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第二十六話 正座を楽しもう
しおりを挟む「ケンタ様! これで何度目の炭化ですか!? これでは毛皮も、肉も、骨も、すべて使い物になりません!」
(だって……)
地面に自主的に正座し、レイラの指差す方をチラリと見ると、そこには炭化したワーウルフの群れが無残にも横たわっていた。
「昨日は骨すら残らなかったけど、今日はちゃんと原形留めてるって。明日、いや三日以内にはちゃんと出来るようにするから! ……だって。レイラどうする?」
俺の言葉をリタに代弁してもらい、なんとかレイラの理解を得ようと懇願している。
オーガと戦ってからどうも調子がおかしい。火の制御がしづらくなっている。創りだす炎は白濁色に染められており、威力の調整も思うように行かない。
リタに聞いてみても、そのうち出来るようになると一蹴されてしまったが、「ケンタにそっちは合わない」と、意味不明のことを言われてしまった。制御せずに全力で行けってことなのかな。
「はぁ……首都に着くまで、狩りでの火魔法は禁止して下さい。いいですね?」
(そ、そんなぁ……)
まるで母親に怒られたような威厳あるお叱りに、ガックリと肩を落とした。その横では、リタが腹を抱えて笑っていた。
「ケンタは本当に火の扱いが下手ねー」
(なら、火の制御の仕方教えてくれよ)
「やよ。面ど……それは自分で試行錯誤して身に付けるものよ」
……この件に関してはリタには期待できないな。仕方がない、夜の特訓は火の制御に特化しよう。
俺たちはアグコルトの街を出て北上している。この一本道の先にある、首都『サンクテレシア』には、あと三日ほどで着く予定だ。
本来なら五日もあれば着くのだが、俺たちはこの道で素材になりそうな魔物たちを狩りながら進んでいる。
これは、アグコルトを出発して一日目の夜の話だ。
火を囲み、晩飯がてら雑談をするのが日課になっていた。
アグコルトを出る時に頂いた干し肉が約二十枚ほどある。干し肉の入った袋から各々一枚ずつ取り、今日の晩飯としていた。
ただの干し肉だと思っていたが、旨味と香辛料のおかげでとても贅沢な味を醸し出していた。もちろん、リタも一心不乱に貪り食っている。
「いいですか? 奴隷解放には金貨5枚が必要です。今の私たちの所持金は……はい、ケンタ様!」
(え? たしか金貨13枚とちょっとだった気が……)
「そうです。金貨13枚と銀貨26枚、銅貨3枚です。奴隷解放して頂いたあと、私たちの所持金は金貨8枚と――になるわけです」
金貨8枚もあれば全然余裕でやっていける気がするが、レイラは俺がまだ気付いていない新たな問題に危惧していたのだ。
「通常であれば、全然問題ありませんが……」
そういって、リタの方をチラリと見る。
袋の中から、干し肉をもう一枚取ろうとしているところだった。
(おい、リタ。それ何枚目だよ!)
「え? に、二枚目だよ?」
「ケンタ様違います。あれが五枚目です。……わかりましたか?」
(あぁ……わかった)
「え? 何が? 何が分かったの?」
頭にはてなマークを付けているリタをよそに、俺とレイラは力強く頷いた。
そう、食費だ。リタの食べる量は、明らかに成人男性を超えている。そんな彼女がパーティーに加わったことで、俺たちのお財布事情が厳しいものに変化したのだ。
今お金はレイラが管理している。街での細かい買い出しなどは彼女がやってくれている為、その都度お金を渡すのも面倒になり、財布ごと渡してこれから頼むとお願いした。
はじめは「奴隷がこんな大金ダメです」とか言っていたが、俺の住んでいた所は、夫婦や家族のお金は妻が管理する方が上手く行くと言ったら、モジモジしながらも喜んで引き受けてくれた。
「これから首都まで、約五日間かかりますが、今回はその倍かけて、売れそうなものを集めていきます。よろしいですね?」
(あぁ、わかった)
「え? いいよー」
そう、俺たちは売れるものを、素材を集めなくちゃいけないんだ。そこに来て俺の火魔法の制御不能。レイラが怒るのも頷ける。言っていることはもっともなので、レイラの制約を飲み、槍での戦闘を余儀なくされた。
俺とレイラは街道から少し外れ歩いている。これなら他の人たちと遭遇することも無いし、魔物たちに遭う確率も高くなる。リタも一人であちこち探しまわり、食事時に合流する日々が続いている。ちなみに、リタの持って帰ってくる素材に、肉類が一切ないのは……皆まで言うまい。
そろそろ持てる量の限界に近づいてきた。主な素材は毛皮だ。その他には形の良い骨や薬草などもある。俺とレイラが集めた肉類は、とっくの昔に食べ尽くした干し肉の代わりに、あと鉱石などもあったが、少量だと買取価格も低く、かと言って大量だと持っていくのも一苦労だ。なので、鉱石は今回はスルーすることになった。
そして昼時、集まった三人で昼食を取っていると――。
「ねぇねぇ、レイラ! 奴隷じゃなくなって、ケンタの呪いが解けたらどうするの?」
「え? どうって……それは、その――」
俺の方を見るレイラと目が合う。何となく先延ばしにしていた問題だ。
たしか、最初の約束では街まで、次に奴隷になって……彼女が俺と居たくないというまで一緒に――あぁ、これは俺の勝手な取り決めだったな。ということは、奴隷開放された時のことは、まだ一度も話し合っていない事になる。
俺としてはこのまま一緒に旅を続けていたい所だが、そうだな、彼女の権利を、意志を尊重しよう。
(リタ、レイラが困っているじゃないか。まだ決めかねているんだよ。彼女の答えは、俺の仮面が外れた時にもう一度聞こう)
「そうだね。うん、わかった! もう聞かないね」
「え? リタ、ケンタ様は何ておっしゃったの? ねぇ! ねぇ!」
「大丈夫! 私もう聞かないから。ごめんね」
「ケンタ様。リタに何ておっしゃったんですか? ケンタ様!」
(……内緒だ)
悲しそうな顔をするレイラに罪悪感を覚えた。ごめん。ズルい俺を許してくれ。
でも、彼女には彼女の人生がある。リタにはリタの、俺には俺の……。
ここでふと気になることがあった。俺は本当ならどうなっていたんだろうと。
エルフや魔族は何のために俺を召喚したんだろう?
勇者? 魔族なら魔王か? まだ一度も魔族を見たことはないが、冒険者ギルドの設立由来を聴く限り面と向かって敵対しているわけじゃ無さそうだし……。
もしエルフに召喚されていたら……?
リタに書いてもらった地図では、エルフの隣国は北のドワーフと東の人間だ。首都はどうか分からないが、今まで訪れた街は、エルフと交戦中でも、これから開戦するような雰囲気でもなかった。
ドワーフについては分からないが、リタの話ではエルフとドワーフは一括りの勢力としてカウントされていたはずだ。
魔族は……この大地の最東端に位置しているし、途中山脈があるので、これもエルフの脅威とは違うだろう。
とすると、魔獣か。そこに居るはずもない魔獣。エンシェントボアー、ワイバーン、それにレイラとその両親を襲った魔獣。あとはオーガもかな。ひょっとしたら各地でもっと居るのかもしれない。
ここに来て早々、俺を殺しにかかったエルフを許せる程お人好しじゃない。だが、そのお陰でレイラとリタに出逢い、今こうして充実した日々を送れているのも事実だ。
俺の今後の進路も、レイラ同様、熟考を重ねる必要だありそうだ。そんな時、レイラの真剣な声が俺の耳に入ってきた。
「何か来ます! しかもかなりの数です!」
風の精霊が、こちらに向かってくる大群を教えてくれたらしい。俺たちはすぐさま火を消し、戦闘態勢を取った。
「ねぇ! こっちから先制しちゃおうよ!」
(ダメだ。もしかしたら人間かもしれないだろ? 姿が確認できるまで我慢していてくれ)
「はーい」
聞き分けの良かったリタの頭を撫でてやった。少し鬱陶しそうに、それでも嬉しそうに俺の手を払いのけた。
「ケンタ様! 私にもお願いします!」
何故か頭を差し出すレイラ。俺は少し乱暴に髪をかき混ぜながら、二人の前に立った。
俺には常時回復できる『炎癒』がある。回復力も分かり、大概の攻撃なら不意打ちされても問題ない。
俺は黒い炎を身に纏い、地面を揺るがせる相手との対峙を待った。
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