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【第一章】はじめのドーナツボール
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厨房を見回す。外観通りの古い設備だった。
棚から使えそうな大きな鉢といくつかの器を取り出す。
「まずは、粉を用意しましょう」
秤は当然デジタルのものなんてなくて、昭和レトロを紹介している動画で見たことがあるようなアナログな秤。
今朝作ったばかりだったので、大体の分量は頭に入っている。
馴れない秤に少しもたつきながらもなんとか小麦粉、ふくらし粉、砂糖を測って鉢に合わせ入れた。
次に別の器に卵を割り、卵黄と卵白が馴染むまで手早くほぐす。
そこに豆腐を加えてよく混ぜるが、豆腐はなかなか粒が消えない。
その様子を見て青年が、「混ぜるのは僕がやります」と申し出た。
「お願いします、お豆腐の粒感がなくなって、なめらかになるまで丁寧に混ぜてください」
うなずいて神妙な顔で青年がヘラで鉢に擦り付けるようにして豆腐を潰していく。
続けていると卵色のとろりとした液体状に変わった。
「いい感じです、じゃあ粉を入れていきます」
すずめは篩(ふるい)を手に取ると先ほど合わせた粉を入れ、優しく揺する。
一気に入れるとダマになってしまうので、焦らず少しずつ、少しずつ。
真っ白な粉が、雪のように器へ落ちてゆく。
「そのまま混ぜる手を止めないでくださいね」
とんとん、と少量ずつ粉を振るって加え、ゆっくり混ぜてもらっていると、だんだんと粉っぽさがなくなりひとまとめの生地になってゆく。
生地がとろんとしたところで、すずめはコンロに向かう。
棚を探すと、揚げ物用の鍋はすぐに見つかった。
「そこのコンロ、火がつけられないと思いますよ」
確かに、普通のガスコンロのようにスイッチがない。
代わりにスライドするバーのようなものがついていた。
戸惑うすずめの前で、青年は身を屈めるとバーをスライドさせながら息を吹きかける。
ぼうっと音がして青い炎が灯った。
「火加減はそのバーをスライドさせて調整してください」
「わかりました」
いつもなら、温度を設定すれば自動で調整できるコンロを使っているので、緊張する。
すずめは恐る恐る、ドーナツが十分に浸かるくらいの多めの油を鍋に入れてゆく。
じいっと待ってから、すずめは生地を菜箸でほんの少しすくって油に落とす。
じゅうっと音がして、落ちた生地がすぐに浮き上がってくる。
「うん、温度はいいみたい」
すずめはスプーンを両手に一本ずつ持つと、少しとろりした生地をすくい上げ、一口大にくるりとまるめてゆく。
丸めた生地を油に滑り込ませると、じゅわぁ、と音を立てた。
続けて二つ三つと油に入れ少し待つと、ぷかりと浮いてくる。
「綺麗にまあるくなるもんですね。もう、すでに美味しそうです」
青年の言葉に、すずめは菜箸で生地を回しながら、嬉しそうにうなずいた。
「あ、この間にきな粉と砂糖を混ぜておいてください。ちょっとずつ入れて、毎回味見してくださいね」
青年はすずめの指示に袖を捲り上げて答えた。
「まかせてください」
料理下手だと自称する彼は、ここで失敗してはなるものかというような真剣な表情で小さな器に向かい合う。
すずめはドーナツに目線を戻し、コロコロと何度も油の中で生地を転がす。
油の香りと一緒に立ち上がる甘い香り。
薄い黄色だった生地が、転がすたびに狐色に変わってゆく。
無心で続けていると、心に固まっていた恐怖心も消えてゆく。
美味しく食べて欲しい、考えているのはそのことだけだった……。
棚から使えそうな大きな鉢といくつかの器を取り出す。
「まずは、粉を用意しましょう」
秤は当然デジタルのものなんてなくて、昭和レトロを紹介している動画で見たことがあるようなアナログな秤。
今朝作ったばかりだったので、大体の分量は頭に入っている。
馴れない秤に少しもたつきながらもなんとか小麦粉、ふくらし粉、砂糖を測って鉢に合わせ入れた。
次に別の器に卵を割り、卵黄と卵白が馴染むまで手早くほぐす。
そこに豆腐を加えてよく混ぜるが、豆腐はなかなか粒が消えない。
その様子を見て青年が、「混ぜるのは僕がやります」と申し出た。
「お願いします、お豆腐の粒感がなくなって、なめらかになるまで丁寧に混ぜてください」
うなずいて神妙な顔で青年がヘラで鉢に擦り付けるようにして豆腐を潰していく。
続けていると卵色のとろりとした液体状に変わった。
「いい感じです、じゃあ粉を入れていきます」
すずめは篩(ふるい)を手に取ると先ほど合わせた粉を入れ、優しく揺する。
一気に入れるとダマになってしまうので、焦らず少しずつ、少しずつ。
真っ白な粉が、雪のように器へ落ちてゆく。
「そのまま混ぜる手を止めないでくださいね」
とんとん、と少量ずつ粉を振るって加え、ゆっくり混ぜてもらっていると、だんだんと粉っぽさがなくなりひとまとめの生地になってゆく。
生地がとろんとしたところで、すずめはコンロに向かう。
棚を探すと、揚げ物用の鍋はすぐに見つかった。
「そこのコンロ、火がつけられないと思いますよ」
確かに、普通のガスコンロのようにスイッチがない。
代わりにスライドするバーのようなものがついていた。
戸惑うすずめの前で、青年は身を屈めるとバーをスライドさせながら息を吹きかける。
ぼうっと音がして青い炎が灯った。
「火加減はそのバーをスライドさせて調整してください」
「わかりました」
いつもなら、温度を設定すれば自動で調整できるコンロを使っているので、緊張する。
すずめは恐る恐る、ドーナツが十分に浸かるくらいの多めの油を鍋に入れてゆく。
じいっと待ってから、すずめは生地を菜箸でほんの少しすくって油に落とす。
じゅうっと音がして、落ちた生地がすぐに浮き上がってくる。
「うん、温度はいいみたい」
すずめはスプーンを両手に一本ずつ持つと、少しとろりした生地をすくい上げ、一口大にくるりとまるめてゆく。
丸めた生地を油に滑り込ませると、じゅわぁ、と音を立てた。
続けて二つ三つと油に入れ少し待つと、ぷかりと浮いてくる。
「綺麗にまあるくなるもんですね。もう、すでに美味しそうです」
青年の言葉に、すずめは菜箸で生地を回しながら、嬉しそうにうなずいた。
「あ、この間にきな粉と砂糖を混ぜておいてください。ちょっとずつ入れて、毎回味見してくださいね」
青年はすずめの指示に袖を捲り上げて答えた。
「まかせてください」
料理下手だと自称する彼は、ここで失敗してはなるものかというような真剣な表情で小さな器に向かい合う。
すずめはドーナツに目線を戻し、コロコロと何度も油の中で生地を転がす。
油の香りと一緒に立ち上がる甘い香り。
薄い黄色だった生地が、転がすたびに狐色に変わってゆく。
無心で続けていると、心に固まっていた恐怖心も消えてゆく。
美味しく食べて欲しい、考えているのはそのことだけだった……。
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