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好きじゃ足らない(3)
「先ずは乾杯と行こうか」
グラスを近づけて微笑みあう。ライトに照らされたあなたはいまなお美しい。神が気まぐれでこしらえた精巧な人形のよう。
「じゃあ、頂きます」
「いただきまーす」無邪気に手を合わせる恋生が可愛い。ぶんぶんと尻尾をする健気なわんこみたい。
箸を伸ばし、切り分けると肉汁があふれた。「ふぉおぉ……!」
透明な肉汁。ハンバーグ。さっきマキノさんが作ってくれた、ハンバーグのおろし醤油かけは、見るからに食欲をそそる……!
「はむ」とほおばる。すると……鮮烈なる旨味。暴力的なほどにこちらの煩悩を刺激する。肉肉肉。肉まみれで一ミリの余談も許さない。圧倒的肉汁。
かむとほろり、と溶けてまた消えていく。それが惜しくてまた一口。「うんま……!」
ああいけない。天下の神宮寺財閥の御曹司を前にうんま、だなんて。美味しい、とか、言い方があるでしょう。
「花は本当美味しそうに食べるから見ていて気持ちがいいよ」と微笑み返す。と気になって、「恋生は? 食べないの?」
「俺は、きみを見ているだけで胸がいっぱい」
「またまた。はい、あーん」
「あむ」食べるのかよ。そう、食べよう。食べると活力が湧いてくる。生きてくるエネルギー。「とろける……」ととろけそうな顔をする恋生を見て思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、花も。はい、あーん」
いただだきます。
……ってなんだこの新婚ごっこ。
初ディナーだから気合の入りまくったご飯を想定していたが、あっさりめのハンバーグで拍子抜け。といっても、この秋の始まりにちょうどいいメニューである。まだ夏の疲れが残っていて、あんまり重たいものは食べたくないし……。
「私の大好物がハンバーグ、……って知っていたっけ?」
グラスをあおる恋生は、「花のことならなんでも」
「そう? じゃ、付き合ってきた彼氏の人数とか、知ってる?」
繊細な指先を示すかのように、グラスを置いた恋生は、まっすぐ私を見据え、
「いまの花にしか興味がない。過去は過去」
そうか。「恋生って、いつの間にそんなに私のことが好きになったの?」
「出会った瞬間から」即答。迷いがない。「もう、このひとは運命だ、……って思い込んでいた。花。俺たち運命なんだよ」
運命。恋生が言うと妙に決まるというか、異国の貴公子に見えてくるから不思議である。その整いすぎた顔立ちは日本社会ではあまりに目立つ。
「恋生って、運命とか信じるタイプなんだ?」とハンバーグを切り分けつつ、「私はいままで……信じてこなかったな。あんまり」
「僕といると信じられるようになるさ」
「そうなのね。結構強気?」
「でもないさ。こう見えて足がっくがく」
「あはは」場を和ます恋生のジョーク。このひと、こんなに恵まれていて、育ちもよくて性格も顔も頭もいいのに、ひけらかすようなことは決してしない。
「恋生は、……ねえ。なにを大切にして生きていきたい?」
「花のこと。……せっかく一緒になれたんだし、いっぱいくっついて、いっぱい、花のことを愛しまくりたい」
「そうなのね? 恋生、ちっとも食事が進んでいない……」
「俺はもう、幸せすぎてとろけそうなのよ。チーズみたいに」
「あはは。溶けたら恋生のことは私が食べてあげるね」
「花の胃袋におさまれるのなら本望だよ」
「んもう。冗談言ってばっか」
「俺はね。……自分がいままで見てきて信じてきたものをこれからも大事にして生きていきたいし、出会えた同期も、経験してきたすべてのことを、礎にして、もっともっと成長したい。欲張りなんだよ」
「夢が……あるのね恋生は」
「花だって未来は希望だらけさ。なんだって出来る」
ふと思う。こんな、一介の小娘に過ぎない私にいったいなにが出来るというのだろう。
分からない。ただ、純粋に、恋生のことが好きなだけ――。
「生きていれば必ずチャンスはめぐってくる」と私のこころを読んだかのように恋生は、「諦めないで、続けていれば、必ず、平等にチャンスというものは訪れる。問題はね花。チャンスがめぐってきたときに、ちゃんと準備を整えておいて、挑戦出来るか、って話なんだよ」
チャンス。「恋生とこうなったことも、私にとってのチャンス、なのかな……」
「そうだね。少なくとも俺は、寄り添うことが出来るよ。花のしたいと思うことがあれば、応援するし、場所だって提供してやれる。――急に言われてもなにがしたいかって、すぐに答えなんて見つからないものだから、いまは、整えて、この生活に慣れて、花らしさを優先して」
「私――恋生とずっと一緒にいられるの?」
ふわりと花が開くように笑うんだ。私の永遠の王子様は。
「勿論さ。未来永劫、離さない」
*
「夢みたい。恋生とこうやってくっついて眠れるの……夢だったんだ」
「ふふ。我慢してたからね」
「恋生だって……」と身を起こす私は、恋生の髪を撫で、「毎晩私を置いて帰るのって、本当は辛かったんじゃない?」
「そうだね。……きみが眠るのを毎晩見届けて……」恋生の手が私へと伸びる。私の手を握り返し、「ずっとずっと一緒にいられたらいいのに、って思いながら毎晩花のアパートを後にするんだ。寂しかったよ。寂しすぎて時々夜の東京湾にドライブして、車ごと沈みたくなった」
「あはは。……恋生が死んだら私死んじゃうよ」
「死なない。生きて、生きていくんだ。一緒に」
あまりに寝心地のいい、キングサイズのベッドに、私たちの愛が転がる。くっつきあって、足を絡ませあって、抱き合って、もう、離れない。離したくないこのぬくもりを。
「花。好きだ。……愛している」
ぎゅっと私を抱き寄せるあなたは、私の髪に顔をうずめる。「花。……もう、離さない」
すこし寒さの入り混じってきた人肌恋しい秋の夜。こうして私は、恋生のマンションに暮らし始める。
グラスを近づけて微笑みあう。ライトに照らされたあなたはいまなお美しい。神が気まぐれでこしらえた精巧な人形のよう。
「じゃあ、頂きます」
「いただきまーす」無邪気に手を合わせる恋生が可愛い。ぶんぶんと尻尾をする健気なわんこみたい。
箸を伸ばし、切り分けると肉汁があふれた。「ふぉおぉ……!」
透明な肉汁。ハンバーグ。さっきマキノさんが作ってくれた、ハンバーグのおろし醤油かけは、見るからに食欲をそそる……!
「はむ」とほおばる。すると……鮮烈なる旨味。暴力的なほどにこちらの煩悩を刺激する。肉肉肉。肉まみれで一ミリの余談も許さない。圧倒的肉汁。
かむとほろり、と溶けてまた消えていく。それが惜しくてまた一口。「うんま……!」
ああいけない。天下の神宮寺財閥の御曹司を前にうんま、だなんて。美味しい、とか、言い方があるでしょう。
「花は本当美味しそうに食べるから見ていて気持ちがいいよ」と微笑み返す。と気になって、「恋生は? 食べないの?」
「俺は、きみを見ているだけで胸がいっぱい」
「またまた。はい、あーん」
「あむ」食べるのかよ。そう、食べよう。食べると活力が湧いてくる。生きてくるエネルギー。「とろける……」ととろけそうな顔をする恋生を見て思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、花も。はい、あーん」
いただだきます。
……ってなんだこの新婚ごっこ。
初ディナーだから気合の入りまくったご飯を想定していたが、あっさりめのハンバーグで拍子抜け。といっても、この秋の始まりにちょうどいいメニューである。まだ夏の疲れが残っていて、あんまり重たいものは食べたくないし……。
「私の大好物がハンバーグ、……って知っていたっけ?」
グラスをあおる恋生は、「花のことならなんでも」
「そう? じゃ、付き合ってきた彼氏の人数とか、知ってる?」
繊細な指先を示すかのように、グラスを置いた恋生は、まっすぐ私を見据え、
「いまの花にしか興味がない。過去は過去」
そうか。「恋生って、いつの間にそんなに私のことが好きになったの?」
「出会った瞬間から」即答。迷いがない。「もう、このひとは運命だ、……って思い込んでいた。花。俺たち運命なんだよ」
運命。恋生が言うと妙に決まるというか、異国の貴公子に見えてくるから不思議である。その整いすぎた顔立ちは日本社会ではあまりに目立つ。
「恋生って、運命とか信じるタイプなんだ?」とハンバーグを切り分けつつ、「私はいままで……信じてこなかったな。あんまり」
「僕といると信じられるようになるさ」
「そうなのね。結構強気?」
「でもないさ。こう見えて足がっくがく」
「あはは」場を和ます恋生のジョーク。このひと、こんなに恵まれていて、育ちもよくて性格も顔も頭もいいのに、ひけらかすようなことは決してしない。
「恋生は、……ねえ。なにを大切にして生きていきたい?」
「花のこと。……せっかく一緒になれたんだし、いっぱいくっついて、いっぱい、花のことを愛しまくりたい」
「そうなのね? 恋生、ちっとも食事が進んでいない……」
「俺はもう、幸せすぎてとろけそうなのよ。チーズみたいに」
「あはは。溶けたら恋生のことは私が食べてあげるね」
「花の胃袋におさまれるのなら本望だよ」
「んもう。冗談言ってばっか」
「俺はね。……自分がいままで見てきて信じてきたものをこれからも大事にして生きていきたいし、出会えた同期も、経験してきたすべてのことを、礎にして、もっともっと成長したい。欲張りなんだよ」
「夢が……あるのね恋生は」
「花だって未来は希望だらけさ。なんだって出来る」
ふと思う。こんな、一介の小娘に過ぎない私にいったいなにが出来るというのだろう。
分からない。ただ、純粋に、恋生のことが好きなだけ――。
「生きていれば必ずチャンスはめぐってくる」と私のこころを読んだかのように恋生は、「諦めないで、続けていれば、必ず、平等にチャンスというものは訪れる。問題はね花。チャンスがめぐってきたときに、ちゃんと準備を整えておいて、挑戦出来るか、って話なんだよ」
チャンス。「恋生とこうなったことも、私にとってのチャンス、なのかな……」
「そうだね。少なくとも俺は、寄り添うことが出来るよ。花のしたいと思うことがあれば、応援するし、場所だって提供してやれる。――急に言われてもなにがしたいかって、すぐに答えなんて見つからないものだから、いまは、整えて、この生活に慣れて、花らしさを優先して」
「私――恋生とずっと一緒にいられるの?」
ふわりと花が開くように笑うんだ。私の永遠の王子様は。
「勿論さ。未来永劫、離さない」
*
「夢みたい。恋生とこうやってくっついて眠れるの……夢だったんだ」
「ふふ。我慢してたからね」
「恋生だって……」と身を起こす私は、恋生の髪を撫で、「毎晩私を置いて帰るのって、本当は辛かったんじゃない?」
「そうだね。……きみが眠るのを毎晩見届けて……」恋生の手が私へと伸びる。私の手を握り返し、「ずっとずっと一緒にいられたらいいのに、って思いながら毎晩花のアパートを後にするんだ。寂しかったよ。寂しすぎて時々夜の東京湾にドライブして、車ごと沈みたくなった」
「あはは。……恋生が死んだら私死んじゃうよ」
「死なない。生きて、生きていくんだ。一緒に」
あまりに寝心地のいい、キングサイズのベッドに、私たちの愛が転がる。くっつきあって、足を絡ませあって、抱き合って、もう、離れない。離したくないこのぬくもりを。
「花。好きだ。……愛している」
ぎゅっと私を抱き寄せるあなたは、私の髪に顔をうずめる。「花。……もう、離さない」
すこし寒さの入り混じってきた人肌恋しい秋の夜。こうして私は、恋生のマンションに暮らし始める。
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