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7・悪趣味な男 前
しおりを挟む「頭いた……」
邸に戻ってドレスを脱ぎ、結い上げた髪を解いて、あたしはベッドに転がった。
この世界で気に入らないのは、コーヒーと、愛用の頭痛薬がないことだ。薬自体はないわけではないが、日本のように30分後にはすっきり、というわけにはいかない。
それでも漢方薬のような苦い薬を流し込み、あたしはもう一度横になる。とりあえず髪を解いてコルセットから解放されたことで、いくらか楽にはなっている。あとは薬が効いてくれればいいのだけれど。
ジェラール様と別れて広間に戻ってからの気分は最悪だった。
彼が言った通りに我がクラルティエ家の評価は上がったようで、あたしはその前までの壁の花状態が嘘のように、次々とダンスを申し込まれ、ワインを手渡され、歯が浮くようなお世辞を囁かれた。
いつもならきつい言葉でお断りをするのだけれど、せっかくの「ダンドリュー家のご厚意」なのだから、無駄にしてはいけないのだろう。そう思ってあたしもせいぜい愛想をふりまいた。
その結果が、この頭痛。……ワインの飲みすぎもあるかもしれないけど、とにかく性に合わないことはするもんじゃない。
「はああああ……」
天井を眺め、思わず大きなため息がこぼれた。
そもそも、あたしはなんでこんなに疲れてるの? 初めてのダンドリュー家の夜会だからって、普通こんなに疲れないだろう。
……やっぱり、ジェラール様の言ったことが原因なんだと思う。結局、あたしをダンスに誘ったのも、2曲続けて踊ったのも、……その後、テラスに連れて行かれたのも。みんな、思惑があってのことだったのか。
もう、いい加減に認めよう。あたしはあの時、ジェラール様に、ちょっと惹かれたんだ。だからあれが偽りだったと知って凹んでいる。……そういうことなんだろう。
寝返りをうって、枕に顔を埋める。
―――帰りたいな。
日本に帰りたい。家族に会いたい。心細くなると、そんなことを考えてしまう。
本当は分かっているのだ。あたしはもう帰れないと。工事現場の鉄板に足を取られて転んで、あの時あたしは……。
こういう時のあたしは、ろくなことを考えない。
両手が塞がってて頭を打ったとか、酔っ払って転んだとか。だいぶ恥ずかしい死に方かも。そう思って、あたしは枕を抱いて転がった。
あれも不審死だって言われたら、あたし……解剖されてたりするんだろうか。よくドラマで見たみたいに「乱暴されてないか」とか調べたり……って!
まさか29にもなって、処女のまま死んだってバレるとか!?
「うあああぁ」
あたしは枕ごと転がり、悶えてしまった。そんなことになってたら憤死ものだ。たぶんもう死んでるけど。
『刑事さん、娘はもしかしてひどい目に……』
『ご安心下さいお母さん、お嬢さんは処女でした』
嫌です、嫌すぎます!
なんであの時、加府さんの誘いに乗らなかったのよ!
その前だってそう! Sビルのマネージャーだって、けっこう好きだったのに!!
そう、自業自得なのだ。変な見栄とプライドで処女拗らせて、結婚どころか、何もないまま死んだのは自分のせい。
その後の第2の人生で、今頃恥ずかしさに転げ回ってるのも自分のせい。
―――やめる、もうやめる。こんな後悔するのはもう嫌だ。絶対に、自分に正直に生きてやる。
ようやく、少しは薬が効いてきたのか。疲れ果てたあたしは、枕を抱いたまま眠ってしまった。
その数日後、私はお父様にエスコートされて、今度は王宮の夜会へ出た。やっぱり直接ジェラール様と話したくなかったので、ダンドリュー家の皆様にはお父様の後ろからまとめて挨拶をし、あたしは久々にお父様と最初のダンスを踊った。汗だくだけどご機嫌になったお父様を壁際に残し、その後はまた、沢山の誘いに乗って次々に踊る。
途中でジェラール様がこちらに近づいてくるのを感じたので、あたしはさっさと化粧室へ逃げ出した。
ところが、適当に時間をつぶして出てくると、なんとそこにジェラール様が立っている。
「え……?」
「シャルロット嬢、大広間までエスコートさせていただきたい」
眉間に縦皺を寄せて、まるで怒っているみたいな顔。
「いいえ、エスコートならデュバン様にお願いしましたから」
今日知り合いになった男の名を言ったけど、ジェラール様は動じる気配もない。
「デュバンなら、急に用事ができたようだ」
そう言って強引にあたしの手を取って歩き始める。
「ちょっと、放して! 何だっていうの?」
「それは俺が聞きたい」
突き放すようにそう言うと、ジェラール様は大広間とは反対の廊下へ足を踏みいれた。
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