恋は、やさしく

美凪ましろ

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act33. 彼のいない空虚な世界

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「お見合いっ!?」


 それを聞いたときに彼女の声は裏返った。

「え。なんでそんな、藪から棒に……」

 焦りからか彼女は毛先をいじり始める。

「蒔田くんと、おつき合いをしていないんだってね」

「げっ、誰から聞いたの。……あ聞くまでもないか。伯母さんか……」

「父さんは少なからずショックを受けているよ。紘花に嘘をつかれたこと。その嘘のためにひとを巻き込んだこと」

「反省、してます……」

「父さんは、紘花が東京で危ない目に遭わないか心配だ。いままでだって不審者に付け回されたりしてたろ? 蒔田くんと会って、彼なら安心して任せられると思った。だから安心して帰ってきた。それがだ。

 父さんは、裏切られた気持ちになったよ」

「ごめんお父さん。怒ってる?」彼女は上目遣いで尋ねた。

「嘘のためにひとを巻き込んだことを怒っている」

「ごめんなさい」

「見合いといっても、堅苦しいものではない。伯母さんの知人の紹介だ。というより、伯母さんがすごく乗り気だ。先方は、うちの事情も分かったうえで、いいと言ってくれている。まあ双方の意志ありきのことだからね。会って、話して、考えてみるといいよ」

「お父さんは、あたしが結婚したほうがいいと思っている?」

「自分のことを棚に上げて言うのはおかしいがね、だがしないよりもしてくれたほうが父さんは安心だ。なにかあったとき、父さんが遠くにいては紘花を守ってやれないだろう? このあいだの話を聞いたときに、蒔田くんなら安心だと思ったんだ」

 父にとっても蒔田は高評価のようだ。

 えらく、気に入っている様子。

「蒔田さんとは、もう……」

「と思ったから持ちかけてみたんだ。会ってみる気はあるかい」

「まあ会うだけなら」

 と彼女は首肯したのだった。


 * * *


「え。え。え。絶対それやばいすよ。完っ全に外堀埋められてますよ」

「え。でも会ってみるってだけで……」

「なわけないじゃないすか。相手、いくつっすか」

「三十。長野在住だって。だから今度の土曜日に帰省するつもりでチケットも取って……ほら。見て」と彼女は道林にチケットを見せた。

「その電車に乗るのに何時ぐらいに家出るんすか」と真顔で道林が尋ねる。

「え。……八時まえ、かな。八時には駅についておこうかなって」

「そんな朝早くから……ああっもうっ! やーめーてーくださいっ! 榎原さんに見合いなんて似合いませんっ!」

「……見合いって『似合う』ものなの?」

「とにかく! やめて欲しいです! わたしは反対です!」

「……ミカちゃんに言われても、もう決めちゃったし……。

 父にも心配かけて悪いと思ってるし、それで罪滅ぼしできるんだったら、前向きに考えてみようかなあって……」

「ああ……榎原さん。月9オンナのパターンすよ完全。目がイッちゃってますよ。不幸のヒロインどんぞこ……」

「あたし自分が不幸なんて思ってないもん」

「何故、自分のこころに嘘をつく……」オーマイガーと頭をかかえる道林。……そんなに悩ましいことなのか。

 彼女は、深く考えるのをやめた。

 いつまで経っても好きなのには変わりない。だったら。

 周りの勧めるいろんなことをやってみようと思った。

 それで、あの心配症の父親を安心させられるなら、喜ばしいじゃないか。

 自分も幸せになれるかもしれない。

「ひょっとしたら蒔田さんよりもかっこいいひとが来るかもしれないし、……かっこよくなくっても気の合うひとかもしれないし。

 血の通った人間らしいひとかもしれないし……」


『きみのことは部下としてしか見られない』


 あんなふうに冷たく断ることのない。


「いっつも仏頂面でもクールでも冷淡でも鉄面皮でもなくもっとヒューマニズムに満ち溢れた人間ばりばりってひとかもしんないし」


『資料作りの能力は天下一品だったな。もっと頼みたいくらいだった』

 褒めるときは声がちょっと高くなる。

 それも本人不在のところでとびきり褒める、場違いな男。

 空気の読めない男。


「影で褒めるんじゃなくって目の前でちゃーんとよくできたすごいねって言ってくれるひとかもしんないし」


『きみに誤解されようが、それで構わないと思っていた』


 しっかり目を見据えて拒絶しようとしていた。

 それなのにこまったときは助けてくれた。

 ストーカー被害から守ってくれた。

 父に会って恋人のふりをしてくれた。

 父に会うときなんて、いつからつき合ったことにするなんて聞いて、ノリノリだったし。


『嘘をつくなら最後まで突き通すことだ。ときとして、優しい嘘は残酷だがな』


「もったいつけた行動を取らない、すごく誠実なひとかもしんないし」


『悪かったな。死ななそうなキャラで』

 社食で偶然会ったときに、毒づいた。

 毒づいても、すっごくかっこよかった。

 見惚れるくらいにすごく。


「殺されたら普通に死ぬような凡人キャラ。それがいい、それがいい」


「榎原さん」道林が、榎原に手を重ね、止めに入った。


「ぶっちゃけ泣きそうな顔してますよ」


「でも仕方ないんだもん。あんなひと、ほかにいないし、彼はあたしのことなんか見てないんだもん!」語尾が、叫び声に近かった。

 首を振り、目元を押さえた。周りにどう見られているかなんて、この際どうでもよかった。


(なるようになるいつかきっと、忘れられる)


 こみあげるものを堪え、彼女は、そう願った。

 *
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