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第五話 ミランダ生物病院にて

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 「お目覚めになられたようですね」

外見から察するに、元の世界基準で高校生くらいの年齢だろうか。さっきドアが轟音を立てて開いたという事実からは想像できない容姿だが、どうしたんだろう。なんか怒ってるような気がしなくもない。背後からオーラが出ている。ん? オーラ?

「今は診療中なので、叫ぶのは控えていただけますか?」

診療中……ここは病院なのだろうか。それにしては妙に生活感溢れるベッドや、木の温かみが感じられる家具がたくさんある。あっ、本棚の上にくまさんらしきぬいぐるみ。なんだここ。

「あの、ここはどこなんですか? あなたは誰ですか?」

初対面でこれを聞くアホは普通いないだろうが、思い切って聞いてみることにした。何せ情報が少なすぎる。彼女は元々大きい目をさらに大きく見開いて、少し反応に困ったという顔をしてから、小さめの声で言った。

「貴方、もしかして記憶喪失か何かですか? この国の方がここを知らないはずがな――」
「はいそうです!」
間髪入れずに答えた。だってそうなんだもん。実際そうだし、それを分かっていてくれる方が都合がいい。ここには総勢十名くらいの頼れる(一部頼れない)モンスターたちがいるが、全員実質記憶喪失みたいなものだ。早く何かしら聞き出さないと。

「……そうですか。仕方がないですね。もう少しで診療時間が終わるので、そこで待っていてください。大声は出さないようにしてくださいね」

それだけ伝えると、彼女はドアの外に戻っていった。もちろんゆっくりと扉を閉めながら。冷静さは取り戻したようだな。とか思っていたら、

「なんかでっけえ声が聞こえたが、ありゃ嬢ちゃんの彼氏さんかい?」

「……そんなわけないでしょう。今日の朝ここの前で倒れこんでいたんですよ。見殺しにしたら人間性を疑われます。それに、私は医者です。助けるに決まっています」

「はいはい分かったよ。じゃあガルちゃんを頼むぜ」

 ……集中して聞いたらあっちの会話も丸聞こえじゃないか。

 彼女が去った後、ぽつぽつとモンスターたちが喋り始めた。頼むから今度は限度をわきまえてくれ。君たちの声は他人には全く聞こえていないみたいだから、うるさすぎて叫んだら僕一人の責任になってしまう。

「ハイハイ、さっきはスンマセンした! まあ兄さんが言うなら仕方がないっスね。これから気を付けるっス!」

本当だよ。なんかこう、ザ・ミュートできる方法は無いのか?

「ミュートってか、誰から誰に向けて喋ろうって言うのは俺らがコントロール出来るっスよ。全員が全員に向けて喋ろうとするからああなっちゃうっスけど」

じゃあ、できれば好き勝手に喋るんじゃなくて、しっかり会話してください。

「縺ゅ?蟄舌?∝庄諢帙°縺」縺溘?縺茨シ」

あなたは僕に話しかけないでください。本当に何を言っているのか分からないから、単にものすごくうるさいだけです。

「縺昴l縺ッ謔イ縺励>縺ェ縺や?ヲ窶ヲ」

「グリちゃん、『あの子、可愛かったねえ』『それは悲しいなあ……』って言ってるよ」

えー? 訳せる方がいたんですか?

「相変わらずすごいっスねえ、グラちゃんは。どうやったらあの言葉が分かるんだか」

言葉、というか、もはやただのうめきにしか聞こえないんですが。いや、よく考えたら僕が他のモンスターと会話できているだけ意外とましなのだろうか。分からない。

 グリちゃん、グラちゃん……「グリとグラ」じゃないか(天才)。いや冗談はさておき、グリちゃんは多分「グリーディー・ヴァイオレンス・ドラゴン」とかで、グラちゃんは……「暴食獣 グラトニー」かな? デッキのカードを見ていると、何となく記憶がよみがえってくる気がする。

「この世界には、あんぱんはあるのかなあ。せっかく実体化できるようになったし、はやく食べてみたいなあ。ずっと前から気になってたんだよねえ」

グラちゃん、また突拍子もないことを言わないでくれ。

 「我のカードの魔力も回復したところだ。会話に入らせてもらうぞ」

ライフのカードや、ライフを召喚するときにマナとして使った他のカードは、さっきまでは少し黒ずんでいた。だが今ではそれがなくなっている。カードは魔力が無くなると黒く染まり、時間がたつと回復して元に戻る、といったところだろうか。それはいいのだが、ライフまで交ざったらどんどん会話のカオス化が進む気がする。

「何、心配はない! 会話をカオス化させたくないなら、しりとりでもしようじゃないか!」
ええ……(困惑)

 数分後、またゆっくりとドアが開いた。

「お待たせしました」

僕はベッドから重たい体を起こし、彼女の方を見る。彼女はキッチンにいて、コーヒーか何かを入れているように見える。

「いや、大丈夫ですよ。お仕事ご苦労様です。それで、ここは一体……?」

「一度、お互い一息つきませんか」

彼女が出してくれたのは、コーヒーとは似ても似つかない透明な青色のドリンク。シュワシュワいってる。まるで空をそのまま溶かし入れたような……いや、まずそう。

「この飲み物はなんですか?」

「『ム! 乾いた若者を発見!さぁ、我が口からほとばしるヒーローソーダをお飲み!』
『ゲーロゲロゲロゲーロ(勘弁してください)』
『ムム! そんな喜んでくれるなら、もう一杯サービスだ!』
『ゲロゲロゲロゲーロ(いらねえっつってんだろ!)』」 

「? なんですかそれ」

「貴方は本当に何も知らないんですね。この炭酸飲料のCM、結構有名だと聞きますけど」

販売促進効果皆無だろそれ。正直気持ち悪いよ。

 結構うまかった(即落ち二コマ)。この世界におけるコカコーラ的ポジションなのだろう。絶妙に中毒性がある。広告を変えればもっと売れるだろう。コカコーラはプロモーションもうまいからな。
 一杯おいしく飲み終わったところで、僕は話を切り出した。

「えっと、色々質問させてください。まず、ここはどこで、あなたは誰なんですか?」
彼女は目を細め、訝しげにこちらを見る。「疑ってるオーラ」がすごい出てますよ。ん? オーラ?

「それより先に、貴方のことを教えていただけませんか?」

 事の一部始終を、彼女は興味深そうに聞いていた。もちろん、「僕は別の世界から来たかもしれない」なんて言ったらドン引かれることは分かっているので、そこは飛ばしてつじつまを合わせた。ただ、カードのモンスターが実体化した話に、あまり突っ込みを入れて来なかったことは予想外だった。

 話を終えると、
「よく分かりました。貴方が昨日の山火事に巻き込まれて死にかけたことは、服の焦げ跡や煤からなんとなくわかっていたのですが……まさか火事を起こした張本人だったとは……遊さん、命の危険があったとはいえ、森は生命の源です。むやみに火を放とうなどとは考えないでくださいね」

「事の重大さを痛感しております」

まさか一日足らずで森一帯が焼け野原になるとは想像もしていなかった。

「森に入る前の記憶がないということは、貴方があの森を抜けて来ようとしていた可能性もあるということに他なりません。すぐに記憶を取り戻しましょう。色々なものを見ているうちに思い出すかもしれません」

なんだか少し声に熱意がこもっている。彼女は僕の目を見据えて言った。

「遊さん、外に出ませんか? いつまでも引きこもっているのも体によくありませんし。私のことは、散歩しながらでも話しましょうか」

彼女は半ば強引に僕をベッドから引きずり出し、そのまま歩き出した。

 ドアを抜けると、ここが病院に隣接した家だったことが分かった。いたるところに、「ミランダ生物病院」の文字がある。歩きながら、

「私はミランダ・アレイスターというものです。良かったら、『ミレイ』と呼んでください」

と彼女は言った。なんか色々と聞いたことがあるようなないような名前だ。まあいいや。

「私はここで、モンスターたちのための診療所を営んでおります。王国内で最も名のある診療所であると自負しております」

……今の一言から色々と情報が溢れている。モンスターがこの世界に存在しているのは何となく理解した。そして、「王国」なのか。ミレイの家を見ていても、現代的な雰囲気は感じられなかったが、ここにきて決定的となった。僕は、本当に別世界に転移したらしい。

 病院の外に出ると、視界が開けた。ここは小高い丘の上だったのか。五百メートルほど先だろうか、街の様子がよく見える。マントを羽織り馬を引いている旅人らしき人、甲冑を着こみ、椅子に座って談笑している人など、元の世界では絶対に見られないであろう光景が繰り広げられている。

「すごい……」

と感激している僕を尻目に、ミレイはスタスタと歩き出す。

「待ってください! どこへ行くんですかー」

僕が呼びかけると、ミレイはくるりと振り向き、ニコリと笑った。

「遊さん、国王陛下に謁見しに参りましょう」
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