恋は、やさしく

美凪ましろ

文字の大きさ
18 / 73

act16. 対峙

しおりを挟む

 彼女は基本、飲み会に誘われれば顔を出す。


 実は蒔田もそうしているようだ。

 だからなおさら、彼女は誘われれば断らないようにしている。だが。


 桐沢遼一が同席すると聞いた場合は、判断に迷う。


 行きたい気持ちと行きたくない気持ちが半々だ。彼女は迷いつつも、日頃定時一時間を過ぎる頃には帰る人間だから、断る言い訳も見当たらず、結局その飲み会に参加した。

「……一色くんて、桐沢くんと仲がいいんだね」
 ときどきお昼を一緒に食べに行く姿を見かける。彼らは三歳違いだと思うが、彼らの間には年齢を超えた親しさを感じる。
「うえ? あそっか、桐沢さんて榎原さんの同期でしたね。おれらおんなじサッカー部ですから」
「会社のサッカー部?」ちらと桐沢を見た。柏谷となにか話し込んでいる様子。

 うえの人間に取り入るのがうまいタイプだ。

 こう評する彼女の気持ちに嫌悪感が若干交じるのは、やはり私情ゆえか。

「はい」と彼女の内面の動きを知らず無邪気な返事が返ってきた。「桐沢さんすげー上手いんすよ。足元なんか超上手で」
「フォルランみたいな感じ?」彼女は適当に思いついた選手の名前を言ってみた。
「それ、……言い過ぎっす」
「ああそう」と彼女は適当に流す。ワールドカップで日本代表が勝てば喜ぶ。友達にも観戦に誘われれば行く程度。以外の場面でサッカーになんか興味が持てない。

 と思った彼女だが、ビールを一口飲み、考えなおした。

(蒔田さんのお兄さんが、サッカー選手なんだった……)

「こないだ、友達に連れられてJ2の試合見に行ったの。……ねえ、J2ってどれくらい強いの?」
「プロはプロっすからおれらみたいな会社でサッカーやってる人間よりか断然レベル高いっすよ」と素直に一色は認める。「お友達にJ2サポーターがいるんですか?」
「女の子でも応援団の真ん中一人で行っちゃうような子だよ。……そんな大胆な子じゃないと思ってたんだけどね」竹田薫のことを思い返す。
 想う男性が居ても、自分から告白できないタイプだ。蒔田樹に話しかけられ、あんなに顔を赤らめていた。
 でもサッカーのことならぐいぐいと詰め寄れる。彼女と真逆だ。

 いや。彼女の行動を鈍らせているものの正体こそが、真実の恋なのかもしれない。

「結構過激っすね」と一色は何度か納得したように頷いた。「おれ代表戦とか見に行ったことありますけど、爆心地なんか近寄れませんでした。超にわかです」
「日本代表の歌とか歌えるの?」
「適当に合わせるだけならなんとか、です。ニィッポン、ニィッポン、ニィッポン」

 ハイ。ハイハイハイハイ。

 お茶碗をお箸で叩く、酔っぱらいさながらの行動をしたのは桐沢だ。

 一人が歌い出すと釣られる人間が表れるのが集団の心理だ。ましてやサッカー日本代表がベスト16入りという好成績を残した記憶がいまだひとびとの間には新しい。

 ニュースで見かけた渋谷のスクランブル交差点の映像を思い起こしつつ、彼女はひとり席を立った。

 * * *

「あ」
「よお」携帯で仕事の電話をしていた様子の蒔田と鉢合わせた。居酒屋の細い廊下にて。「なか、うるさいがなにを盛り上がっている」
「話の流れで日本代表の話になって、ひとりが歌い出したら他のお客さんまで歌い出しちゃって……」
「戻りづらい雰囲気だな」
「そうですね」と彼女は肩を竦めた。「電話。なにか急ぎの用件でしたか」
「いいや。こないだのに比べたらなんてこたない」先日。
 ビジネスパートナーさんがUSBメモリ入りの自分のバッグを紛失した。
 情報漏えいが後を絶たないこのご時世、とうとう自分の会社でもそんなことが、と、彼女は身の引き締まる思いでその知らせを聞いた。後処理と対策に取り掛かり、早速『情報取り扱いマニュアル』なるものを蒔田と作ったばかりだ。
 ドキュメントには厳しい宗方が、珍しく「よくやった」と褒めた。
 その蒔田がなんてことないと言うのだから本当にそうなのだろう。「……大変ですよね、GLって。休日に電話来たりするんですよね」
「滅多にないさ。こないだみたいなことは」
「そのこないだみたいなことが一定割合であるから大変だと言ってるんです」
「それも仕事のうちだからな。誰かが頭下げなけりゃ納得行かない場面がどうしてもある。仕方ない」
「蒔田さんって案外……、割りきってますよね」頭下げるなんて似合わないキャラなのに。
「どういう意味だ」と蒔田が食いついた。
「しなければならないことを割りきって出来る人間と、いつまでも納得しない人間の二つに二分されると思うんです、世の中は。蒔田さんは……、間違いなく前者ですよね」
「納得いかないことだっておれだってあるさ。だが誰かがやらなければ」
「その使命感こそが」彼女は蒔田を遮って言った。「本当に大事なものを見えにくくさせているのかもしれませんね」
 ちょっとしたワンセンテンス。
 なんてことない台詞が、その人物の急所を突くことがある。

 彼女は予想していなかったが、蒔田には思い当たるふしがあるようだ。

「……痛いところを突くな、本当に……」
 蒔田が傷ついたように胸を押さえたので彼女は本当に驚いた。「す、すみません、変なこと言っちゃって……」
「お詫びと言っちゃなんだが頼みたいことがある」
「な、なんでも聞きます」
「それじゃあ」蒔田は片手を下ろした。「今後一切――」

「お取り込み中のところえらいすんません」

 誰の声かと思った。この喋り方。決まっている。

「お二人さんの向こうにある便所に行きたいんすけど……」

 二人は、二手に別れ、壁にくっつくようにして後ずさった。そうすると通路が狭くなりかえって通りづらいと思うのだが。
 彼女はため息を一つ吐き、言った。「桐沢くんっていつも絶妙のタイミングで登場するよね。役者みたい」
「は。おれみたいな役者がおってたまるか」
 親しげに桐沢が手を榎原の頭に伸ばしてくるのを彼女は片手で振り払った。蒔田の前で。

 親しい姿なんか、見せたくない。

 彼が二人の間を通ろうとしたので、彼女は桐沢の来た方へ戻り、彼を見送ろうとした。
 だが、桐沢は蒔田のまえで立ち止まる。「さっきの話、本気なんでしたらおれが」

 彼は挑戦的に、榎原紘花に一瞥をくれてから言った。

「紘花ちゃんに手ぇ出したとしても、蒔田さんはなんとも思わんっつうことですよね」

 え。

 ええ!?

 と彼女は内心で叫んだ。どこをどう聞き違えたら、そんな話になるのか。
 蒔田は、今後一切と言いかけただけではないか。

 おれと関わらないでくれ。

 そんなことを言おうとしたのだろうか?

 いまの蒔田を見ても分からない。無表情だ。挑発されているのが明らかなのに。
 余裕しゃくしゃくで軽口を叩くいつもの感じとも違う。
 榎原は彼の唇が動くのを待った。

「上司としては、部下のプライベートに干渉する趣味は無い」

 すこーん、と頭を叩かれたような感覚が突き抜ける。

 教科書通りの答えだった。

 蒔田のスタンスはいつもこれなのだ。『上司だから関係ない』。彼女はがっくりと肩を落としかけたが、桐沢の質問は続く。

「したら、蒔田さん本人としてはどうなんです」


「面白くはないな」


 即答、だった。驚いたことに。

 襟の辺りを指で触り、視線を下に落としながらも蒔田一臣は一秒足らずで答えたのだった。

 予想外の答えに呆然とする一同を尻目に彼は言葉を続ける。「理由は一つ。おまえが彼女にふさわしくないからだ」

「なっ!? にをぉお……」もはや桐沢のそれは言葉になっていない。

 榎原は口を挟むどころではない。加速する鼓動を抑えるが、やっとだ。

「おまえの話し方はおれのとある知人と酷似している。ちなみにやつは生粋の女たらしだ。そういう理由で、桐沢くん。おまえが榎原くんに近づくことをおれ個人としてはよしとしない」毅然と答える蒔田。

 一方、桐沢は頬を引きつらせながらもなんとか笑おうとしている。

「言ってくれますねえ……」長い前髪に彼は触れる。「おれ、蒔田さんになんか恨み買うようなことしましたかね。知り合いに似てるってだけでそんなボロカス……」

 桐沢としては、蒔田に挑戦状を叩きつけて榎原を口説きにかかったところが、泥を塗られたかたちだ。

 格好悪いし、示しがつかない。

「おれと、勝負してくれませんか、蒔田さん」

 そんななかで、桐沢は一撃を放った。

 なんで、という疑問を持つのは榎原一人だけだ。彼女だけこの場の空気を読めていない。

 ひとりの女をめぐる、男たちのやり取りを。


「構わんが、白黒はっきりつけられるものがいいな……」


 ここで悠然と。

 微笑すら浮かべながら蒔田一臣は答えたのだった。


 *
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ社長は別れた妻を一途に愛しすぎている

藍川せりか
恋愛
コスメブランドでマーケティング兼アドバイザートレーナーとして働く茉莉花は三十歳のバツイチOL。離婚して一年、もう恋も結婚もしない! と仕事に没頭する彼女の前に、突然、別れた夫の裕典が新社長として現れた。戸惑う茉莉花をよそに、なぜか色気全開の容赦ないアプローチが始まって!? 分かり合えずに離婚した元旦那とまた恋に落ちるなんて不毛すぎる――そう思うのに、昔とは違う濃密な愛撫に心も体も甘く乱され、眠っていた女としての欲求が彼に向かって溢れ出し……。「もう遠慮しない。俺だけ見て、俺以外考えられないくらい愛させて」すれ違い元夫婦の、やり直し極上ラブ!

僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿 心刃
恋愛
僕の幼馴染で姉的な存在である西田香奈は、眉目秀麗・品行方正・成績優秀と三拍子揃った女の子だ。彼女は、この辺りじゃ有名な女子校に通っている。僕とは何の接点もないように思える香奈姉ちゃんが、ある日、急に僕に急接近してきた。 僕の名は、周防楓。 女子校とは反対側にある男子校に通う、ごく普通の男子だ。

続・上司に恋していいですか?

茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。 会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。 ☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。 「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

年下幼馴染から逃げられない

南ひかり
恋愛
大手リゾート会社に勤める朝倉千秋は、将来ハワイ永住を夢見て着々とキャリアを積んでいた。 入社4年目。念願のハワイ支部転属が決定した矢先、テレビで自社の倒産を知る。 買収したのは近年記録的な成長を遂げる相模リゾート。 それは何年も音信不通だった年下の幼馴染ーー相模悠が経営する会社だった。 「ハワイには行かせない。ずっとオレの傍にいてもらうから」 悠に告げられたのは、ハワイ行きではなく秘書として働くということ。 必死に抵抗する千秋だったが、悠が持ち出した条件は――!?

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

妖狐の嫁入り

山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」 稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。 ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。 彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。 帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。 自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!   & 苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る! 明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。 可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ! ※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

Catch hold of your Love

天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。 決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。 当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。 なぜだ!? あの美しいオジョーサマは、どーするの!? ※2016年01月08日 完結済。

愛情に気づかない鈍感な私

はなおくら
恋愛
幼少の頃、まだ5歳にも満たない私たちは政略結婚という形で夫婦になった。初めて顔を合わせた時、嬉し恥ずかしながら笑い合い、私たちは友達になった。大きくなるにつれて、夫婦が友人同士というのにも違和感を覚えた私は、成人を迎えるその日離婚をするつもりでいた。だけど、彼は私の考えを聞いた瞬間豹変した。

処理中です...