半モブ悪役令嬢は、中途退場できないようです

砂月美乃

文字の大きさ
10 / 12

10・半モブ悪役令嬢、ヒロインに 前

しおりを挟む
「んっ……、あ……っ」

 飽きることを知らないように、何度となく降ってくる唇。
 絡めた両手を長椅子に押し付けられて動けない私は、息ができないわけではないのに、なぜか胸が苦しくなる。耐えられず顔を背けて唇を外しても、シャルルはくすりと笑うだけだ。代わりに耳に息を吹きかけ、私が身体を震わせるのを楽しんでいるらしい。

「だめ、シャルル。もうやめて……っ」
「嫌だって言ったら?」

 平然とそう言い返すシャルルが、信じられない。
 確かに婚約者だし、もう結婚式まで秒読みだけど……。

「……だって、もし」
「大丈夫、僕が呼ぶまで誰も近づかないよう、きつく言ってあるから」
「は……? うそ……」

――な、何それ……? まさかシャルル、最初からそのつもりで……?

 その時になって、やっと思い出したことがある。
 ゲームをプレイしていた頃には分からなかった。実際この世界で暮らすようになって、お姉さまや従姉妹たちから聞いて初めて知ったことだ。
 この国の貴族たちには、親公認で娘の部屋を訪れる――言うならば夜這いみたいな習慣がある。それが許される世界だからなのか、性に関しても変におおらかなところがあるのだ。

 だから――たぶん私の帰宅が夜中になろうと朝帰りになろうと、おそらくお母さまはのだろう。それに頭のいいシャルルのことだ、下手をしたら邸へ連絡くらいさせていても不思議じゃない。
 シャルルを眺めて小説を書くことしか興味のなかった私は、最初から自分には関係ないことと片付けていた。
 それなのに、まさか私がそうなるなんて。

「だから安心して」

 女の子に興味がなかったシャルルでも、やはりこの世界の住人だ。そういうことは常識として、しっかり理解しているらしい。

「え、ちょっと……本気?」
「本気だよ」

 シャルルはあっさりそう言って、再び顔を寄せてくる。細められた瞳がどうしようもなくセクシーで、どうしよう。こんなシャルル、胸が痛くなってしまう。

「待って……! わたし、あのっ……まだ」
「何言ってるの。もうすぐ婚礼なんだよ?」
「で、でも……っ!」

 思わず上ずった声を出してしまった。再び顔を上げたシャルルが、ちょっと口を尖らせる。うそやだ、可愛い。

「……そんなに嫌?」
「……っ」

 そう言われると、嫌ではないのだ。ただ、シャルルが素敵すぎて、いつになっても心の準備ができそうにないだけで。

「ねえ、どうしてもダメ?」

 シャルルは肘をついて、私の頭を包むように覆い被さった。プラチナブロンドの髪が、ふわりと額にかかる。

 ――ち、近い。

 それだけで息が止まりそうになる私は、どれだけシャルルに弱いのだろう。
 乾いた唇が額に触れる。――もう何も考えられなくなってきた。

「ねえ、ミレーヌ。君が欲しいよ」

 頭のどこかでプシューっと音がしたのではないかしら。ゲームのシャルルには、こんな破壊力無かった。

「ね、いいよね?」
「ひん……」

 ――もう無理、もたない。

 私はシャルルに促されるまま、頷いてしまった……らしい。



 文系ヒーローのくせに、シャルルは軽々と私を抱き上げ、次の間へのドアを開けた。迷いなくベッドへ向かうと私を下ろし、上着を脱いで小卓に置く。
 私はぼんやりとその様子を眺めていた。心臓の音がやけにうるさい。

 ――今、ここで、私が、シャルルと……するの?

 未だに頭は事態を理解していないらしく、思考がひどくギクシャクしている。まるで子供のころにやった、単語を組み合わせる遊びみたいだ。

 シャルルは襟をくつろげながらベッドに腰を下ろし、くすりと笑った。

「そんな顔しないでよ」

 どんな顔をしていたのか自分では分からない。それに次の瞬間にはもう、シャルルは私に覆い被さっている。

「ん……っ」
「ミレーヌ、好きだよ。他の誰でもない、君が」

 そう囁いて、シャルルは少しずつキスをずらしてゆく。頬から耳元へ、首筋へ。鎖骨に唇が触れてはっとした頃にはいつの間にか、胸元のリボンが解かれていた。
 あまりにもスムーズなその流れに、はっとする。

 あの時……泣きながらノートに書きなぐったベッドシーン。当然余裕などまったくなかった私は、おそらく心に浮かぶ願望そのままを書き綴ったに違いない。ということは……。

「あんっ」

 白い絹の下着から、ほのかに胸の先が透けている。シャルルは布越しにそっと唇を寄せた。
 絶対そうだ、間違いない。
 私の、性癖というか妄想。それを余すところなく書いた小説を、ばっちり読まれてしまったのだ。たぶんシャルルはそれが私の理想のえっちだと思って、一生懸命なぞってくれているのだろう。
 ……これは、やばい。

「あっ……やあん」
「これで合ってる?」

 やっぱりそうだ。ぶわっと頬に血が昇る。

「やだ、そんなこと」
「だって、君がそう書いたんじゃないか」
「ばかっ……!」

 やめてやめて、そんな言葉責めみたいな言い方しないで!? いきなりリアルでそんな上級テクニック、無理ですから。
 とはいえまさか、「シャルルの好きなようにして」なんて言えるわけがない。私は紙の上にしか、妄想を吐き出せないんです!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

婚約破棄された令嬢、気づけば宰相副官の最愛でした

藤原遊
恋愛
新興貴族の令嬢セラフィーナは、国外の王子との政略婚を陰謀によって破談にされ、宮廷で居場所を失う。 結婚に頼らず生きることを選んだ彼女は、文官として働き始め、やがて語学と教養を買われて外交補佐官に抜擢された。 そこで出会ったのは、宰相直属の副官クリストファー。 誰にでも優しい笑顔を向ける彼は、宮廷で「仮面の副官」と呼ばれていた。 その裏には冷徹な判断力と、過去の喪失に由来する孤独が隠されている。 国内の派閥抗争、国外の駆け引き。 婚約を切った王子との再会、婚姻に縛られるライバル令嬢。 陰謀と策略が錯綜する宮廷の只中で、セラフィーナは「結婚ではなく自分の力で立つ道」を選び取る。 そして彼女にだけ仮面を外した副官から、「最愛」と呼ばれる存在となっていく。 婚約破棄から始まる、宮廷陰謀と溺愛ラブロマンス。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

処理中です...