?」
はっとして晴子を見た。背後から夕陽を浴びた姉は、いままでにないくらいに美しく見えた。智樹の胸に、味わったことのない、ときめきを覚えさせるに充分たる威力を放っていた。
姉が、手を差し伸べる。「……帰ろうよ智ちゃん。お母さん、きっと心配してる……」
「分かった」
しっとりとした姉の感触。こんなもの。こんな感触……いままでだって姉と手を繋ぐ機会なんか腐るほどあったというのに。
「晴ちゃん……知ってた? おれ、犯罪者なの」
横断歩道の前で足を止め、ぽつり、智樹が告白する。
「おれが、父さんと、父さんの浮気相手を追いつめた……犯罪者なの。
あのひとたちがひでー目に遭ってるのは、おれのせいなの。
だからおれは……」
一拍置くと、智樹は前を見据えたまま、
「これから、どんななにをしたとて、許されるはずが、ないんだ……」
ぎゅっと、握る手に、姉の力がこもる。行き交う車を見ながら姉は、
「ひとりで、背負わせちゃって、ごめんね。わたし、頭、悪い子だからさぁー。智ちゃん賢いもんね。……つい、思いついちゃっただけなんだよね。だから実行した。仕方がないと思うよ。正直、わたしたちだけじゃ、事態は打開できなかった。間島(まじま)さんとか……いろんなひとの手を、借りたじゃん。
終わったことを嘆いていても、仕方がないよ。
未来のことだけ、考えてこ。……ね?」
顔を右に傾け、笑顔を見せる。――そのとき、智樹は、悟った。
誰を幸せにするために自分が動いていたのかを。
けれど、この想いは、一生打ち明けることなど、許されない。
この、秘密を、隠し通すこと。それが――おれにとっての『贖罪』。
視線を外さぬまま、ゆっくりと智樹は微笑んだ。
「ありがとう晴ちゃん。……帰ろう」
「うんっ」
この先姉に彼氏が出来たとしても、笑顔で迎え入れよう。この想いだけは、絶対に悟られてはならない。けれど。けれど……。
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