魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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70・悪夢 下

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 ◆◇◆

「動くな!」
「ルカ師、ミアを頼みます」
エリスとグリフが裸の男たちを引き離し、後ろ手に縛り上げる。その間にルカが、ミアをシーツにくるんで抱き上げ、部屋を出て行った。

 カインは剣を構えたままサラに近づいていく。
「サラ殿、どういうことです? いや、いい。すべては陛下の御前で明らかにする」
サラは無表情にカインを見たまま動かない。


「カイン、こいつら普通じゃないぜ。縛られてもへらへら笑ってやがる」
「下だけ履かせたら、外のウェイン達に渡してこい」
「その前に、こいつらの汚いモノ、切り落としたいんだけど?」
「そうだな、取調べくらい耐えられるし。いいだろ、カイン?」
「駄目だ、そのまま連れていけ」
続くカインの言葉は、勇者とは思えぬほど暗く冷酷に響いた。
「焦るな、そんなこといつでも出来る。……地獄を見せた後でもな」

 カインの迫力に口を閉じた2人が、男達を連れ出すために部屋の扉を開けた。剣を構えたカインの注意がほんの一瞬そちらに向いたその時、サラが口の中で素早く呪文を唱えた。はっと気付いたカインが躍りかかったが、カインの手はサラに触れることはなかった。


 サラは消え失せた。



 ◆◇◆

 ルカはミアを抱いたまま「勇者の館」へ連れ帰り、ミアの部屋に寝かせていた。魔法で身体を浄め、寝衣を着せた。非常時なので勝手に隣の作業部屋をあさり、薬草を調合して睡眠薬と傷薬をつくる。ミアの体中に、男達につけられた痕や痣があった。目を覚ました時、残っていないほうがいいだろう。

 しかし、サラの飲ませた媚薬の量は尋常ではなかったらしい。睡眠薬があまり効かず、数分おきに薄く目をあける。
「ああ、ん、ルカさまぁ……」
そうとう強い媚薬なのは分かる。せめて一滴でも残っていれば、すぐに解毒剤をつくってやれるのに……。
「大丈夫だ、眠れ」

 途中一度来た報告で、サラが消えたと聞いた。カイン達がここへ戻れるのはまだ後になるだろう。ルカは何もしてやれないもどかしさに、椅子に沈み込んで頭を抱えた。




「戻りました!」
「ミア!?」
 3人が戻ったのは、夜も更けてからだった。結局サラは王宮をくまなく探しても見つからず、あの男たちも正気に戻る気配もない。ウェインは引き続き捜索するというので、3人はミアの様子を見に戻ってきたのだ。

「ルカ師、ミアは?」
「かなり強い媚薬を、しかも大量に盛られている。今は無理矢理眠らせているが、薬のせいですぐに目をさましてしまう状態だ。部屋に薬の瓶でも残っていなかったか?」
カインが首を振る。

「残念ながら、サラが持ち去ってしまったようです。ですがルカ師、これを」
エリスが差し出したのは、脱がされて放置されていたミアのローブだった。
「ここに、お茶をこぼしたらしい染みがあります。もしお茶に混ぜて飲ませたとしたら……」


 ルカが引ったくるようにしてローブを手に取った。染みの部分の匂いを嗅ぎ、いくらか水分の残る部分を手に擦り付け、口元へ運ぶ。そして急に顔を上げると、厳しい顔で言った。
「カイン、私は今からクルム村に戻る。この媚薬は極めて悪質で、解毒剤無しには抜けない。ここでは材料が足りないのだ。何とか朝には戻ってくる。……それまでミアを頼む」

「わかりました。ミアはこのまま、寝かせておけばいいのですか?」
「いや、それはもう無理だろう」
ルカは振り返り、3人を順に見つめた。
「薬で押さえつけるのも、そろそろ限界だ。あまり続けると、あの男達のように精神がやられてしまう」
「ではルカ師、どうしたら?」
「ミアの望むだけ抱いてやるがいい」
息をのむ3人に、ルカは付け加えた。
「ひとつだけ、いい知らせがある。ミアの魔力は回復していない」
そして風のように出て行った。




 残された3人は顔を見合わせた。
「どういう事だ?」
「回復していない……って、そうか!」
「何だよ、エリス?」
「魔力がチャージされてないって事は、ミアはまだ、そこまでされてないって事だよ」
途端にグリフの顔が明るくなる。カインはまだ眉をひそめたままだ。
「良かったには違いないが、何故あの女、させなかったんだ?」
「さあね。ミアが話せるようになれば……」
3人はそこで揃ってミアを見下ろした。


 いつかと同じような、紅潮した頬。眉を寄せ、荒い息を吐いている。薄く開いた唇から、譫言のような声が洩れた。
「いや……、いや、触らないで……」
「ミア……」
グリフが痛ましげに顔をしかめた。カインは枕元に座り、そっと髪を撫でる。
「ああ、駄目ぇ、も、イきたくないの……」

 耐えきれなくなったエリスが、ミアに話しかけた。
「ミア、ミア。もう大丈夫なんだよ、僕らがいる」
「あああ……、いやぁ……」
 悪夢にうなされ、眠ってまでも涙を流しているミアを、もうこのまま見てはいられない。気がつけはカインも、ミアを揺り起こしていた。
「ミア、しっかりしろ! ミア!」


 涙に濡れた睫毛(まつげ)が震え、ミアが目を開いた。
「カイン……」
「ミア!」
「エリス……、グリフ……?」
カインはミアの手を握りしめ、エリスは髪に顔を埋めた。グリフは目を真っ赤にして立ったまま、動けずにいる。

「わた、し……?」
「もう大丈夫だ」
そこでミアの記憶がよみがえったのか、瞳に怯えが走る。
「ああ……私……!?」
こみ上げる悲鳴を必死にこらえて、それでも押さえきれずにガクガクと震える身体を、カインが布団の上から抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だ。もう心配ないから」


「起きられるか?」
ようやく震えの止まったミアに手を貸して、ベッドに起き上がらせる。
「悪かった。一人で帰らせたりしないで、送っていくべきだった」
 ミアはうつむいたまま首を振った。その肩がまた小さく揺れている。気付いたカインがそっと背中を撫でると、ミアがびくっと震えた。

「ミア、大丈夫?」
声をかけると、うつむいた首が赤くなっている。顔は髪に隠れているが、呼吸も弾んでいるのは背中を見ても分かる。
 解毒剤なしでは媚薬は抜けないとルカは言っていた。目覚めた後の恐怖が落ち着いて、おそらくまた影響が出てきたのだろう。

 今、ミアに触れているのはカインだった。エリスとグリフはそっと頷き、静かに部屋を出ようとした。気が狂うほど心配したのだ。本当はこのまま離れたくはないが、このままではミアも苦しいだろう、と思ったのだ。


 ところが、それに気付いたミアが叫んだ。
「いや、行かないで!」
まるで悲鳴のようだった。
「ミア……?」
「お願い、もう離れないで……! 怖いの、一緒にいて」
「カインが残るよ?」
できるだけ穏やかにエリスが言ったが、ミアは半狂乱だ。
「いや、みんな一緒にいて! 置いていかないで……」

 3人は顔を見合わせ、お互いに頷いた。
「分かったよ、ミア。大丈夫だ、オレ達みんなどこにも行かねえから」

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