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33・陽射しの下で 後
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「もう、ヴィル様のばか」
どれくらい経ったのか、ようやく我に返ったアメリアは、身体を丸めてヴィルフリートに背を向けていた。すっかり乱れていたドレスを掻き寄せて身体を隠したけれど、白い首筋と背中は剥き出しのままだ。ヴィルフリートはその背を優しく撫でている。
「悪かった、アメリア。君があまり可愛いから……」
「いや、ヴィル様なんて嫌いです」
ぶんぶんと首を振るアメリアの背が、羞恥で赤く染まっている。ヴィルフリートは肩にそっと口づけた。それだけで、アメリアは意図せずひくりと震えてしまう。
「それは困った。私はこんなに好きなのに」
肩から首へ、ヴィルフリートが次々に口づけると、アメリアはいっそう身体を丸めた。
「や、もうだめですっ!」
「どうして?」
後ろから抱きしめて耳に唇をつけると、アメリアは全身を震わせる。
「本当に私が嫌いか?」
「ああ……もう、ヴィル様……」
「ん?」
後ろから顔を覗き込まれ、アメリアは耐えられず顔を歪めた。明るい太陽の下であられもない姿で……。ことの済んだ後だからこそ、よけい恥ずかしくて死にそうだというのに、ヴィルフリートはどうしてこんなにも余裕なのか。
「アメリア?」
「……恥ずかしかっただけ、です」
「悪かった。……なら私を嫌いになっていないね?」
ヴィルフリートから目を逸らし、アメリアは俯いて頷く。嫌いになんかなれる筈がない。ただ、最近のヴィルフリートはいやに艶めかしくて眩しくて、そばにいるとドキドキしてしまうのだ。
それは自分も、以前よりも惹かれているということなのか。もしもこれ以上好きになったら、どうにかなってしまうかもしれない。
「嫌いになんか、なりません」
それでもきっと、もっと好きになる。それが「番」だからというなら、それでもいい。
「ヴィル様、好き……」
囁くような声を、ヴィルフリートの耳はしっかりとらえた。向きなおらせたアメリアにもう一度口づけ、抱き寄せる。
まだもうしばらく、陽射しは暖かい。二人は長い間そのままでいた。
山では秋の訪れが早い。朝夕少しずつ涼しさを増し、早咲きの秋の花がぽつぽつと咲き始めた。見上げる空も日々高く、澄んでくる。
ある日、お茶を飲んでいる二人のもとに、家令のエクムントがやって来た。
「ギュンター子爵様から、お手紙がありました。今年はこちらへの訪問を見送るとのことです」
王宮で「竜の花嫁」に関わる一切を任されているギュンター子爵は、もともと年に二度、春と秋にこの館を訪れることになっていた。
「どうもですな、王都でひどく悪い病が流行っているそうで。特に必要な物や問題があれば、今日の使いに言付けてほしいと」
花嫁に関わること以外にも、近くで手に入らないもの(主に本の入手)の依頼や、言ってしまえば王宮から支給される、金の運び役も兼ねていた。
ヴィルフリートは頷いた。
「エクムントのほうで問題がなければ、私は構わない。そのような時に、無理に子爵に来てもらうこともないだろう」
するとエクムントはアメリアにも尋ねた。
「奥様のほうはいかがですかな」
初めのうちは胡散臭そうにアメリアを見ていたエクムントだったが、ヴィルフリートとの仲睦まじい様子に次第に態度が柔らかくなった。最近は笑顔で「奥様」と呼び掛けてくれている。
「私ですか? 特に必要なものは……」
そう言いかけて、ふと思いついたことがある。この辺りは雪が多く、冬の間はほとんど邸内で過ごすと聞いた。
「ヴィル様、こちらは冬の間、外へ出られないのですよね?」
「ああ。だから欲しいものがあれば、頼んでおいたほうがいい」
「でしたら……」
アメリアが願ったのは、裁縫道具一式と布だった。当然エクムントやヴィルフリートに詳細が分かるはずもなく、レオノーラが呼ばれた。
「贅沢な生地ではなく、私が普段身につけられるものでいいですから。冬の間、時間があるのなら、と思って。お願いしても大丈夫かしら?」
「それはもちろん大丈夫ですが……」
レオノーラは驚きを隠せなかった。刺繍をたしなむ娘はいるが、貴族の令嬢で仕立てが出来るなんて聞いたこともない。
アメリアは恥ずかしそうに説明した。
「子供のころの、無謀な考えだったのです」
義父の思い通りに嫁がされることを考え、密かに自立を目指していた。まさか「竜の花嫁」になってヴィルフリートに巡り合えるなんて思いもしなかったから、いつかは義父や政略結婚の夫の手から逃れ、思うままに生きてみたい、と。
「他に届けてもらうものがあるなら、一緒にお願いします。私だけのために来ていただく必要はありません」
「もちろん、毎回王宮から決まって届けられる品がありますから。それにしてもアメリア様……」
しんみりしかかったレオノーラを、ヴィルフリートが止めた。
「……ならばアメリア、私の服を作ってもらえないか?」
期待に目を輝かせているヴィルフリートに、アメリアは申し訳なさそうに言った。
「すみません、ヴィル様……。私、男性の服は仕立てられないのです」
「そうか……」
可哀想なくらい萎れたヴィルフリートを、アメリアはどう慰めてよいか分からずおろおろしている。
もうこの二人に心配することはない。レオノーラはそっとエクムントと顔を見合わせ、微笑んで頷いた。
どれくらい経ったのか、ようやく我に返ったアメリアは、身体を丸めてヴィルフリートに背を向けていた。すっかり乱れていたドレスを掻き寄せて身体を隠したけれど、白い首筋と背中は剥き出しのままだ。ヴィルフリートはその背を優しく撫でている。
「悪かった、アメリア。君があまり可愛いから……」
「いや、ヴィル様なんて嫌いです」
ぶんぶんと首を振るアメリアの背が、羞恥で赤く染まっている。ヴィルフリートは肩にそっと口づけた。それだけで、アメリアは意図せずひくりと震えてしまう。
「それは困った。私はこんなに好きなのに」
肩から首へ、ヴィルフリートが次々に口づけると、アメリアはいっそう身体を丸めた。
「や、もうだめですっ!」
「どうして?」
後ろから抱きしめて耳に唇をつけると、アメリアは全身を震わせる。
「本当に私が嫌いか?」
「ああ……もう、ヴィル様……」
「ん?」
後ろから顔を覗き込まれ、アメリアは耐えられず顔を歪めた。明るい太陽の下であられもない姿で……。ことの済んだ後だからこそ、よけい恥ずかしくて死にそうだというのに、ヴィルフリートはどうしてこんなにも余裕なのか。
「アメリア?」
「……恥ずかしかっただけ、です」
「悪かった。……なら私を嫌いになっていないね?」
ヴィルフリートから目を逸らし、アメリアは俯いて頷く。嫌いになんかなれる筈がない。ただ、最近のヴィルフリートはいやに艶めかしくて眩しくて、そばにいるとドキドキしてしまうのだ。
それは自分も、以前よりも惹かれているということなのか。もしもこれ以上好きになったら、どうにかなってしまうかもしれない。
「嫌いになんか、なりません」
それでもきっと、もっと好きになる。それが「番」だからというなら、それでもいい。
「ヴィル様、好き……」
囁くような声を、ヴィルフリートの耳はしっかりとらえた。向きなおらせたアメリアにもう一度口づけ、抱き寄せる。
まだもうしばらく、陽射しは暖かい。二人は長い間そのままでいた。
山では秋の訪れが早い。朝夕少しずつ涼しさを増し、早咲きの秋の花がぽつぽつと咲き始めた。見上げる空も日々高く、澄んでくる。
ある日、お茶を飲んでいる二人のもとに、家令のエクムントがやって来た。
「ギュンター子爵様から、お手紙がありました。今年はこちらへの訪問を見送るとのことです」
王宮で「竜の花嫁」に関わる一切を任されているギュンター子爵は、もともと年に二度、春と秋にこの館を訪れることになっていた。
「どうもですな、王都でひどく悪い病が流行っているそうで。特に必要な物や問題があれば、今日の使いに言付けてほしいと」
花嫁に関わること以外にも、近くで手に入らないもの(主に本の入手)の依頼や、言ってしまえば王宮から支給される、金の運び役も兼ねていた。
ヴィルフリートは頷いた。
「エクムントのほうで問題がなければ、私は構わない。そのような時に、無理に子爵に来てもらうこともないだろう」
するとエクムントはアメリアにも尋ねた。
「奥様のほうはいかがですかな」
初めのうちは胡散臭そうにアメリアを見ていたエクムントだったが、ヴィルフリートとの仲睦まじい様子に次第に態度が柔らかくなった。最近は笑顔で「奥様」と呼び掛けてくれている。
「私ですか? 特に必要なものは……」
そう言いかけて、ふと思いついたことがある。この辺りは雪が多く、冬の間はほとんど邸内で過ごすと聞いた。
「ヴィル様、こちらは冬の間、外へ出られないのですよね?」
「ああ。だから欲しいものがあれば、頼んでおいたほうがいい」
「でしたら……」
アメリアが願ったのは、裁縫道具一式と布だった。当然エクムントやヴィルフリートに詳細が分かるはずもなく、レオノーラが呼ばれた。
「贅沢な生地ではなく、私が普段身につけられるものでいいですから。冬の間、時間があるのなら、と思って。お願いしても大丈夫かしら?」
「それはもちろん大丈夫ですが……」
レオノーラは驚きを隠せなかった。刺繍をたしなむ娘はいるが、貴族の令嬢で仕立てが出来るなんて聞いたこともない。
アメリアは恥ずかしそうに説明した。
「子供のころの、無謀な考えだったのです」
義父の思い通りに嫁がされることを考え、密かに自立を目指していた。まさか「竜の花嫁」になってヴィルフリートに巡り合えるなんて思いもしなかったから、いつかは義父や政略結婚の夫の手から逃れ、思うままに生きてみたい、と。
「他に届けてもらうものがあるなら、一緒にお願いします。私だけのために来ていただく必要はありません」
「もちろん、毎回王宮から決まって届けられる品がありますから。それにしてもアメリア様……」
しんみりしかかったレオノーラを、ヴィルフリートが止めた。
「……ならばアメリア、私の服を作ってもらえないか?」
期待に目を輝かせているヴィルフリートに、アメリアは申し訳なさそうに言った。
「すみません、ヴィル様……。私、男性の服は仕立てられないのです」
「そうか……」
可哀想なくらい萎れたヴィルフリートを、アメリアはどう慰めてよいか分からずおろおろしている。
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