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episode 01. 笑わない男
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「心意気は買うが、てめえの守備範囲を考えろ。誰がどこにいるのかも分からん状態で電話に出るな。出来ないことはするな。だいたい、メモを取っている最中なら、ちゃんとその仕事を終えてから電話に出ろ。中途半端な状況で新たに電話に出られては、現場も、顧客も、迷惑をする」
「はい。……申し訳ありませんでした」
また、怒られた。頭を下げ、あたしは自席へと戻る。
腹の底には様々な感情が渦巻く。畜生。あたしだって頑張って仕事をしているのに。なんで毎回毎回、あんなふうに怒られなければならないのだろう。
だいたい、あいつには、感情というものがあるのか? 配属されて半年が経つが、あいつが一ミリもにこりとするのをまったく見たことがない。
目撃していたらしい。昼休みに、いつも通り同期の女の子と近くのフリースペースでコンビニのお弁当を食べていると声をかけられた。
「榎原。まーたやりあったんだって? 鉄の男・蒔田一臣と」
「ちょ。声が大きいって!」とあたしは同期の岩城をねめつけるのだが、春香には、「紘花の声のほうがよっぽど大きいわよ」と突っ込まれる。
「それに。……やりあってなんかいないもん……向こうが一方的に言ってくるだけで……」
「けどいま、おれが一緒に仕事してる先輩、蒔田さんと同期なんだけどさぁ。あのひとってすげえ優秀なのに、研修時代は誰とも口を利かなかったって有名だぜ?」
「まぁ……あいつなら納得出来るわ……鉄の男。一ミリも笑わない男。鉄面皮、笑ってはいけないを見ても絶対に笑わない男! きっと目の前に深田レイコが現れても顔色ひとつ変えないんだわ!」
「紘花って第三に配属されてからずっと蒔田さんと一緒なんだっけ?」
「春香はいいよねえ。第一なんて花形だもの。金融の持ち帰り案件で本社に帰ってくるなんて、期待されている証拠だよ。……質問に答えるとそう。配属されてからずぅーっと、ずぅーっと、あの仏頂面に怒られてんの。あいつはアンドロイドかよ! 感情がねえのかよ!」
「いやいや榎原も研修の頃から頑張ってきたのになぁ。第三とはまた……しんどいよなぁ」
時は、200X年。超・就職氷河期。就職するならリ〇ルートか銀行かSEの三択だった時代。
あたしも、就活は苦労をして、なんとか、大学四年の五月に内定をひとつもぎとった。ご縁をくださったのがいま勤めている株式会社システムアイ。SIベンダーで(システムを開発する会社をそう呼ぶ)、どこの財閥とも関係のない独立系。つまり、親会社とか煩わしいコネクションもないので、好きな会社と好きなように仕事が出来る。……なんてのは建前で。
夢を抱いてこの会社に入社したはずだった。なのに、現実は、あまりにも違って。
雑務に追われ、終わらないタスクを抱え、いくら頑張ってもあの仏頂面の男に怒られまくる日々である。
しかも、入社してから、研修を三ヶ月も頑張ったのに。配属されたのはテスター部門である第三事業部。
うちの会社は第一から第四事業部まであり、第一と第二が花形の、学生が憧れる、システム開発業務に携われる部門で、第三がシステムテストや受け入れ試験を主に行う部門、第四が完全に下流の、既に出来上がったシステムの保守運用を行う部門。システムアイは高卒も雇っており、高卒が配属されるのは第四事業部のみ。高卒は大卒とは別の短期間の研修を受け、早くから現場に入る。
そして保守運用を行う第四は必然電話が鳴ることも多いというのに。第四のメンバーはやたらと会議が多く、とにかく離席率が高い。
そもそもうちの業界が、喫煙者が多い。平気で喫煙のために離席する。入社して初の飲み会で、女の子も平気で煙草をすぱすぱ吸うことに本気で驚いた。ええ? 妊娠とか出産とか考えていないの?
「蒔田のやつなんか一日十五回以上喫煙しに行っているっての……」
「うん? どうした紘花?」と美味しそうな手作り弁当を食べる春香が聞けば、あたしは、ううんなんでもない、と首を振る。
「まぁ、榎原。あんま気を落とすなよ。注意されるってことは、期待されている証拠だよ。見込みのないやつならあの蒔田さんが指導なんかしないって。おれたちあの激戦を乗り越えた企業戦士なんだぜ。せっかくこんないい会社に入れたんだから……榎原まで辞めちまったら男たちの士気が下がるよ」
「まぁね。田原くんなんて配属されて六日で辞めたもんねぇ。あれが最短記録?」
「そ」とパーテーションのうえから手をかける面白そうにあたしたちを覗き込む岩城は、「三ヶ月で辞めたやつが十五人。……同期九十八人のうち、三年経って残るのが三分の一なら三十人残ればいいほうか。赤城は? 今日も残業?」
「開発フェーズはだいぶ落ち着いたから今日は早く帰れるの。ジムに行かないと、会費が勿体ないからね」
「うわー春香ってそんなにスタイルいいのにジムなんて行ってるんだ? しかもジムってうわぁ……あたしそんな余裕ないよぉ」
「紘花だって陸上で鍛え上げているんだから今更ジムなんて必要ないわよ。……言わせたいの? 伝説の配属初日の出来事を」
「それまた掘り返す?」
「……なんの話?」と岩城が聞けば、春香は楽しそうに、
「紘花って、第三に配属された初日早々に、大遅刻をして、宗方《むなかた》部長に大目玉を食らったのよ」
「はい。……申し訳ありませんでした」
また、怒られた。頭を下げ、あたしは自席へと戻る。
腹の底には様々な感情が渦巻く。畜生。あたしだって頑張って仕事をしているのに。なんで毎回毎回、あんなふうに怒られなければならないのだろう。
だいたい、あいつには、感情というものがあるのか? 配属されて半年が経つが、あいつが一ミリもにこりとするのをまったく見たことがない。
目撃していたらしい。昼休みに、いつも通り同期の女の子と近くのフリースペースでコンビニのお弁当を食べていると声をかけられた。
「榎原。まーたやりあったんだって? 鉄の男・蒔田一臣と」
「ちょ。声が大きいって!」とあたしは同期の岩城をねめつけるのだが、春香には、「紘花の声のほうがよっぽど大きいわよ」と突っ込まれる。
「それに。……やりあってなんかいないもん……向こうが一方的に言ってくるだけで……」
「けどいま、おれが一緒に仕事してる先輩、蒔田さんと同期なんだけどさぁ。あのひとってすげえ優秀なのに、研修時代は誰とも口を利かなかったって有名だぜ?」
「まぁ……あいつなら納得出来るわ……鉄の男。一ミリも笑わない男。鉄面皮、笑ってはいけないを見ても絶対に笑わない男! きっと目の前に深田レイコが現れても顔色ひとつ変えないんだわ!」
「紘花って第三に配属されてからずっと蒔田さんと一緒なんだっけ?」
「春香はいいよねえ。第一なんて花形だもの。金融の持ち帰り案件で本社に帰ってくるなんて、期待されている証拠だよ。……質問に答えるとそう。配属されてからずぅーっと、ずぅーっと、あの仏頂面に怒られてんの。あいつはアンドロイドかよ! 感情がねえのかよ!」
「いやいや榎原も研修の頃から頑張ってきたのになぁ。第三とはまた……しんどいよなぁ」
時は、200X年。超・就職氷河期。就職するならリ〇ルートか銀行かSEの三択だった時代。
あたしも、就活は苦労をして、なんとか、大学四年の五月に内定をひとつもぎとった。ご縁をくださったのがいま勤めている株式会社システムアイ。SIベンダーで(システムを開発する会社をそう呼ぶ)、どこの財閥とも関係のない独立系。つまり、親会社とか煩わしいコネクションもないので、好きな会社と好きなように仕事が出来る。……なんてのは建前で。
夢を抱いてこの会社に入社したはずだった。なのに、現実は、あまりにも違って。
雑務に追われ、終わらないタスクを抱え、いくら頑張ってもあの仏頂面の男に怒られまくる日々である。
しかも、入社してから、研修を三ヶ月も頑張ったのに。配属されたのはテスター部門である第三事業部。
うちの会社は第一から第四事業部まであり、第一と第二が花形の、学生が憧れる、システム開発業務に携われる部門で、第三がシステムテストや受け入れ試験を主に行う部門、第四が完全に下流の、既に出来上がったシステムの保守運用を行う部門。システムアイは高卒も雇っており、高卒が配属されるのは第四事業部のみ。高卒は大卒とは別の短期間の研修を受け、早くから現場に入る。
そして保守運用を行う第四は必然電話が鳴ることも多いというのに。第四のメンバーはやたらと会議が多く、とにかく離席率が高い。
そもそもうちの業界が、喫煙者が多い。平気で喫煙のために離席する。入社して初の飲み会で、女の子も平気で煙草をすぱすぱ吸うことに本気で驚いた。ええ? 妊娠とか出産とか考えていないの?
「蒔田のやつなんか一日十五回以上喫煙しに行っているっての……」
「うん? どうした紘花?」と美味しそうな手作り弁当を食べる春香が聞けば、あたしは、ううんなんでもない、と首を振る。
「まぁ、榎原。あんま気を落とすなよ。注意されるってことは、期待されている証拠だよ。見込みのないやつならあの蒔田さんが指導なんかしないって。おれたちあの激戦を乗り越えた企業戦士なんだぜ。せっかくこんないい会社に入れたんだから……榎原まで辞めちまったら男たちの士気が下がるよ」
「まぁね。田原くんなんて配属されて六日で辞めたもんねぇ。あれが最短記録?」
「そ」とパーテーションのうえから手をかける面白そうにあたしたちを覗き込む岩城は、「三ヶ月で辞めたやつが十五人。……同期九十八人のうち、三年経って残るのが三分の一なら三十人残ればいいほうか。赤城は? 今日も残業?」
「開発フェーズはだいぶ落ち着いたから今日は早く帰れるの。ジムに行かないと、会費が勿体ないからね」
「うわー春香ってそんなにスタイルいいのにジムなんて行ってるんだ? しかもジムってうわぁ……あたしそんな余裕ないよぉ」
「紘花だって陸上で鍛え上げているんだから今更ジムなんて必要ないわよ。……言わせたいの? 伝説の配属初日の出来事を」
「それまた掘り返す?」
「……なんの話?」と岩城が聞けば、春香は楽しそうに、
「紘花って、第三に配属された初日早々に、大遅刻をして、宗方《むなかた》部長に大目玉を食らったのよ」
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