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behind the scene
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ここまで辿り着くのにかなりの時間と努力を要した。
敵は本願寺にある。もう目前だ。
髪を銀に染めて完全チャラい系の男と化した俺は、オーディションで主役の座を勝ち取った。ナレーションは既に吹き込んである。後は合わせて動くだけのこと。
実際、宿敵の子であるおまえを目にしたときは、おまえが女優Mの生き写しと思える美しさで、気高く、恐れすら抱いたものだ。
だがこうして笑いあえるほどには、取り繕うことが出来る。
「生意気だって言ってんだよ。クソガキが」
オラついた系の男を演じるおまえ。きっと視聴者には、俺とおまえのコントラストが美しく映っていることだろう。やたらと白を着る俺に比べておまえはいつも黒い服装で、今日なんて真冬のさなかだというのに、胸元を大胆にはだけさせ、黒いシャツなんかを着ている。ボトムスに合わせるのは勿論ブラックデニム。
「……畜生。俺にだって考えがあるんだぜ」
ナレーションに合わせて目をぎらつかせる。言っておくがこの表情は、演技ではない。
*
十七年前、俳優兼歌手である藤春清高が世間を騒がせた。国民的女優Mと共演したのがきっかけで結婚し、子どもをふたり授かった幸せの絶頂にいるはずの彼が、舞台で共演した女優Aと一年前から不倫関係にあり、Mを裏切っていた。
週刊誌にすっぱ抜かれるとすぐに、藤春は会見を開いた。涙ながらに反省と謝罪を繰り返した。その動画なら何回も見た。誰が見たってあれは演技だ。鈍い世間の連中は気づきもしない。
実際、藤春は、会見直後にスペインへと旅立ち、一ヶ月もバカンスを送った。赤子の世話にてんてこまいのMを置き去りにして。
藤春は翌年の四月に所属事務所から独立し――まぁよくある話だ――自分で事務所を立ち上げた。その後はぱっとしないというのが世間の感想だ。女優Mの威光が強すぎて、裏切り男。信頼出来ない。悪いイメージが拭えない。その後、彼は、二度と、彼の十八番であった、模範的で温厚な愛妻家を演ずることはなかった。
以上述べた事実の八割が世間には伏せられている。藤春の手腕でもあるし、国民的女優Mを守ろうとせん事務所やマスコミの印象操作が働いた。騒動が持ち上がる前に、藤春と女優Mは離婚したが、Mはあくまで清楚系、穏やかな母親。妖艶な女を演ずることもあれど、基本的にはいいママである。裏であんなことをしていても。
何故、Mの裏事情に俺が精通しているのか。理由は――。
Hの部屋を出たところで宿敵と出くわす。相変わらず綺麗な女だ。美容に何千万とはたいている。本物の魔女のように、気高くて美しい。年を重ねるという概念が彼女にはないようだ。肌は白くみずみずしく、こうして近くにいると、フェロモンにあてられるくらいだ。十代の俺でも欲情しないでもない。
まあ――ありえないんだけど。
「あ――おやすみなさい……」
Hの部屋から出てきたばかりでドアノブを握ったまま棒立ちの俺に、あなたは微笑みかける。
「眠れない?」と心配そうな表情。――分かっている。あなたは本気で俺を心配などしていない。息子の同居人を気に掛ける、それだけの芝居。しかし、妙にリアリティがある。
あなたは俺へと一歩を踏みこむと、いつものように、胸元を押さえ、
「カズもそうだったけど、カズがあなたくらいの頃は、結構夜遅くまで起きていてね。受験勉強も大変だったから……あなたもあんまり、無理はし過ぎないようにね?」
「はい、おばさん――」
おばさんは整った眉を歪めないように綺麗に笑った。
「今度おばさんなんて言ったら祟るわよ? Mって呼びなさい、Mと」
「はぁい。――M」
その場に残るあなたを残してぼくは台本通りに階段を降り、台所へと行き、水を飲む。――ここのスタッフたちは優秀だ。芝居では、台所を水の通じない簡素なものに仕上げる場合も多いのだが、ここは本当に水が通っている。
引き出しを開けば本物の包丁が入っている。職人の手でよく磨かれた包丁が。
二階へと駆け上がり、凶器を振り回せば、思い通りになる。簡単だ。――しかし、俺は、そのやり方は選ばない。
正々堂々と、俺は俺の武器で戦うと決めた。――女優A、かつてあなたの夫を略奪して憂き目に遭った終わった女優。父であるK曰く、最初はいくらバッシングを受けてもけらけら笑っていたのだが、次第に精神を病むようになり、俺が物心つく頃には、ベッドのうえで鎖に繋がれていた。
幼い俺を置いてKは舞台の稽古へと向かった。時には、俺を連れていく場面もあった。舞台なんかやっているとまともな時間に保育園に幼児を預けられるはずがなく、やむなく、――のことだった。Kは地味で冴えない男で舞台では映えない。利便性は高かったがどうにも、花がない。注目を浴びることもない。味のある脇役にも慣れない、本当のモブだ。
そこで俺は芝居に触れた。
やがて、母さんが腐った理由を知り、父Kが世間から忘れられた存在であるのにも関わらず、芝居を辞めない、その原動力を知った。
父は、有名になりたかっただけなのだ。
しかし、父には、光がない。あなたのような、生まれつきのオーラ。天性のひかり。見るだけでひとを惹きつける圧倒的ななにかが。影にもなれない父Kは、幼馴染みであるAと共謀し、あなたを利用して有名になることを企んだ。
……表向きには、あなたは、一年休養しただけのこととなっている。
これは、大切な切り札だ。あなたはまさか、自分が藤春の裏切りを知りながらも裏ではKと不貞関係にあっただなんて、イメージダウンにもほどがあるのでその事実をひた隠す。
(――今日、帰国するんだってな)
あなたは仕事があるので迎えに行けない。そして知らない。
あなたと俺の父親である俳優Kとの間には子どもが産まれている。ちょうど、俺と同い年。発覚を恐れてあなたは実子である第三子のLをアメリカの知人に預けた。
二人の子育てと女優業で世界一忙しいあなたは、アメリカ人の彼らの元に誰が留学しに来ているかまでは気が回らなかったようだね。ぼくは、この目で確かめたんだ。
デニムの後ろポケットには、Lと俺が並んでピースをする一葉が入っている。
さぁて。――いつ、これをお披露目しようか。頭では芝居の続きのナレーションが流れているというのに、俺の七割はそのことばかり考えている。
敵は本願寺にある。もう目前だ。
髪を銀に染めて完全チャラい系の男と化した俺は、オーディションで主役の座を勝ち取った。ナレーションは既に吹き込んである。後は合わせて動くだけのこと。
実際、宿敵の子であるおまえを目にしたときは、おまえが女優Mの生き写しと思える美しさで、気高く、恐れすら抱いたものだ。
だがこうして笑いあえるほどには、取り繕うことが出来る。
「生意気だって言ってんだよ。クソガキが」
オラついた系の男を演じるおまえ。きっと視聴者には、俺とおまえのコントラストが美しく映っていることだろう。やたらと白を着る俺に比べておまえはいつも黒い服装で、今日なんて真冬のさなかだというのに、胸元を大胆にはだけさせ、黒いシャツなんかを着ている。ボトムスに合わせるのは勿論ブラックデニム。
「……畜生。俺にだって考えがあるんだぜ」
ナレーションに合わせて目をぎらつかせる。言っておくがこの表情は、演技ではない。
*
十七年前、俳優兼歌手である藤春清高が世間を騒がせた。国民的女優Mと共演したのがきっかけで結婚し、子どもをふたり授かった幸せの絶頂にいるはずの彼が、舞台で共演した女優Aと一年前から不倫関係にあり、Mを裏切っていた。
週刊誌にすっぱ抜かれるとすぐに、藤春は会見を開いた。涙ながらに反省と謝罪を繰り返した。その動画なら何回も見た。誰が見たってあれは演技だ。鈍い世間の連中は気づきもしない。
実際、藤春は、会見直後にスペインへと旅立ち、一ヶ月もバカンスを送った。赤子の世話にてんてこまいのMを置き去りにして。
藤春は翌年の四月に所属事務所から独立し――まぁよくある話だ――自分で事務所を立ち上げた。その後はぱっとしないというのが世間の感想だ。女優Mの威光が強すぎて、裏切り男。信頼出来ない。悪いイメージが拭えない。その後、彼は、二度と、彼の十八番であった、模範的で温厚な愛妻家を演ずることはなかった。
以上述べた事実の八割が世間には伏せられている。藤春の手腕でもあるし、国民的女優Mを守ろうとせん事務所やマスコミの印象操作が働いた。騒動が持ち上がる前に、藤春と女優Mは離婚したが、Mはあくまで清楚系、穏やかな母親。妖艶な女を演ずることもあれど、基本的にはいいママである。裏であんなことをしていても。
何故、Mの裏事情に俺が精通しているのか。理由は――。
Hの部屋を出たところで宿敵と出くわす。相変わらず綺麗な女だ。美容に何千万とはたいている。本物の魔女のように、気高くて美しい。年を重ねるという概念が彼女にはないようだ。肌は白くみずみずしく、こうして近くにいると、フェロモンにあてられるくらいだ。十代の俺でも欲情しないでもない。
まあ――ありえないんだけど。
「あ――おやすみなさい……」
Hの部屋から出てきたばかりでドアノブを握ったまま棒立ちの俺に、あなたは微笑みかける。
「眠れない?」と心配そうな表情。――分かっている。あなたは本気で俺を心配などしていない。息子の同居人を気に掛ける、それだけの芝居。しかし、妙にリアリティがある。
あなたは俺へと一歩を踏みこむと、いつものように、胸元を押さえ、
「カズもそうだったけど、カズがあなたくらいの頃は、結構夜遅くまで起きていてね。受験勉強も大変だったから……あなたもあんまり、無理はし過ぎないようにね?」
「はい、おばさん――」
おばさんは整った眉を歪めないように綺麗に笑った。
「今度おばさんなんて言ったら祟るわよ? Mって呼びなさい、Mと」
「はぁい。――M」
その場に残るあなたを残してぼくは台本通りに階段を降り、台所へと行き、水を飲む。――ここのスタッフたちは優秀だ。芝居では、台所を水の通じない簡素なものに仕上げる場合も多いのだが、ここは本当に水が通っている。
引き出しを開けば本物の包丁が入っている。職人の手でよく磨かれた包丁が。
二階へと駆け上がり、凶器を振り回せば、思い通りになる。簡単だ。――しかし、俺は、そのやり方は選ばない。
正々堂々と、俺は俺の武器で戦うと決めた。――女優A、かつてあなたの夫を略奪して憂き目に遭った終わった女優。父であるK曰く、最初はいくらバッシングを受けてもけらけら笑っていたのだが、次第に精神を病むようになり、俺が物心つく頃には、ベッドのうえで鎖に繋がれていた。
幼い俺を置いてKは舞台の稽古へと向かった。時には、俺を連れていく場面もあった。舞台なんかやっているとまともな時間に保育園に幼児を預けられるはずがなく、やむなく、――のことだった。Kは地味で冴えない男で舞台では映えない。利便性は高かったがどうにも、花がない。注目を浴びることもない。味のある脇役にも慣れない、本当のモブだ。
そこで俺は芝居に触れた。
やがて、母さんが腐った理由を知り、父Kが世間から忘れられた存在であるのにも関わらず、芝居を辞めない、その原動力を知った。
父は、有名になりたかっただけなのだ。
しかし、父には、光がない。あなたのような、生まれつきのオーラ。天性のひかり。見るだけでひとを惹きつける圧倒的ななにかが。影にもなれない父Kは、幼馴染みであるAと共謀し、あなたを利用して有名になることを企んだ。
……表向きには、あなたは、一年休養しただけのこととなっている。
これは、大切な切り札だ。あなたはまさか、自分が藤春の裏切りを知りながらも裏ではKと不貞関係にあっただなんて、イメージダウンにもほどがあるのでその事実をひた隠す。
(――今日、帰国するんだってな)
あなたは仕事があるので迎えに行けない。そして知らない。
あなたと俺の父親である俳優Kとの間には子どもが産まれている。ちょうど、俺と同い年。発覚を恐れてあなたは実子である第三子のLをアメリカの知人に預けた。
二人の子育てと女優業で世界一忙しいあなたは、アメリカ人の彼らの元に誰が留学しに来ているかまでは気が回らなかったようだね。ぼくは、この目で確かめたんだ。
デニムの後ろポケットには、Lと俺が並んでピースをする一葉が入っている。
さぁて。――いつ、これをお披露目しようか。頭では芝居の続きのナレーションが流れているというのに、俺の七割はそのことばかり考えている。
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