竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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32・陽射しの下で 前 ★

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 季節はさらに移り、「竜の館」は短い夏を迎えていた。

「ヴィル様、重かったでしょう?」
「このくらい何でもない。でも喉が渇いたな、アメリア」
「ちょっとお待ちくださいね」

 草の上に敷き布を広げ、ヴィルフリートの提げてきた籠のなかから水差しを出し、グラスに注いで手渡す。

「ありがとう、アメリア。君は?」
「いいえ、私は後でいただきますから」

 あの見晴らしの良い崖の上は、二人のお気に入りの場所だった。暖かくなってからは、天気の良い日にはこうしてお茶や軽食を持ってきて過ごすことも多くなっていた。
 春先には土の色が多く見られた平原には、いまや青々と草が生い茂り、何かは分からないが花が咲き乱れて赤や黄色に染まっているところも見える。

「綺麗ですねえ、ヴィル様」

 二人はしばらく無言で、数日前よりひときわ眩しく鮮やかになった風景を眺めていた。遠くに湖面が光を反射してきらきらと輝いている。後ろの森からは鳥のさえずりも聞こえ、アメリアは空を見上げて深く息を吸い込んだ。

「風が気持ちいいな」
「はい」

 崖の下から吹き上げる風が、アメリアの帽子をふわりと浮かせた。さっと受け止めたヴィルフリートが、そっと被せてやる。

「ありがとう、ヴィル様」

 山の中腹に建てられた「竜の城」でも、さすがに今日は陽射しが強い。それでも夏とはいえ、こうしていても汗ばむほどのことはない。

 ヴィルフリートは敷き布に寝転び、空を眺めた。
 こんなふうにゆったりした気持ちで過ごせる日がくるとは、思ってもいなかった。アメリアが横にいるのといないのとでは、毎日がぜんぜん違う。
 彼は横に座るアメリアの背中に、ちらりと視線を向けた。

「竜の末裔」として生を受けた以上、自分はこの館で一生を送るしかない。アメリアは知らないことだが、もしもつがいに出会えなければ、竜は本来の寿命を全う出来ないものらしい。それでも例え短くとも、残りの時間をあのまま1人で過ごしていたらと思うとぞっとする。アメリアの暖かい肌と甘い香りを知ってしまった今となっては、なおさらだ。
 しかし……、とヴィルフリートは思う。番を得た竜は、普通の人間ひとよりも数十年、長く生きることができる。それは当然、アメリアが遥かに先に逝くということで……。

 ―――そのときが来たら、自分は耐えられるのだろうか。

ヴィルフリートはかぶりを振った。今から心配することではない。それまでにはまだ、長い長い時間を共に過ごすはずだ。それでも、諦めていた幸せを手にしたぶん、失うことが怖かった。


「アメリア」

ヴィルフリートは起き上がり、アメリアの肩を掴んだ。

「きゃっ」

 急に引っぱられて驚いたものの、アメリアは楽しそうに笑ってヴィルフリートの腕を枕に寄り添った。そのまま空を仰ぐ。

「わあ……、空に浮かんでいるみたいです」

 アメリアは日々生き生きと、明るく振る舞うようになっていた。
 いつだか閨で舌足らずに「ヴィルさま」と呼ばれたのが気に入ったので言うと、それ以来、はにかみながらもそう呼んでくれている。それに伴って、ほんの少しずつだが打ち解けた言葉遣いになっているのも嬉しかった。


 少し眩しそうに空を見上げるアメリアの瞳に、青空に浮かぶ雲が映っている。
 ぼんやりと横顔を眺めていたヴィルフリートは、急に身体を廻してアメリアに覆いかぶさった。

「ヴィル様……?」
「雲に嫉妬したなんて言ったら、君は笑うだろうな」

首を傾げるアメリアを見て、ヴィルフリートは苦笑した。その瞳に映るのは雲ではなく自分でありたいだなんて、全くどうかしている。
 ヴィルフリートは唇を寄せ、アメリアの瞳を閉ざした。

 小さく戯れるように口づけては離し、唇を食み、舌先をそっと絡める。ときおり顔を上げて微笑み、どちらからともなくまた唇を寄せ……。いつの間にか深くなった口づけに、アメリアが小さく声を洩らした。

 見ると目が潤み、頬がほんのり赤らんでいる。早くも蕩けてしまいそうだ。ヴィルフリートは思わず息をのんだ。

「アメリア、そんな顔をしては駄目だ。抑えられなくなる」
「だって、ヴィル様が……あっ?」

するりと襟元のリボンを解かれた。口づけに酔っていたアメリアも、さすがにはっとする。

「ヴィル様!? そんな……まさか、待って」
「待てない。……君のそんな顔を見たら無理だ」

アメリアの耳に舌を這わせて囁きながら、ひとつ、またひとつとボタンが外されてゆく。

「いや、お願いヴィル様。外なのに……っ!」
「大丈夫、誰も来ない。ここには君と私だけだ」

 そう言っているうちに、ボタンを外し終えたヴィルフリートは、アメリアのシュミーズの肩をずらし、乳房をあらわにしてしまった。

「ああ、いや……」

暖かな陽光とそよ風に肌が晒されるのを感じ、震えるほどの恥ずかしさにアメリアはきゅっと目を閉じた。それなのに、ヴィルフリートはうっとりと呟いている。

「ああ……、明るい光の下で見る君は……なんて綺麗なんだ、アメリア」
「やだ、言わないで……見ないでぇ」

もうどうしていいか分からず、アメリアは駄々っ子のように首を振る。

「一瞬で真っ赤になった……、可愛いよアメリア」
「……! や、ヴィル様のばかぁ……!」

たまらずアメリアは泣き出した。溢れる涙を、ヴィルフリートがちゅっと吸い取る。

「すまないアメリア……。どうやら私は重症だ。泣く君さえも可愛くて……」

 そう言ってアメリアを抱き締める。恥ずかしさにもがいていたアメリアは、いつの間にかスカートの裾をたくし上げられていることに気付かなかった。

「え!?」

しゅっと紐が引かれ、ドロワーズが緩んだ。

「嘘……や、ヴィル様、本当に……ああっ!?」

 慌てて脚の間に力を入れても無駄だった。ヴィルフリートはなんなく膝を割り、ドロワーズのなかへ手が入ってくる。

「ヴィル様、あ……だめぇ……」
「アメリア、可愛い。大好きだよ」
「あ……!」

 閨を共にするようになってもうふた月以上だ。もうヴィルフリートはアメリアのことはよく分かっている。いくらもしないうちに、アメリアはヴィルフリートにしがみついて、甘い声を必死に耐えていた。

「ん、はぁ……っ、ヴィル様……だめ、ヴィル様……!」
「ほら、アメリア。いい子だ」
「や、あぁ……、ヴィル、さまぁ」
「アメリア……っ!」

 涙で潤んだ視界にアメリアが見たのは、せつなげに眉を寄せたヴィルフリート。金の髪がに透けて、肩に浮いた汗が光って見える。

 ―――綺麗、ヴィル様。

そんな事を思ったのもほんのわずかの間だった。ヴィルフリートがアメリアの腰を抱えた。

「――――――!」

アメリアの細い声が、空に吸い込まれていった。


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