あの春のやくそく

藍栖 萌菜香

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01 十三年前のひなまつり

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 三月三日。日曜日。今日は、ヒナマツリだ。
 金曜日に幼稚園でしたけど、ヒナマツリってのが何なのかはよく知らない。
 なんか、女の子のためにあるらしい。ゆり組のナマイキな女たちがそう言ってたから、たぶんそうなんだろう。

 オレんチにもたーちゃんチにも女の子はいない。
 なのに、目の前にはバカでかくてゴチャゴチャしたヒナダンってのが飾ってある。ちょっと不気味な人形がたくさんいて、ちっこいオモチャがいっぱい乗ってるヤツだ。
 うちのママたちは、女の子のいない家にこんなの飾ってどうする気なんだろう。だいたい、子どもの目の前に飾っておいて、触っちゃいけないオモチャってのがナットクいかない。


「あゆちゃん、きれい……」
 たーちゃんがうっとりとオレを覗き込んできた。たーちゃんは、オレがこの服を着せつけられてからずっとこんな調子だ。自分だって似たような格好をしているくせに。

「あゆちゃんって呼ぶなって言っただろ」
 オレの名前は『なかおあゆみ』だ。だから、『あゆちゃん』でも間違いじゃない。
 でも、その呼び方はやめたんだ。いくらたーちゃんでもあゆちゃん呼びはダメだ。幼稚園に入った次の日にそう決めたんだから。

「オレのことは、なおくんって呼ぶんだろ? オレのミョウジから、おまえが考えたんだぞ。ちゃんと呼べよな」
 オレと同じ年中でばら組のたーちゃんは、『ひらさわたかし』っていう、オレと違ってかっこいい名前だ。
 オレとたーちゃんは、ママたちがシンユウで、家が隣同士で、生まれた日まで同じのオサナナジミってヤツだ。幼稚園でもいっしょ、家に帰ってからもいっしょで、スッゲーなかよしなんだ。

 『なかお』から『なおくん』ってアダナを見つけたたーちゃんは頭がいい。
 なのに、どうにもオレの呼び方だけがなおらない。ときどき、昼寝中にも寝言で『あゆちゃん』って呼んでたりする。
 同い年だけど、たーちゃんはオレよりずっと小さいから、ブキヨウなのはしかたがないのかもしれないな。


 たーちゃんが小さいのは、ミジュクジだったからだ。
 オレが生まれそうになったとき、がんばれって言いに来たたーちゃんのママが、うっかりつられて一ヶ月も早くたーちゃんを産んじゃったんだ。
 カーテンの向こうで「やーん、でちゃったぁ」って言ったたーちゃんママの声を聞いて、うちのママは、ゲラゲラ笑いながらオレを産んだんだって。

 ミジュクジで生まれたたーちゃんは、年中になったいまでも、オレよりずっと小さい。小さくて、すごくかわいい。
 くりっとした黒い目も、ちょっと長めでさらさらの黒髪も、ぷくっとしたほっぺも、何もかもがかわいい。おヒナさまなんて目じゃないくらいかわいいんだ。

「そうだった。ごめんね、なおくん」
 そのうえ、スナオで性格もいい。
 なかでも、オレだけをじっと見つめてくるこの目が、オレの一番のお気に入りだ。光が入るとビー玉みたいに透き通って見えて、すっごくきれいなんだよな。


「もういいよ。幼稚園ではゼッタイにあゆちゃんなんて呼ぶなよ?」
「うん、わかった」

 あゆみって名前のせいで、オレは入園してすぐ、初めてあったケイスケと大げんかをした。ケイスケが、「あゆみって女の名前だし、おまえ、女なんだよな?」って、不思議そうに聞いてきたからだ。ちゃんと男の制服ズボンをはいていたのに。
 先生がオレのことを女の子だと思い込んで「あゆみちゃん」って呼んだことはゆるせても、ケイスケなんかにからかわれたんじゃダマッてなんかいられない。

 あのとき、「ボクは男だし、あゆみは女の名前じゃない」ってがんばったのに、「ザンネン、じつは女名なのよね~」なんて、隣で見てたママが言ったから、オレはガーンってなったんだ。

 聞いたら、あゆみっていう有名な女の歌手からオレの名前をつけたんだって。「なんで女の名前なんか」って文句を言ったら、その歌手のライブでパパとウンメイのデアイをしたからだって、うれしそうな顔をして教えてくれた。
 そんなリユーで息子に女の名前をつけるなよな。まったくいいメーワクだよ。

 そういえば、あのけんか以来、オレは『ボク』っていうのをやめたんだっけ。あと、『たーちゃん』呼びも。だってなんか、どっちも赤ちゃんぽかったからさ。


「それから言っとくけど、きれいっていうならタカシのほうだからな」
「え? ううん、なおくんだよ! なおくんのほうがダンゼンきれい!」
「……タカシ、それ、うれしくないから」
「あー……そうだよね。こんなカッコ、うれしくないよね」

 そうだよ。なんでオレたち、こんなカッコさせられてんだ? いくら女の子がいないからって、オレたちに女のカッコをさせるだなんて、うちのママたちもわけがわからない。

 オレもたーちゃんも、朝からふりふりのひらひらで、あっちこっちがキラキラだった。しかも、色違いのおそろいだ。
 たーちゃんが水色で、オレがピンク色なんだけど、ふつー逆だろ。たーちゃんのがかわいいんだから、たーちゃんがピンクを着るべきだ。
 まあ、たーちゃんには水色もよく似合ってるけどな。でも、オレにピンクはないと思うんだよな。

 でも、おそろいなのはちょっとだけイイかもしれない。いつもよりもっとなかよしな気がするから。
 えーと、こういうのなんて言うんだっけ。たしか……ぺあるっく?


「あっくーん、たっくーん、こっちきてー」
 リビングのほうからオレのママの声が聞こえてきた。
 うちのママ、今日はたーちゃんのママと一緒だからか、やたらと機嫌がいい。でも、機嫌よさげな声で言ってきたその内容といったら……。
「そろそろ写真撮ろー」

「げっ」
 写真? うそだろ。こんなカッコしてるのに撮るの?
 そういえば、去年の春にも似たようなことがなかったっけ……。

「タカシ、逃げよう!」
 オレはたーちゃんの手を引っぱって、たーちゃんの家を飛び出した。
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