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act52. はじめてのGW・目覚めの感度 *
しおりを挟む少年が、座り込んで、泣いている。
迷子にでもなったのだろうか。「大丈夫?」と彼女は近づく。少年特有の細い肩の感触に、そういえばひさしく少年など触れていないことを思い出した。
少年は、答えない。ただ泣き続ける。
「どうしたの。なにか、悲しいことでも、あったの」
あくまで穏やかに彼女は問いかける。
「母さんが……」変声直前の甲高い声が耳に入る。「ぼくのことを、いらない、って……」
「いらないなんて、きっときみのお母さんは、本気で言っていないよ。なにか八つ当たりしたくなるようなことでも、あったんじゃない? 親だって、人間だから」
「うん……」いまだ少年の顔は見えない。彼女は、優しく、少年を引き寄せる――
と。
少年の顔が、彼女の胸にかぶさる。――どころか、胸の頂きを、きつく、吸いあげる。
「やだ、ちょっと。んん……」
気がつけば自分は全裸。
ベッドのうえ。貪るのは少年ではなく蒔田。
ここでようやく彼女は、自分が夢から覚めたことに気がついた。
「お。気がついたか」唇を離し、軽く上体を離す。「大丈夫か」
大丈夫じゃない。
目覚めたてなのに、濡れて、感じてどうにかなってしまいそう。
彼女が言葉を返さずにいると、「お」と彼は彼女の状態を確認する。
珍しくも、歯を見せて笑い――
「すごいことになっているな」
穴があったら入りたい。
入るのを許すどころかこの男は表情の変化すら堪能したいらしい。笑みを消すと、じ、っと彼女を見つめたまま指を、動かす。
信じがたい水音が奏でられる。どこまでいけば気が済むのだろう。
(……あたし。淫乱かもしれない……)悲しいことに、彼が触れやすいように足を広げてしまう有り様。何度となく彼のかたちを刻みつけられたのに、それでも、……求めてしまう。
腰だっていたい。広げすぎた股が割れそう。明日絶対筋肉痛。なのに。
このからだは素直に蒔田の誘いに応じる。
「こっちも触って欲しいのか」
ぴん、と爪で弾かれ彼女はあえいだ。そんなの、分かりきっている。
意識が飛んだのなんて初めてだった。セックスを惰性でしたときも、あった。演技をすれば男は簡単に騙される。なのに、蒔田は違うみたいだ。
彼女に、気持ちよくなって欲しいのだ。
口に出さずともその意図が伝わり子宮がきゅんとうずいた。連日連夜のセックス。それに、起き抜けだから『欲しい』とまでは言わないが
「気持ちよく、……して。もっと……」
彼女は自ら蒔田の手を自分の乳房に持っていったのだった。
口を使いたがる蒔田が、珍しく使わない。違和感を感じつつも、自分の感度に集中する。
「あ、ふ……」口のなかに指を入れられ。なんなく受け入れる。口で彼を愛するように応える。
すると『欲しく』なってくるのだから、女の精神と肉体は不思議だ。
快楽と本音のないまぜの波におぼれながら薄目を開く。
と。
蒔田が、真顔で彼女のことを見ていた。
(やだ……!)頬を羞恥の熱が走る。
咄嗟に片手で顔を隠そうとすると、手首をベッドに押しつけられ、
「おまえ」蒔田が彼女の耳に唇を寄せる。
見られているほうが、感じるクチだろ。
「ん。ん……」首を振っても無駄な抵抗。彼女の本音を、蒔田の指先が探り当てる。のみならず。
ぐ、と差し入れられる。
爪のかたち。指の腹のやわらかさを、彼女の体内に、刻みつける。
「いやか?」蒔田が、彼女の顔色を窺う。一瞬顔をしかめたかもしれない。
学生の頃のセックスで、指を突っ込まれ、痛かったことを思い出したのだ。だが――
蒔田によってやわらかく潤わされたそこはなんなく飲み込み、締めつけ、びくびくと痙攣した。軽くいったみたいだ。
ふるふると涙目で蒔田を見あげると彼は彼女の頭にぽんと触れ、
「好きだよ、紘花……」
短いキスを落としたのだった。
* * *
圧力鍋に三分だけかけた肉じゃがは、半生の状態で家主たちの帰還を待ち望んでいるに違いない。
すっかり忘れていたが、夕食の支度が途中なのだった。蒔田が帰ってきた途端火を消したのは正しかった。
まさかこんなに乱れるとは思ってもなかったが――愛されるかもしれないという予感は、あった。
(だって蒔田さんだもの)
そして現在、台所にて。残り二品に取りかかる彼女を、蒔田が手伝う。野菜を洗ったりざるをあらったり、彼女の後ろを通って鍋やフライパンを出したり。
仕事が有能な男は料理のヘルプも上出来だ。
このひとにできないことはないのかもしれないとまだ余波の残る頭で、思ったのだった。
* * *
「いただきます」二人声を合わせ、手を合わす。まずはほうれん草のお味噌汁から。ちゃんとおだしをとっただけあって美味しい。
器から顔をあげると、視線がぶつかる。
きゅうりを咀嚼する蒔田。きょとんとした顔が、なんだか、おっかしかった。
「ふ、ふふ……」
「どうした」
「いえ。なんか蒔田さん……無垢な少年みたいな顔してますよ」ベッドでは、あんな絶倫無双でテクニシャンのくせして。
「きみといるといつも変な気持ちになる」蒔田が、食事を始めたばかりというのに、箸を置く。テーブルに手をつき、
「……加速すると止められないんだ。許してくれ」
蒔田は、彼女の気を失わせたことを言っている。
「いえ、えっと……」むしろ触れないでくれるほうが嬉しかった。こちらの狂いっぷりにどん引きされないか、そっちのほうが不安だ。「……すいません。あたしこういう体質で……
ていうか。そんな体質なんかじゃなかったんです。あの、蒔田さんとだけ……」
食事どきにふさわしくない話題だ。
言葉を詰まらせた男女が、黙々と、食事をする。互いに顔が赤い。
「えっと蒔田さん」彼女は、話題の転換を試みる。「お仕事って残りのGWは行かなくて大丈夫そうですか。……ごめんなさいお仕事の話しちゃって」
「平気だ。明日は予定通り、試合を見に行こう」
蒔田一臣の兄である蒔田樹の出場する試合を見に行こうと約束していた。
樹のファン、かつ、クラブの熱狂的サポーターであり彼女の友人でもある竹田薫には既に連絡済みだ。
「えへへ。楽しみですね」
「おまえサッカー好きだったか」
「あんまし詳しくないですけど、雰囲気が独特ですよね。結構みんなアツくなりますし」
「点があまり入らないスポーツだから入ったときの興奮がすさまじい」
「ですよね」蒔田の膝に傷が残っているのを彼女は知っている。大好きでたまらなかっただろうサッカーを辞めたことも。触れていいのか迷いつつもこの話を続ける。「蒔田さん、お兄さんの試合って結構見に行かれるんですか」
「もっぱらテレビ観戦だな。ここんとこ仕事が忙しかったから……」
土日は彼女と過ごしていた。
もしかしたら、それが彼の趣味を邪魔していたかもしれない。
もっと、早めに気づくべきだった。
笑顔で、彼女は蒔田に持ちかけた。
「落ち着いたらいっぱい見に行きましょうね」
「きみが良ければ」
「あたしは勿論です。蒔田さんの好きなものならなんでも好きになりたいです」
「おれの一番好きなものはきみが一番よく分かっているじゃないか」
こんなことを日常会話のごとくさらりと言えるのだから、蒔田は、すごい。
心臓をおさえ、彼女がはあはあ言っていると、……
「どうした。気分でも悪いのか」
「ええと蒔田一臣爆弾に粉砕されました」
「治療は? 必要か」
「……蒔田さんの場合やらしいことばっかするから、いいです」
「……おれからやらしいことを取り除くとなにも残らない気がする。割りと真面目に」
「なに言ってんですか。顔と性格とスタイルといろいろありますよ、あと知性も」
「……きみはいろいろ買いかぶり過ぎだな、おれのことを」目を細めて蒔田が笑う。そういえば、この連休中、蒔田の笑顔を頻繁に見る……
鉄仮面と陰口を叩いていた会社の同僚に、息の止まるあの笑顔を見せてやりたい。
「急に怒った顔をして、忙しいな……」蒔田の指が眉間に触れている。力が、入っていたのだろう。「おれの、ことでか」
「ち、がいます……」彼女の瞳は嘘をつけなかった。
「なにをしても必ずどうこう言う人間は必ず現れる。問題は自分がなにをしたいかだ」
「あたし、蒔田さんと一緒に、いたいです……」
「嬉しいな。ところで紘花。さっきから箸が止まってるぞ」
なんせ目の前に蒔田一臣が居る。それだけで心臓ばくばくだ。
「二つ以上のことが同時にできないんです」と殊勝に彼女がうつむけば。
「よく、知ってる」
「えっ!?」妖艶な蒔田の笑みをもろに食らって、心臓が――
突き破られそうだ。
(ああ、あたしの心臓もう持たない、かも……)
涙目で彼女はかたちの崩れた肉じゃがを口に運んだのだった。
*
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