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第一章 雲の上へ

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「来たのはいつ頃でしたか?」

「先週やったかなあ。でも悪かとけど、今、あっちは閉めとるとよ。先代が引退したけん、管理ができんごとなって。そん人にもそげん言うたとけど、少しだけでも見たいって言いなって」
 段々と方言が強めに出てくる。……多分、管理が出来ないから今は『おもちゃミュージアム』は閉めてて、それを少しでも見たいと母が食い下がったって所、かな?

「やけん、入口から中ば見るだけなら良かよって言うたとさ……、ほら、そこ開けて見える所だけ」
 店員さんが、私の腕を取りぐいぐいと入り口まで引っ張っていく。
 なんだか強引だなあと思いながらも、私はされるまま戸の前に立った。
「開けてみんね」
 言われて、恐る恐る引き戸に手をかける。力を込めると、思ったよりすんなりと開いた。

「わぁっ」
 のれんをくぐり、引き戸を開けた向こう側には、思った以上の光景が広がっていた。

 チラシには、昭和の懐かしい玩具がガラスケースに入って並んでいる写真が載っていたけれど、そこにあったのは、もっと凄い……精巧な街並みのミニチュアだった。
 モチーフはここ、雲仙の温泉街だろう。並んだ宿の間に湯煙が揺らめき、土産物屋通りを歩く人がまるで生きて動いているように見える。
 独特な硫黄泉の香りと熱気まで感じるほど。

「すごい!」
 母はこれが見たかったんだろうか。私は入り口から足を踏み入れないように注意しながら、もっと良く見ようと目を凝らす。
「もっと近くに寄って見らんね」
「え?」

 とん、と背中を押された。

 ミニチュアの街を少しでも近くで見たいと身を乗り出していた私は、突然のその動きに抗えない。
 ぐらりと体が傾く。

 倒れる!

 私はなんとかミニチュアに被害を与えない場所に手を着けないかと必死に考える。


 その時。
「馬鹿な事を!」
 叱咤しったするような強い声がして、倒れかかっていた私の体が何かに支えられる。
 慌てて顔を上げると、間近に深い深い青色の瞳があった。
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