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face the truth(1)
バスの中で考える。大学卒業ぶりに訪れる故郷。母の言う通りで道はでこぼこしており、かなり揺れる。
バスターミナルに到着したとき、母の姿を見つけた。
痩せて、弱ってしまって……。
私が幼い頃は母は若かった。老いを見せつけられ愕然とする。
身なりも、明らかに貧しいもので、それは、恋生との関係でセレブ気分に浸っていた私のこころに水を差した。自分の故郷がこんなで、親が貧しいだなんて、今更自覚などしたくなかったのに。
バスから降りると遠慮がちに母が近づく。「花ちゃん。おかえりなさい」
「ただいま」
「お母さん歩きで来てん」と降りる乗客を気にしつつ母。「こっから歩いて十五分のところに住んでおるんよ。先にホテル行くけ?」
「うん。……荷物を置きたいから」
「そうけ」
そして海岸近くにあるホテルへと向かう。かつて、この町は観光地だった。いつの間にか外国人も訪れるようになっていた。どこの観光地に行っても外国人がいると気づいたのはここ十年ほどか。
別に、自分が日本人であることにこだわりはないけれど。ただ、先人が苦労して育て、税を納める土地を異国の人間に踏み荒らされていると感じるのは、私の思想が古いからか。
税金はあがるばかりで、少ない人数でどんどん老いていく老人たちを私たちが支えなければならない。この社会を作ったのはいま老いたひとたちだし、それこそ、戦後、焦土と化した日本をこれだけ近代的な国家に生まれ変わらせたのは、私の知らない人々の偉業だ。
先を行く母の小さな背中を見て思う。また……小さくなった。
身長が百四十センチ台の母は自分が小さいことを自虐しており、私は中学生の頃に母の身長を追い抜いた。お母さん毎年小さくなっておるさけ。若竹のようにすくすくと育つ娘を見て母はなにを思ったのだろう。
死ぬことが怖い。年を取るとどんどんその恐怖は薄れていくという。
自分がどんな死に方をするかなんて考えたくもないし、先ずは、自分の生活を立て直すのが先決だというのに。この町はあまりに辛い。老いた母。震災で崩れた町。焦土と化して復興のめどが立たない朝市。
見るのも辛い光景がここには広がっている。……まだまだ復興中と言った母の気持ちが分かる。町一番の六階建ての高い建物である六嶋屋は倒壊したまま半年以上経過してからようやく解体に入ったし、スーツケースを押すこの道がでこぼこしていて確かに押しづらい。何度も持ち上げなおすのを繰り返す。
海が見えた頃にようやく安堵感が私を満たす。……あの海が見える限り私は安心出来る。海野小島とは違った、深いエメラルドを思わせる海のいろ。そこから開けた土地が広がっていて、途中、巨大なサッカーグラウンドや子ども向けのアスレチックなんかあったりする。
私の生まれる前に、かつて小学校にあったアスレチックは姿を消した。
夢の懸け橋。1.5階ほどの高さのある幅が細めで巨大なジャングルジムで、そこから落ちて骨折する子が後を絶たなかったらしい。聞くだけで恐ろしい。
夢の懸け橋がなくなったいま、なおさら、海沿いのこのアスレチックは子どものこころを満たす。見ると、夕方間近だというのに、遊んでいる子どもたちがおり、遠巻きにお母さん方が見守っている。理解した。きっと幼稚園帰りなのだろう。アユちゃんが、ママ友の間にいさかいがあって悩んでいる、そんな話をしていた。
緑川の子どもたちのなかに、年齢に対する上下関係が歴然と存在していて、ひとつ年が違うだけで相手も相手のママも偉そうにするらしい。その情報を裏付けるかのように、ボスらしきママが先導して声をかけている。……放っておけばいいのに。みーちゃんそっち行かないで。注意はすれど、ママたちにお喋りを止める気配はない。
目が合った。強気な目をしていた。勝ち気な性格がうかがえる。……これは、アユちゃん大変だなと、同情する。
ホテルに着くとチェックインを済ませ、母にはその間出入り口付近で休んで貰うように言い、スーツケースを置くと、手を洗い、それから母の元へと戻る。遠目に見る母はやはりやせ細っており、ここ、能登での生活が過酷なのだと思い知らされる。
「お母さん、お待たせしました」
「いいんよ。ほな行こか」
母は、元々京都のひとだった。
池水恋乃とは逆で、私は、自分が京都から連れ去られたことを憎む人間である。
こんな陸の孤島で育って。私たちの時代はまだインターネットが流通していて、なんでも買えるからまだよかったけれど、それでも、すぐそこにコンビニがある東京とは違う。あまりに違う。
夜なんて、ひとが出歩いているのは、夏祭りの時期くらいのもので。それ以外はゴーストタウンみたいでぞっとする。事情を知らない観光客が朝市近辺の飲み屋に行ったりしているけれど、朝市がああなったいまとなってはそれも難しいのだろう。
かつてのと鉄道があった頃は、三両程度であれど電車が通っており、槍水など別の場所に行けた。鉄道が廃止されて以降、緑川駅だった場所は、ふらっとホームと名前を変え、駅の跡地に店をどんどん入れ、観光地の様相を呈している。いまは駅は使われず珍しがる観光客が訪れる程度で、能登での移動手段は車、バス、或いは東京に行くなら飛行機の手段に限られる。
駅前通りという名の通りが残されている場所で、のと鉄道が開通していた頃は、駅周辺が緑川の中心地だったらしい。いまは、駅周辺は土産物の店が残されている程度で、みずかわというショッピングセンターは電気屋へと変わり、緑川病院のある近辺が栄えている。大きなドラッグストアやホームセンター、スーパーが軒を連ね、みな、なにか買い物をするときはそこへ行くらしい。
病院の近くならなにかと安心だ、と自分に言い聞かせたことを記憶している。
黙って歩く母の後ろ姿を見て思う。やはり、私は、母の選択を憎んでいるのだと。
バスターミナルに到着したとき、母の姿を見つけた。
痩せて、弱ってしまって……。
私が幼い頃は母は若かった。老いを見せつけられ愕然とする。
身なりも、明らかに貧しいもので、それは、恋生との関係でセレブ気分に浸っていた私のこころに水を差した。自分の故郷がこんなで、親が貧しいだなんて、今更自覚などしたくなかったのに。
バスから降りると遠慮がちに母が近づく。「花ちゃん。おかえりなさい」
「ただいま」
「お母さん歩きで来てん」と降りる乗客を気にしつつ母。「こっから歩いて十五分のところに住んでおるんよ。先にホテル行くけ?」
「うん。……荷物を置きたいから」
「そうけ」
そして海岸近くにあるホテルへと向かう。かつて、この町は観光地だった。いつの間にか外国人も訪れるようになっていた。どこの観光地に行っても外国人がいると気づいたのはここ十年ほどか。
別に、自分が日本人であることにこだわりはないけれど。ただ、先人が苦労して育て、税を納める土地を異国の人間に踏み荒らされていると感じるのは、私の思想が古いからか。
税金はあがるばかりで、少ない人数でどんどん老いていく老人たちを私たちが支えなければならない。この社会を作ったのはいま老いたひとたちだし、それこそ、戦後、焦土と化した日本をこれだけ近代的な国家に生まれ変わらせたのは、私の知らない人々の偉業だ。
先を行く母の小さな背中を見て思う。また……小さくなった。
身長が百四十センチ台の母は自分が小さいことを自虐しており、私は中学生の頃に母の身長を追い抜いた。お母さん毎年小さくなっておるさけ。若竹のようにすくすくと育つ娘を見て母はなにを思ったのだろう。
死ぬことが怖い。年を取るとどんどんその恐怖は薄れていくという。
自分がどんな死に方をするかなんて考えたくもないし、先ずは、自分の生活を立て直すのが先決だというのに。この町はあまりに辛い。老いた母。震災で崩れた町。焦土と化して復興のめどが立たない朝市。
見るのも辛い光景がここには広がっている。……まだまだ復興中と言った母の気持ちが分かる。町一番の六階建ての高い建物である六嶋屋は倒壊したまま半年以上経過してからようやく解体に入ったし、スーツケースを押すこの道がでこぼこしていて確かに押しづらい。何度も持ち上げなおすのを繰り返す。
海が見えた頃にようやく安堵感が私を満たす。……あの海が見える限り私は安心出来る。海野小島とは違った、深いエメラルドを思わせる海のいろ。そこから開けた土地が広がっていて、途中、巨大なサッカーグラウンドや子ども向けのアスレチックなんかあったりする。
私の生まれる前に、かつて小学校にあったアスレチックは姿を消した。
夢の懸け橋。1.5階ほどの高さのある幅が細めで巨大なジャングルジムで、そこから落ちて骨折する子が後を絶たなかったらしい。聞くだけで恐ろしい。
夢の懸け橋がなくなったいま、なおさら、海沿いのこのアスレチックは子どものこころを満たす。見ると、夕方間近だというのに、遊んでいる子どもたちがおり、遠巻きにお母さん方が見守っている。理解した。きっと幼稚園帰りなのだろう。アユちゃんが、ママ友の間にいさかいがあって悩んでいる、そんな話をしていた。
緑川の子どもたちのなかに、年齢に対する上下関係が歴然と存在していて、ひとつ年が違うだけで相手も相手のママも偉そうにするらしい。その情報を裏付けるかのように、ボスらしきママが先導して声をかけている。……放っておけばいいのに。みーちゃんそっち行かないで。注意はすれど、ママたちにお喋りを止める気配はない。
目が合った。強気な目をしていた。勝ち気な性格がうかがえる。……これは、アユちゃん大変だなと、同情する。
ホテルに着くとチェックインを済ませ、母にはその間出入り口付近で休んで貰うように言い、スーツケースを置くと、手を洗い、それから母の元へと戻る。遠目に見る母はやはりやせ細っており、ここ、能登での生活が過酷なのだと思い知らされる。
「お母さん、お待たせしました」
「いいんよ。ほな行こか」
母は、元々京都のひとだった。
池水恋乃とは逆で、私は、自分が京都から連れ去られたことを憎む人間である。
こんな陸の孤島で育って。私たちの時代はまだインターネットが流通していて、なんでも買えるからまだよかったけれど、それでも、すぐそこにコンビニがある東京とは違う。あまりに違う。
夜なんて、ひとが出歩いているのは、夏祭りの時期くらいのもので。それ以外はゴーストタウンみたいでぞっとする。事情を知らない観光客が朝市近辺の飲み屋に行ったりしているけれど、朝市がああなったいまとなってはそれも難しいのだろう。
かつてのと鉄道があった頃は、三両程度であれど電車が通っており、槍水など別の場所に行けた。鉄道が廃止されて以降、緑川駅だった場所は、ふらっとホームと名前を変え、駅の跡地に店をどんどん入れ、観光地の様相を呈している。いまは駅は使われず珍しがる観光客が訪れる程度で、能登での移動手段は車、バス、或いは東京に行くなら飛行機の手段に限られる。
駅前通りという名の通りが残されている場所で、のと鉄道が開通していた頃は、駅周辺が緑川の中心地だったらしい。いまは、駅周辺は土産物の店が残されている程度で、みずかわというショッピングセンターは電気屋へと変わり、緑川病院のある近辺が栄えている。大きなドラッグストアやホームセンター、スーパーが軒を連ね、みな、なにか買い物をするときはそこへ行くらしい。
病院の近くならなにかと安心だ、と自分に言い聞かせたことを記憶している。
黙って歩く母の後ろ姿を見て思う。やはり、私は、母の選択を憎んでいるのだと。
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