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act38. あたしを守り続けてくれたひと
しおりを挟む「おはよ。蒔田さん」土曜日の待ち合わせは、笑顔とともに始まった。
「おはよう」と答える彼は全身黒。コナンに出るわけでもないのに黒ずくめの男。……恋人の父親と会うのだから、もうちょっと爽やか系のファッションで来て欲しかったのだが贅沢は言うまい。
来てくれたことに、価値がある。
「どう。緊張してる?」と彼女は彼に顔を寄せて訊く。
「いや、別に」ポーカーフェイスで蒔田は答えるのだが、彼女にはそれが嘘に聞こえる。しているんだ、絶対。
微笑みつつ、彼女は彼の手を取った。「じゃ、行こっか」
* * *
里澄駅に行くには、新宿で一度乗り換えてから急行電車で向かう。急行電車に乗るまでほとんど黙っていた二人。二人並んだシートに座り、いよいよと思ったとき、
「寝ちゃった……」彼女は声に出す。
そうしないと、諦めきれない気持ちで行動してしまいそうだ。脇腹をこちょこちょするとか。
(仕事で疲れてるんだもの、起こしちゃうのかわいそうよね……)
彼女は黙ってペットボトルのお茶を飲む。眠る姿。削げた頬。白い肌。端正な横顔。ほかの誰にも見せたくないくらい、愛おしい。
仕事で疲れているに違いないのに、彼女の実家へ向かうことを選んでくれた。
まごころを、感じた。
薄く開いた唇。朱を帯びた、おんなのひとみたいな綺麗な色。上唇がすこし薄くって、……あの唇で幾度と無く愛されたこと。
からだのあらゆる箇所を吸われたこと。
見えないところにキスマークを残されたこと。
……思い起こしてしまうと熱が出そうだったので、彼女は気持ちを切り替えるべく、携帯を取り出した。道林にメールするつもりだ。
『件名:おはよヽ(^◇^*)/
これから実家に帰るとこ。行ってくる!』
送信して十秒足らずで返事が来た。「うわ、はや……」
『件名:\(^ ^)/
外堀がっちり埋められてきてください!
あっ式には呼んでくださいね(。・∀・。)』
「はは……」コミカルな後輩だ。結婚するかどうかなんてまだ分からないのに……。
でもこの胸は期待に満ち満ちてしまう。蒔田との未来を。
(大事なのは、いま、いま……)
泊まりがけの帰省だ。さきは長い。夜に備えて、彼女は寝ることにした。
寝顔の写メを撮っておくことを忘れずに。
* * *
ぼたん雪の舞い散る長野の冬。
彼女の父は、そんな雪とともに、騎士のごとく、全身白の格好で現れた。
「やあ。紘花」
とても爽やかだ。
その年には見えないといつも思う。若々しい。
「お父さん、迎えに来てくれてありがとう」彼女は片手を蒔田に向け、「こちらが、……こないだ会ったけど。蒔田さん」
「こんにちは」
「いや。遠いところをどうも……」頭を下げる父。蒔田と彼女のためであろう傘を差し出す。受け取る手つきのぎこちない蒔田。どうも、二人とも他人行儀だ。そりゃ仕方ない、他人だもの。
どうやら、この場を仕切るのは彼女の役割のようだ。
「じゃあ、荷物後ろに入れるね」決意を固め、彼女は父に声をかける。後ろを振り返り、「蒔田さん、後ろ座って?」
「お邪魔します」蒔田は頭を下げ、運転席の後ろに座る。蒔田の長い手足だとこの軽自動車は窮屈そう。でも座ってもらうほか、あるまい。
彼女は助手席に座る。
車に乗り込んだ父が、フロントミラー越しに蒔田を見る。「蒔田くんは里澄は初めてだね。どこか、行きたいところはあるかい」
「いえ、僕は」蒔田は外を見る。雪だ。どこへ行くにも不向きな気候だと思いつつ彼女は父に横目を送る。「お父さんご飯どうするの」
「寿司でも取ろうかと思っているんだが、どうだろう」
「あーあそこのだよね。うん、いいと思う。ならスーパー寄る必要ないよね。あ。お酒とか買う?」
「いつもの酒屋さんに一応寄ってこうと思ってはいるが」
「じゃあ、ちょっとお墓参りしてこうか。それでいい? 蒔田さん」
「ぼくは別に構わない」
「じゃあ決まり。お父さん、運転お願いします」
* * *
「小さいころって世界が大きく感じられなかった? なんか、学校もでっかくて……」
「うん」
「あたし、ここの公園によく来たの。辛いことがあったときは必ず……、で、最後にお墓参りしてた。といっても手を合わせるだけだけど」
「うん」
「だからここに来ると昔のことが懐かしくなるの」と彼女は笑う。父は墓地の管理事務所に向かった。
やけに時間がかかっていると彼女は思う。
二人にする時間を与えてあげようと、きっと気を遣っているのだろう。
しゃがみ、祈る彼女に蒔田が傘をさす。「あ、ありがとう」
「いや。よく来たんだな、ここに……」
「うん。残念だったね、隣の公園、冬以外はみどころ満載だよ。広くて緑が多くてとてもきれいなの」
「おまえも充分きれいだ」
「ば」彼女は恥ずかしげに俯く。「次。蒔田さんの番」
「……お父さんを待たなくていいのか」
「お父さんは来たら勝手にやるから」
「まあ……分かった」しぶしぶといった感じで、蒔田はしゃがみ、祈る。
果たしてなにを祈っているのだろうと彼女は思う。
眼鏡につきそうなほど長いまつげ。理知的な横顔。ここが墓場じゃなければ、後ろから抱きしめていた。
浮かぶ妄想に、彼女は赤面する。
「終わった。行くか」
「あ。お父さん……」こちらに歩いてくる父の姿を認めた。おーい! と両手を挙げて大きく振る。
近づくまで何度も繰り返し呼ぶ有り様。
「それ、……癖なのか」片膝に手を添え、蒔田が立つ。
「癖って? なにが?」
「……大声で手を振るやつ」
「……あ。なんでだろね。気づかなかった……」
「生まれてから一度も誰にも指摘されなかったということか」
「そう、なります……」
「幸せなことだ」
「え? なんで?」
「自分が変わっていることを誰にも指摘されない。それは――
見守ってくれる者と守ってくれる者が居なければ成し得ない偉業だ」
なんだか、難しいことを言われた気がする。「よく、……分かんない」
納得のいかない表情の彼女に、蒔田が、わずかに口許を緩ませて言った。
「きみは、お父さんに、とても大切に育てられたということだよ」
*
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