悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ

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「――イリヤ皇子殿下?」

「イザベラ嬢?」

「ええ、イザベラにございます。またお会いできて嬉しいですわ」

 控えめながらも凛としたその声の持ち主は、先日お茶会の前に話をしたメドウブリュー公爵家のイザベラだった。背後に公爵家の騎士と思しき男性を連れた彼女は「今日はルヴィエ様もご一緒なのですね」と微笑むと、改めて丁寧な挨拶をしてくれた。
 そんなイザベラに対し、ルヴィエはというとごくいつも通りの受け答えをしていた。つまり、無愛想で言葉足らずな返答。なお、特に緊張した様子もへりくだった様子もない。主人であるはずの僕に対しても普段からそんな感じなので、当たり前と言えば当たり前なのだが……コイツ、自分が侍従だという自覚はあるのだろうか。名目上の肩書きのようなものらしいが、もうちょっとこう、相手や場を弁えてほしい。静かに席を立ち、音もなく僕の背後に移動したハインリを見習ってほしい。さすがとしか言いようのない身のこなしだ。皇子の専属護衛騎士だなんて誉れ高い職位を預かるだけのことはある。

 イザベラは友人とこのサロンで待ち合わせていたらしいのだが、相手の到着が遅れているようで先に席に向かおうとしていたところだったのだという。せっかく声を掛けてくれたのだし、立ち話をさせるのも申し訳ないのでしばらく同席してもらうことにした。書店を訪れるために皇都に出てきたのだという話をすると、どうやら彼女も行きつけの書店だったようでしばらくその話で盛り上がった。

「それにしても、その……ルヴィエ様がお読みになっている本は」

「あー、気になりますよね。書店で購入したばかりなのですが、さっそく読みたいということで……その、先日の茶会でも話題に挙がっていたので気になってしまって、僕がルヴィエに薦めたんです」

「まぁ、殿下にそんなお話をなさった方がいたのですか?」

「いえ、偶然耳にしまして……とはいっても、内容までは知らないのですが」

 まるで格好がつかないが正直に白状した。周囲に聞こえるように敢えて少し大きめの声で言ったので、これでルヴィエの名誉も多少は守られたのではないだろうか。
 イザベラはかすかに眉を顰め、思案するような顔をした後に「少々刺激的ですが、思いの外おもしろい作品でしたわ」と言って、困ったような笑みを浮かべた。

「イザベラ嬢、こちらの本をお読みになられたのですか?」

「ええ。少し前に友人から薦められまして」

 その言葉を聞いて僕は目を見開いてしまった。皇后ほどではないにせよイザベラは相当高貴な身分のご令嬢で、いくら流行っているとはいえ、この手の類の本を愛読するような俗っぽさは微塵も感じられないからだ。
 イザベラは僕の考えを読み取ったようで、少し頬を染めながら「社交界でとても話題になっていたこともあり、つい手に取ってしまいました。普段こういった物語を読むことはほとんどないのですが」と言い添えてきた。

 そんな中、空気を読まずにルヴィエが口を開いた。

「この本は、どのような話なのですか?」

「まぁ、ルヴィエ様。では、差し障りのない範囲でお話しいたしましょうか?いずれご自身でお読みになられるかと思いますので、冒頭の部分のみとか」

 イザベラの言葉にこくりとルヴィエが頷く。ルヴィエの瞳が若干輝いているように見えるのは、僕の気のせいだろうか。

「この物語はとある令嬢と騎士が身分違いの恋に落ちるところから始まりますの。身分違いとはいっても騎士も貴族階級出身で、婚約者がいるほどにしっかりとした身分の人物です。ただ、それでも令嬢の家族から関係を反対され、二人は逃避行を決意しますの」

 そう話すと、イザベラはティーカップを口に運んで話を区切った。

「序盤の展開はこのような感じですわ。その後は逃避行を決意した二人に困難が……といった内容でお話が進みますの。読み終わったら是非感想を聞かせてくださいね」

 ティーカップをテーブルに戻し、楽しげな視線で僕たちを見るイザベラには申し訳ないが、僕は内心がっかりしていた。拍子抜けするほどにベタな内容の物語だったからだ。なんやかんやあるものの、なんだかんだハッピーエンドになるタイプの典型的なロマンス。少々刺激的と評していたのは、おおかたロマンチックなシーンがあるのだろう。有り体に言えば性描写とか。いや、イリヤとルヴィエの年齢を考えればキスシーンすらもイザベラの言う”刺激的”の範疇かもしれない。
 
(でも、この装丁とタイトル……やっぱ何か見覚えが……特に、この箔押しの金の薔薇……)

 表現しがたい、奇妙な感覚に襲われる。次第に締めつけられるような頭痛を覚え、自然と俯いてしまった。
 深く呼吸をし、頭の痛みと心の動揺をどうにかやり過ごす。

「イリヤ」

「――っ、どうしたの?ルヴィエ」

「イザベラ嬢が退席すると」

 ルヴィエに名前を呼ばれて我に返った。落ち着け、と心の中で自分に言い聞かせる。今はサロンにいて、みんなで談笑していて、僕はイリヤで。
 ざわめく心臓を悟られないよう、何食わぬ顔でイザベラに別れの挨拶をする。どうやら待ち合わせ相手が現れたらしい。少し離れた位置にイザベラの友人らしき鮮やかな色合いのドレスを着た令嬢が見えた。

「それでは殿下、私はこれで失礼いたしますわ」

「ええ、イザベラ嬢。僕たちもそろそろ帰路に着くことにします。今日はありがとうございました」

 いつも通り、皇子らしくにこやかに。イザベラの後ろ姿を見送る僕は、ちゃんと笑えているだろうか。
 そんな一抹の不安を感じながらも、僕は各々のティーカップと茶菓子が置かれたテーブルを後にしたのだった。 
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