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第六話 ~王都にて~大人しく養われてください。

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 「えっ……それってどういうことですか?」

彼女のあまりにも突拍子もない提案に、僕は一瞬言葉を失った。

「どうもこうもありません。そのままの意味ですよ。これから国王陛下に会いに行きます。マナーをわきまえてくださいね」

 彼女は歩みを止めず、当然といった口調で続けた。本当に意味が分からない。このままついて行っても何をされるか分からない。でも今の時点で僕を助けてくれた人はミレイさん以外にいない。彼女を信じてついて行くしかなさそうだ。

 丘を下っていくと、王都につながる一本道に出る。僕は歩きながら、ミレイさんに質問した。

「王都ってどういうところなんですか?」

 ミレイさんは、一瞬驚いたような顔をしたが、優しく教えてくれた。

「そうでした。貴方、記憶を失くしてましたね……まあ、人が大勢いるところですよ。私はあまり、そのような雰囲気は好きではないのですがね」

 流石にそれくらいは予想がつく。じゃあ、なんだろう、もっとこう、
「ギルドとか、そういうのはないんですか?」

 ミレイさんは、また驚いた顔をして答えた。

「貴方の記憶喪失がどのようなレベルのものなのか、判断しかねますね。ギルドの存在を知っているんですか」

 前世? でなんか聞いたことあるんだよなあ。そういう設定の漫画? アニメ? とかよくあった気がするし……

「まあ、冒険者、商業、魔術など、色々有りますよ。国から一部資金援助をもらっていて――」
「冒険者! いい響きですね!」

 やばいやばい一気に食いつき過ぎた。でもなんかいいよな。冒険者って。

「……急にどうしたんですか。遊さん。キャラ変わりました?」

 いやいや、そんな真面目な冷たい目で突っ込まれても。

「……でも実は、国王陛下に謁見しに行くのは、その冒険者ギルドが理由なんですが……おっと、もうすぐ着きますよ」

 そびえ立つ城壁、人の背丈の二倍三倍はあろうかという大きな門、横には鉄製らしき鎧を着こんだ衛兵が二人。僕は本当に王都に来ているのか。

「こんにちは。いつものミレイですが」

 衛兵に向かって「いつもの」とか言っちゃうんですね。それくらい常連さんだってことか?

「ああ、君がわざわざ王都の外に病院を作るから、まったくこちら側の門番は大忙しだよ」

 ……ミレイさん「王国内で最も名のある診療所」だとか言っていたよな。それが王国外にあったら、この門は混雑するに決まっている。今は営業時間外だからかあまり人はいないけれど。

「どこに作るかは私の自由です。場所に関係なく、実力さえあれば人は集まるものですから」

 全く可哀そうな衛兵さん方である。

「で、そちらの男の人は誰なんだい?」

 道端に倒れていた一般人です。これから国王に会いに行きます。ダメだ自分でも意味が分からない。ミレイさん、皆が理解できるように説明してください……

「この方、話によると『災禍の森』を越えてきたそうです。一流の冒険者でも至難の業です。明らかにただ者じゃないので、私のコネを使って高ランクの冒険者としてギルドに推薦しようかと思っていたのですよ」

 えっ、ありがたいような気もするが、あれは別に僕の力じゃないんだが……ランクがどうとかよく分からないが、普通に低ランクからやった方がいいんじゃないか? 
 あっ、災禍の森って言うのか。イオナの森じゃなかったか。ちょっと残念。

「マジか……了解した。じゃ、兄ちゃん、王都は初めてみたいだが、楽しくやるんだぞ」

衛兵さん、いい人でした。それから簡単に手続きをして、僕は初めての王都に足を踏み入れた。


 酒場! 屋台! 宿場! 行きかう人の群れ! 元の世界でも、この量は見たことないんじゃないか? ってくらいに人がいる。ただ案の定文明はそこまで発展してなさそうだな。中世くらいか?

 ミレイさんは僕に目もくれずガンガン進んでいく。

「ミレイさん、もうちょっとゆっくり歩いてくれませんか」

「観光なら今度でもできます。速く用件を済ませてしまいましょう」

 間髪入れずに返された。もうとにかく、ルートは覚えなくていいから、ミレイさんを見失わないようにすることだけを考えて人ごみを抜けていく。ミレイさん競歩の世界チャンピオンになれるよ。

 街の一番奥に存在する王城は、赤色のレンガ造りの、ザ・王城といった見た目だった。そしてここでもミレイさんの顔パスは健在だった。この人、ただの獣医じゃないだろ……何者だよ。


 さて、僕たちは十分もしない間に謁見の間に通された。なんか映画とかでよく見るようなシーンだが、実際にやるのは初めてだ。当たり前か……

 王様は、王冠に金糸で刺繍が入った赤いローブを身にまとっていた。いかにも王といった感じだ。その横には王妃らしき女性もいるが、こちらは金髪で青いドレスを着ている。 

「そうか、君か。ミランダの方から話は聞いておる。災禍の森の一部が焼失したという話は王都でも有名でな。私も興味を持っていたのだ」

 やったー僕有名人だー現実の世界なら犯罪者だー、ん? 王様、いつミレイさんと会話したんだろう。

「ここまで来る間、王様と通信魔法で会話していました。黙っていて申し訳ありません」

 そんな便利なものもあるのか。ミレイさんがずっと早歩きで口数が減っていた意味が分かった気がした。あとこの人、王様と歩きながら通話するのか……フリーダム過ぎないか。

「そなた、この国の者ではないな。そのような服装は見たことがない。どこから来たのだ……と言いたいところだが、記憶喪失なら仕方がないな」

 まあそうなるか。こればっかりは隠すしかない。日本ってどこだよ、みたいな話になったら、その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある可能性がある。

「いや、先日は僕の不注意からあのような災害が引き起こされてしまい、本当に申し訳なく思っています」

「本当ですよ。何体の生物が犠牲になったと思ってるんですか」

 違うミレイさんあなたに言ってるんじゃない。でも本当にごめんなさい。

「何を言う。自己防衛のためならば仕方があるまい。それに、君のおかげで、冒険者の活動できる範囲が一気に広がったのだからな。心配いらん」

「それはつまり、どういうことですか?」

 王様はふふっと笑い、言葉を続ける。
「何、簡単な事だ。君が燃やした場所は、災禍の森から簡単に外に出るためのルートになったのだよ。これまで外に出るには、いくつかの魔獣を倒しながら森を抜けるしかなかった。消耗は必至だった」

 王様の言おうとしていることは理解できたが、結局僕は環境破壊をしただけだったな。気持ちよくないZOI。

「君、ナイトウルフ7体を相手にして瞬殺したそうじゃないか。おそらく君の召喚獣は、この王国内でも最強どころか、私が冒険者をしていた間に見たどのような魔獣よりも強いのではないか? ナイトウルフには、一体で熟練の冒険者二、三人と互角にやり合う個体もいるそうだ。特に最近はな」

 ん? 狼さん方、そこまで強かったか? いや確かに死にかけたんだけど……ライフも、「攻撃力千や二千の低級アタッカー狼」と言っていたし……

「優秀な人材は国を挙げて保護する。国王の役目だ。早いうちにギルドに行って、登録を済ませておくのだぞ。ミランダ、頼めるか?」

「はい。当然です王様。じゃあ今度、焼き肉おごってくださいね」

???????

 夕暮れ時、結局何が何だかよく分からないまま、僕は王城を後にした。これから僕は念願の冒険者になるわけだが、いまいちパッとしない。それに、ミレイさんがこれだけ親切にしてくれる理由も分からない。聞きたいことも増えた。王城から街につながる橋をわたりながら、相変わらずスタスタと歩くミレイさんの後ろ姿に声をかける。

「ミレイさん、僕に『マナーをわきまえてくださいね』って言っておきながら、自由すぎませんか? 見ていて心配になるんですが」

 それを聞いて、ミレイさんは一瞬立ち止まった。そして、こちらを振り返った。夕暮れの光が彼女の全身――銀色の髪から白い肌にいたるまで――を綺麗に染め上げている。

「私には地位も実績も実力もあるから構いません。でも、貴方には実力しかないでしょう。ギルドに入ったら、少しづつ実績を積み上げて、社会的地位を獲得していかなければなりません。その時までは、貴方は所詮、職もなく、道に放り投げだされただけのただのホームレスなんです。まあ、王様に直接会ったことがある、というのは普通の人ではありえないことですけどね」

 つまりミレイさんがいなくなったらこの国ヤバい! くらいの何かがあるんだろうか。王様と親戚同士ということも考えられなくはないが。あと僕には実力は(以下略)。

「だから、今は大人しく私に養われてください」


 ミレイさんがやさしく笑いかける。この子からは、やっぱり何かのオーラが出ているような気がする。辺りは刻々と闇に染まっていく。この子の考え方も雰囲気も、およそ高校生のそれとは思えない。やっぱり何か秘密がある。でもそれを聞くのは今じゃない。今は、大人しく、この子の言うとおりに養われよう。ここまで忙しかったから、僕だって少し休みたい。

「今日は早く帰って寝ましょう」

「……そうですね」

 それからは無言で、僕とミレイさんは、「ミランダ生物病院」まで歩いて行った。


 結論から言おう。僕は次の日も、その次の日も、ほとんど休めなかった。
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