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第三十一話 奴隷を楽しもう

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 朝、目が覚めると、足元と左腕に心地よい重みを感じる。
 昨日は一つのベッドに三人で雑魚寝したのだが、寝像の悪いリタから幾度となく攻撃を受け、少々寝不足気味だ。
 レイラと二人きりの時は悶々ソワソワしていたが、リタの修学旅行気分により健全で楽しい夜を過ごせた。
 身体を起こすと、首に違和感を感じ、それが奴隷の首輪だったと思いだすのに時間はかからなかった。

 あまりにも色々ありすぎた昨日。
 結果的には俺とレイラの主従が交代しただけなのだが、周りに与えた影響はかなりのモノだったんだろう。
 

 今日は冒険者ギルドに顔を出す予定だ。
 残りのお金が心もとない為、しばらくは依頼をこなしてグランディまでの旅費を稼ぐことにした。

 手早く朝食を済ませ、冒険者ギルドに顔を見せると、俺たちはすべての視線を独占した。
 街中でもそうだ。直接言ってくる人はいなかったが、あからさまに遠目から俺たちの事を指さしている人が多かった。
 思うところはあるが、この状況は甘んじて受け止めなければならないと、募る想いは自分の中に飲み込んだ。

 しかし、さすがは冒険者。ギルド内にはすぐに喧騒が戻り、見慣れた風景が流れ出した。
 常日頃、命のやり取りをしている人たちだ。多少の事には慣れているのだろう。

 俺たちは早速依頼ボードで手ごろなものを探した。

「これなんてどうでしょう? 迷子の猫探し」
(いや、それFランクだから、低くて受けれないでしょ)
「じゃあこれは? 食事処『エンジ』の開店増員募集! 何と言っても賄い飯付きよ!」
(……却下で)
「では――」

 ネタが尽きるまでやり取りをした後、最終的に俺が決めたCランクの護衛依頼を受けた。
 昨日の今日なので断られるかと思ったが、知名度が増し、逆にこういった依頼にはもってこいらしい。

「おぉ、貴殿が昨日の騒ぎの張本人ですな。ふむ、すばらしい。今日はそのお力を、是非私の為に使って下さい」
(もちろんです。よろしくお願い致します)

 もっと上から威圧的に来るかと思ったが、意外と紳士的な人物だった。

 依頼中、特に暴漢が現れるなどのイベントも無く、振り返ってみれば平々凡々な一日だった。
 この依頼者は、襲われるようなあぶない橋を渡っている人物ではなかった。
 ただ、自分にとってライバルにあたる貴族と話をする機会があったらしく、その人物に自分の強さ、この貴族の場合はお金の荒遣いになるのかな……そこを競うというか、見栄を張っているだけみたいだった。 
 その点で、ほんの少し悪名の付いた俺なんかが打って付けらしい。



 こうして数日、護衛や近場の討伐など精力的にこなしていった。





(あぁ、やっちまったー)

 それはダイアウルフの討伐依頼の時だった。俺は素材確保のため魔法を使わず……正確には使わせてもらえず、槍を使い、一匹また一匹と確実に仕留めていった。
 最後の一匹になった時、ダイアウルフは逃げに転じ、森の中に駆けて行った。

(あ! ご飯二食分待て!)

 ダイアウルフの素材は、ここサンクレテシアでは高く買い取ってくれた。
 その金額は一匹から取れる素材で銅貨40枚にもなる。
 宿屋一日分、ご飯なら二食分にもなる相手を、みすみす逃がすわけにはいかない。
 俺はダイアウルフを追って森の奥に入っていった。

 さすがダイアウルフ。最高速度は今の俺の方が早いが、森の中では向こうに分があるようだ。
 しかし、それでもジワジワと距離を縮める。

 距離が五、六メートルほどになった時、俺は功を焦り、愚かな行動に出てしまった。

(これでも、喰らえ!!)

 槍を投げた。
 
 あと一歩のところから中々縮まらない距離に、短絡的に槍投げをしてしまった。
 当然、木を避けながら素早く動くダイアウルフに当たるはずもなく、これまた、運悪く岩に当たり切っ先を欠けさせてしまった。

「もう寿命ですね。柄の部分もほら、ここに小さいですがヒビが入っていますし、これ以上使い続けるのは危ないですね」

 ダイアウルフを取り逃がし、項垂れ帰ってきた俺に、レイラは優しく気遣ってくれた。

「ケンタはしばらく水ね! 水! それかマナでも食べてなさい! 奴隷は水とマナでいいのよ!」

 そう、ただ逃がした事で落ち込んでいるんじゃ無く、食べる事に関して、うるさいリタに知られるのが億劫だったんだよなぁ。


 リタは昨日から、奴隷ネタをちょいちょい入れてくる。


「ちょっと、そこの奴隷。肩揉みなさい」

「ほら奴隷! ここの窓汚れてるわよ!」

「奴隷の分際で私たちと一緒のベッドに寝ようなんて! ふふっ、ほらぁ、この足を舐めたら許可してあげる」

(……俺はお前の奴隷じゃねー!!)

「ちょっ! ま、まって! くすぐりは反則よ! や、やめ……ご、ごーめーんーなーさーいー!」


 ちなみに、昨晩の事だ。
 どさくさに紛れて、リタのやわらかい所を堪能したのは言うまでもない。




(それにしても、マナなんて食べられないじゃないか)
「え? マナ食べられるよ。ほら!」

 リタはそう言って手のひらを出した。
 そこにマナが集まるのを感じ、顔を近づけると、透明な水まんじゅうみたいなものがポヨンと現れた。

(なんだこれ?)
「何でしょうこれ?」

 レイラも気になったみたいで、二人でそれを凝視する。

「これがマナだって。ほら食べてみてよ」

 手に取るとまるで耳たぶのような、二の腕のやわらかい所のような、高速走行時の車から手を出した時のような(危ないのでマネしないように)……と、とにかくすごく柔らかかった。
 割ってレイラと半分にしようとしたが、リタから一口で食べてと言われたので、恐る恐るならがも一口でそれを口に入れた。

 もきゅもきゅっと柔らかい中にも歯ごたえがあり、食感は面白いというか楽しい感じだ。

 もきゅ……もきゅ……も……。 

 味は……ない。
 まったくない。本当に無い。これっぽっちもない。
 あるのはただ歯ごたえだけ。

 何これ気持ち悪い。

「ねぇ? どう? どう? まっずいでしょ? こっちに来る前はそれが私の主食だったのよ!」
「ケンタ様、大丈夫ですか? 吐きますか? 吐いちゃいますか?」

 なんとか頑張って喉を通すと、思いのほか体力を使ったのか、尻もちをついてしまった。

(これは……酷いな)

 リタがこっちに来てから食べ物ばかりを求めているのも納得できる。
 こんなの食べていたら、こっちの料理はすべて美味しく感じるだろう。

(なぁ、これ俺でも作れる?)
「え? 作れるよ。 こう、食べれるようになーれー!って感じで作るの!」

 うん、全くもって意味不明だ。
 だが、何故か試してみたくなった。
 俺は饅頭のイメージでマナを練った。
 
 それは意外と上手くいき、リタが作ったものと同じような物がポヨヨンと出来た。

「お! やるじゃん! どれどれ……」

 リタは躊躇なく口に放り込む。
 もきゅもきゅと音をさせながら租借すると……あ、動きが止まった。

「リ、リタ大丈夫? 吐いちゃう?」

 心配そうにするレイラに、プルプルと震えるリタ。
 急にカッと目が見開いたかと思うと……。

「な、何これ!? おいしいー!! ねぇ、どうやって作ったの! ねぇ!」

 マンガだと、目と口から光線が出る描写が適切だろう。
 そんなオーバーリアクションを見せ、目をキラキラさせ俺に言い寄ってきた。

 もう二、三個作り、リタとレイラに渡す。

「本当です! 柔らかくて甘くて、おいしいです!」

(べ、べつに……言われたとおりに作っただけだよ。ただ……)
「た、ただ?」
(前に食べた事のある、お饅頭ってお菓子の事を思い出しながら作っただけだよ)

 それを聞いてリタはうんうん唸りながらポヨン、ポヨヨンとマナまんじゅうを作っていった。
 しかし、どれもこれも無味無臭。俺のように上手く出来ないらしい。

「きー! なんで出来ないのよー!」
(何でだろうな……俺の想像力が豊かなのか、リタの想像力が皆無なのか……?)


 その時、俺の頭の上で豆電球が光った気がした。
 
(これ、色々と応用出来るんじゃないか!?)



 そして、ここから俺の伝説が始まった。





「くやしー! ケンタ! おまんじゅうもっと出して! あと百万十千個出して!」
(意味の分からん個数言うな!)

 
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