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10・半モブ悪役令嬢、ヒロインに 前
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「んっ……、あ……っ」
飽きることを知らないように、何度となく降ってくる唇。
絡めた両手を長椅子に押し付けられて動けない私は、息ができないわけではないのに、なぜか胸が苦しくなる。耐えられず顔を背けて唇を外しても、シャルルはくすりと笑うだけだ。代わりに耳に息を吹きかけ、私が身体を震わせるのを楽しんでいるらしい。
「だめ、シャルル。もうやめて……っ」
「嫌だって言ったら?」
平然とそう言い返すシャルルが、信じられない。
確かに婚約者だし、もう結婚式まで秒読みだけど……。
「……だって、もし」
「大丈夫、僕が呼ぶまで誰も近づかないよう、きつく言ってあるから」
「は……? うそ……」
――な、何それ……? まさかシャルル、最初からそのつもりで……?
その時になって、やっと思い出したことがある。
ゲームをプレイしていた頃には分からなかった。実際この世界で暮らすようになって、お姉さまや従姉妹たちから聞いて初めて知ったことだ。
この国の貴族たちには、親公認で娘の部屋を訪れる――言うならば夜這いみたいな習慣がある。それが許される世界だからなのか、性に関しても変におおらかなところがあるのだ。
だから――たぶん私の帰宅が夜中になろうと朝帰りになろうと、おそらくお母さまはそう思うのだろう。それに頭のいいシャルルのことだ、下手をしたら邸へ連絡くらいさせていても不思議じゃない。
シャルルを眺めて小説を書くことしか興味のなかった私は、最初から自分には関係ないことと片付けていた。
それなのに、まさか私がそうなるなんて。
「だから安心して」
女の子に興味がなかったシャルルでも、やはりこの世界の住人だ。そういうことは常識として、しっかり理解しているらしい。
「え、ちょっと……本気?」
「本気だよ」
シャルルはあっさりそう言って、再び顔を寄せてくる。細められた瞳がどうしようもなくセクシーで、どうしよう。こんなシャルル、胸が痛くなってしまう。
「待って……! わたし、あのっ……まだ」
「何言ってるの。もうすぐ婚礼なんだよ?」
「で、でも……っ!」
思わず上ずった声を出してしまった。再び顔を上げたシャルルが、ちょっと口を尖らせる。うそやだ、可愛い。
「……そんなに嫌?」
「……っ」
そう言われると、嫌ではないのだ。ただ、シャルルが素敵すぎて、いつになっても心の準備ができそうにないだけで。
「ねえ、どうしてもダメ?」
シャルルは肘をついて、私の頭を包むように覆い被さった。プラチナブロンドの髪が、ふわりと額にかかる。
――ち、近い。
それだけで息が止まりそうになる私は、どれだけシャルルに弱いのだろう。
乾いた唇が額に触れる。――もう何も考えられなくなってきた。
「ねえ、ミレーヌ。君が欲しいよ」
頭のどこかでプシューっと音がしたのではないかしら。ゲームのシャルルには、こんな破壊力無かった。
「ね、いいよね?」
「ひん……」
――もう無理、もたない。
私はシャルルに促されるまま、頷いてしまった……らしい。
文系ヒーローのくせに、シャルルは軽々と私を抱き上げ、次の間へのドアを開けた。迷いなくベッドへ向かうと私を下ろし、上着を脱いで小卓に置く。
私はぼんやりとその様子を眺めていた。心臓の音がやけにうるさい。
――今、ここで、私が、シャルルと……するの?
未だに頭は事態を理解していないらしく、思考がひどくギクシャクしている。まるで子供のころにやった、単語を組み合わせる遊びみたいだ。
シャルルは襟をくつろげながらベッドに腰を下ろし、くすりと笑った。
「そんな顔しないでよ」
どんな顔をしていたのか自分では分からない。それに次の瞬間にはもう、シャルルは私に覆い被さっている。
「ん……っ」
「ミレーヌ、好きだよ。他の誰でもない、君が」
そう囁いて、シャルルは少しずつキスをずらしてゆく。頬から耳元へ、首筋へ。鎖骨に唇が触れてはっとした頃にはいつの間にか、胸元のリボンが解かれていた。
あまりにもスムーズなその流れに、はっとする。
あの時……泣きながらノートに書きなぐったベッドシーン。当然余裕などまったくなかった私は、おそらく心に浮かぶ願望そのままを書き綴ったに違いない。ということは……。
「あんっ」
白い絹の下着から、ほのかに胸の先が透けている。シャルルは布越しにそっと唇を寄せた。
絶対そうだ、間違いない。
私の、性癖というか妄想。それを余すところなく書いた小説を、ばっちり読まれてしまったのだ。たぶんシャルルはそれが私の理想のえっちだと思って、一生懸命なぞってくれているのだろう。
……これは、やばい。
「あっ……やあん」
「これで合ってる?」
やっぱりそうだ。ぶわっと頬に血が昇る。
「やだ、そんなこと」
「だって、君がそう書いたんじゃないか」
「ばかっ……!」
やめてやめて、そんな言葉責めみたいな言い方しないで!? いきなりリアルでそんな上級テクニック、無理ですから。
とはいえまさか、「シャルルの好きなようにして」なんて言えるわけがない。私は紙の上にしか、妄想を吐き出せないんです!
飽きることを知らないように、何度となく降ってくる唇。
絡めた両手を長椅子に押し付けられて動けない私は、息ができないわけではないのに、なぜか胸が苦しくなる。耐えられず顔を背けて唇を外しても、シャルルはくすりと笑うだけだ。代わりに耳に息を吹きかけ、私が身体を震わせるのを楽しんでいるらしい。
「だめ、シャルル。もうやめて……っ」
「嫌だって言ったら?」
平然とそう言い返すシャルルが、信じられない。
確かに婚約者だし、もう結婚式まで秒読みだけど……。
「……だって、もし」
「大丈夫、僕が呼ぶまで誰も近づかないよう、きつく言ってあるから」
「は……? うそ……」
――な、何それ……? まさかシャルル、最初からそのつもりで……?
その時になって、やっと思い出したことがある。
ゲームをプレイしていた頃には分からなかった。実際この世界で暮らすようになって、お姉さまや従姉妹たちから聞いて初めて知ったことだ。
この国の貴族たちには、親公認で娘の部屋を訪れる――言うならば夜這いみたいな習慣がある。それが許される世界だからなのか、性に関しても変におおらかなところがあるのだ。
だから――たぶん私の帰宅が夜中になろうと朝帰りになろうと、おそらくお母さまはそう思うのだろう。それに頭のいいシャルルのことだ、下手をしたら邸へ連絡くらいさせていても不思議じゃない。
シャルルを眺めて小説を書くことしか興味のなかった私は、最初から自分には関係ないことと片付けていた。
それなのに、まさか私がそうなるなんて。
「だから安心して」
女の子に興味がなかったシャルルでも、やはりこの世界の住人だ。そういうことは常識として、しっかり理解しているらしい。
「え、ちょっと……本気?」
「本気だよ」
シャルルはあっさりそう言って、再び顔を寄せてくる。細められた瞳がどうしようもなくセクシーで、どうしよう。こんなシャルル、胸が痛くなってしまう。
「待って……! わたし、あのっ……まだ」
「何言ってるの。もうすぐ婚礼なんだよ?」
「で、でも……っ!」
思わず上ずった声を出してしまった。再び顔を上げたシャルルが、ちょっと口を尖らせる。うそやだ、可愛い。
「……そんなに嫌?」
「……っ」
そう言われると、嫌ではないのだ。ただ、シャルルが素敵すぎて、いつになっても心の準備ができそうにないだけで。
「ねえ、どうしてもダメ?」
シャルルは肘をついて、私の頭を包むように覆い被さった。プラチナブロンドの髪が、ふわりと額にかかる。
――ち、近い。
それだけで息が止まりそうになる私は、どれだけシャルルに弱いのだろう。
乾いた唇が額に触れる。――もう何も考えられなくなってきた。
「ねえ、ミレーヌ。君が欲しいよ」
頭のどこかでプシューっと音がしたのではないかしら。ゲームのシャルルには、こんな破壊力無かった。
「ね、いいよね?」
「ひん……」
――もう無理、もたない。
私はシャルルに促されるまま、頷いてしまった……らしい。
文系ヒーローのくせに、シャルルは軽々と私を抱き上げ、次の間へのドアを開けた。迷いなくベッドへ向かうと私を下ろし、上着を脱いで小卓に置く。
私はぼんやりとその様子を眺めていた。心臓の音がやけにうるさい。
――今、ここで、私が、シャルルと……するの?
未だに頭は事態を理解していないらしく、思考がひどくギクシャクしている。まるで子供のころにやった、単語を組み合わせる遊びみたいだ。
シャルルは襟をくつろげながらベッドに腰を下ろし、くすりと笑った。
「そんな顔しないでよ」
どんな顔をしていたのか自分では分からない。それに次の瞬間にはもう、シャルルは私に覆い被さっている。
「ん……っ」
「ミレーヌ、好きだよ。他の誰でもない、君が」
そう囁いて、シャルルは少しずつキスをずらしてゆく。頬から耳元へ、首筋へ。鎖骨に唇が触れてはっとした頃にはいつの間にか、胸元のリボンが解かれていた。
あまりにもスムーズなその流れに、はっとする。
あの時……泣きながらノートに書きなぐったベッドシーン。当然余裕などまったくなかった私は、おそらく心に浮かぶ願望そのままを書き綴ったに違いない。ということは……。
「あんっ」
白い絹の下着から、ほのかに胸の先が透けている。シャルルは布越しにそっと唇を寄せた。
絶対そうだ、間違いない。
私の、性癖というか妄想。それを余すところなく書いた小説を、ばっちり読まれてしまったのだ。たぶんシャルルはそれが私の理想のえっちだと思って、一生懸命なぞってくれているのだろう。
……これは、やばい。
「あっ……やあん」
「これで合ってる?」
やっぱりそうだ。ぶわっと頬に血が昇る。
「やだ、そんなこと」
「だって、君がそう書いたんじゃないか」
「ばかっ……!」
やめてやめて、そんな言葉責めみたいな言い方しないで!? いきなりリアルでそんな上級テクニック、無理ですから。
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