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55・届いた報せ
しおりを挟む「ミア……。ミア、起きて」
「ん……」
優しく肩を叩かれて目が覚めると、エリスが私を見下ろしていた。
「おはよう、ミア」
そう言って額に口づけられる。
「おはようございます……?」
気がつくと、わずかに明るくなってきてはいるけれど、まだ夜明け前のようだった。
「ずいぶん早いみたいだけど……、もう出発ですか?」
起き上がりながら聞くと、エリスが首をふって笑う。
「馬の気配がするんだ。……たぶん、カインとグリフが来る。その格好、見られたくないんじゃないかと思って」
「?」
……昨夜は気を失って、回復されたにも関わらず、そのまま眠ってしまったらしい。だから当然あの状態のままで……、ローブは上半身が全開。肩が落ちて片方の胸も剥き出し、裾は膝上まで捲れている。髪は寝乱れてくしゃくしゃなうえ、二筋ほど頬にかかっている。
「僕はずっと見ていたい眺めなんだけどね」
数瞬遅れて、ようやく理解した。
「……ぃやあっ!? だめ!」
慌てて背を向けて身繕いをする。
「あーあ、色っぽかったのに、残念」
「もう、エリス……」
どうにか見苦しくなくなったところで、私にも馬の足音が聞こえた。
「たぶん、ミアが心配で来たんだよ。出迎えてあげたら?」
エリスにそう言われたら、いかに昨日のことが恥ずかしくても、そうしない訳にはいかない。
最初に何て言ったらいいんだろう……、と考えながら洞窟の外に出ると、朝焼けに染まる荒れ地をこちらに向かってくる、2人が見えた。
「ミア!」
2人は同時に声をあげ、馬に鞭を入れて全速力で駆けてくる。
なんて綺麗なんだろう。朝日を浴びて金色に輝く2組の人馬に、私は何を言おうと困っていたことなど忘れ、みとれていた。
「ミア、良かった! もう大丈夫か?」
カインが馬を下り、私に駆け寄った。
「はい、カイ―――!!」
私が名前を呼び終わらないうちに、抱きしめて口づける。爪先が浮いてしまうほど強い力で、少し苦しいくらい……。
「んん、ふ、……あぁ、カイン!」
「駄目だ、もう少し……こうさせてくれ」
そしてまた、深く、長く口づけられる。
「良かった……、やっと安心したよ、ミア」
しばらくたって、ようやくカインが、息のあがった私を放した。
すると今度はグリフが私を引き寄せる。
「オレも安心させてくれよ、ミア」
「きゃっ!?」
片手で私を子供のように抱き上げて、もう一方の手をうなじに回して引き寄せる。
「うん、すっかりいつものミアだ。……良かった、本当に……」
「ん……、グリフ……」
グリフの優しい口づけが繰り返され、いつしか深くなっていく。
「んん、あ……ん」
グリフが私を下ろした時、エリスの声がした。
「じゃ、次は僕」
とたんに2人が揃って言う。
「おまえは駄目だ」
その時初めて私は、3人揃った前で、口づけをしていたこと……、それぞれに見られていたことに気がついた。
今さらのように口元を押さえて顔を真っ赤に染めた私を、3人は笑って見ていた。
2人は、ウェインに野営地を頼んで来たと言った。今日は王都モルシェーンに戻ろうということで、まずはウェインに合流するために出発した。
すると野営地のほうから、ウェインが駆けてくる。
「ウェイン?」
「おお、早くて助かった。バートの宿舎に今朝知らせが来たらしくてな」
言いながら、ウェインは馬に乗ったまま、封印された手紙をカインに差し出した。
「カイン宛てだ。俺達がこの辺りにいると知ってたから、届けさせてくれた」
カインは開いて読み始めたが、眉間に皺をよせて黙りこむ。それから言った。
「今度はナーシュだ。クラーケンが出たらしい」
「クラーケン!? あの馬鹿デカい蛸の魔物か?」
カインは頷いて言った。
「どうするにしても途中までは一本道だ。進みながら話そう」
ナーシュ、というのは海辺にある古い町で、王都モルシェーンからは東へまっすぐ、サイクロプス討伐に行ったメロール湖を越えてさらに進む。モルシェーンからは馬で4日かかる。
「どうする、モルシェーンに戻って出直すと、最低でも6日はかかっちまうぞ?」
「ここから直行すれば2日半、かな」
「当然そうしたいところだが、問題は……」
「ひとつは食糧だね」
そう、今回はメロール湖からイガル平原までを想定してきたので、多少の予備はあるとは言え、さらにもう1ヵ所回ると厳しくなる。直行するとまた、途中に村や町がないルートになるのだ。
「ナーシュで調達できれば何とかなるがな。……あとは、考え過ぎかもしれないが……」
「?」
全員がカインを見る。
「俺達がこの異常発生に関わってから、急に発生のペースが上がってないか? もしこのまま続いたら……、最悪の場合、モルシェーンに戻れずに振り回されることになる」
エリスが頷いて眉をひそめる。
「確かにそれはあり得る。騎士や魔導師たちを使うにしても、この距離をかけて使いをやり取りするのは無理があるよ」
「ナーシュの次は西の果てのペツェリ、なんてことになったら目も当てられねえな」
ウェインが自分で言った不吉な冗談に肩をすくめた。
「ありえねぇ、とは言い切れないところが嫌だな」
グリフの声までが陰気に響いて、思わず見上げてしまう。
「ミア、ナーシュとか、馬で3・4日の距離を、一番早い魔法で連絡すると、どのくらいかかる?」
「……実際にやったことはないんですけど……、王宮で使われている、あの白い鳥よりは……少し早いと思います」
「確かあれは、1日の距離を1時間くらいで飛ぶんだったな。……明るいうちに往復できるくらいか」
「……はい」
話しているうちに、ひとつ思いついたことがあった。言おうかどうしようか迷っていると、
「ミア、何か考えがありそうな顔だけど?」
エリスに見抜かれて、私は首をふる。
「考え……ではないんです。陛下と直接でなくて、例えばルカ様みたいな、同じ風属性の魔導師同士なら、もっと早い方法があるのに、と思って……」
「へえ、どんな?」
グリフの目が輝く。グリフはいつも私の魔法に、すごく興味を持ってくれる。
「風を通して声を送るんです。やってみますか?」
グリフに頼んで馬から下ろしてもらい、少し離れて立つと、片手を上げた。呪文にルカ様の名を織り込んで唱えると、私の手から渦をまいて、風が通り抜けていった。
『……ミアか、どうした?』
風の渦からルカ様の声が聞こえてきて、カイン達が小さく声をあげた。
「ルカ様、突然すみません。あの、これ……風を通して話すのって、風属性なら皆できますか?」
『……魔導師クラスなら、ほぼ大丈夫だろう』
するとエリスが小声で聞いた。
「ミア、僕の声も届く?」
私が頷くと、エリスが声を張り上げる。
「ルカ師、エリスです。王宮にいるなかで、こうやって話すことのできる、信頼できる魔導師はいませんか?」
ルカ様の返事は少し時間がかかった。
『正直言って、王宮の魔導師には心当たりがない。長官殿は属性が違うしな。―――ああそうだ、王妃に頼むといい』
「王妃様ですか?」
私とエリスが揃って声をあげ、他の3人も驚いている。
『王妃はもともと魔導師で、属性は風だ。私室で風を通してもらえば、今のように陛下と直接話せるだろう』
「それは……。いえ、助かりました、ルカ師。ありがとうございます」
『構わん。私のところへも、王から手伝えの調べろのと煩くてかなわないからな。本人を直接巻き込んでやってくれ』
「…………」
風を通しての会話は終わった。
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