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07 神坂のフェロモンは威力がバツグンなのよ。
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「神坂はね、フェロモンを出すの」
「フェロモン……ですか」
「あら、夕陽はまだ出会ったことがない? 私は知人に何人かフェロモン体質の人間がいるけど、神坂のは威力がダントツなのよね」
フェロモンって、色気や魅力といった意味でよく使われる言葉だけど、体質と言うことは、どうもそれらとは違う意味らしい。
言葉の意味を正確に把握できなくて、はあ……としか返事のしようがなかった俺に、社長が詳しく説明してくれる。
「わかんない? 動物が異性を惹きつけるために分泌するアレよ。人間も似たようなのを出してるの」
人間の場合は相性があるみたいで、相手によって効果があったりなかったりするみたいだけどね、と社長が前置きしてから先を続けた。
「フェロモンの相性が合っちゃうと、それはもう大変なの。惹きつけられるなんて生易しいもんじゃないわよ。あれは催眠状態ね」
「さ、催眠……?」
「そう。フェロモンにあてられると急に意識がぼんやりとして、問答無用でうっとりしちゃうんだって」
何やら身に覚えのあるフレーズに、どきりとする。紗子社長が偶然にも言い当てた通り、あの見えない何かはフェロモンだったのかもしれない。そのせいで、ただでさえ気持ちのいいキスで、俺があんなにも……。
いやいや、待てよ。俺は神坂さんの異性じゃないだろ。
「そのうえ、物理的に惹きつけられちゃうわ、やたらと触りたくなるわで、神坂のフェロモンに酔っちゃった人はみんな大変そうだったわ」
それはさぞかし大変だっただろう。なんだか他人事とは思えない。やめたかったはずのキスを待ち焦がれたときの不思議な感覚を思い出してしまった。
「神坂も大変そうだったけどね。まるで大名行列みたいに引き連れて歩いてたんだもの。知人でもない人を」
知らない人と大名行列をする若かりし神坂さんを想像しようとして、ハーメルンの笛吹を思い浮かべてしまった。どちらも微妙に違うんだろうけど、いずれにしても異様な光景には変わりない。
「まあ、知らない人だといきなり触ってくるなんて実害はほとんどないから、行列は放置してたみたい」
「あの、知人だと実害があったみたいに聞こえるんですけど」
「そりゃ、知人になれたら遠慮なく迫っちゃうでしょうよ。だって、大企業KTCの御曹司で、あのルックスなのよ? フェロモンがなくたって女は腐るほど寄ってくるわ」
確かに。フェロモンが効かない女性でも、フェロモンが効いたふりをしながら玉の輿をかけて迫ってきそうだ。
「でもねぇ、選び放題の特設ハーレムがいくら常設されてたって、本人にその気がなかったんじゃただの迷惑集団なのよねぇ」
「え、神坂さんって、遊び人じゃなかったんですか?」
百戦錬磨なイメージから、てっきり経験豊富なプレイボーイだと思ってた。リハーサルで俺がソファーに躓いて転ぶ前にも、ひどく甘い口説かれ方をされた覚えがある。
「違う違う。神坂は根っからのロマンチストよ。運命の人との出会いを待ってるんですって」
「……へえ」
意外だ。運命の人との出会いを待ってる人が、『女はトラブルの元だ』と言ったり、演技とはいえあんなにも甘く俺を口説いたりするものかな。
うう、なんだこれ。胸の奥がモヤモヤする。神坂さんが思っていたイメージと合わないせいかな。ちょっと嫌な感じだ。
「とか言いながら、運命の人かもしれないからって、あらかた確認だけはしたらしいけどね」
「なんですか、それ。結局は遊び人ってことじゃないですか」
ああ、嫌だ。神坂さんがイメージ通りでもムカムカが治まらない。ほんと、なんだこれ。
「それがね、本当に確認だけだったみたい。運命の人じゃなかったら二度と付きまとわないって約束をさせたうえでね」
「それって、体よく追い払ってるだけのような……」
神坂さんが『女はトラブルの元だ』と面倒くさそうに話してたのは、こういった背景もあったのか。
彼がロマンチストかどうかは定かじゃないけど、本人の意向に沿っていようがいまいが、経験豊富だということはほぼ間違いないんだな。
モヤモヤの治まらない胸元を押さえながらそんなことを考えていると、
「そうそう。この前会ったときには吸い寄せられてくるような女もいなかったから、いまはフェロモンも落ち着いてるみたいだけど、夕陽も気をつけなさいよね」
と、紗子社長が心配そうな声で注意を呼び掛けてきた。
「え、何に?」
「何に、って暢気ねぇ。神坂のフェロモンに決まってるじゃない。運命の人かどうかの確認まではしてなかったみたいだけど、行列の中には男もいたのよ」
なんてことだ。同性にも効くだなんて……神坂さんのフェロモンは本当に威力がバツグンらしい。
これでもう、あのときの俺も神坂さんのフェロモンにやられてたという説は確定されたも同然だった。
そのあと、以前から持ちあがっていた写真集の件へと話題が移り、神坂さんの話はそれで終わった。
モデルのバイトはしてもモデルを本業にする気のない俺は、いつものように「朝日兄の許可がとれたらね」と断った。だけど、いつになく紗子社長の意気込みがすごくって……この分だと、そのうち朝日兄も押しきられて、近いうちに写真集を出すことになりそうだ。
正直なところ、いまはそんなことよりも、もっと別のことが気になって仕方がない。
いつもなら笑いながら付き合う社長の儲け自慢もそこそこに、用事があるからと電話を切ってしまった。
紗子社長……神坂さんのフェロモンは、全然落ち着いてなんかないですよ。
纏わりつくように重たかったあの気配は、しだいに濃くなっていった。落ち着いてるとは、とても思えない。
引き受けたばかりのこの仕事が終わるまで、約一カ月半。そのあいだ、俺は恋人役を演じながら、そのフェロモンに抵抗しなくちゃいけいなのか。
何か対策を立てないと……。
そう思って、あのときのことを参考に考えを巡らせていたら、本人が目の前にいるわけでもないのにドキドキしてしまって、対策どころじゃなくなってしまった。
まさか、神坂さんのフェロモンには遅延型の効果もあるんだろうか?
そのドキドキと先々への憂鬱のおかげか、胸の奥のムカムカは、いつのまにか鎮まっていた。
「フェロモン……ですか」
「あら、夕陽はまだ出会ったことがない? 私は知人に何人かフェロモン体質の人間がいるけど、神坂のは威力がダントツなのよね」
フェロモンって、色気や魅力といった意味でよく使われる言葉だけど、体質と言うことは、どうもそれらとは違う意味らしい。
言葉の意味を正確に把握できなくて、はあ……としか返事のしようがなかった俺に、社長が詳しく説明してくれる。
「わかんない? 動物が異性を惹きつけるために分泌するアレよ。人間も似たようなのを出してるの」
人間の場合は相性があるみたいで、相手によって効果があったりなかったりするみたいだけどね、と社長が前置きしてから先を続けた。
「フェロモンの相性が合っちゃうと、それはもう大変なの。惹きつけられるなんて生易しいもんじゃないわよ。あれは催眠状態ね」
「さ、催眠……?」
「そう。フェロモンにあてられると急に意識がぼんやりとして、問答無用でうっとりしちゃうんだって」
何やら身に覚えのあるフレーズに、どきりとする。紗子社長が偶然にも言い当てた通り、あの見えない何かはフェロモンだったのかもしれない。そのせいで、ただでさえ気持ちのいいキスで、俺があんなにも……。
いやいや、待てよ。俺は神坂さんの異性じゃないだろ。
「そのうえ、物理的に惹きつけられちゃうわ、やたらと触りたくなるわで、神坂のフェロモンに酔っちゃった人はみんな大変そうだったわ」
それはさぞかし大変だっただろう。なんだか他人事とは思えない。やめたかったはずのキスを待ち焦がれたときの不思議な感覚を思い出してしまった。
「神坂も大変そうだったけどね。まるで大名行列みたいに引き連れて歩いてたんだもの。知人でもない人を」
知らない人と大名行列をする若かりし神坂さんを想像しようとして、ハーメルンの笛吹を思い浮かべてしまった。どちらも微妙に違うんだろうけど、いずれにしても異様な光景には変わりない。
「まあ、知らない人だといきなり触ってくるなんて実害はほとんどないから、行列は放置してたみたい」
「あの、知人だと実害があったみたいに聞こえるんですけど」
「そりゃ、知人になれたら遠慮なく迫っちゃうでしょうよ。だって、大企業KTCの御曹司で、あのルックスなのよ? フェロモンがなくたって女は腐るほど寄ってくるわ」
確かに。フェロモンが効かない女性でも、フェロモンが効いたふりをしながら玉の輿をかけて迫ってきそうだ。
「でもねぇ、選び放題の特設ハーレムがいくら常設されてたって、本人にその気がなかったんじゃただの迷惑集団なのよねぇ」
「え、神坂さんって、遊び人じゃなかったんですか?」
百戦錬磨なイメージから、てっきり経験豊富なプレイボーイだと思ってた。リハーサルで俺がソファーに躓いて転ぶ前にも、ひどく甘い口説かれ方をされた覚えがある。
「違う違う。神坂は根っからのロマンチストよ。運命の人との出会いを待ってるんですって」
「……へえ」
意外だ。運命の人との出会いを待ってる人が、『女はトラブルの元だ』と言ったり、演技とはいえあんなにも甘く俺を口説いたりするものかな。
うう、なんだこれ。胸の奥がモヤモヤする。神坂さんが思っていたイメージと合わないせいかな。ちょっと嫌な感じだ。
「とか言いながら、運命の人かもしれないからって、あらかた確認だけはしたらしいけどね」
「なんですか、それ。結局は遊び人ってことじゃないですか」
ああ、嫌だ。神坂さんがイメージ通りでもムカムカが治まらない。ほんと、なんだこれ。
「それがね、本当に確認だけだったみたい。運命の人じゃなかったら二度と付きまとわないって約束をさせたうえでね」
「それって、体よく追い払ってるだけのような……」
神坂さんが『女はトラブルの元だ』と面倒くさそうに話してたのは、こういった背景もあったのか。
彼がロマンチストかどうかは定かじゃないけど、本人の意向に沿っていようがいまいが、経験豊富だということはほぼ間違いないんだな。
モヤモヤの治まらない胸元を押さえながらそんなことを考えていると、
「そうそう。この前会ったときには吸い寄せられてくるような女もいなかったから、いまはフェロモンも落ち着いてるみたいだけど、夕陽も気をつけなさいよね」
と、紗子社長が心配そうな声で注意を呼び掛けてきた。
「え、何に?」
「何に、って暢気ねぇ。神坂のフェロモンに決まってるじゃない。運命の人かどうかの確認まではしてなかったみたいだけど、行列の中には男もいたのよ」
なんてことだ。同性にも効くだなんて……神坂さんのフェロモンは本当に威力がバツグンらしい。
これでもう、あのときの俺も神坂さんのフェロモンにやられてたという説は確定されたも同然だった。
そのあと、以前から持ちあがっていた写真集の件へと話題が移り、神坂さんの話はそれで終わった。
モデルのバイトはしてもモデルを本業にする気のない俺は、いつものように「朝日兄の許可がとれたらね」と断った。だけど、いつになく紗子社長の意気込みがすごくって……この分だと、そのうち朝日兄も押しきられて、近いうちに写真集を出すことになりそうだ。
正直なところ、いまはそんなことよりも、もっと別のことが気になって仕方がない。
いつもなら笑いながら付き合う社長の儲け自慢もそこそこに、用事があるからと電話を切ってしまった。
紗子社長……神坂さんのフェロモンは、全然落ち着いてなんかないですよ。
纏わりつくように重たかったあの気配は、しだいに濃くなっていった。落ち着いてるとは、とても思えない。
引き受けたばかりのこの仕事が終わるまで、約一カ月半。そのあいだ、俺は恋人役を演じながら、そのフェロモンに抵抗しなくちゃいけいなのか。
何か対策を立てないと……。
そう思って、あのときのことを参考に考えを巡らせていたら、本人が目の前にいるわけでもないのにドキドキしてしまって、対策どころじゃなくなってしまった。
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