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6・ジェラール様って人は 後

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 さすが宰相ダンドリュー侯爵家、「親しい方をお招きして」の夜会は、王宮にも劣らぬきらびやかなものだった。

「シャルロット様!」
侯爵夫妻の後ろに立っていたフェリシアが、あたしを親しげに呼ぶ。それをきっかけにお父様と侯爵様が会話をはじめ、親しい関係にあることをアピールする。この世界の貴族社会ではよくある駆け引きらしい。
 あたしははっきり言ってそんなことに興味はないので、一歩下がって立っていた。できればフェリシアとお喋りでもしたいけれど、第2王子妃と決まった彼女の周りには沢山の人が群がっていて、当分順番は回って来そうにない。


 一応言っておくと、この世界のあたし、シャルロットは相当もてるのだ。この間の小競り合いだって、どっちが先にあたしと踊るかっていう喧嘩だし。ただ、踊りたくない、話したくない相手に無理に合わせたりしなかっただけ。

 そんなあたしが何故壁の花なのかというと、ダンドリュー家の招待客としては初めてだから。皆あたし達一家がどんな扱いをされるのか、それを見極めようとうかがっているのだと思う。
 ―――すっかりシャルロットとして考えられるようになっちゃったな、あたし。


 話が終わらないお父様を横目で眺めていると、上から声がかかった。
「踊っていただけませんか」
「!?」
この低音は間違いない。
「ジェラール様?」

 ―――なんで?
驚きを含んだあたしの声に、お父様が振り返った。
「クラルティエ子爵殿、お嬢さんを少々お借りしたいのですが」
お父様が大げさなほど喜ぶので、今さら嫌だとは言えなくなったあたしは、仕方なしにジェラール様の手をとった。


 シャルロットもダンスは得意だったけれど、ジェラール様のダンスは絶品だった。エスコートが大胆かつ繊細、何て言うか……パートナーを引き立てるのが上手い。フェリシアはダンスなどしたことのない家の娘だったのに、あんなに上手くなったのは……やっぱりジェラール様のせいもあるのだろうか?

 そんなことを考えながら踊っているうちに、自然にジェラール様を見てしまっていたらしい。
「何を考えてる?」
「……ダンス、お上手ね」
「それはどうも」
「どうして、私に申し込んだの? 最初のダンスなのに」
その日最初のダンスはちょっと特別だ。カップルなら当然一緒に踊るし、誰が誰に申し込むか、皆が気にしているものだ。

「俺では困るような相手でも?」
ちょっと首をかしげ、挑発するように口角を上げる。あたしはついそれに乗せられてしまった。
「べ、別にそんなのはいませんけど」
言ってしまってすぐ後悔した。これでも適齢期(ギリギリ)の貴族の娘、もう少しもったいぶった言い回しというものがあるだろうに。
 また笑われるかと思って身構えたけど、ジェラール様はそれ以上笑うこともなかった。
「それなら良かった」
ごく真面目な顔でそう言っただけ。


 そこで曲が終わった。あたしは作法通りに手を引こうとしたけど、ジェラール様は離してくれなかった。すぐに2曲目が始まり、仕方なく踊り出す。2曲目を踊ると、さすがに周りから興味深げな視線を浴びているのが分かる。あたしは少し落ち着かない気持ちになった。
 ジェラール様はそんなことに気付かないのか、あたしを見下ろして微笑む。

「そのドレス、よく似合うな」
「……そう? ありがとう」
 シャルロットのセンスは、どちらかというと派手だ。きつめの顔立ちに映えるといえばそうなのだが、フェリシアのように可愛らしいドレスの令嬢たちの中に混じると、かなり目立つ。今日のドレスは深い青。銀の刺繍が効いている、大人っぽいドレスだ。

「派手だから、褒められるなんて珍しいわ」
ちょっとくすぐったくなって、あたしは視線をそらした。
「自分に合うものを知るのは大切だし、それだけのドレスを着こなしている貴女は大したものだ」
「……」

 まさか、この人にこんなに褒められるとは思っていなかった。横を向いた自分の頬が熱を持つのが分かる。
「あ、ありがとう。そんなふうに言ってもらえるなんて……」
 ちらりと横目で見ると、心配したようなからかう笑みは見られなかった。何だか拍子抜けしたような気分で、そのまま踊り続ける。ジェラール様とのダンスは、気持ちが落ち着いてみればとても心地よく、いつもより上手に踊れているような気さえした。


 曲が終わった。今度こそ作法通りに礼をして、あたしは一歩下がる。するとジェラール様はテラスの方へあたしをエスコートしていった。
「何か飲むか?」
 ベンチにあたしを座らせると、ジェラール様はワインを持ってきてくれた。
「ありがとう」
ほんの少し火照った身体に、冷えたワインが心地いい。来る前には気が重かったのに、ジェラール様はとても紳士的で、それでいて気詰まりにならない。

 シャルロットとして記憶している他の貴族の子息たちは、あたしの外見にとらわれて、あたしを軽い女だと思い込んでいるやつが多かった。ちょっとこうしてテラスへ連れ出せば、簡単に、あと腐れなく遊べると。
 シャルロットは別に内気ではないけれど、中身はいたって普通だった。だからそんな男を撃退するために、派手なドレスを鎧にし、気の強い女という評判を身にまとってきた。

 振り返ると、日本にいた時のあたしと重なる部分も多い。ひょっとしたら、だからこそあたしは、この世界に呼ばれたのかもしれない。
「どうした?」
あたしの手から空いたグラスを取ってテラスの手すりに置いて、ジェラール様はあたしをのぞきこんだ。
「……何でも」
「そうか」

 こういう時に、場を持たせようというのか必死にぺらぺらと喋り続けるような男は、あたしは苦手だ。黙って一緒にいられる相手、男女問わずそういう人が好きだと思う。
 ―――思ったより、いい人なのかも。


 そう思った時、ジェラール様が立ち上がってあたしに手を差し出した。
「戻るか」
頷いてあたしも立ち上がる。
 手を預けてエスコートされ、広間へ戻る途中でジェラール様が言った。

「そろそろクラルティエ子爵殿の話も終わったろう。これだけすれば、君達一家の評価はさらに上がる」
「え?」
テラスの途中で、あたしは思わず足を止めた。それは、どういうこと?
「父が……何か頼んだの?」
 ―――まさか、あたしの結婚相手でも探すために?
「いや。子爵殿は、俺の父と『今後の付き合い』を深めることを願っただけだ」
 ―――それだって、そういうことなんじゃないの?

 さっきまでの、少し高揚していた気持ちがスッと醒めるのを感じた。
「それは、お気遣いありがとうございました、ジェラール様」

 あたしの様子が変わったことに、もちろんジェラール様はすぐに気づいた。
「シャルロット嬢?」
「……お手数をおかけして、感謝いたしますわ。では」
ジェラール様の腕をすり抜けて、あたしはテラスを出て行った。

6・ジェラール様って人は  後
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