64 / 68
終章 箱庭温泉の神様
1
しおりを挟む
あれから私は、母が買った家に本格的に引っ越してきて、そこでデザインの個人事務所を立ち上げた。
今後は雲仙や小浜を含めた、島原地方を中心にお仕事ができないか色々と模索中。
あの夜の後、笹木から連絡は無かったが、代わりに昔所属していたデザイン事務所の所長から電話があった。
どうも笹木は私や、過去に辞めていった他デザイナーのボツ案データを勝手に使って、事務所にいた時からあちこちに個人として営業をかけ、裏で仕事を取っていたらしい。
……あの時のお菓子のパッケージもそんな中の一つだったのかもしれない。
事務所としてはきちんと確認がとれたら訴訟も考えているので、彼から誘いがあっても断るように、と念を押された。
笹木自身としてのデザイン力は、あまりなかったみたいで……だから私をなんとしても逃したく無かったというのがあの日の行動の理由なんだろう。
だからこそ、あのままでは、何をされていたかわからなかった……。
助けてもらえて本当によかった、と青い顔をして私がその事を伝えた後、ルリとツツジはこそこそと話をしていた。
『使えなくしちゃうー?』とか漏れ聞こえてきたのは……聞かなかったことにした。
◇◇◇
「本当に、出られなくて良かったの?」
箱庭温泉の前に屈んでスマートフォン越しに声をかけると、こちらに向かって母が手を大きく振った。
『大丈夫よ、朝陽のがんばりのおかげで、10年もかからないで出られるもの。ユノさんも遊びに来てくれるし、ここに来る妖さんも神様もみんなよくしてくれるし』
最初にここで話をした時と同じ、楽しそうな声。それを聞きながら、私は神妙な顔になる。
意を決して、口を開いた。
「ねえ。……本当は、ヤマカ様に何てお願いしたの?」
私の問いに、しばらく答えは返らなかった。雲仙の神ヤマカに『願いは叶った』と言った母、だけどあの家には今も、温泉なんて湧いていない。
「もしかしたら、私の……」
「それは教えられないわ、だってそういう約束だもの」
きっぱりとそう返して母は、よく見えなかったけど、多分ふわっと笑った。
それから「仕事があるから」と、湯煙の中を駆けていく。
街のあちらこちらに、行き交う姿が見える。ちょっとずつ賑やかになっていく街の姿と一緒にその後ろ姿を見送って。
「ありがとう」
私はポツリと一言こぼした。
今後は雲仙や小浜を含めた、島原地方を中心にお仕事ができないか色々と模索中。
あの夜の後、笹木から連絡は無かったが、代わりに昔所属していたデザイン事務所の所長から電話があった。
どうも笹木は私や、過去に辞めていった他デザイナーのボツ案データを勝手に使って、事務所にいた時からあちこちに個人として営業をかけ、裏で仕事を取っていたらしい。
……あの時のお菓子のパッケージもそんな中の一つだったのかもしれない。
事務所としてはきちんと確認がとれたら訴訟も考えているので、彼から誘いがあっても断るように、と念を押された。
笹木自身としてのデザイン力は、あまりなかったみたいで……だから私をなんとしても逃したく無かったというのがあの日の行動の理由なんだろう。
だからこそ、あのままでは、何をされていたかわからなかった……。
助けてもらえて本当によかった、と青い顔をして私がその事を伝えた後、ルリとツツジはこそこそと話をしていた。
『使えなくしちゃうー?』とか漏れ聞こえてきたのは……聞かなかったことにした。
◇◇◇
「本当に、出られなくて良かったの?」
箱庭温泉の前に屈んでスマートフォン越しに声をかけると、こちらに向かって母が手を大きく振った。
『大丈夫よ、朝陽のがんばりのおかげで、10年もかからないで出られるもの。ユノさんも遊びに来てくれるし、ここに来る妖さんも神様もみんなよくしてくれるし』
最初にここで話をした時と同じ、楽しそうな声。それを聞きながら、私は神妙な顔になる。
意を決して、口を開いた。
「ねえ。……本当は、ヤマカ様に何てお願いしたの?」
私の問いに、しばらく答えは返らなかった。雲仙の神ヤマカに『願いは叶った』と言った母、だけどあの家には今も、温泉なんて湧いていない。
「もしかしたら、私の……」
「それは教えられないわ、だってそういう約束だもの」
きっぱりとそう返して母は、よく見えなかったけど、多分ふわっと笑った。
それから「仕事があるから」と、湯煙の中を駆けていく。
街のあちらこちらに、行き交う姿が見える。ちょっとずつ賑やかになっていく街の姿と一緒にその後ろ姿を見送って。
「ありがとう」
私はポツリと一言こぼした。
0
あなたにおすすめの小説
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
Bravissima!
葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと
俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター
過去を乗り越え 互いに寄り添い
いつしか最高のパートナーとなる
『Bravissima!俺の女神』
゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜
過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。
互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。
✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧
木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生
如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター
高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる