親友をセフレにする方法

藍栖 萌菜香

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24-ときには親友として力になりましょう。

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 大悟の父親が入院している病室は、科別になってる病棟とは別の、特別室ばかりが並ぶ上層階にあった。さすがは社長様だ。
 その個室の扉を前に、大悟はそっと深呼吸を繰り返していた。父親を前にするとすべてを諦めたようになるいつもの大悟とは様子が違う。

 中学のときに、大悟から聞き出した父親の話は、途切れ途切れで要領を得なかった。それでもなんとか整理し要約してみると、どこまでも尊大な父親像ができあがった。

 大きな会社を経営し、多くの社員を養っているところは尊敬できるとして、それ以外がダメダメだ。
 必要なことしかしゃべらないし、しゃべらせない。
 結論至上主義で、過程には目を向けない。

 それが、会社のみならず、家庭でも同じだったらしい。
 大悟が幼い頃に何かのトラブルがあったとき、母親が非を認め謝罪したのに、父親は結果のみを聞いて謝罪を受け入れなかったという。それを不服とした母親は、離縁を申し出て家をあとにした。大悟を会社の跡取りとして家に残したまま……。


 そこまでは、まあいい。ただのワンマン社長と、単なる夫婦喧嘩と、その末の離婚……よくある話だ。
 問題は、母親から一緒には暮らせなくなったとの説明を受けて苦悩した幼稚園児が、父親に助けを求めたときの対応だった。

『黙れ。余計なことは一切しゃべるな』

 って、何? 幼稚園児に理解できるのなんて、『しゃべるな』くらいだよな?
 『しゃべるな』だけでも幼い大悟にとっては十分な威力だっただろう。そんな言いつけを守ろうとすれば、口から出ようとする言葉たちを無理やり押さえ込まれることになる。それはもう暴力と大差ない。

 理解はできなくても、父親のその言葉は、大悟の心の奥深くに定着してしまった。『余計じゃないことなら、しゃべっても構わない』と理解できるような年齢になってもそれは変わらず、結論のみを重視する父親を警戒しながら、すべてを諦め、やり過ごすのが常となった。
 そして、頑なに口を開かない大悟についてもまた、誰もが諦め、やり過ごしてきたんだ。


 唯一大悟と向き合ったのは、家を出て行った母親と俺だけだ。

 大悟が何もしゃべらないからといって、何も感じてないわけじゃない。シュートの精度が悪いと思えば自主練もするし、ボールを拾って投げてやれば会釈もする。いきなり水をかけられれば驚くし、夕焼けを指差してやれば声をかけるまで見惚れたままだった。

 やり過ごし、やり過ごされ、希薄な関係のなかでしか感情を揺らさない。しかも、せっかく揺れた小さなその感情さえも、隠して、呑み込み、圧し殺す。そんなことにばかり慣れてしまって、自分から求めることには慣れてない。それが大悟だった。

 そこまで考えて、ああ、と納得してしまった。
 そんな大悟が、俺にだけ不満顔を見せるんだ。しかも、その大抵が『幸成との時間』に関わることだった。
 そんなの、愛しくならずにいられるわけがないじゃないか。

 たぶん俺……自覚がないだけで、かなり前から相当な度合いで、大悟のことが好きだったんだと思う。少しずつゆっくりと深くなっていった想いだから、わかりづらかっただけなんだ。


 そうして俺が、大悟への気持ちのルーツを確認しているあいだに覚悟が決まったのか、大悟が扉をノックした。中から返事が聞こえ、大悟に続き俺も一緒に室内へと踏み込む。
 通常の病室よりも明らかに調度の多い室内には、ベッドの上に起きあがっているパジャマ姿の壮年の男性と、ベッドサイドの椅子に腰かけているサラリーマン風の男性がいた。

 ベッドにいる男性は、ひと目で大悟の血縁者とわかる容貌をしている。大悟の親父さんだ。四年前に会ったときより多少老けて見えるが、まだまだ元気そうだ。
 本当に大悟とよく似ている。大悟も年とったらこんな感じになるのかな?
 大悟より少し目元がキツいけど、がっしりとした体格に短髪が決まっていて、一昔前の俳優みたいだ。渋かっこいい。

 親父さんを通して遠い未来の大悟を妄想していたら、隣から視線を感じた。釣られて見あげると、大悟とバチリと目が合った。
 あれ、ちょっと不機嫌度が増してないか?


「大悟、そちらの方は?」
 俺のことを示しながら問いかけてきた親父さんは、電話での口調とは違う余所行き仕様だ。ビジネスマンって、みんなこんな感じで裏表が激しいのかな。

「父さんには関係ない」
 対する大悟のほうは、俺を紹介する気はないらしい。それどころか、まるで俺を隠すように、親父さんと俺とのあいだに立ち塞がった。

「……まあいい。来週のスケジュールが決まった。吉沢に聞いてから帰れ」
 大悟の不遜な態度に余所行き仕様を解除した親父さんが、苦々しい声で大悟に命令する。親父さんの指示に従って椅子に座っていた男性(たぶん吉沢さん)が電子手帳を手に立ちあがった。

 ところが、近づいて来ようとしている吉沢さんに向かって、大悟が軽く手を掲げ、その動きを制す。親父さんはそんな大悟を訝しそうに見ていたが、吉沢さんは大悟の指示に従ってピタリと動きをとめた。

 すごい。
 この吉沢さんって人は、たぶん社長秘書か何かだろう。この二日、大悟を実際に連れ回していたのは、きっと彼だ。
 大悟よりもずっと年上で社会経験も豊富に違いないその彼を、大悟が片手で従わせている。しかも、本来の雇い主の命を翻してまで。


「ひとつ確認する。父さんは、俺に会社を継がせたいのか?」
 大悟が硬い声で親父さんに問いかけた。
「当然だ」
 答える親父さんは、何をいまさらとでも言いたげだった。

「なら、言わせてもらう。あの会社には問題点が多い。主に社長の仕事量だ。その改善に尽力すると約束できるなら継いでもいい」
 大悟の豪然とした発言に、病室内にぴりぴりとした緊張感が漂った。
「……お前は、黙ってろ」
 親父さんの喉から出たのは、低く威嚇するような声だった。

 そんな……会社を大悟に継がせようというのに、発言権は与えないつもりなのか?
 ていうか、幼い大悟にもそんなふうに威嚇するような言い方をしたんじゃないだろうな?
 腹の奥底で、何かがグツグツと音を立てて煮え立っていく。
 『関係ない』と大悟が言うから、見守っていようと思ってたけど、あまりに腹立たしくて思わず大悟の背後から進み出た。


 けれど、そんな俺を制するように、大悟がふたたび俺の前に立ち塞がる。そして、俺が大悟の背中から抜け出さないようにするためか、俺の手を掴んで、自分の背中へと引き寄せた。

 そうされて、初めて気がついた。大悟の手が、すごく冷たい。俺の膝を保温してくれたときは、あんなにも温かだったのに、いまは指先どころか手のひらまで冷たくなっている。
 緊張してるんだ。これまでやり過ごすことでしか対応できなかった父親に、真っ向から挑んでるんだから当然だ。

 がんばれ、大悟。がんばれ……。
 俺の手を掴む大悟の手を両手で握り返して、心のなかで何度も強く応援し続けた。
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